第38話 新たな力を手に入れた。
【後付け能力】なるホムンクルス特有の【能力】の使い方を、ルナからレクチャーしてもらう事になった。
「開始します。ではまず、目を閉じてください」
「はい」
返事をして、言われた通りしっかりと目を閉じた。視界が闇に包まれる。
真っ暗な中。ルナの声が響く。
「継続します。続いて、体の内側、胸の中心付近に意識を集中してください」
言われた通りにしてみると、胸の中心あたり、心臓の位置と思われる場所に何かが存在するのが感じられた。これは……。
「ランプ……?」
ランプというか、ランタンというか。前の世界で一般的だった電気式の証明ではなく、火を灯して光を得る類の照明。
白っぽい金属で出来たシンプルな土台に、火を灯す場所はガラスっぽい透明な何かに覆われている。
俺のイメージとしては、こういうランプの土台部分って金色なんだけど。それ以外は特に変わった所もない、普通のランプ。
そんな物が自身の体の中に存在している。いや多分実物として存在している訳じゃなくて、イメージなんだろうけど……。
これイメージだよね?本当に体内にあったりしないよね?こんなん体の中にあったら気持ち悪い事この上ないぞ。
「反復します。ランプ、ですか……。スイッチのような形状であることが多いのですが……」
ランプというのは珍しいらしく、少し視線を下に下げて、悩む様子を見せるルナ。でもそれはほんの短い時間で、すぐに視線を元にに戻した。
「継続します。問題はありません。……それではそのランプに火を灯してみてください。それで【後付け能力】が発動するはずです」
「わかった」
とは言ったものの、どうやって点けるんだろ。
…………確かこういうランプって、ガラス部分を取り外して、芯の部分に火を点けるんだったよな?
……取れないじゃん。
ガラス部分は土台にしっかりと固定されているようで、取れる気配が全くない。
と、いうことは、別の方法で点灯する手段があるってことだな。
ちょっと別の角度から見てみたい……おお、動いた。
どうやら俺の意思に従って動くらしい。……どうせ意思に従ってくれるなら、パッと火も点けてもらいたいもんだが。
何か手掛かりはないかと、3Dモデルをグリグリ回すように様々な角度からランプを確認していく。
すると、最初に俺から見えていた部分とは逆側の土台部分に、ツマミのような出っ張りがあるのを見つけた。
お、これ怪しいんじゃね?
引っ張ってみる――――引っ張れない。
押してみる――――押し込めない。
捻ってみる――――お、いけそう!
ツマミを回してみると、ある程度回した所で、引っかかりを覚える。
これで終わりか?……いや、これは違うな。引っかかりと言っても、ガスコンロのツマミを着火に持っていくときに、軽く引っかかるあの感じだ。誤操作防止的な?
少し力を入れてみると、カチッという音と共にツマミがさらに回転し、音もなくランプに火が灯った。
「うぎっ!?」
ランプが点灯したのを確認した直後、全身がカッと熱を帯びるのを感じた。
――内臓が掻き回されるような感覚がして気持ち悪い。
――どんどんと全身が締め付けられているような圧迫感があって苦しい。
歯を食い縛って声が漏れるのを堪え、閉じている瞼により強く力を込める。そうやってなんとか苦痛に耐えていると、やがて全身の熱っぽさと体内を掻き回される感覚が消えた。
どれくらい経ったんだろう。苦しさと気持ち悪さに耐えるのに必死で、時間の感覚が少し曖昧だ。
そして、相変わらず全身の圧迫感だけは収まらずに、俺を苛み続けている。特に上半身と腰回りが苦しい。
「…………はー、これはびっくりだねえ」
「納得します。レン様はやはり特殊個体で間違いないようですね」
圧迫感以外の苦痛から解放されてほっと息をついていると、ルナとメリアさんの声が聞こえてきた。
俺の【後付け能力】はびっくりするような物らしい。
「え?見ただけで分かるような物なの?ていうかもう発動したの?」
全身の圧迫感が全く軽くならないんですが?
「そうだねえ。とりあえず目を開けてみなよ。そしたら分かるから」
「はあ」
よくわからないが、とりあえず目を開けてみたら分かるらしいので、素直にそうする事にする。目を閉じている間に移動したようで、さっきより少し離れた場所にメリアさんが立っているのが見えた。
周りを見渡してみるが、壁やテーブルが傷ついたり、位置が変わっている、というような事はない。とりあえず発動した瞬間に周囲に迷惑を振りまくような類ではないようで一安心だ。
周囲に放出するような物じゃないとしたら、俺自身に何かしらの変化が現れるタイプの【後付け能力】って事かな?
顔の前に手を持ってきて、まじまじと眺めてみる。
これといって変わった事はない……ん?
いや、なんかおかしい。何がおかしいのかいまいちわからないが、なんかおかしい。違和感がある。
「いやー、【後付け能力】ってすごいんだねえ。お姉ちゃんびっくりだよ」
さっきより近い位置からメリアさんの声が聞こえてくる。
違和感の理由を考えるのに夢中で、メリアさんに声を掛けられるまで近づいてきた事に気付かなかった。
睨みつけるように見ていた手を下げて、目の前に移動してきたであろうメリアさんに視線を移……ん?
また違和感。
違和感の原因を探る為に、首を曲げて下に視線を移す。メリアさんの足が見え、すぐ近くに俺の足が見える。当たり前だ。
足の位置関係的に、メリアさんは俺の目の前にいるはずだ。
曲げていた首をゆっくりと元に戻し、視線を上に上げていく……ほぼ正面――――正確には正面よりちょっと上の方の位置――――にメリアさんの顔が。
「……んん?」
もう一度、手を顔の前に持ってきてみる。そしてそこで最初に感じた違和感の正体に気が付いた。
――――俺の目に写ったのが、最近見慣れてきた感のある、ふっくらと柔らかそうな子供の手……ではなく、白くほっそりとした大人の女性の手だったからだ。
「んんんんん!?」
「こちらをどうぞ」
混乱している俺に、ルナが何か手渡してきた。手鏡だった。
いつの間に取りに行ってたんだ。全く気づかなかった。……そういえばさっき周りを見渡した時、ルナの姿が見えなかった気がする。あの時にはすでにこの場を離れて、手鏡を取りに行っていたのか。今の俺にこれが必要となる事を、予め見通してたようだ。
「あ、うん。ありがとう」
この状況で鏡を渡してくるってことは、俺の見た目が変わっているってことか。
……いやまあ、大体予想ついてるけどね?
普段より高い視点。手の変化。さっき声を出した時に気付いたけど、声質も今までとちょっと違った。
この三つの変化から、俺の見た目がどう変わったかはある程度予想できる。
渡された手鏡を顔の前に動かす。
鏡に映ったのはまあ予想通りというか、見たことない大人の女性だった。
髪は……黒銀でもといえばいいんだろうか。黒髪っぽくはあるんだけど、銀の輝きも併せ持っている。
根本は黒く、毛先に向かうにつれ少しづつ銀の色合いが強くなっていき、毛先は完全に銀色だ。黒と銀のグラデーションがなかなか綺麗だ。
長さは肩口くらい。ミディアムっていうのかな?そんな感じの長さで、毛先がちょっとだけ外に跳ねている。
顔は元々の顔をそのまま大人にしました、といった感じで可愛らしい顔立ちをしている。少し丸顔っぽいかな?
瞳の色は赤みが強いオレンジ。……なんか、髪色と合ってない気がする。どうしようもないけど。
童顔っぽいのでなんとも判断しづらいが、見た目の年齢は10台後半から20台前半ってところかな?
結構美人だと思う。
…………なんかやたら客観的な感想になっているが、しょうがないだろ。俺の感覚としては、おっさん→幼女→年頃の女性と変化してる訳だ。もう訳がわからない。俺一人にどれだけ属性を盛れば気が済むんだよ。もうお腹いっぱいだよ。
「推測します。今回の現象を鑑みるに、レン様の【後付け能力】は、おそらく【変身】と思われます」
「【変身】」
ルナの言葉をオウム返しした俺に、ルナはコクリと頷いた。
「肯定します。【変身】は諜報特化型に付与される【後付け能力】です。諜報特化型は強力な【後付け能力】である【変身】を持つ代わりに、【後付け能力】に能力の大半が割かれる関係で、別の型と比べ、身体能力が低いのが特徴です」
ふーん、能力特化型ってことか…………いや待て。今重要なのはそこじゃない。
なんで俺は【後付け能力】が使えたんだ?さっきスキルウインドウを確認した時には、【後付け能力】の項目自体なかったじゃん!
前回スキルウィンドウを確認したのはほんの数十分前。普通、そんな短時間で【能力】構成が変わる事はないと思うんだが……。
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【名前】 レン
【能力】 熱量操作、魔法適性(無)、金属操作
【後付け能力】 変身
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………………なんか、増えてる。
改めてスキルウインドウを開いてみた結果がこれだ。
いつの間にやら【後付け能力】という項目そのものが追加されており、その横には【変身】の文字が。
……あー。そういや、【熱量操作】の時もそうだったよなあ。
あの時は、【冷却】と表示されていた能力が、実際色々検証してみると似ても似つかない物で、再確認したら能力の名称が【熱量操作】に変わっていたんだっけか。
「俺の認識で変わるのか?それとも、ミスに気付いた女神様が慌てて直したのか?」
仮にも神様がそんなミスするか?と一瞬思ったが、間延びした話し方のろりっこ女神様を思い出して、『あり得る』とすぐに思い直した。
だってあの女神、威厳とかなかったし。【能力】をくじ引きで決めさせるくらいだし。
全然神っぽさがなかったしなあ。あれなら十個や二十個ミスしても何もおかしくない。というかミスがあって叱るべきだとすら思える。
「質問します。レン様?いかがしましたか?何か不明な点でも?」
俺が自身の【能力】についてブツブツやっていると、ルナが心配そうに声をかけてきた。
相変わらずの無表情だが、最近俺は、メイド達の事がちょっと分かるようになってきた。表情と違い、声音には多少の感情が感じ取れるので、そこで判断するのだ。本当に微妙な違いだから、普通の人はさっぱり分からないと思うけど。これは、俺自身もホムンクルスだから分かるのかねえ?
「ああ、ごめん。なんでも……」
なんでもない、と言おうとしたが、ふと一つ気になる事があったのを思い出したので、ついでに聞いてみる事にした。
「ねえ、【変身】ってもう発動は完了したんだよね?」
「肯定します。問題なく完了しております」
俺が発動した【変身】はすでに発動が完了しているらしい。
終わっているのか。
「じゃあ、なんで未だに全身が締め付けられるような感覚が続いてるの?割りと苦しいんだけど……」
発動直後の内臓が掻き回されるかのような気持ち悪さや、内側から火で焙られるような熱さはなくなったが、全身を締め付けられるような感覚だけがいつまで経っても消えないのだ。
もしこれが【変身】発動中はずっと続く類の物だとしたら、嫌だなあ……。
そんな俺の憂いは、ルナの一言で解決する事となった。
「回答します。それはレン様のお召し物のせいかと」
「お召し物……?」
持ったままだった手鏡の角度を変えて、自分の姿を確認してみる。
当たり前だが、鏡には大人の女性となった俺が写し出されていた。
全体的にほっそりとしたシルエット。凹凸が少ないとも言う。ウエストだけは折れそうなくらい細いが。
そして、今の自分の姿を確認して一つ分かった事がある。
【変身】は肉体にしか作用しないらしい。
……つまり、衣服は【変身】前から変わっていないという事だ。
幼女だった時にはミニスカートくらいの丈だったワンピースは、裾がヒラヒラした七分丈のピッチリヘソ出しシャツに変貌していた。
パンチラ防止の為に履いていたはずのホットパンツは、『それ、穿いてる意味なくね?』と言わんばかりの際どさになっており、それ自体が生地の厚い下着みたいな有様になっている。伸びない生地なので、ぶっちゃけ滅茶苦茶苦しい。
双方共、子供用の服を大人が無理矢理着ている関係上、身じろぎするだけでギチギチと生地が悲鳴を上げているのが分かる。正直な所、今にも破けそう。
コートだけは、俺の魔力で作られているからか、身体の成長に合わせてサイズも変わったようだ。丈が短くなって、コートからジャケットに様変わりしているが。
つまり今の俺は、パッと見裸に見えるくらい衣服と一体化している訳だ。
……そりゃ全身締め付けられる感覚が続きますわ。実際締め付けられてるんだもん。むしろ今の今までよく破けずに保ってくれたと賛辞を送りたい。
「なるほど。そりゃ苦しい訳だわ……」
なんとか圧迫感から逃れようと、襟元を引っ張ったり、ホットパンツのボタンを外したりしていると、それまで無言で目の前に立っていたメリアさんが、すっと肩の上に右手を乗せてきた。
「ん?おねーちゃん、どうしたの……ってうわぁ!」
左肩に乗っていた手が首の後ろを回って右肩を掴んで後ろから引っ張る。いきなり肩に加わった力のせいで、体の向きが変わった瞬間に、肩に乗っていたはずの右手が一瞬の内に首に移動する。その間に左手は背中側から腰に添えられ、そのまま持ち上げられた。
あ!ちょ!今ビリッて言った!どっか破けた!
急激な動きに服が耐え切れなかったらしい。どこかは分からないが、服が断末魔の叫びを上げたのが聞こえた。
驚きの早業で俺をお姫様抱っこしたメリアさんは、そのままダッシュ。食堂を飛び出した。
「わ、わ、わ!何!?どういう状況!?」
「もう辛抱堪らん!さあレンちゃん!大きくなったあなたの全てを見せて!」
「は!?ちょ、意味がわからなああああああぁぁ!?」
人を一人抱えているとは思えないスピードで突っ走るメリアさんの腕の中で、俺は、まともに抗議の声を上げることもできないまま浴場に強制連行される事となった。
浴場内でメリアさんから逃げる過程で、【変身】の解除方法が『体の中に見えたランプの火を消す事』だと言う事が、必死の模索の末に判明した。何故そのタイミングで模索する必要があったかは、ご想像にお任せする事にする。ひどい目に遭った、とだけ言っておこう。