第50話 冒険者の人がお礼を言いに来た。
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男性冒険者にハチミツレモン水を最初に渡してから数日経った。
男性冒険者は毎日同じくらいの時間にハチミツレモン水を受け取りに来た。冒険者病に罹っているメンバーは言いつけ通り、毎日しっかりとハチミツレモン水を飲んでいるらしく、日に日に病状が良くなっている事を嬉しそうに報告してくれるようだ。
『ようだ』などと曖昧な表現になっているが、対応自体は俺もしている。ハチミツレモン水は俺の〈拡張保管庫〉に入っているのだから受け渡しに俺が関与しているのは当たり前の話だ。
じゃあなぜ?というと、忙しすぎて〈鉄の幼子亭〉営業時の記憶があやふやなのだ。
ただでさえ忙しいのに、途中で追加した新メニューとしてトンカツを出したらさあ大変。メンチカツより肉を食べてる感じがするのが男性客に受けたようで、めちゃくちゃ人気が出た。
いや、売れるのは分かってたよ?
前の世界でもトンカツは人気メニュー。前の世界と比較して料理のレパートリーが少ないこの世界でそんなもん出したら、人気が爆発するのは火を見るより明らかだ。おかげさまで来客数が爆発的に増え、ただでさえ忙しかったのが、さらに殺人的になった。
ぶっちゃけ回転が追い付かず、外に行列ができているくらいだ。給仕として入れているメイドをさらに一人増やし、テーブルを増やして定員を増やしたが焼け石に水で、全員が立ち止まる暇すらなく目まぐるしく動き回る事態となった。【魔力固定】で食器を作成し、使用済みの食器は魔力に戻す事で、洗い物が存在しないというある意味破格の条件でこれだ。普通の食器を使っていたら確実に洗い物が間に合わず、早々にパンクしていた事だろう。
なんでそんな状況になるのが分かっていたのにメニューを追加したかって?メイド達の要望だよ。
『もう肉を叩くのは嫌です!挽き肉なんてもう見たくありません!もう毎日両腕が筋肉痛で、屋敷の仕事に差し支えます!是非新しく挽き肉を使わないメニューを追加して、挽き肉の使用量を減らしてください!』
と、メイド達から直訴されたのだ。まさか十三人全員が集まって、数の力で押してくるとは思わなかった。
まあ俺としても、ひたすらメンチカツを揚げ続けるのには、いい加減飽き飽きしてきていたので、新メニューを作成する事に同意した訳だ。
結局また揚げ物にしてしまったのは、我ながら馬鹿かと思ったが。
メイド達(主にルナ)は『これでひたすら挽き肉を作る仕事から解放される!』と喜んでいたが、それを補って余りある程給仕の仕事が忙しくなった事に絶望していた。表情に表れているのはルナだけだが。
しかもメンチカツの注文数も思ったより減らず、挽き肉の作成量自体はほとんど変わっていない。
結果、ただ忙しさが増しただけというね。
そんな訳で、この日も閉店の瞬間まで目の回るような忙しさが続いた。
「終わったー!今日も乗り切ったー!」
「「「「お疲れ様です…………」」」」
最後の客が店を出たのを全員で見送り、ドアが閉まった途端に全員が崩れ落ちるように椅子に座る。屋敷では決して疲れた様子を見せないメイド達でさえも。それほどの激務なのだ、今の〈鉄の幼子亭〉は。
このままだとそう遠くない未来で、誰かが過労でぶっ倒れる。高確率で俺かメリアさんだけど。メイド達はシフト制だけど、俺とメリアさんはフル出勤だし。
どげんかせんといかん。俺とメリアさんの命の為に。
「レンちゃーん……ハチミツレモン水ちょーだーい」
「「「催促します。私もお願いします」」」
「うーい」
疲労からぼんやりとした頭で過重労働への対応策を考えていると、メリアさんと今日のシフトだったメイド三人、長月、神無、霜月の計四人から催促されたので、〈拡張保管庫〉からピッチャーを取り出し、テーブルの中央にデンッと置く。ピッチャーの隣には【魔力固定】で作成したコップを五個置いた。セルフサービスだ。勝手に飲んでくれ。
「ほい」
「ありがとー」
「「「「感謝します」」」」
それぞれ一番近い位置に置いてあるコップを手に取り、ピッチャーからハチミツレモン水を注いでいく。
「ングッングッ……はあー、美味しい…………」
「同意します。全身に染み渡る気がします」
「だよねー」
閉店したら、締めの作業を始める前に休憩がてら他愛ない話に花を咲かせながらハチミツレモン水を飲む。あまりの忙しさで営業時間中ろくに休憩することができない為に、閉店した瞬間に全員が力尽きたことから始まったこの時間が、俺は割りと好きだった。
「あー…………。しんどい。まじトンカツなんて出すんじゃなかった」
「挽き肉作りもあんまり減ってないしねえ」
「同意します。まさか、メンチカツの注文は減らず、トンカツの注文が上乗せされるだけの結果になるとは予想外でした」
「懇願します。レン様、新メニューの提供は……」
「大丈夫。しばらく出さない。この状況でまた新メニューなんて出したら人死にが出る」
「感謝します」
ダラダラと駄弁りながら体を休め、少しだけ元気を取り戻した俺達は、重い体に鞭打ち、締めの作業を始める事にした。どうせ休むなら、屋敷でしっかり休みたいし。
俺、長月、神無の三人はフロアの清掃、メリアさんと霜月は厨房の清掃だ。
黙々と作業を行い、そろそろ終わり、といった所で、唐突に入口のドアが開いた。
フロア清掃をしていた三人が視線を向ける中、入ってきたのは金髪碧眼のイケメンだった。
「あー、すみません、今日はもう閉店なんですよ」
閉店後に看板を変えるのを忘れてしまい、お客さんが来てしまうのはたまにある。
最近は疲れの為か、その頻度が上がってきてしまってきているので、対応は慣れたもんだ。
「ああ、すまん。それは知ってる。俺は客じゃないんだ」
「はあ……。どういったご用件ですか?」
すでに閉店している事を知っているにも関わらず来店してきた、というイケメンさんをまじまじと見る。服装を見るに冒険者なんだろうが、どっかの国の王子様とか言われてもなんら違和感がなさそうな容姿のせいで、全く似合ってない。キラキラした服とかの方が似合いそうだ。
「ここに赤髪の女性が給仕として働いているはずなんだが、いるかな?」
イケメンさんはメリアさんに用があるらしい。
今〈鉄の幼子亭〉で働いている中で赤髪はメリアさんだけだからね。俺は鉄色だし、ルナは白と銀のグラデーション、他のメイドは全員白髪だから。
「ああ、いますよ。今呼びますね。おねーちゃーん!お客さーん!」
「お客さん?」
俺の声に反応して、厨房からメリアさんがやってきた。
「おお!あなたが!俺の名前はカッツェ。あなたに命を救われた者だ」
「はい?」
命を救われた?メリアさんに?いつの間にそんな事を?
メリアさんを見ると、首を傾げていた。あ、これ本人も分かってない。
……ふむ?
メリアさんは記憶にない。
俺も記憶にない。
……これは、メリアさんに話しかける口実として、そう言っているだけなのでは?
そして、若い男が若い(?)女に声を掛ける理由とは……。
「……ナンパ?」
「違うよ?」
俺の推理を、イケメンさん改めカッツェさんは速攻で否定した。
なんでだよ!?メリアさん優しくて美人でスタイルも良いだろうが!超優良物件だろうが!人妻だけど!
「何故ナンパを否定したら敵意を向けられるのか分からないんだが……。十日ほど前から毎日、冒険者にハチミツレモン水なる飲み物をくれていただろう?」
困惑しながらカッツェさんが口に出した言葉に、俺は考え込んだ。
ハチミツレモン水?ああ、そういや渡してた気がするな。…………あれ?なんでだっけ?
「えーっと…………あ、パーティメンバーが冒険者病に罹っちゃった人だっけ?」
「……ああー!」
俺より先にメリアさんが思い出したようだ。メリアさんが声に出してくれたおかげで俺も思い出した。
カッツェさんのパーティメンバーが愚痴ってるのを偶然俺が聞いて、メリアさんに症状を確認してもらったら、前の世界での壊血病に似てたから、偶然〈拡張保管庫〉に入ってたハチミツレモン水をあげたんだっけか。
「そう!その冒険者病に罹っていたのが俺だ」
「ああ!あなたがそうだったんですか!ということは・・・・・・」
目の前のカッツェさんはとても元気そうだ。この人が冒険者病に罹っていた本人ということは……。
「ああ!お陰さまで体調は問題なくなったよ。それで、快復した報告と、お礼がてら、代金の支払いに来たって訳さ」
そこでカッツェさんは真面目な顔をすると、深々と頭を下げた。
「あなたのお陰で生き残ることができた。ありがとう」
いきなり頭を下げられたメリアさんは、慌てた様子で声を上げた。
「いえいえ!あれで良くなるかはわからなかったんで」
頭を上げたカッツェさんはそんなメリアさんを見てニッコリと笑った。
「それでもさ。誰もが諦める冒険者病に対して、確実とは言えないまでも治療法を提示してくれた。しかもそれで俺の病気は治ったんだから。……で、代金だが、これでどうだろうか」
手渡された代金を見て、メリアさんは大声を上げた。
「だ、大金貨?!」
「ファッ?!」
思わず俺も変な声が出てしまった。いやだって大金貨だよ?明らかに高すぎるだろう。いくらハチミツがお高めって言っても、大金貨があったらハチミツレモン水なんて樽で作れるわ!
「お、多過ぎですよ!あれを作るのにこんなにお金は掛かってません!」
メリアさんも同じ事を考えたようで、俺の思いをしっかりと代弁してくれた。
渡された大金貨を返そうとするが、カッツェさんは首を横に振って受け取ってくれない。
「いや、我々としてはむしろ少ないくらいだと思っている。罹かったらほぼ確実に死ぬと言われていて、治療院でも匙を投げた冒険者病を治療してくれたんだ。それはいわば、俺の命の値段だ」
「……」
カッツェさんの真摯な声音にメリアさんは黙ってしまった。無論俺もだ。
カッツェさんは、これは自分の命の値段だと言ってお金を渡してきた。それを受け取らず、もっと金額を下げてしまったら、それはつまり、カッツェさんの命を俺達が安く見積もった事に他ならない。
メリアさんは困った様子で俺を見たが、俺は無言で首を横に振るしかできなかった。
さすがに俺も、人の命を値切るなんてできない。
「……分かりました。これは受け取ります」
「ありがとう!」
お金を受け取る側が渋々と受け取り、お金を支払った側がお礼を言っている。普通逆だよね?
「さっきも言ったが、我々としては、大金貨一枚程度ではとても恩を返しきれたとは思っていない。何か困った事があれば微力を尽くすので、遠慮なく言って欲しい」
「はあ……」
にこやかにそう言うカッツェさんに、メリアさんは曖昧な返事を返した。
いえ、これ以上は過分です。とはとても言えない。先ほどの『命の値段』という単語が重すぎる。
「ああそうだ。それと、組合長が話したい事があるらしいから、明日にでも冒険者組合に行ってもらえるかな?大事な要件らしい」
「組合長が……?」
タイミング的にも、冒険者病の事であることはほぼ確定だろうけど、なんだろうなあ。めんどくさいことじゃなければいいけど……。