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第44話 ルナを救う方法を教えてもらったので、行動を開始した。

 閉じていた目を開けると、ここ二日ですっかり見慣れた感のある書斎だった。


「戻ってきたか……」


 窓に目を向けると、ほんのりと白み始めた空が見える。レストナードに呼び出されてからそこまでの時間は経っていないようだ。


 実は丸一日経っている、というケースも考えられなくはないが、テーブルではメリアさんが、レストナードに呼ばれる前と同じ格好で寝ているのでその可能性は低いだろう。


「…………よし!」


 気合いを入れてから椅子から立ち上がる。そこで長時間机に齧りついていた事による背中や腰の痛みがない事に気が付いた。


「そういや、眠気もないな。レストナードが治してくれたのかな?」


 呼ばれる前まで感じていた、頭の奥の重い痛みも綺麗さっぱりなくなっている。

 本人がいないので聞きようがないが、多分そうだろう。有難いことだ。


「っと。メリアさんを起こさないと」


 机から離れ、テーブルに近づく。メリアさんは上半身を完全にテーブルに預けて寝こけている。大きな胸がテーブルに押し付けられて拉げているのが目に映った。


「あんな苦しそうな姿勢で良く寝てられるな……。おーい、おねーちゃん。起きてー」


 メリアさんを起こす為に肩を揺する。が、なかなか起きない。正直結構苦しいと思うのだが、割りと眠りは深かったようだ。


「ほんとはちゃんとしたベッドで連れて行って寝かせてあげたい所だけど、そういう訳にもいかないしなー」


 少し申し訳ない気持ちになりながらも根気よく声を掛け続け、肩を揺すり続けると、ようやくうっすらと目が開いた。


「ふみゅ~~……」


 まだ寝ぼけているらしく、意味不明なうめき声をあげながら、ぼんやりと俺の顔を見つめるメリアさん。


「起きた?」


「うにゅ~~…………ハッ!?」


 声を掛けた瞬間に、メリアの目がカッと開き、ばね仕掛けの人形のように、勢いよく上半身を起こしたので、慌てて俺も体を離した。

 あぶねえー……。危うく強烈な頭突きを食らう所だった……。


「うわー、寝ちゃってた……。ごめんねレンちゃん。一人でやらせちゃって…………」


 とてもしょんぼりとした顔で謝罪してくるメリアさん。まあ、自分でも言ってる通り、調べ物を俺に丸投げした形になった訳だから、当たり前ではある。


「大丈夫だよ。気にしないで」


 本当に気にしていない。

 結局、屋敷内の資料には手掛かりすら載っておらず、レストナードから解決法を教えてもらった。

 正直、資料の調査を手伝ってもらっていても結果は変わらなかった訳だし。


「うん…………」


 頷きはしたものの、メリアさんが凹んだままだ。さすがにそう簡単に切り替えられないよなー。


「それじゃ、起きてすぐで申し訳ないんだけど、動けるかな?」


 話題を変える事にした。解決法自体は見つかっているけど、だからといってのんびりしている時間がある訳じゃない。できればすぐにでも行動に移したい。


「あ、うん。それは大丈夫だけど……。って!空が白んできてるじゃん!やばいやばい!時間がないよ!レンちゃん!私は何すればいい!?高い所にある資料でも取ればいい!?どれっ!?これ!?」


 ここで日が昇ってきている事に気付いたようだ。慌てた様子でソファから立ち上がり、一番近くの本棚から資料を取り出し始めた。かなりテンパっている。

 メリアさん。それ、調べ終わって棚に戻した奴だよ。

 ここは一発、落ち着かせる必要があるな。


「いや、もう資料はいいよ。方法は分かったから」


「……分かった?何が?…………もしかして、ルナを助ける方法?」


「うん」


 この状況でそれ以外に何があると言うのだろう。


「……ほんとに?」


「ほんとに」


「…………嘘じゃない?」


「そんな性質の悪い嘘つかないよ……。おねーちゃん、俺を何だと――――」


 思ってるの?という言葉は最後まで言う事が出来なかった。そこまで喋る前に、メリアさんが抱きついてきたからだ。


「あ、ありが、ありがと~……。ぐすっ、良かった……良かったよお。……レンちゃん、ありがとぉ」


 涙声でお礼を言うメリアさん。正面から、俺の肩に顎を乗せる形で抱きついているので顔を見る事はできないが、きっとひどいことになってるんだろうな。


「うん……。大丈夫、ルナは死なないよ。大丈夫、大丈夫だから…………」


 落ち着かせるはずが泣かせてしまった。

 肩部分の布地が濡れていくのを感じながら、メリアさんの背中をポンポンと優しく叩く。これじゃどっちが大人か分からないな、と苦笑しながら。




「……ありがとレンちゃん。も、もう大丈夫」


 そう言って体を離したメリアの顔は真っ赤だった。まあ、時間としてはほんの数分だが、いい大人が、中身はおっさんとはいえ幼女に抱きついてワンワン泣いた挙げ句、赤ん坊にするようにあやされた訳だから、恥ずかしいのも分かる。

 なので俺はそれをあえて見なかった事にする。

 体の方はともかく、心はいい大人なので。空気読めるので。


「ん。じゃあ、誰か呼んで、ルナの所に行こうか…………あ、そうだ」


「どうしたの?」


「俺はこれからルナを助けにいく。これは絶対だ」


「うん」


「俺がこれからルナに対して行う事は、どんなに荒唐無稽でも、どんなに意味が分からなくても、全てルナを助ける為に必要な事なんだ。……だから、俺がルナに対して何をしても、静観してほしい」


「……レンちゃんは、ルナに何をするつもりなの?」


「……うん、前もって知ってもらってた方がいいか。えっとね――――」


 俺はメリアさんに、ルナに行う処置について説明をしていく。

 それを聞いたメリアさんは驚き、そして苦しそうな顔を浮かべた。


「…………それ、大丈夫なの?」


「多分。まあ、神様から教えてもらったやり方だしね。この方法でルナは目覚めるはずだよ」


「そうじゃないよっ!それも大事ではあるけど、私が聞いてるのはそういう事じゃない!そんな事をして、レンちゃんは大丈夫なの!?」


 メリアさんは泣きそうな顔で俺の両肩を掴み、顔を近づけてきた。

 結構な勢いで肩を掴まれたので、正直ちょっと痛い。


「んー……大丈夫だと思うよ?あいつ(レストナード)も何も言ってこなかったし」


「言ってこなかっただけ!?そんな曖昧な…………」


「おねーちゃん」


 俺は、肩に置かれたメリアさんの手に自分の手を重ねた。そして、なんでもない事のように笑う。


「俺は大丈夫だよ。ほら、俺って自分で言うのもなんだけど、割と規格外じゃん?そんな俺が、神様から教えてもらったやり方を使うんだよ?失敗する訳ないじゃん」


「うん……」


「ほら、笑って。そんな顔してたら、ルナが起きた時に心配かけちゃうよ?」


「……うん。うん。そうだね」


 メリアさんが少しだけ笑った。ほんとに少しだけだけど、さっきまでの泣きそうな顔よりはましだろう。


「よし。じゃあ、行こうか」


「うん。分かった」


 メリアさんが頷いたのを確認してから、【念話】でメイドを呼んだ。

 部屋にやってきたメイドに頼み、ルナがいる区画まで案内してもらう。ちなみにやってきたメイドは睦月ではなかった。ネームプレートを確認すると『神無』と書いてある。

 未だにルナと睦月以外は名前と顔が一致しない。


 今まで、俺とメリアさんの身の回りの世話は全てルナが手がけており、他のメイド達との接点はほとんどなかった。一応食事は一緒に摂っていたのだが、会話はほぼ俺とメリアさんのみ。他のメイド達は無言で食事を口に運んでいた。それはもう、一心不乱に。

 正直な所、ルナと違って直接関わり合いになる事がほとんどなかった為、半ば背景のような扱いになってしまっていた。

 今回、ルナが動けなくなった事で、睦月がルナの代わりに就く事になり、結果的にルナ以外のメイド達にも目を向ける事になった。

 彼女らは背景などではなく、俺達と共に今を生きている。それを再認識した。それと同時に、知らず知らずの内に俺自身が彼女らを〈人間〉として見ていなかった事に気付き、愕然とした。彼女達が自分の事を〈道具〉と言った事に憤りを覚えた癖に。

 これから行うのは、ルナを助けるの為の行為である事と同時に、彼女達ホムンクルスへの贖罪でもある。

 彼女達を、短い寿命と、ただ使い潰されるだけの運命から解放する。

 そして、俺と同じ立ち位置に立ってもらう事で、表向き道具扱いを良しとしないスタンスを取りながら、無意識の内に彼女達を『自分とは違う』と見下していた俺を断罪してもらいたかった。

 とんだ偽善だ。


 ルナがいる部屋の前に着いた。

 ちらりとメリアさんを見ると、緊張しているのか、ガチガチになっている。その様子を見て、俺自身も緊張から体に力が入っている事に気付いた。こんな状況では成功するものでも失敗しかねない。苦笑と共にメリアさんの肩――は届かないので、腰をポンポンと叩く。こちらを見た事を確認してから、見せつけるように大きく深呼吸した。それを見たメリアさんも自分が緊張している事に気付いたようで同じように深呼吸する。お互いに体の硬さが少し抜けたのを確認してからドアをノックした。中から『どうぞ』と返事があったのを確認し、ドアを開けた。


 ――――トク…………トク…………トク…………トク


 部屋の中には、ベッドに寝かされているルナと、世話役のメイドが一人。表面上、数日前に来た時と何も変わらない。

 だが、部屋に響くルナの心音は、以前部屋に入った時と比べ確実に弱々しくなっている。


「質問します。こちらにどういったご用件で?」


 世話役のメイドが声を掛けてきた。胸元のネームプレートを見ると『皐月』と書いてある。ルナの世話役は持ち回りのようだ。


「うん。ルナを治しにきた」


「…………反復します。治しに、ですか?」


 皐月は暫し固まった後、俺の言葉を繰り返した。相変わらずの無表情だが、『何言ってんのこいつ?』みたいな空気を醸し出している。


「そう。治しにきた」


「否定します。稼働限界に至った個体の再稼働は、造物主でも不可能でした」


 ゆるゆると首を振る皐月。まあ、予想通りの反応だな。


「みたいだね。で、新しい個体へ情報を転送する方向へ転換した」


「肯定します。再稼働が不可能であるならば、その個体が得た経験を情報として次世代の個体に転送し、稼働直後から最大性能で稼働できるようにする。理に適っています」


「確かに、理に適っているかもしれないね。君たちを道具として見るなら、だけど」


 そう。造物主とやらが決めた対応策は、あくまで彼女達ホムンクルスを〈道具〉として扱い、効率的に運用する為のもの。

 俺の、メリアさんの考えとは相容れない。


「困惑します。それに何か問題が?」


「もちろん。俺達は君達を人として、家族として見ている。家族が死ぬのを指を咥えて黙って見ている奴なんていないだろ?死に物狂いで調べて、探して……見つけた」


 死に物狂いというか、半ば死にかけたわけだが。あいつ(レストナード)のせいで。

 ……メイド達を貶したのもあいつなら、メイド達を救う手段を教えてくれたのもあいつ。憎めばいいのか、有難がるのがいいのか、正直わからんな。


「…………質問します。造物主でさえ匙を投げた問題を、数日調査しただけのレン様が解決法を発見したというのですか?」


「うん」


「否定します。そんな事は不可能です」


「何故?」


「回答します。造物主は我々を無から製造しました。つまり、この世界の誰よりも、我々の構造に詳しい存在です。そんな御方でさえ諦めたのです。不可能です」


 ホムンクルス達は造物主が絶対だと、崇拝に近い思いを持っているようだ。当たり前か。自分達を作り出した存在な訳だし。

 だからこそ、造物主が無理だったから誰にも出来ない、と思考停止している。

 だが、いくら造物主とやらが優秀だろうが、所詮は一人の人間。俺が教えを乞うたのは生命を司る神。こと生命に関してなら世界の誰よりも詳しい存在だ。…………どじっこのろりっこだけど。


「そりゃあ造物主とやらと俺では、視点が違うからね」


「…………反復します。視点、ですか?」


 コテン、と首を傾げる皐月。


「うん。造物主とやらはあくまで君達を物として見て、言い方は悪いけど、修理しようとした」


 喋りながら、ゆっくりとルナの元へ歩を進める。


「質問します。それのどこに問題が?」


 今度は逆側にコテン、と首を傾げた。人形めいた雰囲気なのに、心底不思議そうなのが伝わってくる。

 そんな皐月を尻目に俺は歩を進め、ルナの傍に到着した。


「いや、それ自体に問題はないよ。問題なのは、その方法しか試さなかった事だ。俺は別視点での方法を、ある人から教えてもらった。……人?まあここは人でいいか」


 言いながら俺はルナの胸の中央にそっと手を置いた。


 ――――トク…………トク…………トク…………トク


 手のひらに伝わる、暖かさとルナの命の鼓動。

 体が動かなくなっても、必死に生きようとしているのを感じる。


「道具として修理できないなら、別の存在に変えてしまえばいい。…………俺はそれを、神様から教えてもらった」


「神様……?」


「そう。神様。さて、これからルナを目覚めさせる訳だけど――――」


 そこで俺はメリアさんに視線を向けた。それに気付いたメリアさんは小さく頷き、皐月に顔を向けた。


「主として命じます。これからルナが目覚めるまで、レンちゃんがこの部屋で何をしても、それを妨害する事を禁じます」


「命令を受諾しました、主。個体名〈サツキ〉は、個体名〈ルナ〉が再稼働するまで、レン様の行動を妨害致しません」


 皐月が頭を下げるのを確認して、メリアさんが俺に顔を向けた。

 それを受けて俺は小さく頷いた。


 改めて一つ深呼吸。


 準備は完了。


 これから行うのは、前代未聞。


 神に仇なす、本来であれば禁忌の行為。それを神から賜った知識と【能力】(スキル)で実行する。


 さあ、〈人間〉を創造しよう。

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