表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/222

第43話 神様に話を聞こうとしたらぶち切れた。

 聞き覚えのあるその声に頭を上げた瞬間、テレビの電源を切るかのように、ブツンッと視界が真っ暗になった。

 だがそれはほんの一瞬の事で、次の瞬間にはさっきまでいた書斎とは別の光景に切り替わっていた。

 ついさっきまでは夜の帳が下りていたはずなのに、真っ青な青空が頭上一杯に広がっている。目が痛くなるほどに白い床がどこまでも続き、果てがない。

 現実感のない光景だが、俺はこの光景を知っている。


「私の事を呼んだみたいなので、呼び出しちゃいましたぁ。あなたの女神様、レストナードですよぉ」


 白と青しかない世界の中で、いつの間にか俺の前に一人の女の子が立っており、甘ったるい声で俺に話しかけてきた。

 女の子?……うん。多分女の子。ピントが合わなくてぼんやりしてるけど、多分合ってる。

 そう。ここはこいつに初めて会った場所だ。


 現れたのは、俺をこの世界に送り込――――落とした女神だった。


「あ、あれはちょっとしたミス……いえ、新しい世界に旅立つあなたに向けての…………えーと……そう!試練ですぅ!」


 ――いや、あんた俺を落とした時、『間違えちゃったですぅ!?』とか言ってただろ!


「うぐ……あんな状況だったのによく聞いてたですねぇ…………そんなちっちゃな事をうじうじ言う男はモテないですよぉ?」


 ――俺、今女なんで。幼女なんで。誰かさんのおかげでなあ!しかもあんな森のど真ん中に落としやがって!しかも窒息してたし!メリアさんと会わなかったら転生後一分で死んでたわ!


「くぅ……。的確に痛い所を突いてきやがりますねぇ……」


 ――ふう、ちょっとスッキリした。今の今まで言いたくても言う相手がいなかったからなあ。


「こんな事なら呼び出したりなんかしなきゃ良かったですぅ……」


 ――あ、そうだ。なんでいきなり呼び出したんだ?今までそんな素振りも見せなかったのに。


「いや、あなた、あの時まで私に願った事なんてなかったでしょうが……」


 ――え?いや、そんな事…………。はい、なかったですね。


「そうですよぉ!あなたは私の初めての人だったですぅ!だから結構気に掛けてたんですよぉ!」


 ――言い方ぁ!誤解を招く発言は慎め!


「それなのに!あなたは神である私を実際に目にして、会話までしたのに!今の今まで全く音沙汰がないし!一体私をなんだと思ってるですかぁ!」


 ――え?…………ドジなろりっこ?


「またそれですかぁ!?ふ、ふけーにも程がありますぅ!?もういいですぅ!せっかくここに呼び出してまで会ってあげたのにぃ!」


 ――もしかして、俺の願いを聞き入れてくれたってこと?


「だからそう言ってるじゃないですかぁ!」


 ――まじで!?ぜ、是非お願いします!もう手が思い付かないし、時間もないんです!


「……私の事、ドジって言わないですかぁ?」


 ――言わない言わない!言わないです!レ……レ…………レタスラード様!


「レストナードですぅ!なんですかその体にいいのか悪いのかわからない名前はぁ!」


 ――ああ!ごめんなさい!悪気はないんです!間違っただけなんです!


「……非常にムカつく間違え方の癖に、ほんとに素で間違っただけのようですぅ。天然ですぅ」


 ――もう天然でもなんでもいいです!ルナを助ける方法を教えてください!もう時間がないんです!


「ふむ。……なんであんな肉人形に心を砕くですかぁ?正直理解に苦しみますぅ」


「…………あ?」


 ――肉人形?……ルナが?


「それ以外に何があると……ああ、後十二個もあるんでしたねぇ。まあ、あなたがルナとか名付けた人形の事ですよぉ」


 ――後十二個?他のメイド達も?


「神ならざる身で新たな生命を創造しようとするなんて、片腹痛いですねぇ。まあ、その結果があの出来損ないの肉人形なら納得ですぅ」


 ――出来損ない?あいつらが、出来損ない?


「っ!!」


【身体強化Ⅱ】を発動。全ての魔力を手足に集中。筋力を最大強化。

 全力で一歩踏み出す。脚から何かが千切れる音が響いた。


 ――痛みはない。


【熱量操作】発動。周辺の熱量を限界まで吸収。続いて体内の熱量を足裏と背部に移動。

 膨大な熱量を与えられた空気が膨張し、爆音と共に体を押す。強烈な衝撃を受けた背中と足裏から何かが折れる音が聞こえた。


 ――痛みはない。なら問題はない。


【金属操作】発動。これから行う動作に不要な全身の関節を固定。

 固定するために締め上げた部位が悲鳴を上げる。


 ――痛みはない。なら問題はない。あいつをぶん殴る事さえできれば。


「ああぁぁぁぁああああ!!!」


 持ちうる全ての能力を使用し、目の前の女神――――レストナードに殴りかかる。


「おわぁっ!?」


 持ちうる全てを込めた拳は、服の一部に触れた程度で回避された。体には届かなかった。


 我ながら恐ろしいスピードでぶっ飛んでいく。足が完全に宙に浮いてしまっていてブレーキを掛ける事が出来ない。しばらく進んでようやく地面に足を付ける事が出来たが、勢いを殺す事が全く出来なかった。むしろ高速飛行中に足を着けた事でバランスを崩し、左肩から地面に叩きつけられた。そのままボールのように跳ねながら白い地面を転がっていく。

 どれくらいの距離を転がったかは分からないが、さらにしばらく進んだ所でようやく勢いが収まり停止した。

 その場で立ち上がろうとしたが、手足に力が入らず、少し上半身を浮かせただけでまた地面に倒れこむ。


【身体強化Ⅱ】の負荷に耐えきれなかったらしく、脚の腱が引き千切れたようだ。

 膨張した空気の圧力に負けて、足裏の骨は恐らく折れている。背骨は……【魔力固定】で作ったコートに守られているし、大丈夫だと思いたい。

【金属操作】で関節を固定していた為、転がった時に衝撃を吸収することが出来ず、しこたま全身を打った。特に左肩はかなりの勢いで地面に叩きつけられた。こっちもコートに守られて無事だと信じる事にした。


「危ないじゃないですかぁ!思考が全く読めなかったから、危うく当たる所だったですぅ!」


 聞こえてきた声に頭を上げると、少し離れた場所にレストナードが立っていた。

 かなりの距離を移動したはずなのに、レストナードと俺の距離は変わっていなかった。


 ――それにしても、思考を読む?…………ああ、なるほど。そういえば、さっきまで声出してなかったな……。


「っていうか今気づいたですかぁ!?てっきり、分かってて声に出してなかったのかとばかり……」


「ぐ……ごぽっ…………んなこたぁ……どうでも、いいんだよ……」


 声を出そうとした途端に、喉の奥から何かが込み上げて来た。声を出すのに邪魔だったのでそのまま吐き出した。嘔吐のような勢いで血が吐き出された。どうやら内臓を痛めたらしい。白い床が俺の血で赤く染まった。

 だがそんな事はどうでもいい。


「とりあえず…………いっぱつ……なぐら……せろ」


 全身全霊の力を腕に込める。腕がガクガクと震えるが、なんとか上半身を起こす事が出来た。


「あんな勢いで殴られたらいくら神でも危ないですよぉ!?っていうかなんで【熱量操作】なんて使えるですかぁ!この空間はあなたがいる世界とは法則が違いますぅ!」


「そんなこと、しら、ねえよ……。俺を連れてきた時に……一緒に、持ってきたんじゃ、ねえの?」


「えぇ!?いくら初めての事だからってそんな事……」


 とりあえず思いついた事を口に出してみると、レストナードは動揺した素振りを見せ、周囲を見回し、改めて俺に顔を向けた。


「……あなたの周囲だけが、この世界の法則から乖離してますぅ。……あなたの言う通り、少しだけあなたの世界の法則を持ってきてしまったようですぅ」


「ああ…………そうかい」


 今の俺にとって重要なのは、この空間でも【能力】(スキル)を使用できるっていう事実だけだ。


 さっきから立ち上がろうとしているのだが、足に力が全く入らない。

 ああ、そうか、筋肉が千切れたんだったか……。あと骨も折れてたな……。


【魔力固定】で糸を作成。切れた腱を強引に骨に固定する。

 関節の固定に使用していた金属を槍状に変形させ、足に突き刺す。体内に入った金属を操作し、折れた骨を接ぎ合わせる。


 改めて足に力を込める。さっきまでぴくりとも動かなかった足は、俺の意思を反映して、ゆっくりと動き出した。


「ひっ!?な、なんでそこまでするですかぁ!?」


 立ち上がる為に、足に意識を集中していると、レストナードの引き攣ったような声が聞こえた。信じられない、といった感情がありありと伝わってくる声音だった。

 俺はその問いを無視し、立ち上がる事に全力を注ぐ。そのおかげで、生まれたての小鹿のように震えてはいるが、完全に立ち上がる事ができた。

 なら、次だ。


「ひぅっ!?な、なんでそんなに怒ってるですかぁ!?怖いですぅ!」


 顔を上げた途端、レストナードが小さな悲鳴を上げた。

 こいつ、そんな事も分からないのか。さすがは神様。下々の考えは分からないってか?


「なら、おしえてやる、よ…………」


【身体強化Ⅱ】を使用しようとしたが、魔力が残っておらず発動できなかった。この状態で【熱量操作】でのブーストを使っても体が付いていかず、派手に転けるだけだ。しょうがないので走……る事も出来なかったので、歩いてレストナードに近づく事にした。

 幸運な事に、レストナードはほんの数歩分の距離まで近づいてきている。これならなんとか辿り着けそうだ。


「お前はルナを、メイド達を、肉人形と言った。……俺の、メリアさんの家族を、物扱い、した」


 一歩歩くのがすさまじくしんどい。全身に重りを付けられているかのようだ。ちょっと気を抜くと倒れてしまいそうだ。

 また体の奥から口めがけて込み上げてきた。吐き出すだけの余力はない。口を開け、出るに任せる事にする。

 顔を上げているのすら億劫で、レストナードの足を目印に、一歩一歩、歩を進めていく。


「ぐぷ……お、俺は、メリアさんに、恩を返したい。返さなくちゃ……ごふっ、いけない。そのためなら……できることは、なんだってしてやる」


 一歩一歩。近づいていく。


「ルナたちだって、いっしょうけんめい……生きてるんだ。それを、ばかにする事は、許さな…………い」


 手を伸ばせば届く所まできた。

 顔を上げて、レストナードを睨みつける。視界が霞んでぼんやりとしか見えないが、目であろう部位を、視線で射殺さんばかりの勢いで。


「あやまるか、おれになぐられるか、えらべ」


「…………」


 そうか。謝らないか。

 拳を握る。ほとんど力が入らないけど、なんとか拳の形にすることができた。

 大きく拳を振りかぶる。バランスを崩して転びかけたけど、なんとか堪えた。


「謝罪するですぅ。すみませんでしたぁ」


 そこでレストナードが謝罪の言葉を口にして、頭を下げた。

 その言葉を聞き、拳の力を抜いた。同時に全身の力も抜けてしまい、その場にへたりこんでしまった。


「あなたが、そこまであの肉に……失礼。彼女らにご執心だとは知りませんでしたぁ」


 またメイド達の事を『肉人形』と言おうとしたので、睨みつけると慌てて訂正した。

 本当は立ち上がって胸倉を掴み上げたかったんだけど、体が言う事を聞かなかった。

 あーくそ。いっそ笑えるくらい動けねえ。


「あれだけ無茶苦茶したんだから当たり前ですぅ」


 まあ無茶した事は自覚してるけどさ。メイド達の存在を否定されたのが我慢できなかったんだよ。

 声を出すのも正直しんどいので、頭の中で会話する事にした。これなら考えるだけで伝わるから楽だし。


「……そこらへんの思考も全部聞こえてるですよぉ。まあいいですけど」


 ――納得してくれるなら有難い。で、こんな格好のまま頼むのは申し訳ないんだが、ルナを助ける方法を教えてくれ。


「…………自分の体を治してもらうより先に、そっちを要求するですかぁ?」


 ――当たり前だろ。元々それを教えてくれるって話だったんだから。……まあ、治してくれるなら嬉しいですけど?正直呼吸するのも辛くなってきたんで。チラッチラッ。


「そんな目で見ないでほしいですぅ。わかりましたよ、治しますよぉ……ほら」


 ちょっと嫌そうな顔をしながら、レストナードが手を俺に向けた。すると、ビデオの巻き戻しのように傷が治っていき、ほんの数秒に完治した。


「……おお、すげえ。神様みたいだ」


「だから神様だって言ってるでしょぉ!?」


 肩や腰を回して具合を確かめながらそう言うと、レストナードは『ムキーッ』とか言いながら地団駄を踏んだ。


「冗談だよ冗談。…………ん?なんかはっきりしてるな」


「はい?はっきりって、何がですかぁ?」


「あんたの姿の事だよ。さっきまでピントがずれてるみたいにぼやけてたのに、今ははっきりと見えるからさ」


 ふっくらとした頬も、薄い桃色の小さな唇も、ぱっちりとした空色の瞳も、瞳と同じ色の長いツインテールも。はっきりと見える。

 さすがは神様。この世の物とは思えないくらい可愛らしい。


「え?そうなんですかぁ?おかしいですねぇ……。存在の位相が違うので、あなた達は我々を正確に認識できないはずなんですがぁ…………」


 レストナードは人差し指を唇に当てながら、コテンっと首を傾げた。くっそ可愛い。

 ちょっと見惚れてしまったが、俺には先にする事があるので、気を引き締めた。


「ありがとう。助かった。特に痛みは感じてなかったけど、思い通りに動けないのは結構しんどかったんだ」


「ふ、ふん!最初から素直にそう言えばいいんですぅ!」


 ほんのり顔を赤くしてそっぽを向くレストナード。随分人間らしい仕草を取る神様だこと。と思ったら怪訝そうな顔で顔をこちらに向け直した。


「…………痛みを感じてなかったですか?あの状態で?」


「ああ。【能力】(スキル)を使った時点で結構ダメージを受けてたと思うんだけど、痛みは全くなかったな。あんたが消してくれてたんじゃないのか?」


「そんな事してないですよぉ」


「ふむ………………まあいいや。そんな事より、早くルナを救う方法を教えてくれ」


「割と重要な事柄のような気がするですが……。すこぶるおかしな人間ですぅ」


 珍獣を見るような目で見られてしまった。解せ……るわ。普通に考えたらおかしいもんな。

 でも今重要なのは、ルナを救う方法を手に入れる事であって、俺の体の秘密を探る事じゃない。


「……まあ、あなた自身がそう思うなら、それでいいですぅ。それじゃあ、彼女達を助ける方法を教えますよぉ」


 そして俺は、女神レストナードからルナを救う方法について話を聞いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公は転生の筈なのに、ホムンクルスにされてた事とか突っ込まないの? そも人の肉体を創る事が出来なかったのか、しなかったのか。 ホムンクルスの事を肉人形とか言ってるってことは、神は主…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ