第64話 と思ったら呆気なく終わった。
結論から言うと、俺のささやかな願いは叶わなかった。
まあ、昼すぎくらいまでは大した問題もなく平和に過ぎていった。
昼のラッシュをなんとか捌ききり、店内の客数も落ち着いてきたので、順番に休憩を回していこうと思っていた所で入り口が開いた。客だ。
「いらっしゃいませ。お空きの席へどうぞ」
接客に入ったメイド――如月の声が聞こえる。これはあれだ。休憩に入ろうと思ったタイミングで忙しくなってしまって、タイミングを見失うという、接客系のアルバイトあるあるだね。こっちの世界でも何回か経験済みだよチクショウ。
いや忙しいのはありがたい事なんだけどね? 閑古鳥に鳴かれるのは勘弁願いたいし。
……ちょっと様子を見て、問題なさそうなら一人休憩に入れるか。ここを逃すと休憩に入れない人が出そうだしな。
――そんな思考は、次の瞬間に吹き飛ばされた。
「『お空きの席へ』だと? こういうものは給仕が席へ案内するものだろうが!」
店内に怒号が響き渡った。なんだなんだと料理の受け取り口からひょっこりと顔を出して、件の客を視界に入れる。
入り口に立っていたのは、やたらキラキラしてお高そうな服を着た子供だった。で、子供の後ろには揃いの鎧を着た大人が二人。大人の方はがっつりと鎧を着こんでおり、どう見ても食事を食べに来る恰好ではない。
…………厄介事の匂いしかしない。だが無視する訳にもいかない。接客業の悲しき性よ。
色々言いたい事があったが、ぐっと飲み込んで【念話】を発動。指示を出していく。
(おねーちゃん、如月と交代。如月、交代した後はあまりあの子供に近づかないように。難癖つけてきそうだから)
(承知しました)
(りょーかい。後ろの人達、衛兵だよね。なんでまた……)
へえ、あの人達って衛兵なのか。なんか見覚えがあると思った…………。
衛兵を侍らせて歩く、高そうな服を着た、やたら偉そうな態度の子供かー。
…………もう、厄介事が起こらない未来はあり得ないだろこれ。
「失礼しました。この者に代わりまして私がご案内させていただきます。こちらへどうぞ」
「ふんっ! よかろう。行くぞ!」
「「ハッ!」」
メリアさんが案内を代わり、一行を席へ案内する。案内した席は、厨房からそこそこ近い場所。場所は俺が指示した。
ここなら注文を受けてから配膳するまでの時間が短くて済むし、視界も通っているので、いざとなったら俺が出ていく事もできる。
前の世界では営業職ではなかったけど、少なくともこの世界の庶民よりは目上の人にペコペコするのに慣れてるからな! 底辺会社員だったし!
子供が席にドッカと座り、大人二人はその背後に並んで立った。
…………あの人達、この場ではメシ食わないのか。あくまで護衛って事なのか? メシ食えないのに食堂に来るとか、虚しいだろうなあ……。
「ご注文は如何なさいますか?」
「ここで一番人気のある物を出せ。大至急だ! 僕を待たせるなよ!」
「……畏まりました。至急お持ちします」
さすがメリアさん。生意気な子供にも態度を崩さない。大人の女性だね。
まあ、態度を崩さない、ってだけならメイド達の方が上なんだけど、あの子達めっちゃ笑顔が硬いからね。正直ちょっと怖いから直してほしいんだけど、中々上手くいかないんだよなあ……。
っと今はそんな事考えてる場合じゃないな。一番人気か。トンカツか、クロケットか……クロケットにしとくか。
厨房から近い席にしたおかげで【念話】を使わなくても注文がはっきりと聞こえる。
メリアさんがこっちに戻ってくるまでの間に、〈拡張保管庫〉から皿に盛り付けられた状態のクロケットを取り出し、受け渡し口に置く。それをメリアさんが即座に受け取り、子供の元へとって返す。考えうる限り最速だ。というかこれ以上のスピードでの配膳は世界中どこを探してもできないだろう。
「お待たせしました。当店一番人気、クロケットです」
「遅い! 僕を待たせるなと言っただろうが!」
あ、駄目だこれ。クレーマーだわこいつ。注文と同時に手元に届いても『遅い!』って文句言う奴だわ。
これはもう災害か何かだと思って、頭を低くしてやり過ごすのが最適解だな。
そう心に決めて、その旨を【念話】で伝えようとした所で、店内に怒声が響き渡った。
「なんだこれは!? ふざけるなっ!」
続いてバンッという音が響く。両手を勢い良くテーブルに叩きつけたようだ。
……………………あ”?
「え? いえ、当店で一番人気のクロケットという料理ですが……」
メリアさんの説明に再度テーブルに手を叩きつける子供。
「こん、こんな獣のクソが一番人気だとっ!? 冗談も大概にしろ!」
そのまま腕を横に払う。払われた腕に吹き飛ばされ、クロケットを乗せた皿が宙を舞い、床に落ちた。
「こんな汚物を料理などとほざく店なぞ、このイースに必要ない! 死ね!」
ガキは勢いよく立ち上がり、即抜剣。やたらピカピカした剣でメリアさんに斬りかかった。
正直な所、その斬撃はそこまで速くなかった。しかし、あまりに突拍子もない行動に、背後の二人も咄嗟に反応できなかったようだ。慌てた様子で動き出すが、それは余りに遅い。
「なっ!?」
【身体強化Ⅱ】を発動し、厨房から飛び出す。近くの席にしていたおかげもあり、ほんの一瞬でメリアさんとガキの間に割り込んだ。
すかさず【金属操作】を発動。握りしめた拳を鉄でコーティングする。文字通り鉄拳と化した拳を真上へ振り上げると共にジャンプ。ガインッ! という音を伴い、俺の拳と剣が衝突した。体ごと突っ込んだアッパーにガキの剣は拮抗することもできず弾かれた。ガキの手から離れた剣が空を舞い、少し離れた床に落ちた。
俺以外の全員が凍り付いたように固まる中、俺は驚愕に目を見開いたガキを力一杯睨み付けた。
「おいクソガキ。お前は俺の前でやっちゃいけないことをやったぞ……?」
「な、なに……?」
「れ、レンちゃん……? 落ち着いて? ほら、私は無事だから、ね?」
「ふ、ふん! その女を斬ろうとしたのが気に入らないか? だが、この僕を馬鹿にするような店も、そのな店で働くお前らも、イースにはひつよ――――」
「食い物を粗末にしてんじゃねえこのクソガキ!!!」
「「「「…………は?」」」」
メリアさん、ガキ、ガキの取り巻き二人の声が見事にハモる。なんでメリアさんも唖然としてるかは分からんが、それも今はどうでもいい!
まじふざけんなよこのクソガキが!
「なーにが『は?』だクソガキ! ……見た目が悪いのを貶すのはいい。料理の見た目まで考慮できなかった俺が悪い。一口食べて残すのもまだいい。俺の料理の腕が客の求める域に達していなかったんだろう」
そこで口を開けてアホ面晒しているガキに、ビッ! と伸ばした人差し指を向ける。
「だけどなぁ! 床にぶち撒ける必要はねえだろうが! この料理にどれだけの手間がかかってると思ってんだ! 料理を作る手間だけじゃねえぞ?! お前は食材を作ってくれた沢山の人の努力を踏みにじったんだぞ! 分かってんのかゴルァ?!」
ここでガキがようやく再起動。俺の罵声に反応を示した。
「だ、だ、誰がクソガキだ! お前こそ僕が誰か分かってるのか?! 僕は――――」
「知らねえし知りたくもねえよ! てめえなんざクソガキで十分だクソガキ! ここは食事をする場所だ! 食わねえんなら……とっとと出てけぇ!」
「っ! ああ出てってやるとも! 覚えてろよ! こんな店、潰すなんて簡単なんだぞ!」
「ああそうかい、やれるもんならやってみろクソガキ!」
「言ったな! 泣いたって許してやらないからな! おい行くぞ!」
そう吐き捨ててガキは店から出ていった。ドアを荒々しく開けて。
おいコラクソガキドア壊れるじゃねえか壊れたら弁償してもらうからな!
それを慌てて追う形で取り巻きの二人も出ていった。小金貨を一枚テーブルに置き、俺が吹っ飛ばしたガキの剣を回収して。出ていく直前、こちらに頭も下げていった。
……正直すげえ反応に困る。置いていったお金は料理代金としては高いが、迷惑料としては安く感じるし、頭を下げるくらいなら最初から止めろよ、とも思う。ぶっちゃけ行動に中途半端感が溢れていて、謝罪として受け取っていいのかすら分からない。めっちゃモヤモヤする。
結局、なんだったんだあいつ? なんか名乗ろうとしてたみたいだけど、遮っちゃったからどこのどいつか分からず仕舞いだった。ちゃんと聞いておけば良かったな。
そうしたら怒鳴りこめたのに……!
「………………ねえ、レンちゃん?」
「すぅぅ……はぁぁ……。どうしたのおねーちゃん?」
おずおずといった様子でメリアさんが話しかけてきたので、大きく深呼吸してなんとか怒りを鎮めてから振り向いた。
「あのさ、あそこまで怒ったのって、食べ物を粗末にしたからって言ってたけどさ、それだけ?」
うん? メリアさんは何を言ってるんだ? あの状況でそれ以外の理由なんてないだろう。
「え? うん、そうだよ?」
「……私、斬られそうになったんだけど?」
「そうだね」
「…………それに対して思う所はないの?」
あー、そういう事か。メリアさんが剣を向けられた事への怒りはないのかって事ね。いやいやまさかそんな……。
「いやだって、あの程度の攻撃、おねーちゃんならどうとでも対処できたでしょ?」
当たらない距離でブンブンやってる事にマジ切れなんてしないよ。
だってメリアさん、【身体強化Ⅱ】で加速して、全方位から攻撃しても余裕綽綽で回避するんだぜ? 心配する方が失礼だよ。
「………………いや、まあ、それはそうなんだけどさ」
「でしょ? ……あー、やばい。思い出したらまた腹立ってきた。まじなんなのあいつ!」
今度会ったらぶん殴ってでも謝らせてやる……!
「…………どうしよう。レンちゃんから全幅の信頼を受けてるのは嬉しいけど、斬り掛かられても全く心配されない事に悲しみが……」
怒りが再燃して怒声を上げる俺の側で、メリアさんが何やらブツブツと呟きながら、なんとも複雑そうな表情で立ち尽くし、一部始終を見ていた客が、メリアさんの肩をポンポンと叩く、というちょっとカオスな状況がしばらく続いたが、新しい客が来店したことで我に返り、わたわたと仕事に戻った。
仕事に忙殺される内に燃え上がるような怒りは鳴りを潜めたが、完全に鎮火した訳ではなく、閉店までモヤモヤした状態で過ごす事になってしまった。
……あー、駄目だ駄目だ。あいつの事覚えてたら精神衛生上宜しくないわ。
さっさと忘れようそうしよう。
よし忘れた!