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第57話 イースに帰ってきたので、地下牢仲間の少女とお話しした。

 帰りの馬車は、大量の拉致組織メンバーに襲われる!なんて事もなく、二日でイースに到着した。

 行き(拉致)の馬車は一日で同じ距離を踏破していた事を考えると遅く感じるが、御者の人に聞いてみた所、通常は二日かかる距離との事だ。行きはよっぽど飛ばしていたんだろう。まあ犯罪行為後の逃亡劇でゆったり馬車旅、なんてする訳ないよね。

 ちなみに、救助隊も行きは一日で移動したらしい。

 隊員の招集に一日、他準備に一日、移動に一日の計三日だったそうだ。

 滅茶苦茶強行軍だった。救助隊の隊長さんが各所への通達や馬車の用意まで自ら率先して行い、三日での現場到着という偉業を成し遂げたそうだ。

 言われてみればイケオジさんの鎧は、土埃やら何やらで薄汚れていた。建物から馬車に移動する間に視界に入った、他の救助隊のメンバーも。

 イケオジさんもいい人だったようだ。この世界に来てからこっち、いい人にしか会っていない。なんて優しい世界なのか。まあ、運がよかっただけの可能性が非常に高いのだが。

 ……拉致された事実からは目を逸らしておこう。うん。


 イースに入った後、本来であれば詰所に行き、事情聴取のようなものを受けなければいけないそうなのだが、イースに到着したのが割りと遅い時間だったこともあり、また後日、ということになった。俺が提出した証拠や顛末書を精査して、聞きたいことがあれば改めて呼び出す、ということにしたそうだ。


 早く屋敷に帰りたかったのでその申し出をありがたく受け入れ、俺達は急いで屋敷に帰った。


「お帰りなさいませ。レン様、(マスター)


 人目のない場所まで移動してから、【いつでも傍に】を使用して屋敷に転移すると、すぐ傍にいた睦月が頭を下げた。


「ただいま。早速なんだけど、あの子はどこにいる?」


 俺が早く屋敷に帰りたかった理由の一つに、俺より先に拉致されていた獣人の子の安否確認がある。

 どれくらいの期間あの地下牢に囚われていたかは分からないが、かなり衰弱している様子だった。俺を天使と見間違えるくらいに。本来であれば救助隊に引き渡すのが筋だったんだろうが、いつ救助隊の人たちがやってくるか不明だったあの状況で、その手は使えなかった。それほどまでに衰弱しているように見えたのだ。だからこそ発見した時点でメイドを呼び、即屋敷に連れ帰ってもらった。

 同時期に地下牢に囚われていた事で、仲間意識みたいな物が芽生えていたというのもある。

 まあ、俺が地下牢に囚われていたのはほんの数分間だったんだけど。


「案内します。こちらです」


 先導する睦月の後ろを二人で付いていき、屋敷の中を進む。

 しばし歩いた後、一つの部屋の前で睦月が足を止めた。


「報告します。こちらの部屋です」


「ありがとう」


 この部屋、初めて入るなあ、とか考えながら案内してくれた睦月にお礼を言い、ドアをノックする。少しの間の後、中から『どうぞなのです』と返事が返ってきたので、ドアを開けて部屋に入った。ここは客室のようだ。そこそこの大きさの部屋の中にはテーブルやクローゼット、ベッド等生活に必要な家具が一通り揃えられており、なかなか快適そうだ。

 ベッドの上には一人の少女が上半身だけ起こした状態で腰掛けていた。


「っ!?て、天使様!?」


 俺を見て慌ててベッドから降りようとするのを手で制してから、テーブルに向かい、椅子を二脚持ってからベッドの横に移動し、持ってきた椅子を並べて座った。

 うん。まだ俺の事を天使と勘違いしているみたいだ。


「天使じゃないからね?……さて、調子はどうかな?不便はない?」


「あ、は、はい。もう大分良くなったのです。病気や怪我をしていた訳ではないので……」


 顔色を見るに嘘ではなさそうだ。地下牢で見た時よりも大分肌艶が良くなっている気がする。


「そかそか。食事は食べてる?あそこにいた時は満足に食べられなかっただろうから、好きなだけ食べてね。料理ならいくらでも出せるから」


 伊達に食堂を経営していない。食材は山のようにある。こんな小さな少女がどれだけ食べた所で備蓄にはなんら影響はない。


「は、はい。あんな美味しい料理初めて食べたのです。むしろ美味しすぎて食べ過ぎちゃうのです」


 お気に召してもらえたようだ。〈鉄の幼子亭〉で提供する料理を作り置きする合間に、病人食を作った甲斐があった。さすがに衰弱している人にコロッケとかトンカツとか食べさせられないからね。消化に良さそうな料理を数点作っておいたのだ。


「そりゃ良かった。……それじゃあ、体調も良くなったみたいだし、いくつか話をしておこうか。気になる事もあるだろうしね」


 意識が朦朧とした状態で地下牢から直行で屋敷に連れ帰ったから、状況が全く分からないだろう。地下牢から豪華な部屋に瞬間移動したような気分だろう。本当に瞬間移動したんだけど。


「まずは現状について。といっても大した事はないかな?君を地下牢に閉じ込めていた奴らは全員捕まったよ。救助に来た人に色々渡しておいたから、少なくとも無罪になることはないだろうね。そこについては安心していいんじゃないかな?俺の言葉だけじゃ不安っていうなら、明日にでも救助隊の詰め所にでも行くけど?」


「いえ。天使様の言葉に嘘なんてあるはずがないのです。不安なんてないのです」


「いやだから俺は天使じゃ……まあ今はいいや」


 俺を天使として信仰しているかのような台詞には困ったものだが、信じてくれるならいいや。今のところは。今は認識を改めてもらうタイミングじゃない。後回しだ後回し。


「じゃあ、次は今後についてだね。……確か、行く宛がないって言ってたよね?家には帰らないの?救助隊の人に言えば多少遠くてもなんとかしてくれると思うけど?」


 拉致される前に住んでいた街なり村なりがあるだろう。帰る為の路銀がない、という話なら救助隊に言えば出してくれると思う。さすがに救助しました。終わり。とはならないはずだ。被害者支援も後処理に含まれているだろう。

 彼女にとっても慣れ親しんだ場所に帰る方がいい、と思っての言葉だったのだが、返ってきたのは俺の予想と違っていた。


「はい……。わたし、元々住んでた村に居場所がなくて、半分追い出されるような形で村を出たのです。それで、大きな街にいけばなんとかなるかもしれないと思って、近くで一番大きな街であるイースの街に向かって旅をしていたのです。そうしたら、途中で……」


 あいつらに捕まった、というわけか。

 捕まった経緯は分かった。でも一つ分からない事がある。


「なんで村に居場所がなかったの?なんかやらかしちゃった?」


 これは聞かなくてはならない。もしその理由によっては、彼女を街から追い出すなり、衛兵に突き出すなりしなくてはならない。……まあ、やばい事をやらかしそうな子には見えないけど。


「はい…………実はわたし、木に登れないのです」


「「………………は?」」


 意を決して、という雰囲気で告白してくれた内容に驚愕する。横に顔を向けると、メリアさんが口をあんぐりと開けたまま固まっている。俺もあんな顔をしているんだろう。そして心の中で叫んでる事も一緒だろう。

 ずばり『そんな事で!?』だ。


「わたし、見ての通りリスの獣人族なのですが、わたし達の一族は、木の上に家を建てて、そこに住むのです。家建っている場所が高ければ高いほど偉いのです。でもわたしは木に登れないので、地面で、一番低い場所にしか居られないのです。それで……」


 耳を触り、布団から尻尾を出しながら悲しそうな表情で言葉を続ける少女。


 ……へー、何の獣人かと思ったけど、リスなのかー。地下牢では体の影に隠れて見えなかったからなあ……。まあ、その時に見えてたとしても分からなかっただろうなあ。リスなんてほとんど見たことないしなあ。前の世界でも画像でしか見たことなかったし、森に暮らしていた時にも何故か見なかったなあ。…………そういえばあの森、小動物ほとんど見なかった気がするなあ。俺が見つけるの下手だっただけかなあ。……あー、尻尾すっげえモフモフだなあ。言ったら触らせてくれるかなあ…………。


 ……っとと、思考が飛んでしまった。今は大事なお話し中。集中しなくては。……メリアさんもだよ?気持ちはわかるけど手をワキワキするのはやめようね。


 うん。高い場所に居ればいるほど偉いって風潮なら、そりゃ木に登れない奴のヒエラルキーは低いのだろう。種族の違いによる考えの違いを痛感するな。


「なるほどねえ。ちなみに、なんで登れないの?運動苦手?」


「いえ、動き回るのは好きなのです。苦手でもないのです」


 まあ、リスだしなあ。このちんまい体でチョコチョコ動くのを見たらあまりの可愛らしさに悶死しそうだ。

 運動そのものが苦手なんじゃなかったら、木に登るくらい簡単に出来そうなもんだけど。種族的に。


「だったらなんで…………あ」


 俺の言葉に少女は俯いてしまった。あ、やべ。やらかした。偏見は良くない。人には得手不得手があるのだ。偏見は差別を生む。行きつくところは迫害だ。これでは彼女の村の人たちと変わらない。


「ご、ごめん。そういう意味じゃ――」


 傷つけてしまったと思い、慌てて否定の言葉を言おうとしたら、それを遮るように小さな声が聞こえた、


「…………くが」


「え?……ごめん、よく聞こえなかった」


 声が小さくて上手く聞き取れなかった。なので聞き返した。

 すると少女は俯いていた顔を上げた。真っ赤な顔で。滅茶苦茶恥ずかしそうな顔で。

 やべえ、嫌な予感がする。


「…………お肉が邪魔なのです。胸とか、足とか。村でも太っちょって馬鹿にされてたのです」


「……………………なるほど」


 少女の言葉に釣られて、実は一生懸命に顔だけを見るようにしていた視線が下に移動してしまう。

 簡素な寝巻の布地をググッと持ち上げる胸部。この部分だけ布地が引っ張られてちょっと苦しそうだ。

 そのくせ腰の部分はキュッと細く絞られており少し布が余っている。

 ……うん、この寝巻はメリアさんのだな。

 俺達の寝巻は各々の好みに合わせた形状をしている。

 俺はゆったりしたのが好きだからちょっと大き目でダボッとしている。

 メリアさんはピッチリしたのが好みなので、体のラインがしっかり出る物を着ている。

 俺のはともかく、メリアさんは合う服が見つからず、胸のサイズに合わせた大き目の服を仕立て直して着ている。

 つまりこの子は、メリアさんより胸が大きく、かつ腰が細いという事だ。なんという我儘ボディ。メリアさんもかなりすごいプロポーションなのに、それを上回るとは……。

 身長は俺と大して変わらないのに……すさまじいな。


 …………やばい、この世界に来て初めて俺の中のおっさんが目を覚ましそう。自重しなくては。今の俺は六歳の幼女。下心溢れるネットリした視線はご法度だ!……前の世界でもご法度だったわ。

 ゴホンゴホン……。うん。別に太ってないよね。まあ確かに肉付きはいいかもしれないけど、腰はしっかり括れてるし。なんつーか、えーっと……とても女性的な体つきだ。

 この子の一族はひたすら細いのがモテるのかね。


「ゴホン!……それについては置いとこう、というか気にしなくていいよ。で、これからどうするかは考えてる?」


 イースで暮らすならば、木に登れないなんていうのは生活に全く関係がない。

 商業組合(ギルド)に行けば、働き口くらいなら見つけられるだろう。俺達も一緒に行けばそれなりに優遇してくれると思う。商業組合(ギルド)は、金回りの良い組合(ギルド)員には優しいのだ。


「出来れば、天使様のお側にいたいのです。わたしをあそこから助け出してくれた、恩をお返ししたいのです」


「恩を返す、とかは気にしなくていいんだけど……じゃあ、うちで働いてみる?」


 ちょうど〈鉄の幼子亭〉に従業員が欲しかったところだ。働いてくれるなら正直ありがたい。

 これ以上〈鉄の幼子亭〉へのメイド割り当てを増やすと屋敷内の業務が滞ってしまう。とルナから言われていたのだ。

 こんな小さな少女を働いてるのは見たことがないが、そんな事言ったら俺だって見た目六歳なのにバリバリ働いてる。問題ないだろう。こういうのは前例があれば通りやすいものだ。


「本当ですか!?ありがとうございますなのです!わたし、死ぬ気で働くのです!」


 重いっす。ウェイトレス業務で死なれると困るっす。


「い、いや、そこまでは……まあ、いいや。これからよろしくね……えーっと」


 そういや名前聞くの忘れてた!というかお互いの自己紹介してない!

 そういうのは一番最初にやるもんだろう!俺の馬鹿!


「あっ!私、リーアと言うのです!見ての通りリスの獣人なのです!よろしくお願いしますのです!」


 あ、空気を読んで自己紹介してくれた。いい子だ。

 じゃあ、遠慮なくその流れに乗らせてもらおう。


「ん。リーアちゃんね。俺はレン。よろしくね。で、こっちにいるのが……」


「メリアだよ。これからよろしくね、リーアちゃん」


「はい!レン様、メリアさん、よろしくお願いしますのです!」


 ……いや、おかしくね?


「な、なぜ俺だけ様付け……?」


「?レン様は天使様なのです。様付けは当たり前なのですよ?」


「違うからね?」


 確かに、途中から訂正しなくなったけど、それは都度訂正を挟むと話が終わらなくなりそうだったからであって、俺が天使である事を認めた訳じゃないからね?


 そんな可愛らしく首を傾げても、違う物は違うからね?

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