第58話 リーアちゃんの【能力】について聞いたので、色々考察してみた。
「あー、うん。とりあえず、これからよろし――――」
「っ!だ、駄目なのです!」
握手しようと、布団の上に出されていた手を握ろうとしたら、パシッと弾かれた。
…………子供に拒否されるって結構効くね。俺の中のおっさんが大ダメージですよ。
あれ?ていうか俺、天使扱いされてなかったっけ?なんで拒否られてんの?
「あ……ち、違うのです!そんなつもりじゃなかったのです!わたしの手に触るのは危ないのです!なので……」
手をパタパタと振り、ちょっと可哀そうになるくらい必死な様子で否定するリーアちゃん。
俺に触れられたくない訳じゃないらしい。良かった。子供に邪魔者扱いされるおっさんはいなかったんだ。
……それにしても、手に触ると危ない?
「危ない?どういうこと?」
触ったら爆発でもするんだろうか?かっこいいけど、そんな【能力】持ちだと接客は任せられないから、できれば違っていて欲しいなあ……。
「はい。私の手に触れた物は、何でも冷たくなっちゃうみたいなのです……」
神妙な様子でリアーちゃんが告白してくれたが、俺はその内容に引っ掛かりを覚えた。
触ったら冷たく?なんか聞き覚えが……。
「…………ちょっと触ってみていい?」
「え?や、やめた方がいいと思うのです。度胸試しって言って触った村の人も、皆ガタガタ震えてたのですよ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
こんなかわいい女の子の手に触れるのを『度胸試し』等と宣う奴らに軽い怒りを覚えつつ、努めてなんでもない風を装ってリーアちゃんの手を握ってみる。
……なるほど。確かに握っている手を起点に体の熱が奪われていくのを感じる。
「あ!?駄目なのです!いくら天使様でも風邪引いちゃうのです!早く手を離すのですよ!」
『天使は風邪引かないと思うよ?』という言葉を飲み込みつつ、警告を無視する。
俺に握りしめられた手を外そうとリーアちゃんが一生懸命腕を引こうとするが、【身体強化Ⅱ】を使って抵抗する。
『んぎぎ……!ち、力が強すぎるのです!こんな小さな体のどこにこんな力が…………さすが天使様なのです……』とか言って、なんか俺を見る目の熱が急上昇した気がするがそれも無視する。うん。無視する。今対処するべき問題はそっちじゃない。後で絶対そっちも対処するけど。
【熱量操作】で体内の熱量の動きを確認してみると、俺の体内の熱量が、繋いだ手を通してリーアちゃんに移動していっているのが分かった。
やっぱりそうだ。これは【冷却】だ。
俺がこの世界に来る時にくじ引きで引き当てた【能力】。
今でこそ名前が【熱量操作】に変わったけど、元々は【冷却】という名前で、その効果は触れた物を冷やす、という物だった。
レストナードが詳細を知らなかっただけで、実際は『物体が内包する熱量を操作する』という物で、【冷却】はその効果の一端に過ぎなかった訳だけど。
【熱量操作】での物体の冷却は、対象が内包している熱量を吸収する事で発生する。
つまり、今現在の俺とリーアちゃんの状況だ。
試しに、勝手に移動しようとする熱量を操作して留め、吸収を妨害してみると、思いのほか簡単に出来た。メリアさんから吸収した熱量を放出するより楽だ。あれ、ミスって体内に留めちゃうと体の中が沸騰しかねないから実は結構危ないし、吸収した熱量を一切体内に留める事なく放出するって、割りと操作が難しいんだよね。
メリアさんに教えたら絶対禁止されるから教えないけど。
まあそれは置いておいて、リーアちゃんの抱える問題は詳細が判明した。対処法も分かった。
「……うん、こんくらいなら全く問題ないね。多分おねーちゃんも大丈夫だと思うよ。これ、俺の【熱量操作】と同系統みたい」
「ええ!?」
「あ、そうなの?それじゃあ、失礼しまーす」
「ええええええ!?」
俺に言葉を聞いて軽いノリでリーアちゃんの手を握るメリアさん。
両手を握られてリーアちゃんは目を白黒させているがそんな事お構いなしだ。
「お?お?おぉー……。うん。吸われていくねえ。確かにレンちゃんのと感じが似てるねえ」
「だよね。同じ【熱量操作】かは調べないと分からないけど、同系統である事は確かだね」
リーアちゃんの手を握ったまま、メリアさんと二人で考察をしていく。
話題の中心にいながら会話に全く参加できていないリーアちゃんは、目を見開いて視線を俺達二人の顔と握られた両手の間を忙しなく移動している。
「…………っとと。今はこれくらいが限界かな?いやー、スッキリ!」
溜まっていた熱量を粗方吸収されたようで、メリアさんは晴れ晴れとした表情でリーアちゃんの手を離した。
前回最後に放出したのが、拉致されて、位置を伝える為に合図を出した時だから……五日前か。
それを吸収しきるって結構すごいんだけど……大丈夫か?
「ねえリーアちゃん。体の内側にもやもやした物が溜まったりとか、体が堪らなく熱くなったりしてない?…………リーアちゃん?」
「……ええええー?ど、どういうことなのです?私の手に触って……触ったら、冷たく…………ええぇー?」
メリアさんが体内に蓄積する熱量は膨大だ。普通はあれだけの熱量は体内に保持なんてできないし、保持しようとした瞬間に体内発火か体液の沸騰で即死する。それは【熱量操作】を持つ俺でも変わらない。俺がメリアさんの保有熱量を吸収できるのは、吸収した傍から体外に放出しているからだ。そんなレベルの熱量を保持できるメリアさんの体質が異常なだけで、そんな体質を持つ生物なんて魔物以外に存在しない……と思ってたんだけど。なんか余裕そうだな?
「おーい、もしもーし?」
「……ハッ!ご、ごめんなさいなのです!聞いてなかったのです。なんて言ってたのです?」
理解の範疇を超えた状況にフリーズしていたリーアちゃんは、二度目の問いかけで再起動した。
フリーズ中に話しかけられた内容は耳を素通りしていたようだ。まあフリーズだしね。パソコンもフリーズ中は操作を受け付けないし。
「うん。体におかしいところはないかな?体の中にもやもやっとしたのが溜まってたりしてないかなーって」
もし何かしらの異常が出ていたら、それは十中八九、今吸収した熱量のせいだ。その場合、早急に体内の熱量を排出させなくちゃいけなんだが……。
「え?あ、はい。大丈夫なのです」
大丈夫らしい。確かに顔色も悪くなってないし、嘘はついてなさそうだ。
「そっか。って事は、同系統だとは思うけど俺の【熱量操作】とは別物かな?」
「どういうこと?」
「うん。ほら、俺って吸収した後、溜め込んだりしないですぐ放出してるじゃん?あれ、体内にあれだけの熱量を保持できないからなんだけど、この子は俺から吸収した分はおろか、おねーちゃんから吸収した分も放出する気配がないし、それによって体調に変化が現れる訳でもないみたいなんだよね。つまり――――」
「それだけの熱を悪影響なしで体内に保持できる、って事?」
「そーゆーこと。俺のよりすごい【能力】なのかもね。……まあ単純に、おねーちゃんの体質と俺の【能力】。両方を持ってるって可能性もあるけどね」
「それはそれでとんでもない事だと思うんだけど……」
実際に【熱量操作】より強力な【能力】だった場合、操作といいつつ実質は移動しかできない俺と違って、熱量そのものの増減ができるのかもしれない。まあ本当にそうだとしたら『熱量保存の法則どこいった?』って感じなんだけど。まあ異世界だし、そこらへんの法則やら何やらは、前の世界と違っていたりするのかもしれない。知らないけど。
「そうだね。まあ俺よりすごい【能力】であるにしろ、俺とおねーちゃんの合いの子であるのしろ、体に問題がないならそれでいいけどね」
「そうだねえ。私は熱が溜まってくると体調悪くなってくるし、レンちゃんは吸収した分は外に出さないといけないもんねえ」
そう。俺達の持つ体質や【能力】は強力ではあるが、歪で身の丈に合っていない。だから使い方を誤ると簡単に身を滅ぼしてしまう諸刃の剣なのだ。そういう意味ではリーアちゃんの【能力】は俺達の上位互換ともいえるだろう。……制御できれば。
「え?え?どういうことなのです?なんでお二人ともなんともないのです?体が冷えたりしてないのですか?」
リーアちゃんがめっちゃテンパってる。まあしょうがないだろう。今まで『手で触れた物を冷やす』という【能力】に例外はなかったんだろうから。
それが突然、しかも同時に二人も例外が発生した。そりゃテンパるよね。
「あー、うん。順番に説明するね。まず、リーアちゃんの【能力】。それ、正確には手で触れた対象から熱を吸い取ってるみたいなんだ」
【能力】の制御には、【能力】に対する理解が重要だ。元々【冷却】だったのが、【能力】への理解を深めた結果【熱量操作】に変化した俺という実例もあるからこれは正しいだろう。
【能力】の制御が出来るようになれば、この子は俺達以外とも気兼ねなく触れ合う事ができるようになる。その為の協力を惜しむつもりはない。
「は、はあ……。熱を吸い取る、なのです?」
首を傾げるリーアちゃん。
まあ分からないよなあ。俺だって前の世界の学校で教わったから知ってるだけだし。こっちの世界ではそんな事教えてくれないだろうし、というかそれ以前に、科学って学問のジャンルすらなさそうだし。
まあ今は科学の授業をやってる訳じゃない。なんとなく理解してもらえればそれでいい。
という訳で細かい説明は端折る。俺が細かい事を覚えていないからでは断じてない。断じてないのだ。
「まあ、そういうものだと思っておいてくれればいいよ。熱を吸い取られた物は温度が下がる。つまり冷えるって事だね。これがリーアちゃんの【能力】の正体。で、俺【熱量操作】っていう【能力】を持ってるんだけど、それって俺が触れた物体が持つ熱を操ることができるんだよね。今回はリーアちゃんに吸い取られるはずの熱を操って吸われないようにしたんだ。だからリーアちゃんの手を握っても温度が下がる事はなかった、って訳」
「はあ。…………よく分からないですけど、天使様はやっぱりすごいっていうのは分かったのです!」
「………………うん。もういいよとりあえずそれで」
言葉の通りよく分かっていないであろうリーアちゃんからの尊敬の視線を受けて、否定の言葉を飲み込む。よく分からないはずなのに、なぜか俺への好感度が鰻登りだ。
俺イコール天使の認識を改めさせる難易度がどんどん上がっている気がする。
「私はそんな大層なものじゃないよ。私、溜まりやすい体質なんだ。だから多少吸われても問題なし!むしろ吸ってもらって調子が良くなったくらいだよ!」
聞き様によってはすこぶるエロい台詞を吐きながらメリアさんが笑う。そのすさまじいプロポーションと相まって破壊力がすごい。この場に男がいなくてよかったよ……。
俺?俺は外見幼女だからセーフですよ!
「す、すごいのです。天使様もすごいですけど、メリア様もすごいのです……」
メリアさんも様付けになった!仲間が増えたよ。やったね!
……あ、メリアさんがすごい微妙な顔でこっち見てる。
ニッコリ笑っておいでおいでしてあげたらすっごい嫌そうな顔に変わった!
ふふふ。逃がさないよ?




