第37話 【拡張保管庫】の販売について考えていたはずなのに気付いたら【後付け能力】なる物の話になっていた。
「うーむ……なんかないかなあ」
先日の試食会以降、〈鉄の幼子亭〉のクロケットは人気メニューとなり、来客数が激増した。そのおかげで開店初日の暇っぷりが信じられない程の忙しい日々を送っている。現状ではまだメニュー数が少ないのが少し気になっているが、それについては追々対処していこうと考えている。
とりあえず食堂としての営業は軌道に乗ったので、次の問題に着手しようとしている訳だ。
次の問題として俺が考えているのは、〈拡張保管庫〉の販売についてだ。製作は問題なく出来る。販売時の契約についても多分大丈夫だろう。だがジャンに言われたある問題については解決策が全く思い浮かばない。
「子供が売るってだけで信用されないってのは分かるけどさー。俺しか出来ねえのにどうしろっていうんだよ……」
そう。問題は、販売時に必ず施す〈拡張保管庫〉への使用者登録作業を行えるのが、現状俺しかいないと言うことだった。
もちろん、色々試してみた。
メリアさんやルナ達が〈拡張保管庫〉への使用者登録をする。
――――俺の持つ【能力】のどれかが登録に不可欠らしく、失敗。
接客をメリアさん達に任せて、俺は購入者から見えない位置に陣取り、離れた場所から登録する。
――――登録時に〈拡張保管庫〉と登録対象者に直接触れている必要があるようで、失敗。
結論。
少なくとも、使用者登録の段階ではおれがすぐ近くにいなくてはならない。
「あーもう!どーすりゃいいのかなぁ!」
「悩んでるねえ。今度はどうしたの?」
背後からかけられた声に振り返ると、メリアさんとルナが立っていた。
基本的にいつも一緒に行動している俺とメリアさんだが、なにも四六時中一緒にいる訳ではない。外出時はともかく、屋敷にいる時は別行動することはちょくちょくある。
今回は、お金の計算が早くなりたいというメリアさんに、数字に慣れてもらう意味も込めて、売上計算をお願いした。最初は俺がついてレクチャーしようと思ってたのだが、自分の復習がてら、という事でルナが立候補した。特に問題があるわけじゃないし、俺も〈拡張保管庫〉について考える時間が欲しかったので、遠慮なくお願いすることにしたのだ。
「うん。ちょっとねー……。売上計算は終わった?」
「終わったよー。数字ばっかり見てたせいで、まだ頭の中で数字がぐるぐる回ってるけどねえ……。レンちゃんもだけど、ルナもすっごい計算早いし、あんなのを毎日やらなきゃいけないなんて、商売って大変だよねえ」
「そうだねえ。でもまあ、売上の傾向を見て仕入れ量も変えていかなきゃいけない訳だし、やらないって選択肢はないよね」
適当に仕入れしてたせいで、仕入れの途中でお金がなくなった、なんてなったら目も当てられないし。
「そうだねえ。このお金を使って、明日出す料理の材料を買うんだ。って考えたら、しっかりやらなきゃ!って思えたよ」
「質問します。レン様は、何故先ほど頭を抱えていらっしゃったのですか?」
メリアさんと別方向の会話をする事で逃避していたが、ルナの言葉で強制的に話題を戻されてしまった。
いや、まあ、逃げたってどうしようもないんだけどね?この問題を解決しない限り〈拡張保管庫〉の販売ができない訳だし。
「あー、前、ルナにも協力してもらったじゃない?ほら、〈拡張保管庫〉の」
「想起します。……レン様が矢面に立つことなく〈拡張保管庫〉を販売する方法、でしたか」
「……いや、俺が前に出るのはいいんだけど、俺みたいな子供が、お高い〈拡張保管庫〉を売ってたらおかしいでしょ?」
「おかしいのですか?」
「おかしいのです」
……あれ?おかしいんだよな?正直この世界の常識について完璧に理解しているとは思ってないけど、これについてはおかしい、で合ってるはず。
〈拡張保管庫〉を高級車あたりに置き換えてみれば……うん。おかしい。子供が高級車売るってなんだよ。
「子供ってだけで信用は大分下がるからねえ。こんなに可愛いレンちゃんが売ってくれるなんて、ご褒美でしかないのにねえ」
そんな事を言いながらメリアさんが抱きついてきた。いや、そういう問題じゃないし。
アイドルが手渡しでCD売ってくれるのとは訳が違うし。
何かないかな?と頭を捻りながら、前に開いたのがいつだったか思い出せないくらい久しぶりに、スキルウインドウを表示してみる。
……実はついさっきまで存在自体忘れてたなんて言えない。
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【名前】 レン
【能力】 熱量操作、魔法適性(無)、金属操作
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【熱量操作】なんて使いようがないし、【金属操作】もちょっと難しそう。【魔法適性(無)】は単体じゃ全く役に立たないよなあ。
「無属性魔法で別人に化けたりできない?」
「そういうのは光属性かなあ」
光の屈折を操作して、本来とは別の物に見せる、というのが光属性魔法にあるらしい。それが使えれば解決なんだけど、無属性しか使えないからなあ……。
「質問します。レン様はどういった【後付け能力】をお持ちなのですか?」
「【後付け能力】?なにそれ?【能力】とは違うの?」
「肯定します。【後付け能力】とは――――」
ルナの説明によると、ホムンクルス専用の【能力】のようなものらしい。【能力】は神様が魂に直接刻む物だが、ホムンクルスには魂がないので、本来であれば【能力】は取得できない。だけど、ホムンクルスを製造する時に、特殊な方法を使って肉体自体に【能力】を刻み込むことで、後天的に【能力】を得ているそうな。
でもまあ、神の御業とも言える【能力】の付与を人の手で扱うのはさすがにハードルが高くて、【能力】と違って一個体に一つしか付与できなかったり、出力が【能力】と比べて低かったり、肉体に刻んでも不具合が発生しない事が判明している【能力】が数種類しか存在しないので選択肢が少ない、等の問題点はあるようだが。
……なにそれすごい。
神様の御業である【能力】の付与を、劣化版ながら人の手で行うとか、まじすげえ。
「確認します。レン様の【後付け能力】は何でしょうか?物の加工されていた事は記憶しておりますが、そのような【後付け能力】は私の記憶にはないものでして」
「いや、知らない。【後付け能力】の存在自体、今知ったくらいだし。今まで使ってたのは【能力】だし」
答えた途端、ルナがビキリ、とフリーズしてしまった。俺、おかしな事言ったかな?
ルナって微動だにしないと等身大の人形みたいだなー、とか考えながらなんとなくぼーっとルナを眺めていると、フリーズから復帰したらしく、ゆっくりと口を開いた。
「………………確認します。【能力】、ですか?」
「うん。そう表示されてるね」
ルナ、動揺してる。表情は変わらないけど、少し瞳が揺れてる。やっぱり、ルナが動揺するような事を俺が言ったんだろうな、これは。それが何かわからないから現状どうしようもないけど。
「……………………確認します。自身の能力を、視覚的に確認できるのですか?」
「え?うん。普通出来るもんでしょ?」
だよね?とメリアさんに顔を向けると、コクコクと頷いてくれた。よかった。間違ってなかった。
と、思ったのだが、ルナはゆるゆると首を横に振った。あれ?
「否定します。通常のホムンクルスは、自身の【後付け能力】を視覚的に確認する事はできません。一つしか付与されないので、必要ないとも言えますが」
へえ、そういう物なんだ。不便だな、と思ってしまったが、確実に一つしか持つことができないんなら、一度知ってしまえば、それ以降わざわざ見る必要もないか。
第一、元の世界ではそんなもん見えないのが普通だった。俺もこの世界に染まったもんだ。
「質問します。レン様は、ホムンクルスです。なのに何故、【能力】を持っているのですか?」
「……あー、俺、ホムンクルスなんだっけ」
すっかり忘れてた。だって、ホムンクルスだからって何か変わる訳じゃないし、見た目は人間と変わらないし。ぶっちゃけどっちでもいいと言うか。
何故、と言われても、あのろりっこ女神のやらかしの結果、としか言いようがない。
……俺をこの世界に送る時、『間違えちゃったですう!』とか言ってたからな、あの女神。送るっていうか落とすって感じだったけど。
「神様が、間違えたんだよ」
「間違えた……?」
「うん。本来なら人間として生まれるはずだった魂を、間違ってホムンクルスに入れちゃったとか、そんな感じ」
「……困惑します。そんな荒唐無稽な事柄を、事実であるかのように話されるのですか?」
「事実だからね」
「…………は?」
……なんでそんな『なに言ってんのこいつ』みたいな目で見られなきゃならん。俺の出自は教えた…………あれ?
……………………教えてないわ。
そっかー。そこ知らなかったらそりゃあんな反応するわー。うっかりしちゃったね!
と、いう訳で、ルナに俺の出自について改めて教える事にした。
俺が別世界の住人である事。
半ば騙されるような形でこっちの世界に来る事になった事。
よく分からない空間で女神様と話して、【能力】をもらった事。
いざ異世界!という所で、神様がやらかして落とし穴らしき物に落とされた事。
気付いたらこの体になっていて、メリアさんに拾われた事。
細かく語ると長くなるのでかいつまんで話したけど、まあこれでおおよその事は分かるだろう。
「……驚愕します。特殊個体だとは思っていましたが、まさかそのような事情をお持ちだったとは……」
「お持ちだったんだよ。教えた気になってた。ごめんね」
「否定します。気にする必要はございません。事情についてご存じなのは……?」
「【能力】については何人かに言ったけど、異世界から来たっていうのは、おねーちゃんにしか教えてないね」
……なんかメリアさんが『私だけ…………レンちゃんの秘密を知ってるのは私だけ……。私だけがレンちゃんの特別……うぇへへへへ』とか言って悶えてる気がするけど、俺は見ていないし聞いてない。笑い方が気持ち悪いなんて思ってない。
……メリアさんの言う『特別』に、一気に十三人も追加された事については黙っていよう。ルナが知ったって事は他のメイド達も知ったって事だろうし。
「……提案します。この事実は、これ以上広めない方がよろしいと思われます。良からぬことを考える輩がいないとも限りませんので」
「それについては大丈夫。言い触らす気はないよ。必要もないしね」
相変わらず表情は変わらないけれど、心配してくれてるのがよくわかる。だからこそ、安心させる為にもしっかりと言葉にして伝えた。
……少し離れた所で、『レンちゃんの秘密を知ってるのが、私だけじゃなくなった……っ!?私だけが特別じゃなくなっちゃったの!?』という嘆きと共に、頭を抱えて身悶えるメリアさんが見える気がするけど、多分気のせい。
「肯定します。……それにしても、神の御業により【能力】を得たレン様の魂が、神の失敗により落ちた先に、偶然ホムンクルスの肉体が存在し、その中に魂が入って定着した…………。信じ難い事ですが、それであれば、ホムンクルスでありながら【能力】を使用できる事も理解できます」
実際に言葉にするとすごいな。
落ちた先にいるのが動物だったりしたら、異世界で犬や猫として過ごす事になってたかもしれないし、すでに魂を持つ普通の人間がいたら、中に入る事が出来すに魂のまま彷徨う事になっていたか、それとも二重人格にでもなってたんだろうか?
……どっちにしてもなかなかのハードモードだな。
文明社会で暮らしていた会社員が、いきなり野性の動物として生きていくとか土台不可能だし、異世界に着いたら幽霊になりましたとか絶望でしかない。二重人格が一番まともだな。それでも暮らしにくそうだけど。
「とりあえず、レン様が今まで使用していたのが【能力】だという事は理解致しました。ですが、肉体はホムンクルスである事に変わりはないので、おそらく【後付け能力】も使用できるかと思われます。使い方は分かりますか?」
「いや、さっぱり。さっきも言ったけど、【後付け能力】の存在自体、ついさっき知ったばっかりだからね」
【能力】と同じ使い方であれば、心の中で【能力】名を言えば勝手に発動するんだけど、ウィンドウには【後付け能力】は載ってなかったしなあ。
「ご迷惑でなければ、私がお教えしましょうか?」
「是非!」
新しい【能力】が手に入るかもしれないのは嬉しいけど、普通の人って【能力】って基本的に一個だったよな?
俺、これで四つ目なんだけど……。えらいチート野郎になったもんだなあ。