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第31話 お店の事を知り合いに伝えに行くことにした。

 翌日。

 いよいよ開店が明日に迫った。


「椅子、テーブル。よし。料理、よし。お酒。よし……」


 俺は朝から店に赴き、準備の最終確認をしている。前日であれば何か漏れがあったとしてもある程度はカバーできると思ったからだ。


「――――よし。従業員の教育……よし!」


「いやいやいやいや」


 俺の最後の言葉に全力で突っ込みを入れたのはメリアさん。

 顔の前で手を高速で振っている。軽く残像が見えるくらいのスピードで。


「いやいや、大丈夫だって。みんな一生懸命がんばってくれたし」


「ほんとに?あれ見てもまだ同じ事言える?」


 メリアさんが指差した方には、メイド達が勢ぞろいしている。従業員教育の成果を改めて確認する為に集まってもらった。わざわざ屋敷ではなくお店に集まってもらったのは、実際に働く環境で確認すれば、より正確に確認できると考えたからだ。

 明日からの営業には一人づつ交代で入ってもらうことにしている。最初は俺、メリアさん、メイド一人の三人体制で回してみて、徐々に最適化していこうと考えている。考えているんだが…………。

 俺はメリアさんの指が指す方に首を回し、そのまま一瞬たりとも停止することなくメリアさんに顔を向けた。


「………………………………大丈夫、だよ?」


「今すっごい間があったよ!?しかも疑問系!ていうか今あの子達見なかったよね!?ほんとに大丈夫なの!?」

 くそ。顔だけ向けて視線は逸らしていたのがばれていたか。


 いや、メイド達は俺の言うことをちゃんと聞き、良く頑張ってくれたよ。屋敷にいるあいだも笑顔の訓練を続け、今では訓練の成果として、表情筋を痙攣させることなく笑顔を作ることができる。


 口元だけだが。


 それ以外は相変わらずの無表情。目にも光はなく、口だけが三日月のようになっている。


 控えめに言ってかなり怖い。背後に立たれたりしたらチビる自信がある。


「……ダメ、かなあ」


「ダメだね。あれだったら正直無表情でいてくれた方が怖くないもん」


 バッサリと切り捨てるメリアさん。なかなか手厳しい。


「そうだねえ……でも頑張ってくれてたし……」


「努力は私も認めるよ?でもね、まだ人前に出せる所までいってないんだよ」


 努力自体は認めているようだ。まあ確かにあの表情で接客されたら、お客さんがリピーターになる事はないだろう。


「そうだね……。じゃ、よろしく」


「…………え?」


 俺の言葉にメリアさんはポカンとした顔をした。


「ほら、彼女達の(マスター)っておねーちゃんだし?彼女たちの努力を否定するのは(マスター)じゃないとね?」


「言い方ぁ!」


 メリアさんに怒られた。でも極論、彼女たちに伝えるのはそういう事だ。

 彼女達よりは上位に位置するらしくても、俺は彼女達の(マスター)ではない。こういうのは(マスター)がやるべきだと俺は思う。


 決して俺が言いたくないからではない。

 …………違うヨ?


「ほらほら。皆、おねーちゃんのありがたいお言葉をみんな待ってるよ?」


「うぐぐぐぐ……。あー、皆。一ヶ月の間、笑顔の訓練お疲れ様。その間私も訓練の様子を見させてもらってた訳だけど、あー……。あ、あなたたちの笑顔は……えー、うん。そう!や、安売りするものじゃないということが分かったの!えー……なので、普段は特に気負う事なく接客に従事してもらって、ここぞ!という場面で、渾身の笑顔をお客さんに見せてあげてくれないかな?どう?」


 つっかえつっかえながらメリアさんがメイド達に説明した。すっごいがんばってオブラートに包んでいるな。


『畏まりました。(マスター)


 メイド達は納得してくれたみたいだ。全員が特に疑う様子もなく頷いている。


「物は言い様だねえ……」


「誰のせいだと…………」


 メリアさんの演説を感心しながら聞いていたら、本人からジト目で睨まれたので、サッと目を逸らした。

 ……目を逸らした先に、いつの間に近づいてきていたらしいルナが立っていた。

 歪な笑顔のまま。


「っ!?…………ど、どうしたのルナ。何かあった?」


 喉から出掛かった悲鳴を必死の思いで飲み込んだ。俺グッジョブ。

 ビビった事を誤魔化すために声を掛けてみると、ルナはコクコクと首を縦に振った。

 笑顔のまま。

 …………怖いからそろそろやめていただきたい。

 そんな事を考えていると、ルナがおもむろに口を開いた。


「報告します。顔面が硬直してしまったらしく、表情の変更が困難です」


「「…………ルナだけ?」」


「否定します。全員です」


「「………………ア、ハイ」」


 やめたくてもやめられなかったらしい。


 目の前で展開される恐怖の笑顔に内心かなりビビリながら、俺とメリアさんでメイド十三人の顔を一生懸命マッサージして、表情筋の強張りを取ってあげる事となった。


 ……


 …………


「さて、とりあえず問題は……なさそうだから、ちょっと出てくるよ」


 なんとかメイドの顔をマッサージし終え、全員元の無表情に戻った事を確認した後、メリアさん達にそう伝えた。


「なんか用事あるの?」


「うん。お世話になった人達に、明日開店する事を教えておこうと思ってね」


 というかお店を出す事すら伝えてないから、そこからか。


「あー、そういえば忙しすぎて忘れてたねえ」


 メリアさんも忘れていたらしい。まあそりゃそうだろう。


「そりゃあ、一ヶ月で一から開店準備しようとしたらこれくらい忙しくなるよ」


「あはは……ごめん。もっとお手軽にできるものだと思ってたんだよ」


 苦笑いしながらポリポリと頬を掻くメリアさん。

 それを見て俺はため息をついた。


「まあ、なんとかなったからいいけどね」


 正直な所、間に合わないと思ってた。色々端折っているとはいえ、我ながら驚いている。人間やればできるもんだね。


「いや良かった良かった。で、まずは誰に教えに行くの?」


「んー……。とりあえずジャン達でいいかなあ。突然すぎるとは思うけど、できれば初日から来てもらって、かつ常連客になってもらいたい。初日の勢いって大事だから、一人でも多く来てもらいたいしね。売り上げの為に」


「あはは…………割りと切実」


 店の開店準備でかなりお金を使ってしまった。さすがに一文無しではないけれど、お店の売り上げがたたないと、そう遠くない内に持ち金が尽きる。

 結果論ではあるけれど、一ヶ月で開店させるのは必要な事だったかもしれない。


 まあ、万一お金が無くなっても、屋敷があるから住む場所は気にしなくていいし、あのゼリー飲料もあるから飢える事もないんだろうけど、毎日あのゼリー飲料で生活するとか、考えただけで死にたくなる。そう考えるとメイド達はすごいよなあ。

 ……そのメイド達の食費が、一番我が家の家計を圧迫している訳だが。


「というわけで、皆は先帰ってて。俺たちは用事済ませてから帰るから」


『畏まりました』


 ジャン達の元には俺とメリアさんだけで向かうので、メイド達は屋敷に帰ってもらう。

 ジャン達とメイド達は面識がないし、第一彼らの部屋に十五人もの客は絶対入らないからね。


「じゃ、行こっか」


「あいあい」


『いってらっしゃいませ』


 俺とメリアさんは、メイド達の一糸乱れぬお辞儀を背中に受けながら店を出、ジャン達が宿を取っている〈土竜亭〉へと足を向けた。

 …………このピッタリと揃った挙動にも慣れたもんだなあ。


 ……


 …………


 そしてやってきました、〈土竜亭〉はジャン達の部屋。

 今回は、拉致されることも、凄まじい剣幕で詰め寄られることもなく、平和にたどり着きました。


「ジャン達って、普通の来客対応できたんだね」


「なんだそれ。どういう意味だよ」


「そのままの意味だよ。子供を泣かせる勢いで詰め寄った来てたじゃん。しかも二回も。おかげで俺は心に傷を負ったよ」


 ジトッとした視線を向けながら言うとジャンは『うっ』と唸り、他のメンバーは俺から視線を逸らしたのが見えた。

 心に傷を負ったのはジャン達に詰め寄られた事そのものじゃなく、失禁してしまった事なんだが、それは言わない。


「それは…………すまなかった」


「うん。次やったらマジ切れすると思うから。メリアさんが」


 俺の言葉を聞いて、ジャン達の視線がメリアさんに集中する。それを受けたメリアさんは無言でニッコリ笑顔……怖っ!?

 何あの笑顔!?超怖いんですけど!目が笑ってない!


「に、二度とやらないと誓うぜ」


「頼むよ。次は俺も止められないかもしれない」


 次同じ事があったら〈土竜亭〉が焼失してしまいそうだ。ジャン達には是非頑張ってもらおう。


「お、おう。……で、今日は俺達に何の用だ?わざわざ謝罪を受けに来ただけって訳じゃないだろう」


「ああ、それは話の流れでそうなっただけだよ。実は――――」


 俺はお店を始める事、業種が飲食店である事、開店が明日である事、お店の場所等を伝えた。


「――――って感じ」


 一通り話終わるとジャンが額に手を当てて天を仰いでいた。

 何その、いかにも『呆れてます』ってリアクション。心外だな。


「一ヶ月で開店って……大丈夫なのかよ?普通はもっと時間取ると思うぞ?」


 全然心外じゃなかった。俺も思ってる事だったわ。


「知らない内におねーちゃんが商業組合(ギルド)の人と決めてたんだよ」


「だって!レンちゃんに聞いたら頷いたんだもん!」


「ん?……って事はレンもその場にいたって事か?」


「うん」


「でも話を聞いてなかったと?」


「…………うん」


「考えるまでもなくレンが悪いじゃねえか。話し合いの場に同席しときながら何も聞いてないとか、あり得ねえだろ。それで『聞いてない』ってのは都合が良すぎる」


「………………はい。ごめんなさい」


 もうぐうの音も出ません。

 なんとなく自分でも責任転嫁だと感じてはいた。なので素直に謝る。


「それは俺に対してじゃねえだろ」


 ジャンに呆れたように言われてハッした俺は、隣に座っているメリアさんの方へ体ごと向いて、頭を下げた。


「ごめんね。おねーちゃん」


「うん。いいよ」


 あっさりと、メリアさんは俺を許してくれた。

 無事許してくれてホッとしていると、メリアさんが頭をポンポンしてくる。顔を上げると、ふんわりと微笑みながら俺の頭を撫でるメリアさんが目に入った。


「はいはいご馳走様。んで、店の場所は分かったが、名前はなんていうんだ?」


「………………名前?」


「店の名前だよ店の名前。大まかな場所が分かったって名前がわかんねーと行きようが……おい」


 ジャンの言葉に、頭からサアッと血の気が失せていくのを感じた。


「………………決めてない」


「おま、ばっかじゃねえの!?もっかい言うぞ!ばっかじゃねえの!?明日開店なのに店の名前も決めてねえとか、どうすんだよ!名無しの店なんて聞いた事ねえぞ!」


 ジャンから罵倒されるが、これまたぐうの音も出ない。というか頭が真っ白で何も言い返せない。

 焦りのあまりジッとしていられない。意味もなく手足をパタパタさせてしまう。


「ややややばい。早く決めないと!おねーちゃん、なんかいい名前ない!?」


「〈鉄の幼子亭〉、だよ」


 メリアさんに意見を求めたら即答で返ってきた。

 あまりにあっさりと答えられたので、忙しなく動いていた体がピタッと止まった。


「…………え?考えてあったの?」


「まあ、考えてあったというか、もう決まってるというか…………。組合(ギルド)に登録する時に必要だったから」


「……組合(ギルド)に、登録?」


 一体何を登録するというのか。


「うん。お店を出す時は、組合(ギルド)にどういうお店か説明して登録してもらわなきゃいけなかったからね。その時にお店の名前も聞かれたから」


「え、なにそれ……初耳」


「え?ちゃんとレンちゃんにも聞いたよ?しっかり頷いてたよ?だから決めたんだけど……」


 まじで記憶にねえんだけど…………。


「「「「「………………」」」」」


 五人の視線が俺に突き刺さる。

 冷たい視線を全身に感じながら、俺はゆっくりと椅子から立ち上がり、椅子を少しずらした。

 できたスペースに、メリアさんの方を向いて正座。

 そして足は崩さずに指を真っ直ぐ揃えた状態の両手を前の床に付ける。

 そしてそのまま頭を下げ……。


「すみませんでしたあー!」


 おでこが床に付くと同時に声を上げた。


 土下座である。

 もう何一つ言い返せないくらいダメダメだ。

 五人からの視線が、ジト目が驚きに見開かれたようだったが、おでこを床に擦り付けている俺には見えない。

 でもなんとなく視線の種類が変わった事は分かった。


「これからは心を入れ換えて、誠心誠意やらせていただきます!大っ変!申し訳ありませんでしたあー!」


「お、おう……」


「あの格好初めて見たけど、全力で謝ってる感じがこれでもかってくらい伝わってくるね……」


「むしろこっちが悪い事した気分になってくるな…………」


「も、もういいから!気にしてないから!頭を上げてぇー!」


 メリアさんの悲鳴が部屋に響き渡る。

 なんとかメリアさんからお許しをいただけたので、俺はその場にゆっくりと立ち上がった。

 顔を上げると、何故かちょっと疲れた顔をしたメリアさんと目があった。


「私が謝られる側のはずなのに、こんな気持ちにならなくちゃいけないの?なんか理不尽……」


 メリアさんから放たれるジットリした視線と、ブツブツと零れる文句。

 まだメリアさんはお怒りのようだ。怒りを鎮めていただかなくては。俺の全身全霊を持って!


 俺はゆっくりと床に正座を……


「もういい!もういいから!それはもうやめて!」


 なぜかちょっと涙目でメリア懇願されてしまった。解せぬ。


「あれ、すごいね……」


「今度なんかあったら使ってみるか……」


 そんな言葉がジャン達から聞こえてくる。


 この世界に〈DOGEZA〉が誕生した瞬間であった。

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