第29話 お店買った。
モチベーションが下がってしまっていて遅れました。
すみません。
「とりあえずジャン達への用事は終わったけど、これからどうしようか?」
メリアさんがそんな事を聞いてきた。
ジャン達へ〈拡張保管庫〉を売った俺達は、なんとなく街の中心へ向かって足を進めていた。
「んー……。ぶっちゃけ、なんも考えてなかったなあ。〈拡張保管庫〉の事で頭一杯だったよ」
「あはは。とてもそんな風には見えなかったけどねえ」
「態度に出さないようにしてたの。心の内を見透かされると、それに付け込んでくる輩が絶対出てくるってエリーさん言ってたじゃん。だから練習してたんだよ」
前の世界ではそんな事を考える必要がなかったから、ある意味気楽だったなあ。
これもエリーさんの教育の賜物…………あれ、なんか体が震えてきた。
「そんなガクガク震える程怖かった…………怖かったねえ」
メリアさんもエリーさんの教育を思い出してしまったらしい。俺みたいに体が震える事はなかったけど、代わりに目から光が消えた。
また近いうちに契約の事でエリーさんの所に行かなきゃいけないんだよなあ…………ううぅ。怖い。
あー、やばい。別の事考えよう。えーとえーと……あ!そうだ!
「ね、ねえおねーちゃん。商業組合行かない?お金も手に入ったし、組合に登録して、ついでにお店の候補とか色々見繕っておこうよ」
「うん?……あー、そっか。前行った時はお金なくて話聞いただけだったねえ。そだね。そうしよっか」
なんとか意識を逸らす事に成功したようで、メリアさんの目にも光が戻った。
その事に内心胸を撫でおろしながら、商業組合の建物の方向へ足を向けた。
……
…………
「こんちわー!」
「商業組合にようこそ。本日はどういったごよう……けん…………」
受付に座っていたのは20代くらいの男性だった。机に向かって書き物をしながら声を出していたのだが、途中でこちらに視線を向け、そのまま固まった。
「組合への登録と、お店を出したいから、その相談に来たんですけどー」
メリアさんが声を掛けると、体をビクッと震わせた後、やっと再起動した。
「……はっ!す、すみません!えーと、き、今日は、どどどどのような要件で?」
「いや、だから、組合への登録とお店を出したいからその相談に……」
「あ、ああ!そうでしたか!それは失礼致しました!ど、どうぞお掛けください!」
なんかえらい挙動不審な態度に二人して首を傾げながら、メリアさんが組合員さんの向かいの椅子に腰掛け、その隣に俺が座った。
「そ、それでは、組合への登録と、しゅ、出店に関するご相談と言うことですが――――」
組合員さんが話を始めるが、正直な所、なかなか頭に入って来なかった。
説明が分かりづらいのだ。でも話が下手とかじゃない。すげー噛む。生まれて初めて人と会話したんじゃないかと思うくらい噛む。そして言い忘れていたのかいきなり話が戻ったりする。
ちょっとうんざりしながら男性を見ていると、なんとなく理由が分かった気がした。
話している最中、メリアさんの顔に視線を向け、慌てたように外す。次は視線が下に降りていき、メリアさんの胸元に吸い寄せられる。で、顔を真っ赤にしてまた慌てて視線を外す。という行動を繰り返していた。
…………なるほど。
メリアさんの美しさに緊張しちゃってるのか。
まあ、うちのおねーちゃんは最強ですからね。しょうがないね。
それが分かると、噛み噛みでわかりづらい説明もなんだか可愛く思えてきた。前の世界も含めると俺の方が年上だし。
「い、以上です。はい」
「ありがとうございます。じゃあ――――」
つっかえつっかえの説明が終わり、それを踏まえてメリアさんが話を進めていく。
あんな説明でも、メリアさんはしっかりと内容を把握したらしい。すごい。
商業組合で話す内容に関しては、前々からメリアさんと詰めていたので俺が話す必要はない。
というか俺が話しても子供の戯れ言と相手にされない可能性が非常に高い。
ジャンにも言われたし、何か策を考えないとなあ……。
「レンちゃーん。行くよー?」
「ふぁっ?!」
俺がメリアさんを介さずに話をする方法について、あれこれと考えている間に、いつの間にか話は終わっていたらしい。
メリアさんと組合員さんが連れだって出口に立っていた。いつまでも椅子に座ったまま動かない俺を見かねて声を掛けたようだ。
慌てて椅子から立ち上がり、小走りでメリアさんの隣に向かった。
「ごめんごめん。ちょっと考え事してて」
「これから建物見に行くよー」
組合員さんと三人で通りを進んでいく。
…………いや、組合員さん。あなた受付担当でしょ?一緒に来ちゃって大丈夫なの?
……
…………
「こちらになります」
一軒の建物の前で立ち止まり、手を掲げながら組合員さんが声を上げた。
ちなみに、ここに着くまでの道中で、メリアさんと話しても緊張しない方法を模索したらしく、最初の頃とは打って変わり、その声はとても聞き取りやすくなった。
まあ、その方法というのが『メリアさんに可能な限り視線を向けない』という、接客としてはダメダメな物だけど。
とりあえずそれは置いておいて、組合員さんに紹介された建物は、平屋建てながら割りと大きく、立地面積だけならこの世界での一般的な宿屋くらいあった。
「ここは元々娼館だったのですが、経営に行き詰まって手放したようです。まあ、色街から微妙に離れていますし、近隣の住人からの文句も多かったようですね」
こ、こんなところに娼館建てたのかよ…………。
大通りからは一本外れてはいるけどそれでも近いといえば近い。しかも娼館が固まっている色街から外れているので、周りは普通の雑貨屋や住宅。好き好んでここに入る人は少なかっただろう事は明白だ。
ぶっちゃけ、なんでここに娼館を建てようと思ったのか、全く理解できない。
メリアさんも俺と同じ意見のようで、微妙に困惑しているようだ。
「でもまあ、そういうお店じゃなければ問題ないよね。立地は悪くないと思うんだけど、なんで空き家なんだろ」
メリアさんも同じ事を考えたようでそんな事を呟いた。
俺も同じ考えだったので、うんうんと頷いていると、組合員さんが理由を説明してくれた。
「実は、この娼館が潰れたのは割りと最近で、数日前に組合の管理下に戻ってきたばかりなんです。まだ所定の手続きが全て終わっていないので、本来であれば売りに出るのはもう少し先なのですが、お話に聞いた要望に一番沿えると判断し、おすすめさせていただきました」
なるほど。本来であればまだ売りに出ていない物件なのか。
にしても、手続きが終わってない物件を出しちゃって大丈夫なんだろうか。
「どう思うレンちゃん。私はかなり掘り出し物だと思うんだけど!」
初っ端から良物件を紹介されて、メリアさんはテンションアゲアゲだ。
気持ちは分からなくもない。でもここはちゃんとしないといけない所だ。
「そうだねー。確かに外から見た感じだと結構いいよね。でもほら、一応中も見ておかないと」
最近まで営業してたって話だから問題ないとは思うけど、こういうのはちゃんと内装も確認しておかないと。
大規模な改装が必要なのは、できれば勘弁願いたい。改装途中でお金が足りなくなったら目も当てられない。
「あ、そうか!家買うなんて初めてだから興奮しちゃったよ。……すみません、中も見たいんですけど」
家じゃないけどね。
「畏まりました」
組合員さんは、メリアさんの言葉に一つ頷いてから懐から鍵束を取り出した。その中の一本をドアの鍵穴に差し込み、そのまま捻る。ガチャンッと思ったより大きな音が鳴り、ドアが開いた。
「どうぞ」
組合員さんに促され、建物の中に入る。
ドアを潜った途端、ほのかに甘酸っぱいような匂いが鼻腔をくすぐった。
「あんまり荒れてないね」
「最近まで営業してましたからね」
メリアさんの言葉に組合員さんが淡々とした様子で返答した。商業組合で話していた時とはえらい違いだ。
…………組合員さん、絶妙にメリアさんを視界に入れないようにしてる。
メリアさんに顔を向ける時も、背後の壁に焦点を合わせて、直視しないようにしているようだ。
しどろもどろになってしまったのが悔しかったんだろうか。
男なんだし、メリアさんみたいな美人を相手したら挙動不審になるのは仕方ないと思うけどね。
俺も、見た目はともかく中身は男だからよーく分かるよ。
さて、組合員さんの観察はそろそろ終わりにして、建物の観察に戻ろうか。
入口に入ってすぐ、ちょっとした広さの空間が広がり、向かって右の壁際に小さめのカウンターがある。その隣にはドアが一つ。奥の壁には同じようなデザインのドアが一定間隔で並んでいる。
「カウンターの裏は控室だったようで、大部屋になっています。奥のドアの先はそれぞれ個室ですね。個室内は備え付けのベッドがありますが、それ以外の家具はありません。建物の裏手には井戸もありますので、わざわざ遠くから汲んでくる必要もありません」
組合員さんが淡々と説明してくれるが、それがかえって生々しさを助長する。個室ってあれだよな。ベッドがあるって事はそういう事なんだよな。
前の世界ではこういった場所に訪れた事はなかったが、訪れた事がないからこそ想像を掻き立てられてしまう。ちょっと顔が熱い。
「いいね!広さも十分だし、奥の個室も色々使い道がありそう!カウンターはそのままでもいいし、いらなかったら撤去すればいいだけだよね!」
そんな俺の状況には気づかずメリアさんははしゃいでいる。
「いいよねここ!レンちゃんもそう思わない?!」
「あ、う、うん。いいんじゃないかな?」
意図せず想像を膨らませてしまっていた所にいきなりメリアさんから話しかけられて、しどろもどろになってしまった。
俺の態度がおかしかったのか、メリアさんが顔を近づけてくる。
ち、近っ!
変な事考えてた直後にメリアさんの顔が目の前に来て、ああ、メリアさんほんと綺麗だなあ。なんか甘酸っぱい匂いも強くなった気がするし。
…………そんな事を考えてたらさらに顔が熱くなってきた。
「?どうしたのレンちゃん。なんか顔赤くない?」
「い、いや!気のせいじゃないかな?!そ、そうだ!ここっておいくらなんですか?!」
なんだかすごく恥ずかしくなってしまって、咄嗟に話題を変えた。まあ、どの道聞かなきゃいけないことなんだ。何もおかしくない。俺の質問にこれまた淡々と返答する組合員さん。
「大金貨十五枚になります」
大金貨十五枚か。一応払えるけど、払ったら手持ちが大金貨十五枚になるのか。
うーん。テーブルや椅子など家具の購入に食材の仕入れ……清掃は自分たちでやるし、従業員も今のところ雇う予定はない……。いけるかな?
「買います!」
「ぅぇえ?!」
おれが支出についてあれこれ考えている間にメリアさんは購入を決めたようだった。この建物がかなり気に入ったご様子。
「ち、ちょっとおねーちゃん。そんな軽く決めちゃって大丈夫?!ほら、手持ちのお金とかさ!」
「大丈夫大丈夫!問題ないって!お金も足りるでしょ?」
いやまあ、確かに足りますけどね?
「むしろ、今日決めちゃわないと、明日にはここ、売れちゃってるかもしれないよ?」
「ここを売ってくれと言っている方は何人かいらっしゃいます。手続きが終わっていない事を理由にお断りしましたが」
しれっとそんな事を言い出す組合員さん。おいおい、いいのかよそんな物件見せちゃって。ここ買ったら方々から恨まれるとか勘弁してくれよ?
「商品との出会いは一期一会。その方々は出会いに恵まれなかった。それだけの事です」
なんか組合員さんがドヤ顔でそんな事を宣ったが、あんたメリアさんの印象良くしたいだけだろ。
「ほらレンちゃん!この人もこう言ってるよ!決めちゃおうよ!」
メリアさんが乗っかってきた。
まあ、確かに物件としては悪くないと思う。価格が適正なのかの判断は俺にはつかないけど、メリアさんにいい格好しようとしているであろうこの人が吹っ掛けてくるとも思えない。となると……。
「…………そうだね。買っちゃおうか」
「よし!決まり!ってことでここ買います!」
「ありがとうございます。では組合に戻りまして、購入の手続きを行いましょう」
それから商業組合に戻り、メリアさんと組合員さんで物件の購入手続きを行った。
俺?お子様はそんな話に入り込む事なんてできないから、開店の準備について色々考えてたよ。
なんか途中でメリアさんに話しかけられた気がしたけど、適当に返事しといた。まあ組合員さんがいる前で、子供である俺に聞く事なんて大したことじゃないでしょ。
俺が思考に没頭している間に手続きは終わり、その場で大金貨十五枚を支払い、晴れてあの物件は俺達の――正確にはメリアさんの――所有物となった。
その日はそこまででいい時間になったので、掃除諸々は後日ということにして、鍵だけ受け取って帰る事にした。
その帰り道。
メリアさんから信じがたい発言を聞いてしまった。
「さあ、一か月後には開店だね!明日から準備始めないと!」
「………………は?」
一か月?
建物以外何もない状態からですか?




