第47話 豹変したルナとお話しして、新しい一日が始まった。
「レ、レン様…………?」
ドアを開けたままそこから動かず、口元に手を当てているメイドさんをまじまじと見つめる。
顔はルナに似ている。というか瓜二つだ。
だけど色々と違う。
新雪のように白い髪は毛先に向かうにつれ少しずつ色合いを変え、毛先は輝く銀髪になっている。
驚きに見開かれた瞳も赤と金のグラデーションになっており、少なくとも俺の記憶では、こんな容姿のメイドはいなかった。少なくともルナはあんな容姿じゃなかった。
それ以前に、ルナはあんな感情豊かではない。少なくても表情にそれを表すことはない。驚きに目を見開く、なんて今まで一度も見た事がないし。
でもまあ、メイド服を着ているって事は、この屋敷に勤めているメイドの一人なんだろう。俺が知らないうちに雇ったりしたのかしら?
いや、顔はルナそっくりだし、俺が会った事がないホムンクルスがいたのかもしれない。
……あ、そうだ。名札。
メリアさんがホムンクルスたちの主になった時に、その場にいた全員に名札を付けたのを忘れてた。
視線を胸に移動すると、そこにはしっかりと名札が取り付けられているのが見えた。
少し距離があるので文字が読み取れるか不安だけど、ちょっとがんばって目を凝ら……消えた!?
「レンさまあああああぁぁぁぁ!!」
気付いたらドアの側にいたはずのメイドさんがベッドの横まで来ていた。移動の速さと、一か所を集中してみようとしていたせいで、消えたように見えたようだ。
そして次の瞬間には、顔面が何か柔らかい物が押し付けられていた。
「お目覚めになられたのですね! ああ! 神様! 感謝いたします!」
頭の上から声が聞こえてくる。これはもしや、胸の谷間に顔が埋まっているという状況なのか!?
や、柔らかい。……けど、苦しい! 息ができない!
「モガモガッ!」
「レン様がルナを救ったあと倒れたと聞いて、ルナは胸が張り裂けるような心持ちでございました! レン様のお手を煩わせてしまったこの身を呪いました!」
抜け出そうと身を捩るが、ルナ(仮)に頭をがっちりとホールドされていて外れない。
相変わらず頭上から声が聞こえてくるが、俺の様子に気付いた様子はない。
お願い! 気付いて!
「モガ……」
「この命を以て償いとさせていただこうとも思いました! ですがそんな事をすればレン様の御心を踏みにじる事になってしまいます! なのでルナはレン様がお目覚めになるその時まで、お世話をし続けようと考えました! たとえ世界が滅びようとも! 無論、お目覚めになられてからも!」
気付いてくれない!
なんかとても重い台詞を言ってる気がするが、ぼんやりとしか頭に入ってこない。
いよいよ酸欠で頭が回らなくなってきた……。
「モ………………」
「そして! レンさまはこうして無事目覚められました! 今日は善き日です! お目を開かれたレン様の御尊顔をみられただけで、ルナは…………ルナはあああ!」
あーなんかふわふわしてきたー。
…………あれ? なんでレストナードが見えるの?
なんかワタワタしながら、必死な顔で両手でバツ印を作ってる?
「あー……こりゃまずい。ねえ、ルナ?」
「ッ!? し、失礼しました、主! レン様が目覚めた感動の余り、取り乱してしまいました!」
「あ、うん。そうみたいだね? でも、そろそろ手を緩めてあげないと……レンちゃん、落ちちゃうよ?」
「……え?」
「…………」
「キャーー!? レン様ーー!?」
あれ? なんかレストナードがホッとした顔で手を振り始めた……?
「………………ハッ!?」
「レン様っ! お気を確かに!」
レストナードが完全に見えなくなって、次に目に映ったのは、上下に高速で動く壁や床。後残像を引きながらチラチラと見える誰かの顔だった。ブレすぎて誰の顔かわからんな。
……これ、高速で動いてるのは景色じゃなくて俺の頭だ!?
肩掴まれて揺さぶられてる! めっちゃガックンガックンしてる! 首! 首がもげる!
「お、起きた! 俺起きたよ! だからもうやめてええええ!」
「レン様! よかった!」
必死の思いで声を張り上げたのが功を奏して、なんとか気付いてくれたようだ。
「ムギュ!?」
そしてそのまま俺の頭を胸に抱きこむルナ(仮)。腕に力が込められ、顔が胸に埋もれる。
…………無限ループって怖くね?
「はいはい。終わらないからそこまでー」
だが、そのループはメリアさんによって断ち切られた。
俺をルナ(仮)の胸から強引に引き剥がしたのだ。メリアさんナイス! 神様仏様メリア様!
「ありがとう、おねーちゃん…………」
「はい、どういたしまして。…………で、ルナも落ち着いた?」
「はい。お恥ずかしい所をお見せしました……」
俺は改めて目の前で気の毒に思えてしまうくらいしょんぼりしているルナ(仮)を見た。
いや、メリアさんも『ルナ』って呼んでたし、(仮)じゃないのか。
「いやー、なんつーか…………ルナ? 変わったねえ」
髪色等の外見的な要素はもちろん、内面も大きく変わっているようだ。生命力に溢れた瞳に、コロコロ変わる表情。さっきの暴走もそうだ。つい数日前までの無感情、無表情だったルナと同一人物だとはとても思えない。
俺としては望ましい変化ではあるけれど、いかんせん一気に変わりすぎて困惑しているというのが正直な所だ。
「はいっ! レン様より魂を頂戴致しまして、ルナは生まれ変わりました!」
そう言って、『ペカーッ!』と擬音が聞こえてきそうな笑顔を浮かべるルナ。
「レン様の魂を頂戴した結果、レン様の事を、今までよりもずっと深く理解できるようになりました! 以前お話しは聞いておりましたが、まさか本当にレン様が別の世界からやって来た御方で、本当は成人した男性だったなんて! ああ! レン様のお言葉を信じ切れていなかったルナをお許しください!」
「信じてなかったんだ……」
「まあ、しょうがない事ではあるけどねえ」
でも、俺が元男だった事は言ってないはずなんだけど……。それについて聞いてみた所、ルナからはこんな答えが返ってきた。
「レン様から頂戴した魂の欠片に、その辺りの情報が記録されており、それを参照しました!」
「あー……なるほど」
確かに、俺の存在そのものと言える魂であれば、俺の記憶とかが保存されててもおかしくはない……のか?
…………うん、わからん。ルナがそう言ってるし、そうなんだろう。そういう事にしておく。
「…………ちなみに、なんですが。レン様の精神が成人男性であるという事は、他の者達は知らない、ということで宜しいですか?」
さっきまでニコニコしてたのに今度はモジモジし始めた。しっかり胸の前で両手の指をウニウニするオマケ付き。
ほんとに変わったなあ…………。
「あー、うん。そうだね。今のところ、知ってるのはおねーちゃんとルナだけだ」
隠してたわけじゃなくて、ぶっちゃけ教えるの忘れてただけなんですけどね。
「遅いかもしれないけど、今からでも全員に教えておこうかねえ」
同性だと思ってたら実は男性でした! というのは、ある意味超ド級のカミングアウトだ。伝えるにしても早い方が良いと思ったので、そんな事を口走ってみたのだが。
「いえ! どうせ近い内に他の者達もレン様から魂を賜り、その時に知る事になるのですから、わざわざ教える必要はないかと! 今まで女性だと思っていたレン様が、実は男性だったとなると、経緯を全て教えないと混乱が起こると思われますし! しかも、口頭での伝達は情報の齟齬が発生する可能性があります! 各々が違う解釈をしていた場合、後々困る事になるかもしれません! それに比べ、魂を賜る事による情報の獲得ではそういったことは起こりにくいと思われます! よって!現段階での情報の公開は悪手であると進言しますっ!」
「お、おう……」
何故かルナにすごい剣幕で捲し立てられて、なし崩し的に俺の精神の性別についてはまだ教えない事になった。
「ホムンクルスの中で知っているのはルナだけ…………。二人だけの秘密……うへへへへ」
小声でブツブツ言っているルナの台詞は聞こえていない事にした。
ルナ…………なんでそんなに残念になってしまったの? 俺の魂のせいなの? 俺の魂が移植されると残念になっちゃうの?
最終的に屋敷内全員のホムンクルスに魂を移植したらどうなってしまうの?
屋敷にいる十三人のメイドが全員残念………………。
「あ、あー! なんかお腹すいたし、なんか食べようかなー!」
恐ろしい光景を幻視してしまったため、思考を強引に打ち切り、違う方向に舵を切った。
「そりゃ、三日ぶりに起きたんだからお腹減ってるよねえ。どうする? ここに持ってくる?」
「いや、空腹以外は体に問題ないし、食堂に行くよ。ササッと食べてお店の準備とかしないと」
ルナは色んな意味で絶好調みたいだし、俺も特に問題ない。懸念事項はないのだから、早めに〈鉄の幼子亭〉を開けておきたい。資金的に。
カツカツというわけではないけど、そこまで余裕があるわけでもないのだ。
ベッドから出た所で、服装がいつもの外出着ではなく、寝る時に着ている簡素な貫頭衣である事に気が付いた。
意識を失っている間に誰かが着替えさせてくれたらしい。
「こちらをどうぞ」
「お、ありがとう」
いつの間に用意したのか、ルナが俺の服を手渡してくれた。お礼を言って受け取り、ササッと着替える。
「んし、じゃあ行こっか」
「お、お待ちください!」
準備が終わったので、部屋を出る為に歩き出そうとすると、俺を待っていた様子のルナが声を上げた。
「ん? どうしたの? ルナ」
「食事に向かう前に、少々お時間を頂戴しても宜しいでしょうか……?」
「うん、いいけど……どうしたの?」
「ありがとうございます。これなんですが……」
そう言って差し出してきたのは、長さ三十センチ程の白い針だった。
「これがどうしたの……っていうか、何これ?」
手渡された針は〈ゴード鉱〉で出来ていた。
んー? って事は俺が作ったのか? いつ? 何のために?
手の上の針を見ながらクエスチョンマークを浮かべていると、メリアさんが助け船を出してくれた。
「ルナに処置している時に、レンちゃんがいきなり自分の足に突き刺した奴だねえ」
「は? ………………あーっ! あーあーあー!」
処置に必要だからって一度ルナを殺した時に、気絶しそうだったのを防ぐのにぶっ刺した奴か!
「もしかして、忘れてたの? 私、あの時息が止まるくらい驚いたのに……」
「いやー、ははは……で、これがどうしたの?」
「は、はひっ! こちら、ル、ルナに頂けないでひょうかっ!?」
何故かガチガチに緊張している。噛んじゃうくらいに。
「……これを?」
「はい!」
「欲しいの?」
「はいっ! 是非に!」
「……いいけど、なんで?」
ただの針だよ? 欲しがる理由がさっぱり分からん。
「はい! ルナがレン様に生まれ変わらせていただいた記念として、何か形に残る物で持っていたいと思いまして……。この針は、ルナへの処置中に使用したと伺っておりますので、ちょうどいいかな、と」
記念、ねえ。針が記念品……? 微妙じゃないか?
「なるほど……。まあ欲しいならあげるのは全然構わないけど……嵩張らない?」
長さ三十センチの針なんて、持ち運びに不便そうだなあ。……あ、普段は部屋に置いておくのかな?
「大丈夫です! 専用の入れ物を作ります! そして肌身離さず持ち歩くのですっ!」
肌身離さないんだ…………。だったら身に着けやすい形の方がいいよなあ。
「いや、それは大丈夫とはいわないから……ちょっと貸して」
「はい? どうぞ」
ルナから受け取った針を握り締め、【金属操作】を発動する。
長すぎて手からはみ出していた針はその形を変え、手の中に収まるサイズの塊になった。
手の中でグニグニと形状を弄る事暫し。
「んー…………こんなもんかな? ルナ、手出して」
「はい」
「はい、どうぞ」
促されて出されたルナの手の上に、元針を置いた。
三日月を象ったバッジとして。
「これは……」
「こっちのほうが身に付けやすいでしょ? 最初は髪飾りにしようかと思ったんだけど、ルナの髪も白だからねえ」
白同士だと目立たなくなっちゃうからね。それだったら自分で好きな所に取り付けられるバッジの方が良いと思った訳だ。
三日月を象ったのは勿論ルナの名前からだ。
「あ、ありがとうございます…………」
ルナは瞳を潤ませながら一度バッジをギュッと握りしめた後、そっと腰の辺りにバッジを取り付けた。シンプルなデザインにしたから、おかしい事にはなってないな。あれくらいだったら、俺のデザインセンスの無さも目立たないだろ。
愛おし気にバッジを撫でるルナを見て、改めてルナが戻ってきてくれた事を実感した。
「おか――――」
「あー! そんなの、私ももらったことないんだけどー!?」
プレゼントを渡すという丁度いい機会にも恵まれたので、無事俺達の前に帰ってきてくれたルナに対して一言掛けようとしたのだが、メリアさんが大声に遮られてしまった。
あー、うん。確かにメリアさんにアクセサリーとかあげた事なかった。穴が開いた鍋を補修してあげた事はあるけど。
「あ、うん、いや、でも、しょ、所詮素人の作品だよ? そんな大したものじゃ――――」
「わーたーしーもーほーしーいー!」
地団駄踏み始めた!?
あなた三十五歳ですよ!? そんな子供みたいな……!
「わ、わかった! わかったよ! 今度作ってあげるから……」
「……ほんと?」
「もちろん」
「ならよし!約束だよ!」
よほど嬉しいのか、その場で小躍りし始めたメリアさんをジットリとした目で眺める。
メリアさん、どんどん精神年齢下がってきてない? 初めて会った時はこんなんじゃなかったはずなんだけどなあ…………。
「ゴホンゴホン! あー、うん。気を取り直しまして……」
なんかグダっちゃったけど、その方が俺達らしいかもしれない。
これからも働いて、美味しい物を食べて、みんなで楽しく過ごしていきたいな。
「おかえり、ルナ。これからもよろしくね」
「っ!…………はいっ!ただいまですっ!」
ちょっと涙ぐみながら笑うルナの笑顔は、太陽のように輝いていた。