第51話 組合長から直接依頼を受けた。
「新しい冒険者病対策品を作ってくれ」
「「はあ」」
カッツェさんが〈鉄の幼子亭〉に来た翌日。
俺とメリアさんは、冒険者組合の組合長室で、組合長直々に依頼されて、曖昧な声を上げていた。
いやだってしょうがないじゃん?わざわざ組合長に呼び出されて、いざ出向いてみたら前置きなしにこれだよ?
これでノータイムで了承できる奴はまずいないだろう。
ちなみに、本来呼ばれたのはメリアさんだけなんだけど、しれっと俺も着いてきている。知識自体は俺発信だし、突っ込んだ質問にはメリアさんじゃ答えられないからね。質問には回答をメリアさんに【念話】で伝えて、メリアさんの口から答えてもらう形式にした。腹話術だね。表向きはメリアさんの知識ってことになってるからね。
さっきから組合長の視線が俺にしか向いてない気がするけどね。気のせいだよね。
「お前らは知らねえかもしれねえが、冒険者病の治療法を探してくれって依頼があってな?まあ、誰も受けようとしない塩漬け依頼なんだが」
「ハチミツレモン水じゃだめなの?あれで、えーっと……カッツェさん、だっけ?あの人は治ったんでしょ?」
メリアさんの質問に、組合長は頷いた。
……え?そこ頷くの?
じゃあそれでいいじゃん。わざわざ新商品なんて出さなくていいじゃん。こちとら忙しいだよ。これ以上負荷を増やさないでいただきたいんですが。
「一応あれでも依頼は達成扱いにはなる。だが、冒険者組合としては、冒険者がより恩恵を受けられる形にしてえんだ。あれは日持ちしないだろう?遠出しない連中ならそれでも問題ないだろうが、遠出する奴らの場合、途中で腐っちまう可能性があるんだよ。で、不治の病だと思われていた冒険者病の治療法をあっさり見つけたお前らなら、もう一段階上の要望を出してもなんとかするんじゃないかと思ってよ」
納得できる理由を提示されてしまった。そして『お前ら』をやたら強調してきた。めっちゃ見られてる。
いや、まだだ!まだ俺は諦めない!バレてない!
「なるほど。ふむ……」
そこでメリアさんはさも考え込んでいるようなポーズを取りつつ、俺に【念話】で話しかけてきた。
俺は暇を持て余している風を装いながらそれに答える。
(どう、レンちゃん。なんかある?分かってると思うけど、私は全然わかんない)
(諦めるの早すぎじゃない?)
(しょうがないでしょ。ハチミツレモン水だって、レンちゃんに言われた通りに説明して、言われた通りに渡しただけなんだし)
(まあ、そうなんだけどさ……。うーん、そうねえ……)
ふーむ。冒険者病対策ってことは、ビタミンCが一定以上摂れればいいってことだろ?…………いっその事、ビタミンCに限定しないで、複数種類の栄養がまとめて摂取できるようにしちゃった方が楽かもしれないな。
依頼中は食事に時間掛けられない事が多いから、手軽にササッと補給できるのがいいよな。手軽に栄養が摂れて、長持ちねえ……。
ん?時間が掛けられない……時間がない……忙しい?
「あ」
「なんだ!?何か思い付いたのか!?」
つい上げてしまった声に素早く反応して、組合長が俺の肩を掴む。
やっべ、声だしちゃったよ。
チラッと視線を横にズラすと、メリアさんが『あちゃ~』みたいな顔で額に手を当てて、天井を見上げていた。
うん。そうだね。やっちゃったね。
まだ……いけるかな?
「あー、えーっと」
「下手な演技はもういいから。どうせあの飲み物もお前なんだろ?バレバレだから」
やっぱバレてたー!
「……いつから?」
「最初から」
だと思ったよちくしょう!間髪入れずに答えるなや!悲しくなるだろうが!
「お前がおかしいのは最初から分かってる事だからな。今更だろ」
「言い方ァ!」
オブラート!オブラートに包んで!この世界にオブラートないですねちくしょう!
「で、なんか思いついたのか?」
あー、もうなんか疲れた。ハチミツレモン水の事もバレてるみたいだし、いいやこのままで。
「あー、うん、まあ」
「どんなのだ!?」
さっきから組合長の勢いがすごい。それだけ冒険者病の対策品ってのは重要な物なんだろう。
……これは、適当な回答はできないなあ。
「んー……まだ上手くいくか分からないし、出来たら持ってくるよ」
なので、今は回答を保留する。
「わかった!クリスに言えばすぐ俺に伝わるようにしておく!」
「あいあい。じゃあ準備とかあるから、俺達は戻るね」
屋敷に戻ったら早速試作品を作ってみようか。
あ、その前に足りない素材の買い出しか……。素材の購入代金も請求しよっと。
……。
…………。
………………。
「出来たんだって!?早く見せてみろ!」
組合長より新しい冒険者病対策品の作成依頼を受けて一月後。完成した物を持って、俺とメリアさんは冒険者組合に赴いた。
「わ、分かったよ……はい、これ」
組合長の剣幕に圧倒されながら、〈拡張保管庫〉から作成した物を取り出して、組合長に手渡した。
「……なんだこりゃ?焼き菓子か?」
組合長がまじまじと見つめているそれは、前の世界でいうブロック栄養食だ。中にドライフルーツやナッツを練り込み、栄養が摂取できるように工夫した。あれだね。カ〇リー〇イトフルーツ味。形もちゃんと似せたよ。
「うん。ブロッククッキーって言って、新しい保存食として作ってみた。ほら、今の保存食ってカッチカチのパンと干し肉が主流でしょ?あれ美味しくないから、その代わりにね」
一応名前は変えました。色々怖いからね。しょうがないね。
「変わった名前だな。…………ほう、美味いな。生の果物じゃ長期保存には向かないから、乾燥させた果物を使ってるんだな……お、木の実も入ってるのか」
「違う歯ごたえを出すのと、満足感を得やすくするために混ぜたんだ」
早速、カ〇リー〇イト改めブロッククッキーを口に放り込んだ組合長が、感想を述べた。なかなか好感触。
「……これ、ちっこい割に結構腹に溜まるな」
「新しい保存食として作ったからね」
「保存食そのものに冒険者病対策を盛り込んだのか…………なかなかいい考えだと思うが、こりゃだめだろ」
「え!?なんで!?」
結構力作だったのに!
「いやお前。こんなに甘かったら虫が寄ってきちまうだろ。しかも柔らかすぎる。こんなに柔らかかったら、荷物の中で粉々になっちまうよ」
と思ったら、問題なのは甘さと柔らかさらしい。なんだ。びっくりして損した。
「ああ、その事か。もちろん、それくらいは俺だって分かってるよ。それは試食用に裸で渡したんだよ」
「裸?ってことは何か容器に入れるのか?それはいい考えだと思うが、あんまり嵩張るのは困るぜ?」
「大丈夫だって。……はい、どうぞ。売る時は、その形で売るんだ」
「……は?これ、金属じゃねえか」
改めて組合長に渡したのは銀色の塊。傍目には小さなインゴットにも見えるかもしれない。
「外側はね。ほら、こうすれば……はい」
「!?中からさっきの菓子が!?どういうこった!?」
「簡単な事だよ。金属を薄く伸ばした物を包装に使ったんだ。これだったら虫が着くこともないでしょ?」
今回ブロッククッキーに施したのは、前の世界ではおなじみのアルミ包装。といっても、この世界にアルミは見つからなかったので、それに近い素材だけど。
今回包装に使用したのは〈ミニウム鉱〉という金属だ。
この金属も〈ゴード鉱〉と同じく、いままで見向きもされない金属だった。鉄と比較して軽く、錆びにくい、という利点はあるのだが、圧倒的に柔らかく、熱に弱い。
柔らかすぎて、武器や防具には利用できない。
熱に弱いから、使用する場所が限られてしまい、木材と同じような用途でしか使えない。
加工ができない為にゴミ扱いされる〈ゴード鉱〉と違い、その特性を有効活用できないためにゴミ扱いされている不遇の金属だった。
今までは。
今回の、保存食の包装において、〈ミニウム鉱〉の特性は誂えたようにマッチした。
錆びにくいから、食品の包装として利用できる。金属なので水を通さないのも好評価。
柔らかいので特殊な工具や技術がなくても簡単に加工できるし、熱に弱いので溶かすのも本格的な炉なんて必要ない。家庭用の竃に毛が生えた程度で十分だ。
「確かに、これなら問題なさそうだな。あとは、費用か。中身の菓子はともかく、この薄っぺらい金属が問題だな。こんなに薄く作れる鍛冶師なんているのか?」
「それも問題ないと思うよ?厚すぎるとさすがに無理だけど、それなりの薄さだったら手で折り曲げられるし、これ。ほら」
言いながら〈拡張保管庫〉から〈ミニウム鉱〉の板を取り出して、適当に折り曲げて見せる。ちなみに厚さは五ミリくらい。
「お、おお。フニャフニャだな。普通に考えたら、そんな柔らかいモン何の役に立つんだ!って所だが、今回ばかりは有難いな。これなら特殊な技能がなくてもなんとかなりそうだ」
「それは重畳。じゃあ、俺達が手を放しても大丈夫だよね?」
「あん?どういうこった」
組合長は、俺達がブロッククッキー作成から手を引きたがっているのが疑問のようなので、懇切丁寧に。感情を込めて説明してあげた。
正直、これ以上忙しくしたくない事。もう限界一杯で、これ以上仕事を増やすとまじでパンクする事。
保存食が発売されることになったら、俺達は作成そのものからは手を引く。レシピを売り付けて、細々と利用料でももらえれは、それで十分な事。
感情を込めすぎてちょっと涙目になってしまった。
「お、おう……。ちっこいのに頑張ってんだな、お前」
あまりの俺の勢いに、組合長がちょっと引いてる。憐れみの目で見られている気がする。不器用に頭を撫でられた。
同情するなら休みをくれ!
「と、とりあえず、追加依頼も含めて依頼は達成ってことにしとくぜ。組合からの依頼で作成した物のレシピはこっちで買い取ってから商業組合に登録することになる。通例だと、冒険者組合と商業組合がそれぞれ三割ずつ。残りの四割を毎月作成者に渡すことになるんだが、作成、販売もこっちに委託するとなると問題ないか?冒険者組合と商業組合がそれぞれ四割ずつで、お前らの取り分は二割って所になるが、構わねえか?」
「いいよ。それで俺達の手から離れるなら」
俺達の手を離れて、かつある程度継続した利益が発生する。いいじゃないか。
「よし、交渉成立だ。書類を準備するからちょっと待っててくれ」
その後、組合長が用意した契約書にサインをして、正式に契約が締結された。
レシピは冒険者組合が商業組合に特許申請し、商業組合からパン屋さんへ作成を委託したらしい。
パン屋さんに作成を委託したのは、ブロッククッキーの発売によって、硬パンの売上が下がる分を補填するためだそうだ。パン屋さんにはお世話になってるから、露頭に迷わせるような事にならなくて良かった。
同じ保存食枠の干し肉の売上は影響ないそうな。まああのレシピじゃ干し肉の互換にはならないからね。
満を持して発売したブロッククッキーの売上は上々のようで、毎月そこそこの金額が冒険者組合の口座に振り込まれている。
ああ、素晴らしきかな不労所得!
パン屋さんは硬パンの売り上げが激減したそうだが、それを補って余りある程の利益が出ているそうで、仕入れの時に感謝された。在庫処分として硬パンを大量にもらったよ。硬パンはパン粉を作るのに使うから、こちらとしても有難い。Win-Winだね。
相変わらず〈鉄の幼子亭〉の売上は上々…………というにはちょっと忙しすぎるけど、まあ赤字よりはいい。
〈拡張保管庫〉はジャン達以降は売ってないけど、顧客の選定はジャン達に任せてるし、これはしょうがないかな。今度会った時にでも進捗を聞いてみよう。
で、その二つ以外に、不労所得としてブロッククッキーの販売利益が入ってくるようになった訳だ。
気を抜きすぎるのは良くないけど、そろそろ次のステップに進んでもいいかな?