第42話 店を休業して、ルナを救う方法を探した。
久しぶりに【身体強化Ⅱ】を使って、我ながら信じられないスピードでイースの街に入った俺は、真っすぐ〈鉄の幼子亭〉に向かった。
お店の前には何人かのお客さんが開店を待っていた。いつもはすでに開店している時間だったので、当たり前とあえば当たり前だ。
心苦しくなりながらも入口のドアに臨時休業の告知を貼ると、案の定、説明を求められた。
ホムンクルス云々の話をする訳にもいかないので、『家族が重い病に罹ってしまい、付きっ切りで介護をしなくてはいけない』という、核心部分以外は嘘の説明になってしまったが、お客さん達は納得してくれたようだった。むしろ苦い顔で『そうか……俺達にゃなんもできねえが、頑張れよ』と言いながら頭を撫でられた。目頭を抑えている人までいる。
不満げな顔で『いつ頃開店できるのか?』と聞いてきた人もいた。そりゃそうだ。うちの食事を楽しみにしてたのにいざ来てみたら店が閉まっていたら不満も出るだろう。こちらの都合で店を閉めている罪悪感から『数日中には開店できると思います。申し訳ございません』と誠意を込めて謝罪した。頭を下げた瞬間にゴッという音が聞こえ、頭を上げると不満を言った人が頭を抑えて蹲っていた。周囲の人達にど突かれたようだ。
俺が困惑していると、『俺達の事は気にしなくていいから、しっかり付いていてやんな』と温かい言葉をいただいたので、後ろ髪を引かれる思いではあったが、『開店できるようになったらサービスさせていただきますね』と答えて、その場を離れた。
申し訳ない気持ちで一杯ではあったが、一刻も早く屋敷に戻りたかったのでその申し出は有難かった。
店を離れた俺は、その足で各仕入れ先に向かい、臨時休業するため仕入れに来れない旨を伝えて頭を下げた。
どのお店でも、話をした直後は嫌な顔をされたが、俺の顔を見た途端に言葉に詰まり、真剣な顔で理解を示してくれた。エリイさんに至っては泣きそうな顔で抱きしめてきた。自分では分からなかったが、結構ひどい顔をしていたらしい。
街中での仕事を終え、【身体強化Ⅱ】を維持したまま街を飛び出し、屋敷へ全力疾走する。
普通の人は【身体強化】は数秒しか持たないらしいが、俺の【身体強化Ⅱ】は、魔力が枯渇するか、自分で解除しない限りは強化状態が維持される。その事に改めて感謝した。普通に生活する分には【身体強化】なんて使わないからな。使わない物に感謝なんてしようがない。
……
…………
「資料は!?」
過去最速のタイムでイースの街から屋敷に戻ってきた。
ぶち破らんばかりの勢いでドアを開け、第一声で進捗を確認する。挨拶はしない。今はその時間すら惜しい。
「こっち!」
階段の上でメリアさんがこちらを見ながら手を振っているのが見えた。【身体強化Ⅱ】で強化された身体能力をフルに使用してその場から飛び上がり、一足でメリアさんの隣に着地する。
メリアさんは、俺の足が床に着いたのを確認すると、すぐに踵を返して廊下を歩き出した。走りこそしないが結構な速さだ。
置いて行かれないように軽く駆け足でメリアさんを追う。【身体強化Ⅱ】は解除した。屋敷の中でまで使用する必要はないだろう。
「ほとんどの資料は元々一ヶ所に固まってたみたい。今他の資料がないか確認してもらってる」
メリアさんは俺の方に顔を向けず、歩くスピードも全く緩めないまま答えた。
それは有難い。調査の時間が長く取れる。
「わかった。資料が固まってた場所ってのは?」
「書斎だって。ここの元の持ち主の私室だったらしいよ」
書斎か。あるのは知ってたけど、入った事なかったな。必要性も感じなかったし。
ここの元の持ち主ってのは、メイド達の言う造物主って奴か。なるほど。ホムンクルスを造った人間の私室なら、資料が固まっているのも頷ける。
……書斎の存在を前もって知っていれば、ここまで慌ただしく動く必要もなかったかもしれないな。むしろ、ルナが倒れる事すら事前に防げたかもしれない。屋敷内を案内された時に重要性に気付くべきだった。
……悔やまれる事は確かだが、そんな『たられば』は言い始めたらキリがないな。
「…………おねーちゃん」
「ん?何?」
声を掛けると、歩くペースは変えず、顔だけこちらに向けてきた。
「さっきはごめん。ひどい事言っちゃって」
屋敷を出る前、メリアさんの言葉で感情が暴走してしまって、つい声を荒げてしまった。
イースの街で色々やってる内に少し頭が冷え、自己嫌悪に陥った。
街に行った時にひどい顔をしていたのは、それも原因の一つだったかもしれない。
「ああ、別に気にしてないよ。ちょっとびっくりしたけどね。……でもそれと同じくらい、嬉しかったかな?」
嬉しい?怒鳴られて?意味が分からん……。
「良く分からないって顔してるねえ」
メリアさんが苦笑いを浮かべた。表情に出ていたらしい。
「レンちゃんがルナ達を、私と同じように家族として見ていてくれたっていうのが嬉しかったんだ。不思議だよね。ルナ達とは、まだ数ヶ月くらいしか一緒に暮らしてないのにね?」
メリアさんは不思議だ、と言っているが、俺にはなんとなくだがその理由が分かった。
――――多分、メリアさんは〈家族〉、というものに飢えているんだと思う。
あの洞窟で暮らし始める前のことは深くは聞いてないけど、熱を放出する体質の所為で、暮らしていた村から出なくてはならなくなった、と言っていた。それまで一緒に暮らしていた旦那さんや娘さんと別れて。そんな状況で円満な別れな訳がない。
それから独りぼっちで、人と関わる事なく生きてきた。十年も。普通では考えられない。少なくとも俺には無理だ。絶対発狂する。
実際、メリアさんももう限界だったんだろう。だからこそ、死にかけていた俺を拾い、看病し、一緒に暮らし始めた。別れた当時の娘と同じくらいの年恰好の俺を、娘の代替品として。
そしてさらに、成り行きでルナ達と出会い、一緒に暮らすことになった。
俺を家族と見なしていたメリアさんは、俺と似た容姿のルナ達も、まとめて家族と見なした。
主のいない従者――――従うべき相手がおらず孤独だったであろう彼女達に、共感する所もあったのかもしれない――――。
実際、本当の所は分からない、本人ですら良く分かっていないみたいだし。
でも、俺やメイド達の事を家族と見ているなら。見てくれているなら。
もう二度と、家族を失う悲しみを味合わせない、というのも、少しは恩返しになるのではないだろうか。
…………まあ、そんな事、面と向かって言う事でもないので、言わないけど。
だから代わりに、俺は肩をすくめてこう言うのだ。
「まあ正直、俺としては他人事とは思えないからね。元は同じホムンクルスらしいし」
「そっか。そうだね。…………ん、ここだよ」
そう言ってメリアさんは一枚のドアの前で足を止めた。目的地に着いたようだ。
ドアを開ける前に、両頬を両手で挟み込むように叩く。パチーン!という音と共に頬に痛みが走る。ちょっと強く叩きすぎて涙が出たが、その分気合いが入った。
今まで色々動いていたのはあくまで前哨戦。本番はここからだ。
「よし。それじゃあ、家族のために一丁頑張りますか!」
ドアを開け、部屋に入る。
タイムリミットは二日。
絶対に失敗は許されない。失敗はルナの死を意味する。
さあ、戦いの始まりだ。
……
…………
………………
……………………
「クソの役にも立たねえ!」
現在二日後の朝方。
今はまだ、窓から見える景色は夜の闇に包まれているが、そう時間を置かずに白み始めるだろう。
俺は机に両肘を付き、頭を抱えた。肘の下敷きになった資料に皺が寄る。
書斎には大きな机があり、俺はその机に備え付けられた椅子に座って資料に目を通している。
あれから不眠不休で資料を漁り、解決法の手掛かりを探したが、見事に空振り。
造物主とやらも、初期の頃はそれなりに寿命を伸ばす研究も行っていたようで、そういった資料もそれなりにはあった。さすがホムンクルスを製造できるだけの人物だけあって、俺の思いもつかないような方法を考案し、実験を繰り返していたようだ。外部から魔力を流入させて魔力を補充するなんて、思いつかなかったな。失敗してたけど。
しばらくはなんとか寿命を伸ばそうと研究を続けていたようだが、結局、寿命の延長については諦めてしまったようだ。ホムンクルスの寿命を伸ばす事よりも、ホムンクルスが得た記憶をいかにロスなく次代に引き継いでいくかの研究に重きを置いたようだ。
その結果としての転送装着であり、副産物としての各種延命器具だ。
活動限界で昏睡したホムンクルスの頭蓋骨に穴を開け、様々な器具をぶっ刺して実験を行っていたらしい。実験の手法、結果等が細かく書かれているレポートのようなものにそう書かれていた。
怒りのあまり資料を燃やしてしまわないように自制するのが大変だった。どんな情報がルナの治療に役立つか分からないからな。書かれた通りの事は絶対にしないけど。
ある程度実験と研究を続けた結果、脳に直接器具を接続しなくても使用できる器具を開発したようで、それから先は殺意を覚えるような記載は減ったのが救いだった。
そして、一個体でなるべく長く実験ができるように、延命用の器具を開発、作成したらしい。
そんな目的で作成された器具のおかげでルナの生命が維持されているとは、皮肉なもんだ。
とまあ、精神をガリガリ削られながら全ての資料に目を通した結果、先ほどの叫びに繋がる訳だ。
「くそ、これじゃ、新たな資料を見つけ出しても、有意義な事は書かれてなさそうだ……。だけど今から外に出て情報を集める時間はない。というか外にホムンクルスに関する資料が存在するかすら分からない…………どうする!?」
自問自答を繰り返していると、机の向こう側から身じろぎする音が微かに響いた。
机の前には向かい合う形でソファーが二つ置いてあり、間には大き目なテーブルが一つ。
メリアさんはそこで資料の整理をしていたのだが、途中で力尽きてしまったようで、テーブルに突っ伏して寝息を立てている。
幼女である俺より先に限界を迎えたのは思うところがなくはないが、俺が書斎で資料とにらめっこしている間に、屋敷中を走り回り資料の取りこぼしを探してくれたり、メイド達の食事を準備してくれたりしていた。本人曰く、『私じゃ力になれなさそうだから、他の事を頑張るね!』だそうだ。
資料に目を落として数秒で顔を上げてそのセリフを言ったから、書いてある内容が全く理解出来なかったんだろう。
確かに、前の世界での様々な知識がある俺は多少は理解できるが、この世界の学力レベルだと、全ての文章が未知の言語で書かれているように思われただろう。いくら地頭が良くても、それを扱う知識がないと有効活用できないからな。
といっても俺もなんとなくニュアンスが理解できなくもない、という程度だけど。
「どうする……どうする!?くっそ頭が回らねえ!」
丸二日の徹夜で痛みを発し始めている頭は、油が切れた歯車のように回転が鈍く、案が全く思い浮かばない。
「くっそ……神様でもなんでもいい…………助けてくれよ」
刻一刻とタイムリミットが近づいてきている焦りから、つい弱音を吐いてしまった。
聞く者もおらず、虚空に消えていくだけだったはずのその言葉に。
『しょうがないですねぇ。特別ですよぉ』
返事が返ってきた。