第35話 組合長に試食してもらったら拉致された。
俺達に待機するように伝えてから受付から離れ、そそくさと奥に消えていくクリスさん。空いてしまった受付席には、すかさず別の受付嬢さんがついた。相変わらずチームワークがすごい。
受付嬢さんの仕事を邪魔するわけにもいかないので、受付から離れる事にした。待機を指示されてはいるけど、組合内にいればちょっとくらい離れても問題ないだろう。キョロキョロと辺りを見回して、適当な長椅子を見つけたのでそこに座る事にした。
「許可されるかな?」
「んー。多分大丈夫だと思うけどね。俺達が提供するのは一口大のクロケットだから、ここの酒場の営業妨害にはならないし…………あ、来た」
受付の裏から、クリスさんを伴ってムッキムキのおっさんが出てくるのが見えたので席を立つ。あんな特徴的な肉体の持ち主なんて俺は一人しか知らない。
「おう。聞いたこともねえことをやろうって?ああ、説明はいい。クリスから大体聞いた。わかんねえ事があったら後で聞く。後、めんどくせえから話し方もクリスに対してと同じでいい。で?タダでばら蒔こうとしてんのはどれだ?」
「あ、はい」
俺達の前まで来た組合長は、俺が口を開く前に、直球で話を進めてきた。正直話が早いのは助かる。開店時間はまだ先だけど、試食会に掛かる時間を考えると、そこまで余裕はない。現状だとほとんどお客さんは来ないだろうけど、それとこれとは話が別だ。
にしても、話し方まで言われるとは予想外だった。そんなに無理してると思われてたのかな。まあ無理してたのは事実なんで、ありがたく乗らせてもらう事にしよう。
「えっと、これなんだけど」
言いながらコートのポケットから布包みを取り出して組合長に手渡す。組合長には〈拡張保管庫〉のことは教えてないので、わざわざ普通のポケットに入るサイズに小分けした。
「……なんだこりゃ?なんかの種か?」
包みを開いた組合長が怪訝そうな声を挙げた。まあ無理もない。手軽に一口大の大きさにしたかったので、スプーンを二個使って型どりしたので、大きめなアーモンドみたいな形になっている。確かに植物の種っぽい形だ。
メリアさんがタネを作り、メイド達がスプーンで成型し、俺がひたすら揚げていく。できた端から〈拡張保管庫〉に突っ込んでいったので、ぶっちゃけどれくらいあるのかわからん。とりあえず大皿山盛り一杯は確実にある。
ソースが掛かってると食べにくいと思ったので、掛けていない。その代わり、タネにつける味付けを濃いめにしてある。
「いや、さすがに種を食べ物っていって売ろうとなんてしないよ。そんな形だけどれっきとした料理だからね。種と違って柔らかいよ。熱いと思うから気を付けてね」
「ふーん」
適当な返事をしながら組合長はクロケットを一つつまみ上げ、そのまま口に放り込んだ。サクッという軽い音。そしてクワッと目を見開いた。
「アファッ?!」
「熱いから気を付けてねって言ったじゃん……」
揚げた後すぐに〈拡張保管庫〉に入れたから本当にアツアツだ。
顔を上に向け、ちょっと涙目になりながらホフホフ言っていたが、なんとか飲み込んだようだ。
「あー、熱かった。でもこれ、美味えな。目ん玉飛び出るような美味さじゃねえが、なんつーか、ほっこりするっつーか…………」
そんな事を言いながら二個目に手を伸ばす。
熱い事を身をもって体験したはずなのに、一個目と同じように口に放り込む。
「…………うん、美味いな」
二個目は特に熱がりもせずに食べきった。一個食べただけで熱さに慣れたらしい。
……この人の口の中、鉄かなんかで出来てんのか?
「あ、あの、私も食べてみたいのですが…………」
内心愕然としている俺を尻目に、ウンウン頷きながら三個目に手を伸ばす組合長を見て興味が湧いたらしく、クリスさんがおずおずと聞いてきた。もちろん断る理由なんかない。むしろどんどん食べてほしい。そしてうちの常連になってください、お願いします(懇願)。
「どうぞどうぞ。熱いんで気をつけてね」
「ありがとうございます。では……」
俺とクリスさんがちょっと会話している間にも、組合長がバクバク食べていたせいで、気付けばラスト一個になっていたクロケットを、ちょっと慌てた様子で確保したクリスさんは、一瞬食べるのを躊躇したが、意を決したようにクロケットに口をつけた。口の中にポイボイ放り込んでいく組合長と違い、一口サイズのクロケットを両手で持ち、小さな口を開いて中央辺りに歯を立てた。ちょっとリスみたいとか思ってしまった。
サクッという軽い音を立てて湯気を立てる断面を見せるクロケット。
俺の忠告を聞かず、盛大に自爆した組合長を見ていたからか、慎重に咀嚼する。
目を閉じて、ゆっくりと味わうように咀嚼を続けていたクリスさんはゆっくりと口の中のクロケットを飲み込んだ。
「美味しいですね…………」
そのまま間髪開けずに残り半分も口へ。
ふんわりと微笑みながら、とても美味しそうにクロケットを食べるクリスさんは、普段のクールな雰囲気とのギャップが半端ない。可愛い。これがギャップ萌えという奴か。
残り半分のクロケットを名残惜しそうに飲み込むと、ふんわりとした笑顔のままメリアさんの方に顔を向けた。
「大変美味しかったです。お店はどちらに?」
「……え!?な、なに?」
「いえ、お店はどちらに構えてらっしゃるのかと思いまして」
自分に話を向けられるとは思っていなかったらしいメリアさんはボーっとしていたようで、クリスさんから話を振られてちょっと慌てながらも質問に答えていく。
「えっと、ここを出て真っ直ぐ進んで、二つ目のの曲がり角を右に入って、そのまま少し進めば見えるよ。建物は結構大きいから」
「あら、その近辺で大きな建物といえば…………もしかして元娼館だった所ですか?よく購入できましたね?」
「そうそう。なんか運よく買えたんだ」
「それはそれは」
メリアさん。それは運が良かったんじゃなくて、商業組合の組合員さん(の下心)のおかげですよ。
と、口をついて出そうになった。でも俺の口からは言わない。組合員さん、がんばれ。相手は旦那だけじゃなく、子供までいるけども。もしかしたら、万に一つ、奇跡的な何かがあれば、いける、かもしれない、よ?
まあ、微レ存って奴だ。
「おい、世間話はそんくらいにしとけ」
ボケーッと、どうでもいい事を考えながらメリアさんとクリスさんの美女トークを聞いていたら、組合長の太い声で我に返った。
「ん?あ、お仕事の邪魔しちゃ悪いよね。ごめんなさい」
「そうじゃねえよ」
「え?違うの?……じゃあ何?」
組合長さんだって、組合のトップなんだから本当はかなり忙しいだろうし、クリスさんだって、俺達の担当とは言ってもそれしか仕事がない訳じゃない。
そんあ人達を長時間引き留めたのは悪かったと思って謝罪してみたのだが、ばっさりと否定された。
じゃあなんなんだ、と聞いてみたら、組合長は声を出す代わりに、顎で俺達の背後を差し示した。
は?後ろ?
「なんだっていう…………うお?!」
いつの間にか組合の中にいた冒険者達が俺達の背後に集まっていた。なんか、全員物欲しそうな顔をしている。
「ちくしょー。旨そうな匂いを振り撒きやがって……。こちとら朝食も食わずに依頼を受けに来て腹ペコだってのに…………」
「匂いだけ?……もう残ってねえのか?」
「最後の一個をクリスちゃんが食ってんの見たぞ」
「まじかよー…………腹減ったー。依頼前にどっか食いに行くかー」
揚げたてのクロケットの匂いに、皆さんの胃袋が刺激されまくりなご様子。
初めて嗅いだであろう匂いだけど、食べ物の匂いである事は分かったようだ。
これは、試食会開催に格好のシチュエーション!
でも困った。残りのクロケットは〈拡張保管庫〉の中なんだよなー。どうやって出せばいいかなあ……。
「ったく。お前らちょっと待ってろ!……ちょっとこっち来い」
「は?なになに急に」
「いいから!」
「わわっ」
いきなり組合長に腕を掴まれ、俺とメリアさんは受付の裏に連行された。そしてそれに無言で追従するクリスさん。組合長は受付裏の壁に並んでいるドアの内の一つの前で立ち止まり、クリスさんは、俺とメリアさんの腕を掴んでいるいるせいで両手が埋まっている組合長の代わりにそのドアを開ける。
「これから美味いもん食わせてやっから、食いたい奴はちょっとそのまま待っとけ!」
開かれたドアに入る前に、組合長の唐突すぎる行動のせいで、唖然とした顔をしている冒険者達に一喝したあと、そのままドアが開かれた部屋に入った。勿論、腕は掴んだままなので俺とメリアさんも一緒だ。
俺達の後に部屋に入ったクリスさんがそっとドアを閉めた事を確認して、組合長は掴んでいた手を離した。
「はあ、まあ、ここなら大丈夫だろ。……ああ、すまんかったな、いきなり連れてきちまって」
「いやー、おねーちゃんくらいの背格好ならまだいいけどさ、俺くらいの歳の子を、しかも強引に、密室に連れ込むのはちょっと…………」
困ったような顔をしながらの俺の言葉を聞いて、組合長が眼を剥いた。迫力満点だ。めっちゃ顔怖い。
「な?!ち、違っ!?」
組合長が慌てて否定しようとしたが、その前にメリアさんが斜め前に一歩踏み出した。さっきまで俺の隣にいたので、俺の前に出た恰好だ。組合長の視界から俺を隠すような位置取り。すぐさま動けるように重心をわずかに下げながら、氷点下の眼差しで組合長を見つめる。俺もそれに合わせて体を動かして、組合長の視界を完全に遮れる位置に移動。顔だけちょっと出して組合長の一挙一動に反応できるように準備した。
「お、おま!なんだその行動は?!違ぇっつってんだろうが!」
組合長が必死に否定するが、メリアさんの態度は変わらず、視線の温度は全く上がらない。
組合長ロリコン疑惑が生まれた瞬間である。
見てて可哀そうなくらいに狼狽えている組合長をよそに、クリスさんが細かく肩を震わせているのが目の端に写る。
「く……ふふっ………………メリア様、レン様。そ、その辺にしておいてあげてください。ち、ちょっと可哀想になってきました…………ぶふっ!」
クリスさん、台詞と態度が噛み合ってないよ。必死に笑いを堪えてるみたいだけど、口の端がピクピクしてて堪えきれてないし。女性らしからぬ笑い声が漏れてるよ。
「「はーい」」
「て、てめえら……っ!」
組合長はからかわれた事に気付いたらしく、怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にしてプルプル震えている。
「ごめんなさい。やり過ぎました」
言いながらペコリと頭を下げる。有無を言わさず連行された事にちょっとイラッと来たのでやってみたが、これは冗談の範疇に収まらないかもしれない。マジ切れされる前に謝罪しておく事にした。
俺が素直に頭を下げた事で溜飲を下げたらしく、組合長は大きくため息をついた。
「……………………はあ。もういい。本題に入るぞ。さっきのあれ、そこにまだあんだろ。出せ」
組合長は俺を、正確には俺のコートのポケットを指差してそう言った。
あれ?もしかして、〈拡張保管庫〉の事知ってる?しかもどれが〈拡張保管庫〉になっているかもしっかりと把握しているようだ。俺は言ってないのに……。
メリアさんは何か知ってるかな?と思って視線を向けてみると、俺の視線に気づいたメリアさんはブンブンと音が聞こえそうな勢いで首を横に振った。
……うん。なんか反応おかしいね。もしかして俺がメリアさんの事を疑ってると思ったんだろうか。地味にショックなんだけど。
疑ってない事をアピールするために頷いて見せると、あからさまにホッとした顔を浮かべた。
メリアさんに俺の事をどう思ってるのか聞きたい衝動に駆られたが、今はそれどころじゃない。
「いやいや、あれで全部だよ。残りは店に置いてあるから、取りにいけばあるけどね」
とりあえずしらを切る。咄嗟についた嘘だが、おかしなことは言ってない、と思う。
組合長とはそこまで仲良い訳じゃないし、ジャンからも〈拡張保管庫〉の事は無暗に言いふらさないように言い含まれているからな。
もしかしたら将来的には教える事になるかもしれないけど、今はまだその時じゃない、と判断した。
「ジャンから聞いたぞ。それ、〈拡張保管庫〉なんだろ?しかもお前、それを自分で作ったんだってなあ」
「…………」
ジャン……。