第39話 ジャン達に【変身】について報告しに行ったら長時間拘束された。
翌日の〈鉄の幼子亭〉営業終了後。
「…………お前、もうなんでもありだな」
ジャン達のもとに出向き、問題が解決した事を話した所、方法について問われ、目の前で【変身】した直後のジャンの台詞だ。
昨日の今日で衣服を用意する時間がなかったので、その場しのぎで、洞窟に住んでいた時、メリアさんが着ていた貫頭衣を着ている。
メリアさんやメイド達の服を借りればいいだろうって?
大体のサイズは問題ないんだけどね、着ると悲しくなるんですよ、一部がブカブカすぎてさ……。どことは言わないけど!言わないけど!
いつの間にやら女性としての在り方に寄ってきてるらしい。まさかメリアさんに対して憎しみにも似た感情を覚える時が来るとは思わなかったよ……。しかも割としょーもない理由で。
ちなみに、行動を急いだ事に特に深い理由はない。ずっともやもやしていた問題が解決できそうだと分かったから、さっさと終わらせちゃおうと思ったくらいだ。
「おー!レン!すげー美人だなあ!」
「将来はこんな感じになるんでしょうか。まあ、小さい時も大変可愛らしかったので、さもありなん、といった所ですね」
「髪を元の銀色にすればそうかもね!いやー、ほんとに美人だなあ」
「髪色が違うだけでかなり雰囲気が変わりますわねえ」
「……ちくしょう。レンじゃなかったら声掛けるのに。一部残念だが」
ジャン達が俺の大人姿に銘々感想を述べていく……ジャン、一言多いんだよ。
「まあ、という訳で、これなら〈拡張保管庫〉の販売も問題ないかなって思うんだけど、どうかな?あとジャン。ふざけた事抜かしてると…………握りつぶすぞ」
「怖っ!?何を握りつぶすんだよ!?」
すかさず俺から距離を取るジャン。ハハハ、冗談だよ。そんなことする訳ないじゃないか。HAHAHA。
「ゴホン!……まあ、これなら大丈夫じゃねえか?その姿を見て、中身がお子様だとは誰も思わねえだろ」
本当は中身も大人なんですけどね。しかも男。しかもおっさん。
まあそれを言う必要はないので黙っているけど。
「あと必要なのは……名前か?なんか考えてるのか?」
「名前かあ………………ロータスでいっか」
「「「えー!可愛くなーい!」」」
元々の名前である『蓮』を英語読みしただけ、という適当極まる名前を言ったら、女性陣から総スカンを食らった。
そこから、女性陣による俺の偽名について熱い討論が繰り広げられた。ちなみに俺は頼んでない。
その間、男性陣は蚊帳の外だ。
というより、あの熱気についていけない。
どうせ偽名なんだし、それっぽければ適当でよくね?という俺の意見は、見事なまでに無視された。ちょっと悲しい。
しょうがないので、いつの間にか部屋の端っこに移動していた男性陣の元へ移動する。
「いや、なんで主役がこっち来んだよ」
ジャンがそんな事を聞いてきたので、俺は肩をすくめた。
「あの勢いについていけない。つーか、あーなったら本人がいなくても問題ないよ」
下手したら、俺がいない方が議論が早く終わるまである。
「あー。まあ、そうだな。じゃあ俺達は隅っこで大人しくしてますか」
そう言いながら、ジャンは近くのテーブルの上に置いてあった、酒瓶とコップを四つ手に取った。おい、何故四つ取った。俺に飲ませる気か。
「いや、飲まないよ?つーか子供に何飲ませようとしてんのさ」
「あ?…………あー、そうか。そうだった。そんなナリでも中身は子供か。ったく、ややこしいなあ」
そう言って、三つのコップに酒を注ぎ、俺を抜いて酒盛りを始める三人。俺は少し離れた場所に置いてあった水差しから自分のコップに水を注いだ。三人が飲んでる酒は……あの色は、赤ワインか。……つーか、キースって酒飲むんだ。なんかイメージと合わないな。
「お?キースが気になるか?でっかくなった途端に色気づきやがったな!」
結構ガン見しちゃってたらしく、レーメスが茶化してきた。普段よりテンションが高い。早いな。もう酔っぱらったのか?
……なんでキースも嬉しそうな顔してんだよ。
「いや、全くそんなんじゃないし。キースってお酒飲むんだなあって思って見てただけだよ」
全くの事実無根なので、きっぱりとお答えしてあげた。
……いやだからなんで今度は微妙にションボリしてんだよ。相手幼女だぞ?
「あー、確かにあんま飲まなさそうな面してるよなあ。でもな?実は俺達の中でキースが一番酒強えんだぜ?」
「まじで!?」
人は見かけによらないってのはこの事だ。優男風な見た目だから、コップ半分くらいでベロンベロンになりそうなイメージだったのに!
「そうなんだよ!こいつ、人一倍飲む癖しやがって全っ然酔わねえの。つまんねえ奴だよ!」
「私は自分の限界と適正量を知っているだけですよ。衆人環視の元で前後不覚になるなど、私には考えられません」
世の酔っぱらい達に是非聞かせてやりたいお言葉を口にしながら、コップに酒を注ぐキース。あれ?もうコップ空いたの?早くない?
「あ、おま、ちょっと待て!これ最後の酒だぞ。味わって飲みやがれ」
「もちろん味わっていますよ。美味しく飲んで、無くなったら買えばいいんですよ」
「この時間じゃ店閉まっとるわ!」
キースの言葉にツッコミをいれるジャン。ごもっともです。
今まであまり話す機会なかったけど、キースも結構面白い人だな。普段は一歩下がった所からみんなを見てるような立ち位置で、すごく大人の人なイメージだったけど、こうやって酒の席を共にするとお酒が好きで、女性に興味がある普通の男の人だってことが分かった。
こういう思いもしなかった面が見れたりするから、酒の席って面白いよな。上司や先輩におべっか使い続けなきゃいけないような場じゃなければ。
……
…………
「じゃあさ、ローザとかどう?可愛くない?」
「可愛くもありながら綺麗な雰囲気も感じられる……響きも美しいし、いいですわね」
「私もいいと思う!じゃあローザに決定ってことで!レンちゃーん……あれ?」
女性陣の間で盛大に盛り上がっていた俺の偽名決めがやっと決着したようだ。メリアさんが俺を呼んだので男性陣の輪から離れ、女性陣の元へ向かう。
ちなみに、男性陣の飲み会は、キースのペースが全く落ちなかったためお酒はすぐに無くなってしまったので、駄目元で女将さんに言ったら売ってくれた。ついでに適当なおつまみももらってきたようだ。クッソ硬い干し肉だったので、一口で俺は食べるのを諦めたけど。
それにしても長かったなあ。何時間かかったんだろうか。すでに街の門が閉まる時間はとっくに過ぎてしまっている。
「あ、いた。レンちゃん、なんでそっちいたの?」
「いやー、ははは……」
ノリに付いていけなかった、なんてとても言えないので笑って誤魔化す。日本人が得意な奴。
メリアさんとレミィさんは不思議そうな顔をしていたが、セーヌさんはおれの気持ちに気づいたようで苦笑いを浮かべていた。
「ま、いっか。そんな事より!おっきいレンちゃんの名前が決まったよ!聞きたい?聞きたい?」
名付けられる本人に教えなくてどうするのか。っていうか、おっきいレンちゃんって何?
まあ、俺は大人なので、そんな野暮な突っ込みはしないし、相手が求めているであろう反応を予測して合わせてあげることだってする。社会人必須の技能だから、俺だって使える。
「ウワー、聞キターイ」
反応に感情が籠るかは別問題ですがね。
そんなあからさまな棒読みに対して、メリアさんはまた不思議そうな顔をしたが、すぐにニコニコ笑顔に変わった。感じた違和感よりも、みんなで考えた名前を俺に教える楽しみが上回ったらしい。そしてレミィさんは何故かドヤ顔……さっきまでの会話内容を聞いた限りだと、レミイさんの案は悉く駄目出しされてたよね?
「それでは発表します。おっきいレンちゃんの新しい名前は~~……………………ローザさんです!」
すっごい溜めて、期待感を持たせた上で発表してくれたんだろうけど、すみません。知ってます。聞いてたんで。
というか俺が同じ部屋にいたのは知ってたよね?聞いてたとは思わなかったの?
「どう!いい名前でしょ!?」
メリアさんがすっごい素敵な笑顔でこっち見てくる。えーっと、ここで求められている反応は……。
「ワー。可愛クモアリナガラ綺麗ナ雰囲気モアル、美シイ響キノ素敵ナ名前ダナー」
あ、セーヌさんが顔が真っ赤になった。自分の台詞を引用されたのが恥ずかしかったらしい。
「でしょ!?セーヌさんが考えたんだよー!」
知ってます。台詞を流用できちゃうくらいには聞いてたので。
「ワー。セーヌサンアリガトー」
セーヌさんの目を見ながらお礼を言ったら、セーヌさんが俯いてしまった。耳まで真っ赤になってる。
「つ、つい興が乗ってしまったのですわ。そんな目で見ないでください……」
そんな目ってどんな目?幼女の可愛い視線ですよ?あ、今は幼女じゃないんだった。
「あー……。あ、そうだ。レン。お前に確認しなきゃいけない事があるんだ」
「ん?何?」
ジャンに声をかけられて視線を移す。視界の端でセーヌさんがホッとした顔をしているのが見えたが、気にしないことにした。
「お前から買った〈拡張保管庫〉だけどな?あれもしかして、時間停止機能がついてんのか?」
「ああ、その事か。ジャンに渡したのもついてた?俺もつい最近知ったんだ。便利だよねー」
料理を出来立てで突っ込んどけば、出した時も出来立て。
あの機能のおかげで〈鉄の幼子亭〉は回っているといっても過言ではない。あそこ、厨房小っちゃくて大量の料理を作るのには不向きだからね。
うん?なんでジャン頭抱えてるんだ?
「……よし。おい、契約書あるだろ。出せ」
「え?なんで」
「いいから」
何故か強い口調で、しかも食い気味で契約書を求められたので、ポケットから取り出して机の上に置いた。
「はい」
「おう。キース」
「どうぞ」
「ほい」
「すまんな」
「ん」
ジャンが手を出しながらキースに声を掛けるとほぼ同時に、キースはその上に羽ペンを置いた。そして何も言われてないのに、レミィさんが机の上にインク壺を置く。すげえ、あっという間に書き物をする環境が構築された。パーティーを組んでると、阿吽の呼吸で何を必要としているか分かるのか。ジャンの礼に、手をヒラヒラしてなんでもない事のように振る舞うレミイさんかっこいい。さっきまで残念な人だったのに。
羽ペンを受け取ったジャンは、そのまま流れるように契約書の大金貨三百枚の『三』の部分に横線を書いて消し、『五』に書き換えた。
「ちょ!?」
なにしてんの!?めっちゃ金額上がったんだけど!?
「時間停止機能付きの〈拡張保管庫〉なんて大層なもん、こんくらいの金額が適正だっつーの!次からはこの金額を基準にしろ!いいな!」
「は、はい」
あまりの剣幕にただ頷く事しか出来なかった。怖い。
「ジャン」
「おう。ほら、不足分だ」
セーヌさんがジャンに小さめの革袋を渡し、袋を開く事すらなく、そのまま俺に渡してくる。中身を確認してみると、いつの間に用意したのか、大金貨がきっちり二十枚入っていた。またもパーティの阿吽の呼吸を見せられた。
「あ、はい。毎度あり……」
なにもしてないのに大金貨もの大金が二十枚手に入ってしまった。いいんだろうか。……いいんだろうな。いいという事にしておこう。〈拡張保管庫〉の金額に関してはジャン達の知識を信じた方が良さそうだし。
「じ、じゃあ、販売額は大金貨五百枚を基本とするってことで……これで販売始められるかな?」
「ああ、そうだな。子供が販売するっつー問題も解決したしな…………まだ機能を隠してなけりゃ、だが」
「ないない!時間停止機能だって、俺自身つい最近知ったくらいだよ!?」
じろり、と俺を睨むジャンの言葉をブンブンと首を振って否定した。隠してた訳じゃないんだけどなあ。
「……ならいい。それじゃあ客の候補は探しとく。決まったら〈鉄の幼子亭〉でいいか?」
「うん、それでいいよ。店員なら誰に言っても通じるようにしとく」
「おう」
ちょっとした問題もあったけど、これでやっと〈拡張保管庫〉の販売を始められるな。金額的に、そんなポコポコ売れたりはしないだろうけど、収入源が増えたのは嬉しい。
「あ、終わった?じゃあ帰ろうかー」
「いや、もう門閉まってるからね?とりあえずルナ達に一言言っておかなきゃ」
「え!?もうそんな時間なの!?」
気付いてなかったんかい。
(おーい、ルナー?)
ルナに対して【念話】を送ると、すぐに返答が返ってきた。
(回答します。現在ルナが回答できない状況となっておりますので、代わってムツキが対応します)
あら?睦月から返ってきた。まあ普段から近くにいてくれて、世話を焼いてくれるのがルナだったからルナを呼んだだけで、実際にはメイド全体に送ってるから、ルナが対応できない時に別のメイドが答えるのはおかしい事じゃないけど、珍しいな。
……まあいいか。ぶっちゃけ、メイド達の仕事とかよく分かってないし。偶然忙しいタイミングに連絡しちゃったんだろう。
(そっか。ちょっと用事が長引いちゃって門が閉まっちゃったで出られないから、今日は街に適当に泊まっていくね)
(……質問します。【いつでも傍に】で転移すればいいのでは?)
そっか。そういえば転移能力があるんだった。あんまり使わないから存在自体忘れてた。
(あー、そっか。そんな【能力】もあったねえ。忘れてた。それじゃあ、これから帰るね)
(了承します。お待ちしております)