第54話 人拐いのアジトに着いたら先客がいたので決意した。
メリアさんとの【念話】を中断し、馬車の壁に体を預けて全身の力を抜き、目を閉じる。まだ意識が戻ってないように見せかけるためだ。意味があるかは分からないけれど、念のため。
「おらガキ!着いたぞ!……んだよ、まだおねんね中かよ。ぶん殴って起こしたいとこだが、傷物にする訳にはいかねえし……。ったく、めんどくせえなあ」
入口から入ってきた男が、俺の様子を見てブツブツと文句を言いながら近づいてきた。
すぐ近くまで寄ってきた男は、俺の頭の上の方でガチャガチャやっている。多分鎖から枷を外しているんだろう。大した時間もかからず枷を外した男はそのまま俺を小脇に抱え……っておま、腹の所で抱えるんじゃない!体重が腹に掛かって……く、苦しい!
ちょ、おまっ!もっとゆっくりっ!丁寧にっ!扱えっ!一歩っ!歩くっ!ごとにっ!腕がっ!腹にっ!めり込むっ!ぐほっ!
た、待遇の改善を要求する!
しかし実際に声を出す訳にもいかず、かといって腹筋に力を入れて耐えることも、意識があることがばれてしまうためにできず。
全身を脱力し、両手両足をブランブランさせた状態で、必死に耐える。
移動自体は数分で終わったのだが、拷問を受けているかのような状況のせいで、何時間にも感じた。俺、頑張った……。
頭上でやたら重そうな音が響き、次いでアルコールと埃、そして人間の体臭が混じり合った匂いが鼻をついた。
建物の中に入ったようだ。
「あ!お前ら!俺にガキのお守りをぶん投げておいて、もう始めてやがんのか!」
「おうよ!今回も上手くいったんだ、打ち上げして何が悪い!おら、さっさとそのガキぶちこんで来い。早くしねえとお前の分まで飲んじまうぞー!」
「ばっかお前!すぐ戻ってくっからな、俺の分も残しとけよ!」
「どーだかなー」
「ぎゃはははは!」
声から判断するに、人数は俺を運んでいる男を含めて最低三人。だが、イースで俺を囲んだ時はもっと人数がいた。
今の短時間では喋らなかったか、今はここにいないって所か。
仲間に煽られ、男はドタドタと慌ただしく地下へと続く階段を降りていく。
で、階段を一歩下りるたびに、男の腕が勢いよく腹に深くめり込む。
ぶっ!ぐっ!だからっ!もっとっ!丁寧にっ!運べよ!大事な商品なんじゃねえのかよ!吐くぞこの野郎!
腹部への執拗なダメージに必死に耐え続ける事しばし、ようやく目的地に着いたらしく、強烈な腹部への圧迫が終わった。といっても、自分の全体重が腹部に集中しているのは変わらないが。
ガチャガチャという音の後、ギィッという音が後頭部のあたりから聞こえる。扉か何かを開けたようだ。状況的に俺を閉じ込めておく牢屋か何かだろう。
さすがにぶん投げられる事はなかったが、割りと雑に地面に下ろされた。
石製らしき床にあちこち擦れてめっちゃ痛い。そろそろ声を我慢するのがしんどい。
「これでよし!さっさと戻らねえと、飲みっぱぐれちまう!」
そう言って、男は行きと同様慌ただしく戻っていった。しっかり牢屋の鍵を掛けて。いくら急いでても、さすがにそこを忘れる事はなかったか。
足音が完全に聞こえなくなったのを確認してから、そろーっと目を開いた。
右、左、前。
うん、大丈夫そう。
【金属操作】を発動して両手両足の枷を外す。両手が自由になったので、猿轡も外して、【魔力固定】で服を作って着た。とりあえず着れればいいので、無地の貫頭衣だ。【魔力固定】では複雑な作りの服なんか作れないとも言う。
枷が嵌まっていた部分を擦りながら、改めて周囲を確認する。
牢屋のサイズは三畳くらい。三方ががっちりとした石造りの壁で、残る一方に木製ながら頑丈そうな格子が嵌められている。扉っぽい作りの部分があるので、ここから入れられたようだ。ザ・牢屋!と言った風情が漂っている。
格子の隙間から顔を出――――そうとしたが隙間が狭すぎたので、格子の間に顔を押し付けて外の様子を確認する。見張りはいないようだ。えらく杜撰だな。
とりあえず、このまま出ても問題なさそうな事は確認できたし、このまま牢屋の中に居てもメリットは一つもないので、ここから出よう。
格子の隙間から手を出して、扉の錠部分に触れる。【金属操作】を発動し、さっくりと形状を変えて錠としての機能を潰した。
そっと扉を押すと、ギィッと小さくきしみながら開いた。
「よし。脱出成功っと」
牢屋から出て、改めて周囲を確認する。この部屋には牢屋が四つあるようだ。同じ作りの牢屋が横一列に並んでいる。俺が閉じ込められていた牢屋は階段から二番目だった。
階段に近い方から順番に中を確認していくが、一番目、三番目の牢屋は空だった。
最後の牢屋の中を確認すると、一人の人間が枷を嵌められた状態で入っているのがぼんやりと見えた。
牢屋の中が暗くてよく見えないが、格子と逆側の石壁に背中を預け、力なく手足を投げ出している。
座っているから細かくは分からないが、体つきから見て多分女性。身長は俺と同じくらい。小さい。って事は子供かな?色の濃い茶髪は肩口のあたりで切り揃えられていた。項垂れているため顔は見えない。が、代わりに特徴的な物が見えた。
ケモミミだ。
先の丸い耳が二つ、頭にくっついている。猫耳でも犬耳でもなさそう。はじめて見る形だ。
「初めて見た。この世界って獣人いるんだ……」
俺の知る限り、イースには獣人はいなかった。全員が一般的な人間、つまり人間族だった。
まあ『人間族』なんて区切りがある時点で、他の種族も存在する事は確実ではあったけど。
だが、記念すべきこの世界での獣人とのファーストコンタクトが人浚いのアジトってのがちょっと悲しい。
「っとと。こんな事してる場合じゃないや」
ついつい初めて見る獣人に目を奪われてしまっていた。気を取り直して、扉の錠を破壊して牢屋の中へ入る。
身じろぎ一つしない少女に近づいて――――息をのんだ。
牢屋の外からは暗くて良く見えなかった色々な部分が、近づいた事でしっかり見える。
身長は確かに俺と同じくらいだ。だが。
「でっか……」
胸が超でかかった。メリアさんよりでかいかもしれない。
小学校低学年並みの身長に、超巨乳。アンバランスにも程がある。
そのくせ腰はきゅっと絞られていて、続く尻は胸同様肉付きがいい。
こんな場所に閉じ込められているせいで薄汚れているが、それがまたなんというか、エロい。
「………………」
無言で自分の体に視線を移す。目に入るのは、いかにも子供!といった各種パーツ達。
「…………負けてないし。これが普通だし。あっちが反則なだけだし」
言いようもない悔しさを感じてしまい、そんな言葉が口をついて出た。続いて苦笑。この身体で過ごす内に、精神も変質してきているのかもしれないな。
「ねえ、起きて。ねえ」
少女の負担にならないように注意しながら肩を揺する。そのたびにぷるんぷるん揺れる胸。その光景に言い様もない敗北感を覚えながらも、ぐっと堪えて肩を揺すり続けると、小さなうめき声と共にゆっくりと顔を上げた。
「ぅ…………。ぁ……?てん、しさま?」
意識が朦朧としているようで、俺が天使に見えたらしい。
少女の不安を煽らないように、笑顔を作って話しかける。
「天使なんて大それた者じゃないよ。ねえ、なんでこんな所にいるの?」
「…………いるばしょがなくなって、むらをでたのです。……いちばんちかくの、おおきいまちがイースだったから、そこにむかってたの、です。……そうしたら、とちゅうで、おとこのひとに、かこまれて…………きづいたら、ここにいたのです」
少女は、俺の質問に途切れ途切れながらも答えてくれた。所々突っ込んで聞きたい箇所はあったが、おおまかな事情は把握できた。
…………複雑な事情がありそうだな。
でもまあとりあえず、次に聞くべきことを聞く事にしようか。
「なるほど。……ねえ、ここから出たい?」
俺の言葉に、少女は大きく目を見開き、次いでその目が涙の膜に覆われる。
「で、でたい、です。わたし、なにもわるいこと、してないです……。あぁ……てんしさま、わたしを、おすくいくださ、い。…………もう、うごけない、のも、おなかが、すく、のも……いや、です」
呂律の回らない口調で、ポロポロと涙を流しながら天使様――――俺に懇願する少女。
相変わらず俺を天使と間違ってるみたいだけれど、出来る限りのことはしようか。
「わかった。これから安全な場所に連れていってあげる」
(一人こっちに来てくれる?要救助者がいる)
少女を繋いでいる両手両足の枷を外し、【魔力固定】で作った貫頭衣を着せる。
それと同時に【念話】でメイドの派遣要請も行っておく。
「……ありがとう、ございます」
「報告します。キクヅキ到着しました」
「ぇ?ぁ……あたらしい、てんしさま?」
前触れもなく俺の背後から現れたメイド――――菊月を、驚きつつも天使様呼びする少女。メイドも天使様か。それじゃあ、メイドが合計十三人もいる屋敷は、さながら天国だな。
「ん。じゃあこの子を屋敷に連れていってあげて。空いてる部屋を使っていいから、しっかり療養させてあげてね。あと、おなか空いてるみたいだから、食べ物もよろしく」
「畏まりました」
俺の指示を受け、菊月は少女にも【いつでも傍に】を適用する為に少女を抱き上げた。
おぉ、お姫様抱っこだ。クールな見た目で高身長なメイドがやるとすごい絵になるな。
「そのお姉ちゃんが安全な場所に連れていってくれるからね。安心してね」
「てんしさまは、いっしょにきてくれない、のですか?」
一切の抵抗なく抱き上げられた少女は、顔をこちらに向けてそう言った。
まだ意識がはっきりしないようで、ぼんやりした目を俺に向けて、俺の同行を望む少女。
同じ天使様扱いでも、菊月より俺の方が親しみやすいようだ。
片や高身長、無表情。
片や低身長、笑顔。
うん、まあ、しょうがないね。
そう思われるのは素直に嬉しいけど、まだ戻る訳にはいかない。
「ちょっと用事があってね。大丈夫。終わったらすぐ行くから」
「…………はぃ、おまちしてますです」
そこまで話した所で二人が消えた。菊月が【いつでも傍に】を使用して屋敷に戻ったようだ。
これであの子については一安心だな。
「…………さて」
少女を不安にさせないために貼り付けていた笑顔が、剥がれる。
自分の顔が醜く歪むのを自覚しながら、ネットワーク全体に【念話】を送る。
(そう遠くない内に、空に合図を送る。確認できたら人を送って。そこの近くに居るから)
(……え?ちょっとレンちゃん?何しようとしてるの?捕まってた子は助けたでしょ?だからレンちゃんも早く戻って――――)
(こいつらは俺を怒らせた)
元々、折角の休みを潰された怒りから、二度と人拐いなんてできないようにしてやろうと考えていた。
だけど、自分以外の人間が拐われ、枷を嵌められているのを目にして、ポロポロと涙を流しながら助けを求めてきた少女を見て、考えが、いや、モチベーションが変わった。
頑張って作り上げた、安定した生活。俺達十五人が余裕を持って生活していけるだけの生活基盤。
こいつらの存在はそれを脅かす。
(一掃してやる)
(っ!?)
さあ、始めようか。ガキだと思って甘く見るなよ。人拐いなんてクソみたいな事をしてる奴らに、目に物を見せてやる。
(ひ、一人でやる気!?そんな、危ないよ!せめて人を集めてから……)
(いや、今ならいける)
一仕事終えてあいつらの気が緩んでいる今なら、制圧するのもそこまで難しくないだろう。伊達に毎日戦闘訓練していない。
一人でもやってやるさ。
(…………気を付けてね)
(ああ)
俺の意思が固い事を察したメリアさんは、苦し気な様子で俺を送り出す言葉を言い、俺はそれに答える。
重い雰囲気が流れる中、ルナからの【念話】が俺とメリアさんに届いた。
(えーっと……。一つお伺いしてもよろしいですか?)
(…………なに?)
(手を繋いだ状態で我々が【いつでも傍に】を使用すれば、主もそちらに行けますよね?どうして使わないんですか?)
「………………」
(………………)
(…………あの?)
(…………来る?)
(…………行く)
戦力が二人になった。