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第49話 お困りな様子のお客さんがいたので、ちょっと手助けしてあげた。

 〈鉄の幼子亭〉再開から一月ほど経った。


 新メニューとして売り出したメンチカツの人気は衰える事を知らず、あっという間にクロケットを抜き去り、人気ナンバーワンメニューに躍り出た。口コミで噂がどんどん広がっているらしく、連日満員御礼だ。

 給仕二人ではとても捌ききれず、急遽三人体制に変更したくらいだ。

 その分屋敷の仕事をする人材が減り、一人当たりの仕事量が増えている訳だが、致命的な状況にはなってないようなのでなんとか頑張ってもらいたい。


 そんな目が回るような忙しさのなか、その声が聞こえたのはただの偶然だった。


「カッツェの調子はどうだ?」


「冒険者病だとよ。治療院で言われたから確実だろう」


「まじか……。どうすんだよ、お前のパーティーのリーダーだろ?」


「解散、だろうな……」


「やっぱそうなるか…………」


 聞こえてきた声の方向に目をやると、そこにいたのは二人の男性客だった。恰好を見るに、二人とも冒険者のようだ。

 周りは楽しそうに酒を飲んでいるのに、そこだけお通夜のように暗い。

 片方の男性のパーティメンバーが病気に罹ってしまったらしい。しかもリーダー。

 ぶっちゃけた話、病気やケガでパーティメンバーが脱落し、結果パーティが解散、というのは大して珍しい事ではない。

 たまに冒険者組合(ギルド)に行った時にもそんな話を聞いた事があるし、〈鉄の幼子亭〉で働いている時もたまに聞こえてくる。

 冒険者は危険な職業だ。率先して魔物と戦闘するし、罠などの存在する遺跡や、一般の人が危なくて立ち入る事ができないような場所にも平気で入っていくのだから当たり前だ。


 そんなある意味ありふれた内容の話の中、俺の興味を引いたのは、話の中に出てきた〈冒険者病〉という単語だった。


 治療院っていうのは多分病院みたいなものだと思うけど……冒険者病?聞いたことないな。名前からして冒険者が罹る病気みたいだけど……。

 開店休業というか、活動はほとんどしていないとしても、一応俺も冒険者。他人事ではない、かもしれない。

 詳細を聞きたいのだが、あいにく俺は厨房から離れる事はできない。今この瞬間もオーダーがひっきりなしに入ってきているし。別の事を考えているせいで処理スピードは落ちてるけど。

 なので、詳細を聞くのは俺以外の人物に任せる事にした。

 俺はメリアさんに【念話】で話しかけた。


(おねーちゃん)


(なに!?今手が離せないんだけど!?)


 割と切羽詰まった感じの答えが返ってきた。

 ごめんなさい。知ってます。見えてるんで。この状況でさらに仕事を振る事になってしまって申し訳ない。

 でもメリアさんも一応冒険者だし、興味を持つだろう。持つよね?

 そう思う事で罪悪感から逃げつつ、話を進める事にする。


(一番のお客さんが気になる話しててさ。ちょっと聞いてみてくれないかな?冒険者病っていう病気の話なんだけど)


(……何その怖い名前。分かった、ちょっと聞いてみる)


 やはりメリアさんも興味を持ったようだ。俺達にも関係ある事かもしれないから当たり前か。


(お願い。水無月、文月。そんなに長時間離れる事はないと思うけど、その間の穴埋めよろしく)


((畏まりました))


 メリアさんが給仕から抜けるフォローをメイド二人に頼んでいる間に、メリアさんは激混みの店内をスイスイと移動し、一番テーブル――――件の冒険者達が座っている座席だ――――に自然な感じで近づいていった。

 そして、偶然話が聞こえた体で会話に混ざっていく。冒険者と会話をしながら、それに平行して聞いた内容を【念話】で俺に教えてくれた。


(ふむふむ。冒険者病は名前の通り冒険者がよく罹る病気ではあるけど、冒険者だけではなく、行商人や船乗りも罹る事がある。罹る原因は不明。症状は倦怠感、歯茎の出血、古傷が開く等。現時点では治療法がなく、罹った人は結構な確率て死に至る……ね)


(わ、私達も一応冒険者だけど、大丈夫かな!?)


 冒険者達の話を聞いてメリアさんも怖くなったらしい。まあ結構な確率で死に至る、なんて言われたら、そうもなるか。


(…………うん、多分大丈夫だよ)


 そう。メリアさんは多分大丈夫。そして俺も大丈夫。

 多分これ、壊血病だから。

 少なくとも、聞いた症状は壊血病の物と一致する。


(ふむ。……おねーちゃん。その人達にハチミツレモン水を渡してあげて。皮袋……は微妙か。ベタつくし。【魔力固定】で入れ物作ってから、それで渡して。容器一杯を一日分で、十日くらい飲み続けてもらえば良くなると思う)


(は、ハチミツレモン水?あれ飲んだら治るの!?)


(多分ね。前の世界にも似た病気があってさ。ちょっと調べた事があったんだ。同じ病気かはわからないけどね)


 壊血病は、前の世界の中世時代に船乗りの間で流行した病気で、主な症状は倦怠感、歯茎の出血。あと口臭とかもあったっけか。

 長期間新鮮な野菜や果物を食べる事ができず、体内のビタミンCが枯渇すると罹患し、ビタミンCを多く含む食材を摂取して、体内のビタミンCの量を正常値まで戻す事で快復する。らしい。

 さっき聞いた罹患しやすい人達――――冒険者、行商人、船乗り。共通点は保存食を食べる機会が多い事。

 冒険者や行商人は、街に着かない限りは野営で保存食を食べる事になるだろうし、船乗りも、船の上にいる間は保存食を食べるしかない。

 この世界の主な保存食は硬いパンと干し肉。それを水でふやかしたり、ちびちびと齧って食べる。

 まあそんな食事にビタミンやミネラルといった必須栄養素が必要量含まれているか、と言われれば、否としか言えない訳で。

 そりゃそんな食事を続けていたら、欠乏症の一つや二つには罹るだろう。こういうのも商業病っていうのかね。


 某海賊王になる漫画で壊血病の話が出た時に、興味を引かれて少し調べた事が、まさか役に立つ時が来るとは……。

 人生ってのは分からないもんだね。

 ……異世界に飛ばされた挙句、幼女になり、しかも速攻で死にかけた俺が言うと説得力があるな。あれ。なんか涙が。


(ほえー。レンちゃん物知りだねえ。じゃあこの人達にお話してから取りに行くから、その間に準備お願いー)


(はいよー)


 メリアさんに返事を一つ返してから、男性にハチミツレモン水を渡す為の準備を始める。


 えーっと……一リットルくらいでいいかな?多分それくらいでレモン一個分くらいはビタミンC入ってるでしょ。

 必要な内容量を適当に見積もってから、ささっと【魔力固定】で蓋が出来る入れ物を作り出す。そして、〈拡張保管庫〉からハチミツレモン水が入った入れ物を取り出して、中身を移し替えて……んし。で、最後に蓋してっと。よし、オーケー。


「本当か!?」


 丁度準備ができた所で、驚きの声と共に、ガタンッ!という椅子が倒れる音が響いた。音の発生源に視線を向けると、件の座席に座っていた二人の内の片方が立ち上がって、メリアさんに詰め寄っていた。

 驚きで声が大きくなっているようで、厨房からでもはっきりと聞き取る事ができる。


「ほ、ほんとにそれを飲めばカッツェは治るのか!?」


「さっきも言ったけど、絶対じゃないよ?似た症状の病気はそれ飲んだら治るってだけで」


「それでもいい!ぜ、是非譲ってくれ!」


「じゃあ持ってくるけど……。もしこれで治らなくても、私のせいにはしないでね?」


「もちろんだ!治る可能性があるだけでもありがたい!」


 少し離れたここからでも男性の必死な様子が伝わってくる。治療院とかいう所に行ったらしいけど、病名は教えてもらえても治療はしてもらえなかったみたいだし、藁にも縋る思いなんだろう。


「ん。じゃあ持ってくるねー」


 メリアさんが男性の座っているテーブルから離れ、厨房に寄ってきたので、ハチミツレモン水が入った容器を渡した。


「はい、これ。これは一日分ね。まとめて十日分渡しても腐っちゃうだろうし、毎日取りに来てもらおうか。次からは入れ物と交換で渡すって事で」


【魔力固定】で作った物を他人に渡したくないし。使ってるうちに壊れて、難癖つけられても嫌だし。


「ほいほい。で、代金はどうしよっか?」


「そっか、考えてなかった。あー…………。いいや、相手にお任せで。そんなに高い物でもないし。全く改善してないのにお金もらうのも悪いから、十日後にまとめて払ってもらおう」


「まああれ、本来売り物じゃないしねえ。それでいっか」


 そう、今回渡したハチミツレモン水。あれ、実は売り物じゃない。俺達が屋敷で飲む為に作った物だ。俺の好みで、ハチミツの量を抑えた甘さ控えめスタイル。ハチミツの値段が想像以上に高くて投入する量をケチった訳ではない。断じてない。

 まあ、大量の水で割っているので、一杯分の金額としては大したことないのだが。〈拡張保管庫〉に入れてたのも、少量ずつ細々と作るのが面倒で、大量に作ったのを腐らせない為にぶちこんでいただけだし。


「ま、そんな感じでよろしく」


「はいはーい」


 軽い返事と共に容器を持って件の冒険者達の向かうメリアさん。

 二、三言話してからメリアさんが入れ物を渡すと、男性は恐縮した様子でそれを受け取り、そそくさと店を出ていった。チラッと見えた男性の表情は、一刻も早くハチミツレモン水をもって帰らなければ、という焦燥感とパーティメンバーが快復するかもしれない、という喜びが混じっていた。


「仲いいんだねえ」


「まあ、パーティメンバーって背中を預ける相手だしねえ。ある程度は仲が良くないとやってられないでしょ」


 あそこまでパーティメンバーの為に必死な様子は、見ていて好ましいものだ。

 おそらくこれであのパーティは解散の危機を脱することができるだろう。ちょっとした人助けって奴だね。

 良い事したからちょっと気分がいい。まだ治ってないけど。


「んじゃ、とりあえずあれについては終了って事で。おねーちゃんも給仕に戻って。そろそろ二人も限界っぽい」


 言いながら向けた視線の先には、メリアさんの抜けた穴を必死に埋めている水無月と文月がいた。二人ともとても頑張ってくれているが、さすがにそろそろヤバそうだ。ちょっと足元がおぼつかなくなってきている気がする。何かやらかす前にメリアに戻ってもらって、片方ずつでも休憩に入れた方がいいだろう。


「あらら……。確かにちょっとまずそうだねえ。じゃあ行ってくるね」


「お願い。……さあ、もう一頑張りだ」


 何時の間にか溜まっていたオーダーの紙に目をやり、俺も気合いを入れ直した。

 この後も忙しさは変わらず、結局水無月と文月には、十分程度の小休憩を一回ずつ取らせる事しかできなかった。

 俺とメリアさんはぶっ通し。

 しんどい…………。

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[気になる点] メンチカツのレシピってまだ登録しに行ってない? [一言] 早急に挽き肉製造機を作らないと……
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