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第53話 休みに街に行ったら拉致られた。

「むぐぅ……」


 くっそ、どうしてこうなった…………。

 小さく呟こう――――として、猿轡の所為でくぐもった音しか出せず、俺は頭を抱えよう――――として、ジャラッと音を立てる鎖に邪魔をされた。


 両腕を上げた状態で固定されているのを確認して、これまた小さく舌打ちし、ため息を一つ。

 視線を下に向けると、一糸纏わぬ幼女の裸体が目に映る。

 ほんの僅かに膨らんだ胸。ほっそりとした、しかしふんわりと肉の付いた柔らかそうな腹部には小さな臍の凹み。それに繋がる華奢な腰付きに細い足。見える肌は所々に小さな擦り傷があるが、全体的にキメが細かくスベスベだ。

 そんな発展途上な美しさの中、細い足首に取り付けられている無骨な金属製の枷が痛々しい。

 ……まあ、俺なんですけど。


 少し冷えてしまったようで、無意識にブルリ、と大きく震える。もちろん真っ裸な所為もあるが、気温自体が下がっているようだ。

 とりあえず、このままでは風邪を引いてしまうので、【熱量操作】で周辺の熱を少し集めて暖を取る事にした。

【魔力固定】で服を作ろうとも思ったが、両手両足が拘束されているので、作っても着る事ができないので諦めた。


 ……屋敷を出る時は暖かかったんだけどなあ。


 口の中で呟いた言葉を引き金に、こんな状況に陥るまでの記憶がフラッシュバックしてきた。


 ……。


 …………。


 俺は、年中無休な屋敷のメンバーの労働環境を改善する一環として、シフト表を作成して、各々に休暇を設定した。

 で、運用開始後初めての休日に、俺はイースの街をぶらついていた。


 目的もなくぶらついている訳ではない。今日は、アクセサリーのデザインについて学ぶ為に、実際に売られているアクセサリーを見て回ろうと思っている。


 ルナが生まれ変わった際、お願いされて【ゴード鉱】で作った三日月のバッジを渡したのだが、それを見たメリアさんが『私も欲しい!』と駄々をこねた。で、半ば押し切られる形で、メリアさんにも手作りのアクセサリーを渡す事になったのだ。

 ……うん、まあ別にメリアさんに渡すのが嫌って訳じゃないから、渡すのは全然構わない。だが、ルナとメリアさんだけに渡すのはさすがに不公平だろう。なのでいっその事屋敷のメンバー全員に渡そうと考えた。そして、どうせ渡すならある程度ちゃんとした物を渡したいので、実際に販売されているアクセサリーを見て勉強しようと思った訳だ。


 ちなみに、メイドの皆には、生まれ変わった時に、記念品として渡そうと思っている。

 いくら実物のデザインを見て勉強した所で、残り十三個分ものアクセサリーを作るのはなかなか骨が折れるからね。デザイン的な意味で。

 デザインさえ決まっていれば、【金属操作】で簡単に作れる、はず。

【金属操作】まじ便利。


 で、色々見て回るのはそれなりに時間が掛かるので、どうせなら休みの日にガッツリ時間を取って見に行こうと思ったのだ。

 …………これからしばらく俺の休みは、アクセサリー屋巡りで潰れそうだ。


 で、あちこちをフラフラと見て回っている最中に声を掛けられた。


「そこのお嬢ちゃん。見ていかないかい?綺麗な髪飾りや首飾り。可愛いお人形なんかも揃ってるよ!」


 声が聞こえた方向を見ると、大通りから少し奥まった場所に、一人の男性が座っていた。

 男は地べたに直接座っており、男の前には布が広げられている。布の上には商品らしき物がいくつか置かれていて、男が露店商だということが分かった。

 男性の口上の通り、売り物はちょっとした小物や木彫りの人形等で、そこそこ出来のよさげなアクセサリーの類いも置いてあった。

 露店の前には何人かの客がおり、商品に手に取って見ていた。


 遠目でもアクセサリーの類がある事が確認できたので、細かい造形を確認するために近づいてみる事にした。

 まあ、買う気はないんですけど。完璧冷やかしですけど。


「おじちゃん、私も見ていーい?」


「おうおう、見てけ見てけ!気に入ったのがあったら母ちゃんにねだって買ってもらってくれや!」


「うん!」


 残念、買いません。見るだけです。


 そんな心の声とは裏腹に、久しぶりに幼女モードに移行して元気に返事をし、体の小ささを最大限に発揮して客と客の間に体を滑り込ませる。

 たいした苦もなく最前列に陣取って、陳列された商品を一つ一つ眺める。

 小さな花飾りが付いた髪飾り。植物の蔦をモチーフにした指輪。木彫りの人形は人間族の女の子を可愛らしくデフォルメした造形で、簡素な布の服を着ている。


 全体のラインナップは成人女性向けの物が多いか?……いやでも、所々に子供向けの商品も置いてあるな。ターゲットは子供連れだろうか。あー、でも、こういうアクセサリーって、女の子が好きそうだなあ。大人っぽいアクセサリーを身に着けて背伸びする、ちょっとおませな子供ってのはどこにでもいるし。

 ん?よくよく見てみると、アクセサリーも可愛らしさを全面に押し出してる気がする。これやっぱり、ターゲットは女の子だな。

 そんな考察をしながらも、並べられた商品をじっくりと眺めていく。

 アクセサリーの造形を学ぶのが目的ではあるが、全体的に丁寧な作りの物が多く、アクセサリー以外の商品も見ていてなかなか楽しい。

 前の世界ではウインドウショッピングって嫌いだったし、正直な話、買う予定にない物を延々見続ける事が理解できなかったのだが、俺も変わったもんだ、とか考えながら商品を見ていると、いつの間にやら両サイドにいた客がいなくなっており、最前列には自分しかいないことに気がついた。


「ん?」


 振り返ってみると、先ほどまで隣にいた客が後ろに移動しているのが見えた。気づけば、他の客が俺を取り囲むような位置取りになっている。背後の客達は全員笑顔で俺を見ているんだが、目が笑っていない。

 その目は、さっきまで俺がしていたであろう――――陳列された商品を見るような目。


「お、おじちゃん、ありがとう。もう行く―――」


 いくら平和な現代日本出身とは言え、この状況がヤバい事くらいは分かる。早急にこの場から離れなくてはならない。できるだけ平静を装いながら前に向き直ると、いつの間にやら、商人の男が人差し指をこちらに向けていた。突きつけられた指先に黒いもやのような物が集まり、一瞬の間をおいて弾丸のように撃ち出されるのが見えた。魔法だ。


 この状況で、俺に向かって放たれる魔法がマトモな物の訳がない。

 慌てて結界を発動させる。ほぼ毎日、短時間ではあるがメリアさんとの模擬戦をしているので、結界の発動自体は慣れている。

 さらに、弾丸の速度がそこまで速くなかったので、結界の展開がなんとか間に合った。

 自身の周囲三センチほどの位置に、魔力によって無色透明の壁が生成された。

 俺の結界は、メリアさんがそこそこ力を込めた一撃にギリギリ耐えられるくらいの強度がある。まず問題ないだろう。


 後はあの弾丸を弾いた後【身体強化Ⅱ】を発動して、後ろの奴らの間を強引に抜ければいいかな?

 とりあえず、人目のある場所まで移動できれば大丈夫だろう。


 そんな事を考えている間に黒い弾丸が結界に到達し、()()()()()()()()()


「――――は?」


 弾丸が結界に阻まれると思っていた俺は、全くの無抵抗で結界を抜けた弾丸に対して間の抜けた声を上げた。

 完全に油断していた為に微動だにできず、眉間に弾丸を受ける事になってしまった。

 弾丸が当たった瞬間、物理的な衝撃の代わりにすさまじい眠気が押し寄せ、抗うこともできずに意識を失った…………。



 で、目が覚めたら、真っ裸にひん剥かれた挙げ句、両手両足に枷を嵌められ、さらには猿轡まで噛まされていた訳だ。いや、状況が理解できた瞬間、盛大にパニクったよ。猿轡が無かったら叫んでたね。

 一通り混乱して、この状況で焦っても仕方がない、となんとか落ち着いたのがついさっきだ。


 深呼吸しすぎてちょっと過呼吸になりながら、周囲の状況を確認する。

 ……今俺は馬車の中にいるようだ。さっきから部屋全体がガタゴト揺れているし、馬の嘶きらしきものも聞こえてくる。

 クッション無しで座らされている為、尻が滅茶苦茶痛い。

 窓はなく、中はほぼ真っ暗だが、壁を構成している板の間に僅かに隙間がある場所があるようで、少しだけ外の光が漏れ入ってくる。漏れる光が赤っぼいので、今の時刻は夕方あたりか。この状況で俺が最初にするべきことは……。


(もしもーし。誰か返事ちょーだーい)


 身内への連絡だ。

 一応無事?である事は伝えておかないと、心配掛けちゃうからね。


(レンちゃん!?今どこにいるの!?丸一日もどこ行ってたの!?)


【念話】で呼びかけたら、速攻でメリアさんから返事が返ってきた。


(え、丸一日経ってるの!?)


(そうだよ!?【念話】にも反応しないし…………し、しんばいじだんだがら!)


 丸一日寝ていたのか。それは心配かけちゃったなあ……。

 涙声のメリアさんをなんとかなだめつつ、イースでの出来事と、現状を伝える。


(とまあ、こんな感じかな?状況を見るに、拉致されちゃったみたいだね)


(落ち着きすぎじゃない!?拉致されたんだよ!?)


(いやさっきまで十分すぎるくらい混乱してたからね)


 思い出したくない程度にはパニクった。少なくとも尻の下部分の床が濡れるくらいには……。


(とりあえず情報の共有はもういいかな?で、これからどうするかだけど――――)

(助けに行く!)


 俺の言葉を遮る勢いでメリアさんが答えた。うん。まあその答えは予測できてた。

 でもそれは難しいと言わざるを得ない。


(どうやって?場所わからないでしょ?)


(【いつでも傍に】を使えば……)


(おねーちゃんは使えないじゃん。まあ俺が使えば帰るのは簡単なんだけどさ)


【いつでも傍に】は同一ネットワーク上の存在の近くに転移する【能力】(スキル)だけど、ネットワークの最上位に位置しているメリアさんは、自身が転移する事ができない。『トップはどっしり構えてろ。必要なら自分が出向くんじゃなくて、下の者を呼べ』という事らしい。面倒な仕様だ。

 だが、その仕様が適用されるのは最上位のみ。俺は上から二番目らしく、その仕様からは外れているので、好きに転移ができる。


(そ、そっか!レンちゃんが使えばいいんだ!)


 とても嬉しそうなメリアさんの声が頭に響く。表情が目に浮かぶようだ。


(まだ使わないけどね)

(なんで!?)


 メリアさんの疑問も尤もだ。帰る手段があるにも係らず、まだ帰らないと言っているんだから。


(あいつらさ、かなり手口が巧妙だったし、多分常習犯だよね)


(え?……あ、う、うん。聞いた感じ、結構手慣れてるっぽいねえ)


 いきなり話の内容が飛んだ為、メリアさんは困惑しながらも相槌を打つ。


(うん。常習犯って事は、またイースで事に及ぶかもしれないよね)


(う、うん。可能性はあるね)


(気にくわないよね。正直邪魔だし、迷惑だ)


 ここで俺が逃げたら、俺は助かるかもしれないけど、こいつらは犯行を繰り返すだろう。拉致した子供が一人逃げたくらいで以後の犯行を諦めるなんて到底思えない。


(で、ここで質問なんだけど、そんな人達に拐われた俺は、これからどこに連れていかれるでしょうか?)


(え?……まあ普通に考えれば、そいつらのアジトか奴隷商人…………ちょっと待って、まさか)


(だよね。ってことで、このまま連れていってもらおうと思います。で、潰す)


 正直、かなり頭に来ている。

 ……折角の休みを潰しやがって!お前らみたいなのがのさばってたら、おちおち買い物にも行けんわ!

 あ、殺しはしません。というか出来ません。魔物すらまともに倒せないのに、人を殺すなんて無理です。


(だ、駄目だよ!危ないって!レンちゃんがそんな事しなくてもいいじゃない!もっと安全な方法を考えよう?ね?)


 メリアさんの意見も御尤もだ。わざわざ俺が危険を侵す必要はないかもしれない。時間を掛けて意見を出し合えば、もっと安全で、確実な方法が思いつくかもしれない。

 だがそれはできない。なぜなら。


(馬車が止まった)


(っ!?)


 時間切れだからだ。

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