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第52話 屋敷の勤務体系を見直してみた。

「休暇を作ろうと思います」


 ブロッククッキーのレシピを冒険者組合(ギルド)に渡してから数日後の朝食時、一日の初めに屋敷のメンバーが揃うタイミングで、俺はそう切り出した。


「……キュウカ?」


「うん」


「…………キュウカって何?」

「ファッ?!」


 メリアさんの首を傾げながらの台詞のあまりのインパクトに、変な声が出てしまった。

 メイド達に目を向けてみるも、俺の視線に気付いたらしく、皆一様に小さく首を振っている。全員休暇が何なのか分からないようだ……あ、ルナだけすっごい嬉しそう。そうね、ルナは俺の記憶の一部を継承してるから知ってるのね。

 そっかー。まじかー。そこの説明からなのかー……。


 という訳で、休暇とはなにか?を説明することにする。


「ほら、みんな、毎日仕事してるじゃない?俺とおねーちゃんは冒険者……としてはほとんど活動してないけど、〈鉄の幼子亭〉に出ずっぱりだし、メイドの皆も、屋敷の仕事しつつ〈鉄の幼子亭〉も手伝ってもらってるでしょ?」


「そうだねえ。ほんと、メイドの皆には頭が上がらないよ。今更だけど、皆、ありがとう」


「いえ!それがルナ達の仕事ですので!」


 とルナが声を上げるが、その声はとても弾んでいた。主であるメリアさんから感謝の言葉を掛けられたのが嬉しいようだ。他のメイドの大きく頷いてルナに同意している。


「うん、そこは俺も同じ気持ちだよ。本当に助かってるよ。ありがとう」


「そ、そんな、レン様まで……へへへ、うぇへへへへへ~」


 …………生まれ変わってから、ルナの笑い方が気持ち悪くなった気がするんだけど。

 あれ、俺の魂が入ってるからなの?俺ってあんな気持ち悪い笑い方なの?


 いや、そんなことはないはずだ。違う肉体に入ったことで魂が、なんか、こう、なんか変質したんだ。

 そういうことにしておこう。うん。じゃないと俺が人前で笑えなくなる。


「う、うん。で、話を戻すけど、おかげさまで〈鉄の幼子亭〉も盛況だし、ブロッククッキーのレシピを売ったことで別口から定期的にお金が入る目処も立った。そろそろ、全員が全力で働く体制を見直したいと思ってね。そこで休暇な訳です」


「ふーん。で、そのキュウカって何するの?その言い方だと、新しい仕事って訳じゃないよね?」


「何もしません」


「……はい?」


「だから、何もしません。……ああ、何もしないっていうのは語弊があるかな?仕事は何もしないっていう方が正しいかな?休暇中は、自分の好きに過ごしてもらっていいんだ。好きなだけ寝坊していいし、個人的に欲しい物を買いに行ってもいい。街を見て回るのも楽しいかもね」


「おお…………キュウカってすごいんだねえ」


「あ、うん」


 すごい?いや、ただのお休みなんだけど?

 良く分からないメリアさんの相槌を曖昧に受け流して、話を続けていく事にする。仕事前だから、あんまり時間もないので。


「……で、その休暇を導入するに当たって、同時に導入する物がいくつかあります。まず一つ目。それは……」


「それは……?」


 俺の勿体ぶった態度に乗って、メリアさんがごくり、と喉を鳴らす。ありがとうございます。

 メイドの皆は真剣すぎ。そんなに凝視しないで。大した事言わないから。


「これ!シフト表です!」


 心のなかで『ババーン!』と効果音を鳴らしつつ〈拡張保管庫〉から取り出したのは、一枚の紙。


「……シフトヒョウ?」


「うん。今まで、メイドの皆は〈鉄の幼子亭〉の業務に交代で入ってたでしょ?それを俺とおねーちゃんにも当てはめた上で、改良してみたんだ」


 改良点としては、まずは責任者の選定。

 責任者は日替わりで一人が担当し、その日の〈鉄の幼子亭〉での業務の最終決定権を持つ。まあ今まで俺が専任していた部分だな。これは俺、メリアさん、ルナの三人が持ち回りで行う。今の所は三人だけだけど、しっかりとした判断が出来ると判断できたメンバーがいれば、責任者へ繰り上げる予定。


 続いては休暇日の設定と反映。

 誰が休暇中かを目視できるようにするのが目的だ。休暇は最初は一日一人で開始して、全員の負荷を見た上で適正人数を模索しようと思っている。


「――――って感じ。質問はあるかな?」

「はいっ!!!」


 間髪いれずにシュバッとメリアさんが手を上げた。その顔はとても不満そうだ。

 まあ理由は薄々とは分かってるけど。

 そろーっと手を挙げようとしていたルナは、メリアさんの剣幕にびびってそそくさと手を下ろしてしまった。

 ごめんね。後で聞くから。


「はい、おねーちゃん」


「これだと私とレンちゃんが別行動になる日があるんだけどっ!」


 うん。やっぱそこですよね。


「うん、そうだね。でも現段階ではこの形が一番いいと思うんだ。まず、今の体制は、俺とおねーちゃんは固定で、そこにメイドが三人日替わりで入る五人体制な訳だけど、これだと俺達二人共〈鉄の幼子亭〉に拘束され続けちゃうよね?今はまだ大丈夫だけど、今の忙しさが続くと、そう遠くない内にどっちかが倒れる。体力的に俺だと思うけど」


「…………うん」


「だからそうなる前に、しっかりと体を休める機会を作っておこうと思ったんだ。ちなみに責任者は今後増えていく予定だよ。メイドの皆生まれ変わり次第責任者枠に移動させていく感じかな?最終的には責任者って枠自体を取っ払って、その日の〈鉄の幼子亭〉担当者の内の一人を取りまとめ役にする予定。そうなれば同じ日にお休みって日もできると思うよ。離れ離れになる訳じゃないし、屋敷では一緒だから、ね?」


「……うん、分かった。確かに〈鉄の幼子亭〉は最近目が回るような忙しさだし、体を休める時間は必要だよね。レンちゃんは小さいし、遊ぶ時間も必要だよね」


 俺の説明に、メリアさんは渋々ながら納得してくれたようだ。実際、休みなしで〈鉄の幼子亭〉の激務を続ける厳しさは感じていたんだと思う。

 でもね?俺、確かに体は小さいけど、中身はおっさんだからね?メリアさん知ってるよね?『子供は遊ぶのが仕事』っていうのは俺には当てはまらないからね?

 と言いたくなるのをぐっと抑えて頷いた。妥協って大事だからね。


「ん。ありがとう。他はあるかな?……ルナは大丈夫?さっき手を挙げようとしてたみたいだけど」


「あ、はい、大丈夫です。先ほどの説明で解決しましたので」


「了解。じゃあ次に行こうか。次は……よっと」


 続いて俺は、ドサッと〈拡張保管庫〉から小さめの革袋を取り出してテーブルの上に置いた。その数十四個。


「お給料を渡します」


「お給料……?誰にですか?」


 首を傾げながらそんな事を言うのはルナだった。


「それはもちろん、ここにいる全員さ」


「そんな!ルナ達にお給料など不要です!主とレン様にお仕えするのがルナ達の存在意義ですので!」

「却下」


「早っ!?しかも却下されちゃうんですか!?」


 何を当たり前の事を言ってるんだ。そんなもん却下するに決まってんだろう。


「当たり前でしょ。第一、お金がなかったら休暇中に街に遊びに行くこともできないじゃないか。労働に対する対価なんだから、きっちり計算して支払います。だから受け取りなさい。これは命令だよ」


「うう……はい。承知しました」


 ルナは不満たらたらな様子ながら引き下がった。なんで給料もらうのを嫌がるんだよ。俺には理解できん。


「宜しい。賃金については、申し訳ないけどこっちで勝手に決めさせてもらったよ。とりあえず、支給は十日毎で、屋敷の仕事の分は一律大銀貨7枚。それに追加って形で、〈鉄の幼子亭〉での給仕一日につき大銀貨一枚って計算で算出してあるよ。今回は十日前からの勤務状況で計算させてもらったよ。それ以前は申し訳ないけど、除外させてくれ。そこまでの余裕はないんだ」


 一応商業組合で聞いた一般的な賃金に合わせた金額にしたから、おかしくはないはずだ。


「じゃあ配るから名前呼ばれたらこっち来てね。ルナ」


「は、ひゃ、ひゃい!」


 最初に名前を呼ばれたルナは、えらく緊張した様子で、ギクシャクと俺の前に歩いてきた。

 ……なんで給料をもらうくらいでそんなに緊張してるんだろう?初めてだから?


「……今日までありがとう。これからもよろしくね」


「あ、あ、ありがとうごじゃいましゅ!」


 滅茶苦茶噛みながら、恭しく革袋を受け取るルナ。

 とても嬉しそうに、受け取った革袋を胸に抱いて離れていくルナを見て、こちらも嬉しく思いつつ、次々にメイドの名前を呼び、労いの言葉と共に給料を渡していく。

 ……下っ端社員だった俺が、まさか給料を渡す側になるとはなあ。俺も出世したもんだ。

 その代わりに、別世界に飛ばされた挙げ句、幼女になっちまった訳だけど。

 まあ、従業員に給料を支払う事ができるようになったし、なんとかある程度の生活基盤は整ったかな?あとはこの状況を維持しつつ、さらなる発展を目指しましょうかね。

 メリアさんやメイド達にもいい生活させてあげたいし。


 そんなことを考えながら給料を渡していると、あっという間にメリアさんを含めた全員に配り終わった。


「……はい、これで全員かな?そのお金は、もう君たち個人の物だ。どう使うのも君たちの自由。貯めるもよし、パーッと使うもよし。好きにするといい。……ああ、そうだ。シフト表は明日から有効。今日は昨日までと同じでお願い。何か質問はあるかな?…………ない?じゃあ解散。今日も一日頑張ろう」


 俺の号令で、集まっていたメンバーは全員が同じ方向に移動を始めた。まずは受け取った給料を置きにいくみたいだ。


 さて、俺の休みは三日後だ。それまで頑張りましょうかね。


 ……。


 …………。


 ………………。


 あっという間に三日が経過した。


 今日は待ちに待った休み。休みなんていつぶりだろう?楽しみすぎて、いつもより大分早く目が覚めてしまった。遠足前の子供かよ。外見はともかく、中身は大人なんだけど。


「レンちゃんちょっといい?」


「ん?どうしたの、おねーちゃん」


 初めての休みに一人浮かれていると、メリアさんから声を掛けられた。えっと、メリアさんの今日のシフトは……〈鉄の幼子亭〉の責任者か。


「うん。ほら、今日レンちゃんお休みじゃない?〈鉄の幼子亭〉で出す料理はどうするのかなって」


「…………お、おお。忘れてた!」


「えー……」


 メリアさんからジットリとした視線を受けてしまった。


「い、いや、ちゃんと考えてあるよ?でもそれを渡すのを忘れてたっていうか……」


「……はあ。声掛けてよかった。料理を出すお店で料理がないとか、笑い話にもならないし。それで?その上着を貸してくれるの?」


「いや、これを共用にされると俺が困るから。はいこれ」


 俺のコートのポケットには色んな物が適当に突っ込まれている。見られて困る物は入っていないけど、これを取られると結構困る。各種金属とか。【金属操作】の種になる物が手元にあると何かと便利なのだ。


 〈拡張保管庫〉から手のひらサイズの袋を取り出して、メリアさんに手渡した。


「〈鉄の幼子亭〉用の〈拡張保管庫〉だよ。もう料理は移してあるから、それを持っていけば大丈夫。屋敷の人は全員使用者登録済みだからそこも問題なし。あ、一応食器類は各千個ずつ入れてあるから問題ないと思うけど、やばくなったら【念話】で教えて。渡しに行くから」


「……登録した覚えがないんだけど」


「ああ、そこは作成者権限でちょちょいっとね」


「………………まあ、使えるならいいか」


 メリアさんが何かを諦めた顔で渡された〈拡張保管庫〉を懐に入れた。


「レンちゃん」


「ん?まだ何かある?」


「レンちゃんはちっちゃいし、可愛いんだから、気を付けてね?知らない人に話し掛けられても着いていっちゃダメだよ?お菓子あげる、とか言われてもだよ?」


「するか!」


 外見は幼女だけど、中身はおっさんですよ?そんな子供だましに引っかかる訳ないでしょ!

 そんな肩をがっしり掴んで言わなくても大丈夫だよ!


「ほんと?大丈夫?」


「だーいじょーぶだって!」


 とまあ、そんな事を外出前に話していた訳ですが。

 この会話がフラグになったんだろうか。


 拉致されました。はい。

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