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第41話 ホムンクルスについて新たな事実を聞いたので、抗う事にした。

 ――――トクン…………トクン…………トクン


 睦月に促されて入ったその部屋は、廊下と同様、全面真っ白な部屋だった。

 部屋はそこまで大きくない。六畳くらいだろうか。廊下と違う事と言えば、質感がタイルのような滑らかな質感で、そのせいか廊下より明るく感じる。

 部屋の中では心臓の鼓動のような音が響いており、何かの生物の体内に入り込んでしまったかのような錯覚に陥る。


 部屋の中央にはリクライニングチェアのような椅子が備え付けており、そこには


「っ!」

「ひどい……こんなのって…………っ!」


 ルナがいた。

 全裸で椅子に座らされていた。

 口は、薄緑色の細いチューブのようなものを咥えさせられた状態で固定されており、さらに両手足と腰がベルトで固定されている。頭部には金属製のリングのような物が取り付けられている。ゆっくりと胸が上下しているのが見て取れるので生きてはいるようだが、半分ほど開かれた瞳は虚ろで、意識はなさそうだ。

 座らされている椅子は、俗にいう分娩台のような形になっていて、足を乗せる部分が独立しており、片足ずつ別々に固定されている。

 足が開かされる形、つまり丸見えの状態で。


「ルナっ!」

「っ!?駄目っ!」


 メリアさんが駆け寄ろうとしたので、慌てて腰に抱き付いて止めた。今は子供サイズなので、体格差で少し引きずられてしまったが、なんとか止める事ができた。

 あの様子だと恐らく、ルナを拘束から解放して、機材を取り外そうとしていただろう。そんな事をさせる訳にはいかない。

 ルナの為に。


「っ!な、なんで止めるの!?」


 助けようとしたのに止められた事が信じられないようで、振り返って眦をあげるメリアさん。かなり怒っている。

 まあ確かに、パッと見屈辱的な体勢を強制されているようにも見えるし、仕方ないと思う。それでも俺はメリアさんを止めなくちゃいけなかった。

 少なくとも俺は、メリアさんより、この部屋の用途について理解しているだろうから。

 でもそれはあくまでメリアさんよりは、というレベルであって、詳しい訳じゃない。


 こういう時は、この部屋について詳しい人間に説明してもらうのが一番いいだろう。


「睦月。ルナに取り付けられている機材について説明して」


 俺のお願いに、睦月は一つ頷いてから説明を始めた。

 まず睦月は、ルナの口に取り付けられているチューブを指さした。


「了承します。まず、この管は胃まで達しております。現在、ルナは自力での栄養摂取が不可能な為、この管で希釈した培養液を直接注入する事で、栄養補給を実施し、肉体の維持を行っています」


 睦月の説明に俺は頷いた。

 前の世界でも同じような処置があったな。あれは鼻からだっけか。

 この世界の医学レベルは、俺は経験した事がないので今いち分からないが、おかしい処置ではない、と思う。


 ここで、メリアさんの体から力が抜けた。

 ルナのこの状態が、屈辱を与える為のものではなく、命を繋ぐ為に必要な物だと理解したようだ。

 俺はメリアさんの腰に回していた腕を外し、代わりに隣に移動して手を握った。メリアさんも握り返してきた。強く、強く。

 手の骨が軋み、正直かなり痛いが、それは表情に出さず、代わりに俺も強く手を握り返す。

 チラとメリアさんの顔を伺い見ると、歯を食いしばり、必死に何かを堪えているような顔をしていた。

 俺はそれに対して何も言わず、視線を睦月へと戻す。


「続いて、各所に装着している拘束具ですが、この状態に陥った個体には、不定期に痙攣発作が発生します。その際の肉体の損傷や機材の脱落を抑制するために装着しております」


 痙攣発作があるのか。しかもベルトで拘束しなければならないほどの。

 ルナの手首のベルトを指さしながらそう説明する睦月。血流が止まらないように加減はしているみたいだが、ルナの手首の皮膚は赤くなっていて痛々しい。恐らく、他の部分も同じ状態になっているんだろう。


「開脚状態で固定しているのは、排泄補助の為です。脚を閉じた状態の排泄は不衛生ですので。排泄終了後の清拭を簡易にする為でもあります」


 足を開いた状態で固定している事にはそんな意味はあったようだ。まあさっきまでの話を聞いた感じ、ルナの介護に必要な事なんだとは思っていたけれど。

 確かに、足を閉じた状態で排泄なんてしたらえらい事になるだろうからな。色々と。

 排泄が終わった後の後始末もしっかりと行っているようだ。確かに、この部屋は糞尿の匂いがほとんどしない。かなり念入りに処理をしているようだ。


「未着衣なのは、衣服の摩擦によって心音の取得に支障をきたさない為です」


 最後に、ルナの胸の中央部を指さしながらそう言い、それで一通りの説明が終わったのか、睦月は口をつぐんだ。


 睦月が指さした箇所には丸みを帯びた円錐状の物体が取り付けられていた。

 円錐の頂点からチューブのような物が伸びており、蓄音機のような機材と繋がっている。その機材のラッパのような形状をした部分から、この部屋に入った時から聞こえてきていた、心臓の鼓動のような音が聞こえてきている。

 ……ようなではなかった。これは正真正銘、ルナの心音だった。


 ――――トクン…………トクン…………トクン…………トクン


 ……こんな、こんな弱弱しい心音が。ルナの命の音。


 やっぱりここは。

 意識のない患者を看護するための、病室だった。


「……ぅぐ……ひぅ」


 横から漏れ聞こえてくる押し殺したような声に、少しだけ頭を動かして、メリアさんを見た。

 俺と手を繋いでいて両手を使えないから、片手で。

 必死に口元を抑えて、嗚咽を漏らさないようにして。でも抑えきれてなくて。

 溢れだす涙を拭う事もできずに、流れるに任せて。

 でも視線はルナから外す事はない。


 そんなメリアさんを見て、俺の胸にも込み上げてくる物があった。

 だけど。俺は表に出す事なく、飲み込んだ。


「おねーちゃん。今ルナに取り付けられている器具は、全てルナの命を繋ぐために必要な物なんだ。下手に触っちゃいけない」


「うん……うん」


 前の世界の知識があって、多少は器具の意味が分かる俺と違って、メリアさんにとっては新種の拷問でも受けてるように見えるんだろう。それがルナの為に必要だと分かってははいても、ショックであることに変わりはないだろう。


「睦月。つい数日前まで、ルナがこんな状態になる兆候なんてなかった。少なくとも俺はそう見えなかった。何があった?というか、俺は以前、ホムンクルスは不老不死だと聞いた気がするんだけど?」


 あれはこの屋敷に初めて入った時だ。俺の体がホムンクルスだと分かった時に、ルナがそんなことを言っていたはずだ。

 だが、睦月は首を横に振る。


「訂正します。ルナは『肉体の劣化による停止はない』と言いました。それは通常の生命体で言う、老化が存在しない、という意味です」


 ああ、そうだ。そういえばそう言ってた気がする。あの時はその言葉を聞いて『不老不死とか、すげー!』とか勘違いして、そのまま間違った形で記憶に定着してしまったらしい。そうか。不老ではあるけど、不死じゃないのか。何年くらい生きられるんだろう。六十年くらいかな。

 そんな事を考えていた俺は、睦月の次の言葉に貫かれて呼吸が止まった。


「説明します。ホムンクルスの稼働可能時間は五年。五年で停止します」


 ショックを受けている俺の様子に気が付かないようで、睦月はそのまま説明を続けていく。


「この世界の生命は、生命の維持に魔力を必要としています。それは人工生命体であるホムンクルスも同様です。通常の生命体は、日々消費される魔力を、魂より自然生成される分で補っています。ですが、我々ホムンクルスには魂がありません。よって魔力の補給を行う事が出来ず、稼働するたびに蓄積している魔力が消費され、枯渇すれば停止します。ルナが直前まで枯渇の兆候がなかったのは、魔力残量が一定値を割り込まない限り、稼働に支障を来さないよう作られている、我々ホムンクルスの仕様の為です」


 息が苦しくなって、自分が呼吸をしていない事に気付いた。

 大きく深呼吸をする。落ち着け。睦月の話をしっかりと聞け。一字一句たりとも聞き逃すな。


 …………つまりあれか、魔力残量が少なくなっても省エネモードみたいなものはなく、ギリギリまで動き続けるってことか。


「我々は道具です。道具は完全に動作する時間が可能な限り長くある必要があります。ですが、稼働時間を伸ばすために性能を落とすのは本末転倒です。劣化した性能では、主の要求を満たせない可能性がある。それならば限界まで完全な状態で稼働し、性能が劣化する暇もなく停止した方が効率がいい」


 さっきの深呼吸の効果か、頭はしっかりと動いている。大丈夫。俺は大丈夫。


「……その割には、動くことができないルナを、こんな機材まで使って生かしてるよね?矛盾してない?」


「否定します。矛盾してはいません。これは必要な処置です。現在、ルナが保持している知識や経験を次の個体に移すための処置を実行中です。その処置が完了するまで、ルナの稼働状態を維持する必要があります」


 知識や経験を次の個体に移す?

 睦月はルナの頭に装着されている機材を指差した。さっきの説明では触れられなかった、金属製のリング。


「現在、この機材でルナの脳から情報の吸出しを実行中です。ルナの肉体維持処置は吸出し処置が完了するまで継続されます」


 金属のリングからは何本ものケーブルのような物が伸びており、それはクローゼットくらいのサイズの箱型の機材に繋がっていた。のっぺりした表面に一個だけランプのような物が付いており、不定期にチカチカと点滅を繰り返している。

 まるで、パソコンのアクセスランプのように。


 これはあれだ。故障寸前のパソコンからデータを抜き出している状態と一緒だ。電源を落とすと二度と起動しないから、起動したままにして、その間にデータをコピーしているんだ。


 まさしく道具。


 …………さっき胸に込み上げてきた物が、喉まで来た。力を込めてそれを飲み下す。

 今はまだそれを吐き出す時じゃない。堪えろ。


「なるほど。で、その吸出しは後どれくらいかかるの?」


「回答します。あと二日で完了予定です」


「吸出しが終わったらルナはどうなる?」


「回答します。情報の吸出しが完了すれば、肉体の維持も不要ですので廃棄します」


 俺の質問に睦月は淡々と答えていく。

 よし、そこまで機械的にされると、俺も抑え込むのが楽だ。

 結構しんどくなってきたから、正直ありがたい。


「そっか。分かった。じゃあ俺達は戻るね。吸出しが終わるまで、丁重に扱ってよ?行こう、おねーちゃん」


「肯定します。問題ありません」


 俺と睦月のやり取りを呆然と眺めていたメリアさんの腕を引っ張って部屋から出る。

 そのまま廊下を抜けて、玄関前まで戻ってきたが、そこまでメリアさんはうつむき、俺の為すがままだった。

 衝撃的な話だったから、落ち込むのは分かる。でも時間がないんだ。しっかりしてもらわないと。


「おねーちゃん。これから忙しくなるんだから、しゃんとして」


「…………なんで」


「ん?」


 メリアさんが何か呟いたけど、俯いたまま話すから、良く聞き取れなかった。

 聞きなおそうと顔を近づけると、メリアさんはガバッと顔を上げ、俺の肩を掴んだ。


「なんで!レンちゃんはいつも通りなの!?なんでそんな冷静なの!?ルナがいなくなっちゃうんだよ!?」


「……」


「ルナは!私達の為に一生懸命働いてくれたんだよ!それをなに!?限界まで動かせて、動けなくなったら捨てるの?おかしいじゃない!」


「それなのに、それなのに!レンちゃんはそれを当たり前みたいに受け入れて!確かに、確かにね?ルナと一緒にいた時間は短いよ?でも!同じお家に暮らして!一緒に食事して!家族じゃないの!」


 メリアさんはぐしゃぐしゃの顔で、俺の肩を強く揺さぶりながら、言葉を叩きつけてくる。


 駄目だ。こんな事してる時間なんてないのに。

 冷静でいないといけないのに。

 体が震える。

 死に物狂いで飲み込んできたものが、喉まで来ている。


 ああ。

 溢れる。


「受け入れてなんかねえよ」


「……え?」


「受け入れてる訳ないだろ!絶対にルナは治す!ルナが死ぬまであと二日!それまでになんとかしなきゃいけないんだ!ぐだぐだしてる時間なんて、一秒だってねえんだ!」


 塞き止めていた感情が溢れ出す。一度溢れた物はもう止められない。止まらない。

 メリアさんが驚きで目を丸くしている。

 だが知った事じゃない。溢れさせたのはメリアさんだ。受け止める責任があるだろう。


「こんな事やってる時間があったら!一文字でも多く資料を読んで!一つでも多く仮説を立てて!一回でも多く試行錯誤を繰り返さなきゃいけないんだ!分かったか!?」


「は、はいぃ!」


「だったらとっとと動け!俺は店に数日閉店する告知と、仕入れ先に詫びを入れてくる!その間に屋敷中からホムンクルスに関する資料をかき集めろ!」


「り、了解っ!」


 メリアさんが、俺の言葉に追い立てられるように屋敷の奥に走っていくのを一瞬だけ確認して、すぐに俺も外に向かって走り出した。

 こんな状況にも関わらず店の心配をしている自分が、苛立たしいと同時に少し可笑しくて、少しだけ笑った。

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