第33話 売り上げがやばすぎるので、策を弄する事にした。
練習がてら接客をメリアさんに任せ、俺移動したのは、厨房――――という名のちょっとしたスペースだ。
お客さんが座るテーブルからは、完全に視界が遮られる形にしてある。じゃないと厨房で料理してないってバレちゃうからね。
まあ一応厨房として最低限の設備はあるので、ここで料理できないこともない。前の世界での一般家庭の台所くらいのスペースしかないから、がんばっても二人が限度だろうけど。
この世界では、台所なんて屋敷しか見た事ないから知らん。
(レンちゃーん、クロケット一つ、野菜炒め二つ、日替わり二つだって。いくら?)
(クロケット一つ大銅貨三枚、野菜炒め一皿大銅貨五枚、日替わり一皿小銀貨一枚。合計小銀貨二枚と大銅貨三枚だね)
(ありがとー!)
ふんす!と気合を入れた所で、メリアさんから【念話】で代金の質問がきた。
代金は前払い制で、注文と一種にお金も払ってもらう。こちらの世界ではこれが一般的らしいので、それに合わせた結果だ。
(小銀貨三枚もらったー!)
(ん。大銅貨七枚のお釣りー)
(はーい!)
まあ本来は、お釣りは料理を運ぶときに渡すみたいなんだけどね。
多分、一度裏に入ってからゆっくり計算してお釣りを算出するんだろうな。この世界は、マンガやアニメで出てくる異世界の例に漏れず、貴族や王族などの一部を除いて全体的に学力が低いらしい。計算が素早く正確にできるだけで仕事に困らないくらいらしいし。
メリアさんも一応簡単な計算はできるみたいだけど、時間がかかるらしい。
なので、サッと答えが出せなさそうだったら俺に聞くように伝えていた。
いやー、存在を忘れかけてたけど、【念話】って便利だわー。
距離が離れた相手と、タイムラグなしに会話できるのって素晴らしいね。
前の世界では、何の気なしにスマホとか使ってたから有難味が薄かったけど、一度失うとその偉大さを再認識できるね。
そんな益体もない事を考えながら厨房で待機していると、メリアさんがカウンターに近づいてきた。
「レンちゃーん。三番にクロケット一つ、炒め二つ、日替わり二つ。あとジョッキ四つ頂戴ー!」
口頭で注文を伝えると同時に、受け渡し口として作った開口部に、お客さんから注文を受けた時に書いたメモを置かれた。
「はーい!」
〈鉄の幼子亭〉のシステムは、前の世界の飲食店を参考にしている。
各テーブルに番号を割り振り、注文を受けたら、テーブル番号と料理を口頭で伝えながら注文を書いた紙を所定の場所に置く。
厨房担当は、口頭での注文と紙に書かれた注文が同じであることを確認して、料理を盛り付け、これまた所定の場所に料理を出した後準備が終わった事を口頭で伝える。
準備が終わった注文書は、少し離した場所に設定した、完了伝票入れに入れる。一日の営業が終わったら、集めた伝票を回収して、営業日報を作成する予定だ。
ちなみに、料理を盛り付ける皿も、飲み物を注ぐコップやジョッキも、注文書に使っている紙から注文を書き付けるペンまで、俺が【魔力固定】で作った物だ。強度は本物より劣るけど、コップや皿で戦闘する訳じゃないし、問題ないはずだ。
なんでわざわざ備品を【魔力固定】で作ったかというと、ぶっちゃけてしまうと色々面倒だからだ。
まず皿洗いがめんどくさい。
【魔力固定】で作った食器なら、テーブルから片付けた後は、魔力に戻してしまえば終わりだ。必要になったらまた作ればいいだけだし。気分は紙皿、紙コップ、割り箸だな。
紙とペンに関しても、最初はこの世界にあるものを使おうと思ってたんだけど、紙は羊皮紙しかなくて、微妙にお高い割には書きにくいし、ペンは羽ペンくらいしかなくて、インク壺につけないと書けないから立ったまま書き付けるには向かない。
しょうがないからメモ帳と鉛筆を作った。ボールペンは仕組みが分からなくて作れなかった。
どっちも、使い終わったら一度魔力に戻してから再作成するから、毎日新品が使える。備品の購入って地味に響くからな。そこを圧縮できるのは美味しい。
ま、外に持ち出す訳じゃないし、問題ないでしょ。
とりあえず先にジョッキを四つ【魔力固定】で作る。見た目は木製、でも本当は俺の魔力製。
作ったジョッキを受け渡し用に作ったカウンターに置くと、メリアさんがサッと持っていった。基本的に飲み物は器だけ俺が用意して、注ぐのは接客担当。これは厨房が狭くて飲み物が入った樽が入らなかった為の苦肉の策だ。接客担当の人達の負担が増えるけど、その分空いた時間て料理を手早く準備して、お客さんの待ち時間を減らす算段だ。
さて、注文はクロケット一つに野菜炒め二つ、後は日替わりメニューのステーキが二つか。
ササッと【魔力固定】で皿を四つ作って、〈拡張保管庫〉から注文の品を取り出して盛り付けていく。盛り付けが終わったらお盆にまとめて置いて、ナイフとフォークも作って一緒に添える。よし、OK。
準備した品物をカウンターに置いてっと。
「クロケット一つ野菜炒め二つ日替わり二つお待ちー!」
「はーい!」
ちょっと離れた場所にいたらしいメリアさんが返事をして、パタパタと足音を立てながら近づいてきた。
「はい、これね。よろしく」
「はーい」
ふう、とりあえずこれでひと段落かな?
カウンターに置いてあるお盆を持って、メリアさんがジャン達の元へ歩いていったのを確認してから、俺は厨房から出た。
そのままジャン達の元に……は向かわず、少し離れた場所で待機していたルナの元へ歩を進める。
「とりあえず食事の提供までの流れを通してみたけど、どう?できそう?」
ルナはメリアさんの方に視線を固定したまま俺の問いに答えた。
俺の方を向いてくれないのはちょっと悲しかったが、それほどメリアさんの動きを一生懸命に確認しているから、と思う事にする。
「肯定します。難易度の高い動作もない様ですし、問題ないかと」
メリアさんの動きを見て復習してもらったけど、問題ないそうだ。
結構結構。
「そか。じゃあ次のお客さんはルナにやってもらおうかな?お金の計算は大丈夫だったよね?」
「肯定します。レン様ほどは難しいですが、それなりの早さで可能です」
それは重畳。お客さんが少ない状態ならまだなんとかなるけど、二人分の全ての料金計算を丸投げされると、さすがにしんどいからな。ルナが出来るって事は、他のメイド達もできるって事だろう。二人のウェイトレスの内、片方の料金計算を受け持つくらいなら、なんとかなる……と、思う。
「わかった。じゃあよろしくね」
「首肯します。お任せください」
……
…………
夜。
なんとか本日の営業を終え、俺は屋敷の食堂の椅子に腰掛けている。
〈鉄の幼子亭〉開店初日の営業は、お店を回す、という意味では大きな問題はなかった。
ルナに気づいたジャンがナンパを始めたが存在ごと無視されてがっくりと項垂れたり、メリアさんのお尻を触ろうとした不届き者が鉄拳でぶっ飛ばされたり、エリーさんが来店して俺とメリアさんがビクビクしたり、だけど特に怒られることもなく、クロケットを美味しい美味しいと言いながら四つ食べていったり。それを見て二人して胸を撫でおろしたり、といった事があったくらいだ。
ちなみに、ルナの接客は問題なかった。表情については…………しばらくは気にしない事にしよう。うん。
で、今俺が何をしているかと言うと、完了伝票入れから回収した伝票の情報を元に、営業日報を付けている。
飲食店に限らず、商売をしていれば収支計算は必須だ。何がどれくらい売れたか。利益はどれだけ出たか。ロスはどれだけ発生したか等をしっかりと帳簿につけ、明日以降の営業に活かしていく。
そんな事務作業を一通り終え……俺は頭を抱えた。
「真っ赤じゃん……」
売上から食品の仕入れ金額を引いただけですでに赤字だ。
「身内で回してるから人件費は考えなくても……いやいや、そんな訳にはいかんだろ。つーか人件費を無視しなきゃ黒字にできないようなビジネスモデルは駄目だろう……」
まあ、今日の販売実績だと、人件費を無視して、全ての仕入れを半値くらいで抑えてやっとトントンくらいだから、ビジネスモデルもクソもないんだけど。
「仕入れた食材で余った物は、〈拡張保管庫〉のおかげでロスにならないからまだ行けるけど、こんなん早々に破綻するわ…………。あああああ。ほとんど宣伝もしてないから、客が少ないのは分かってたけど、ここまでとは……」
ぶっちゃけ、ジャン達とエリーさん以外の客は数人しか来店しなかった。すげー暇だった。
「これは、早急に手を打たないとやばい……。まずメニューが少なすぎるからもうちょっと増やさないと駄目だな。いや、それも重要だけど、そんな事より宣伝が先だろ。宣伝、宣伝ねえ…………。客引きでもするか?いやでも、新しい飯屋が出来たくらいでそんな客来るか?」
「レーンちゃん!」
「うわっ!?」
俺が集客率アップの施策に頭を悩ませていると、そんな声と共に、いきなり背後から抱き着かれた。
とても柔らかい感触を背中、というか後頭部に感じながらなんとか後ろを振り向くと、まあ想像の通り、メリアさんが俺の頭部を背後から抱き寄せていた。頭頂部に顎が乗っているのが感触で分かる。
「頭抱えてるねえ。そんなにやばい?……まああの状況でやばくなかったら、それはそれでびっくりなんだけどさ」
まあ、メリアさんも一緒に働いてた訳だし、細かい金額はわからなくても、売り上げがすこぶる悪い事は分かっているだろう。
「ぶっちゃけかなりやばい。仕入れ代金すら賄えてない」
「そ、それは……」
売り上げが低い事は分かっていたが、そこまでの物とは予想していなかったらしく、メリアさんは声を詰まらせた。
「うーん………………。単純に、お客さんが少ないのが問題なんだよね?クロケット美味しいし、一回食べてくれれば来てくれそうなんだけどねえ……。食べた事ある時点でお店に来てるから意味ないよなあ……食べた事ある人に宣伝してもらうくらいしか…………レンちゃん?」
「…………今なんて?」
「え?食べたことある時点でお店に来てるから意味ない?」
「いや、そこじゃない。その前」
「え?一回食べてくれれば来てくれる?」
「それだ!」
「ごっ!?」
「ぎっ!?」
メリアさんの言葉で案を思いついた俺は勢いよく椅子から立ち上がった。
俺の頭に顎を乗せていたメリアさんは、俺が立ち上がる勢いで顎をカチ上げられ、女性が出しちゃいけないような声と共にそのまま倒れた。勢いがつきすぎてちょっと浮いてたかもしれない。
俺は俺で、頭頂部に突き刺さらんばかりの勢いでメリアさんの顎がぶち当たり、頭を抑えて、立ち上がった椅子に座り込んだ。
二人とも思いのほかダメージが大きく、その場で痛みに耐える。
「う、うぐ…………。で、なんか、案が思いついた、の?」
ダメージからの復帰はメリアさんの方が早かったらしく、ちょっと涙目になりながら聞いてきた。
奇跡的に舌は噛まなかったらしい。舌噛んでたらまともに喋れないからな。
「痛ぁぁ…………。グスッ……。そ、そうだよ!お店じゃない場所で食べてみてもらえばいいんだよ!」
俺は涙目どころか半分泣きながら、メリアさんの問いに答える。やべえ、めっちゃ痛え……。頭も痛いけど、首も痛え……。上から圧縮されたせいで身長が低くなったかもしれん……。
「え?レンちゃんなにする気なの?全然わからない」
痛みから逃避する為に馬鹿っぽい事を考えていると、完全に復帰したらしいメリアさんが、頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
「ふふふ。それはね………………。試食会だよ!」
ドヤァ……。
「?……ししょくかい?って何?」
「…………えっとね」
俺の渾身のドヤ顔は全くの無駄に終わり、メリアさんに『試食会とは何か?どういったメリットがあるか?』という事を一から説明する事となった。
その説明に予想以上に時間がかかってしまい、翌日の準備が遅くなってしまったのは誤算だった。
まさか、試食会そのものの説明をする事になるとは思わなかったぜ…………。