第46話 寝ていたらしいので、色々確認する事にした。
「ん…………う?」
気が付いたら、ベッドの上に寝ていた。
「なんでベッド……?」
ベッドに入った記憶なんてない。
というか、ルナへの魂移植を終わらせた後の記憶がほとんどないぞ。どういうことだ?
「……………………わからん。メリアさんにでも聞いてみよう。それがいい。うん」
頭を捻ってみたが、さっぱり思い出せない。
思い出せないのに一人で悩んでいてもしょうがない。こういう時は人に聞くのが一番だ。
ベッドから出る為に上半身を起こした所で、ベッドの横に人がいる事に気が付いた。
ベッドの横に移動した椅子に座った状態で、上半身をベッドに預けている。
顔は隠れていて見えないが、この赤い髪はメリアさんだ。
「お。ちょうどいい。おねーちゃーん。おきてー」
「……んー?」
話を聞く為にメリアさんの肩を揺すると、割りとすぐ目を覚ましたようで、ゆったりとした動きで体を起こした。
熟睡していた訳ではなかったようだ。でもまだ寝惚けているようで、目が虚ろで、瞼も半分閉じている。
「おはよ」
「…………レンちゃん?」
「ん。あのさ、ちょっと聞きたい――――」
「レンちゃああああああん!!!!」
「ぐはぁあ!?」
とりあえずあの後どうなったか聞こうとしたら、突然メリアさんの目がカッと開いた。
と思った次の瞬間には抱きしめられていた。速すぎて全く反応できなかった。
「起きた!レンちゃんが起きた!目を覚ましてくれた!よかったよぉぉぉぉ!!」
「ぐえええ!?やばっギブ!ギブ!つ、潰れる……っ!」
そしてそのまま渾身の鯖折りへ移行。体の中からミシミシメキメキとやばめな音が聞こえてくる。
息ができない。やばい。まじやばい。
「ぐ、あ……お、おねー、ぢゃん。ぐる、じい」
「よか、よかった!よかったああぁぁわああぁぁぁぁん!」
とても話を聞いてくれる状態じゃなかった。
そして、腕ごとガッチリと抱き込まれているせいでタップもできない。
…………あ、視界が白くなってきた。
「お、お、おねーぢゃん!」
ガチで命の危険を感じた俺は、全力で声をあげてメリアさんを呼んだ。
これで駄目だったら、【熱量操作】で空気を爆発させて脱出する事も考えなくてはいけない。
「ぐずっ、ぐじゅ……。どうしたの……って!?どうしたの!?顔が真っ白だよ!」
「は、はなし、て……」
「え?……あ!ご、ごめん!」
天は俺に味方したようだ。
渾身の呼び掛けが功を奏したようで、メリアさんはやっと俺の状況に気づいてくれた。
万力のように締め付けていた腕の力が抜ける。
「ぶはっ!はあ、はあ……死ぬかと思った」
メリアさんの腕から解放された俺は、自由に呼吸ができる素晴らしさに感謝した。
ある程度息が整ったら、腕や肋骨といった締め付けによってダメージを受けたであろう部位に、ソロソロと指を触れていく。
奇跡的に、どこも折れていなかった。良かった。
「だ、だって、ルナの治療が終わった途端に倒れるし、全然起きないんだもん……。気が気じゃなかったんだよ」
バツが悪そうな顔をしたメリアさんの言葉で、記憶がない理由が判明した。なるほど、気絶してたのか。そりゃ記憶なんてない訳だよ。
「そっかー、気絶しちゃったのかあ。寝不足だったしなあ。どれくらい寝ちゃってたの?」
二徹の疲労に加えて、魂移植も正直かなりしんどかった。もしかしたら丸一日くらい寝ちゃってたかもしれない。
「三日」
「……は?」
「三日!レンちゃん、三日も目を覚まさなかったんだよ!身動ぎすらしないし、心配したんだからね!」
マジか……。まさか三日間も寝てたなんて、さすがに予想外だ。
魂を削るのは想像以上に負担が大きかったらしい。
「そっか……。それは心配かけたね。ごめん」
「ほんとだよ……。もうこんなことしないって、約束して?」
「あ、それは無理」
「即答!?なんで!?今のは約束する流れだったでしょぉ!?」
「いや、そんなこと言われても、無理な物は無理だしなあ」
「だからなんで!?」
「あと最低十二回はやらなきゃいけないのが決まってるから」
「多っ!?なんでそんなに……ん?十二回?」
メリアさんも気づいてくれたみたいだ。
あと十二回。屋敷にいる、ルナを除いたメイドの――――ホムンクルスの数だ。
「いつになるかはわからないけど、ホムンクルスである限り、いつかメイド達もルナと同じ状況になる。ルナだけ救って他は無視なんてできないよね」
「それは、そうだけど……」
メリアさんは、納得できないというより、したくない、といった感じの表情を浮かべる。まあそりゃ遠まわしに『あと十二回倒れますよ』と言われて『はいそうですか』とはならんよな。
なので俺は努めて明るい声を出した。
「大丈夫だって!一回処置するごとに、ちょっと寝ちゃうくらいだよ!ちゃんと起きることは分かったでしょ?今回は処置前に徹夜して疲れてたから長かっただけだって」
「……そうかな?」
「そうそう!今は体調も全く問題ないし!」
実際、体調は本当に問題ない。
体が痛いとか、動きが鈍いとか、そういった事も全くない。
さすがに、時間を置かずに連続して処置を行うのはやばいと思うけど。
念のため、【女神レストナードの加護】を発動し、自分の魂の状態を確認してみたところ、ルナに移植する為に千切り取った部分が凹んでいるようだが、記憶より少しだけ凹みが少ない、気がする。
時間経過で修復されているのだとしたら、一日一回くらいのペースで状態をチェックして、再度移植が可能になるまでの期間を確認しておいた方がいいだろうな。
その事をメリアさんに伝えた所、嬉しさと苦しさが混じり合ったような、微妙な表情を浮かべた。
「この三日で少し治ってきてるっていうのは嬉しいけど、魂が削れてるって聞くと、ね」
「そればっかりはしょうがないよ。ここは時間経過で治る可能性がある事を喜んでおこう」
「…………うん、そう、だね」
俺の魂の状態については、毎朝確認する事にしよう。毎日メリアさんに伝えておけば、心配も減るだろうしね。
よし。とりあえず俺の状態についての話はここまでにして。
俺は聞くタイミングがなかなかタイミングが掴めなかった話題――――ルナの状態について聞く事にした。
「で、ルナはあの後どうなったの?呼吸が戻ったのはギリギリ確認できたけど、すぐ気絶しちゃったからね。意識は取り戻した?」
「あー、うん。レンちゃんが倒れたあと、割りとすぐに目覚めたよ。数日間昏睡してて、少しの間だけど心臓も止まっていたとは思えないくらい自然にね。事情を説明したら、取り付けてあった器具を強引に外して、レンちゃんの所に向かおうとしたから、主としての命令で一日安静にさせたよ。まあ安静にしてたのは本当に一日だけで、次の日からは元気に屋敷の仕事を始めたけどね」
「そっか……よかった」
「そう、だね」
曲りなりにも神様から教えてもらった方法だから、そうそう失敗なんてしないとは思ってはいたけど、心配ではあった。
無事成功していた事に安堵したと同時に、なんだか煮え切らない態度をしているメリアさんが気になった。
「どうしたのおねーちゃん。なんか問題でもあったの?」
「えー、いやー、問題があったって訳じゃ……いやある意味問題なのかなあ。でも本人は元気だし、大丈夫って言ってるし…………」
なんかすごいゴニョゴニョしてる。なんだろう。すっげー気になる。
「とりあえず、本人を見れば分かるよ、うん。私からそうとしか言えない……」
すごく困った顔でそう言うメリアさんに一抹の不安を覚えていると、階下がなにやら騒がしい。『ダダダダダッ』という何かが走っているような音が響き、しかもそれは段々とこの部屋に近づいてきている。
「え?なに?なんか近づいてくる?」
「あー、どうやってかは分からないけど、レンちゃんが起きた事に気付いたみたいだねえ。レンちゃん。驚かないでね?」
「は?」
メリアさんの言葉の意味を考える前に、ドアが、バアアアアンッ!と勢いよく開かれた。
ドアの奥に立っていたのは…………。
「え?誰?」