第28話 初めて〈拡張保管庫〉を売った。
「はい!じゃあ、気を取り直して。取引するよ取引」
「お、おう……」
可能な限りの速さで歩いてジャン達の部屋に入り、全員が椅子に座った所で声を上げた。サクサクいくよサクサク。
ジャン達は未だにメリアさんをチラチラとみてはビクビクしてるし、メリアさんはメリアさんで、まだ怒ってますオーラが噴出してるけど、気にしないでいく。ジャン達も悪気があった訳じゃないし、メリアさんも本気で怒ってる訳じゃないはずだから、時間が経てば元に戻るでしょ。多分。
元に戻らなかったら?その時はその時だ!未来の自分に丸投げだ!
「じゃあまず俺から出そうか。これがご注文の〈拡張保管庫〉になります」
そう言いながらコートのポケットから取り出したのは、飯盒を一回り小さくして、厚みを半分にしたような形状の革製のポーチ。
片側にはベルトを通す為のリングを、蓋には少し強めの磁石を取り付けてある。要望の通り、この宿屋――――倉庫数棟分程度の容量を確保してある。
「おぉ……これが〈拡張保管庫〉…………」
「ついに俺達も〈保管庫〉持ちに……」
「これで持ちきれない魔物の素材を捨てていかなくて済みますわ……」
実物を前にしてザワザワしだすジャン達。早く自分たちの物にしたいようで、ソワソワしだした。
「はいはい、落ち着いてね。で、どう?聞いた話になるべく合わせたつもりだけど」
〈拡張保管庫〉をテーブルの上に置きながら訪ねると、ジャンが恐る恐るといった様子で〈拡張保管庫〉を手に取った。
他のメンバーと一緒に、いろいろな角度から眺めたり、重さを見たりしている。さっきまでのソワソワした空気は鳴りを潜め、真剣に確認している。
しっかり確認してもらいたいし、満足するまで待っていよう。
「………………問題なさそうだ。この凹んだ方を内側に向けて装着するんだな?腰の動きも阻害しなさそうだし、厚みもそんなにないから武器を振る邪魔にもなりにくそうだ」
しばらくの後、〈拡張保管庫〉をそっとテーブルに戻しながら、ジャンはそう答えた。
「そかそか」
良かった。デザインには満足してもらえたみたいだ。
口頭で聞いた内容を基に想像でデザインしたから、ちょっと不安だったんだよね。
次回からは絵に描いてもらうようにしよう。
じゃあ次に進もう。
「じゃあ次は使用者設定だ。一人ずつ〈拡張保管庫〉に手を置いてね」
「おう。こうか?」
最初はジャンのようだ。〈拡張保管庫〉の上に乗せられたジャンの手の上に俺も手を重ね、目を閉じた。
イメージするのは鍵と鍵穴。
鍵穴は〈拡張保管庫〉に存在するイメージ。今はしっかりと鍵が掛かっている。
続いてジャンの手から発せられる魔力を鍵とイメージする。
ジャンの魔力から作られた鍵を鍵穴に鍵が差し込み、捻ると――――鍵が開いた。
「…………よし。登録完了」
「これだけか?もっと大それた儀式でもあるのかと思ってたんだが……」
時間にして十秒程度な上、手を置いていただけだったため、ジャンは拍子抜けしたらしい。
まあ俺も内心拍子抜けだったけどね。不安になるくらいサックリ出来てしまったから。
「うん、これで問題ないはずだよ。念のため、ちょっと試してみようか。じゃあ、これを入れてみよう」
取り出したのは小銅貨。それを全員に見えるように〈拡張保管庫〉に入れる。
「はい。じゃあジャン、取り出してみて」
「おう」
ジャンが〈拡張保管庫〉に手を入れる。袋から抜いた手の中には、小銅貨。
「……普通に取り出せるな」
「取り出せなきゃ困るでしょ。じゃあその銅貨も元に戻して……。はい、じゃあレミイさん。取り出してみて」
指名されたレミイさんがワクワクした表情で〈拡張保管庫〉に手を入れる。
「はーい!……おお!?何も入ってないよ!?」
「いやいやそんな訳…………本当だ。なーんも入ってねえ」
レミイさんの横から顔を出したレーメスも〈拡張保管庫〉に手を入れ、何も入っていない事を確認した。
まあ、入ってはいるんだけどね。
「ジャン、取り出してみて」
「…………取り出せた」
普通に小銅貨を取り出して見せたジャンに、他のメンバーが色めき立った。
「まじか!すげー!」
「本当に登録した人しか使えないんだ!すごーい!」
「これは便利ですわね!」
うんうん。喜んでくれてる。良かった良かった。
……………………。
良かった!出来て良かったあ!
いやー、一応前もってルナ達で試して、上手くいってたから大丈夫だとは思ってたけど、無事できてよかった!
ルナ達って俺達と契約してるから、他の人達とは違うかもって思ってたんだよねえ。
でもジャン達でも問題なく使用者登録は可能だった。
これで心置きなく使用者登録機能を謳う事ができる!
そんな内心ドキドキしていた事を表情に出さないように注意しながら、他のメンバーも登録を行っていく。
「……ん。これで全員登録できたね」
「おう!次はなんだ?」
「うん。次はこれ。契約の締結だね。これが契約書。文字は読めるっけ?」
「ああ、大丈夫だ」
「んじゃこれ。内容を確認して、問題なかったら代表者がサインしてね」
前もって用意しておいた羊皮紙をジャンに渡した。
羊皮紙にはこんな感じの事が書いてある。
1.購入者は、購入代金として大金貨三百枚を販売者に支払う。
2.支払いは一年に一回、大金貨三十枚を支払うものとし、これを十回、計十年に渡り行う事で支払いを完了とする。
3.支払いは、購入者が販売者の元に訪れて支払うものとする。支払い期限は基本的に前回の支払いより一年とする。
4.代金の先払いは可だが、遅延は認めない。期限までに支払いが為されない場合、契約不履行とし、〈拡張保管庫〉の使用権限を剥奪する。その場合、それまでに支払った金銭は返却されない。
5.先払いを行う場合、購入者は『支払い期間の短縮』と『次回支払い期限の延長』の好きな方を選択することができる。
6.支払い状況に関わらず、販売者は盗難、破損等の責任を負わない。
1と2については購入者の要望や〈拡張保管庫〉のサイズによって変わるが、3以降は基本的に同一にするつもりだ。
…………これで大丈夫だよね?変な抜け道とかないよね?
「………………いくつか質問いいか?」
「はい。なんでしょ」
ジャンから声を掛けられ、内心『やべー!?やっぱ抜け道とかあったのかなあ!?』とか考えながらも、表情には出さないよう努力する。できているはず。うん。
「まず期限内の支払いができなかった場合の使用権限の剥奪。話には聞いてたが、どうなるんだ?」
「やっぱそこだよねー。これは実際に見てもらった方がいいと思う。……という訳で、これです」
この質問は想定していたので、内心ほっとした。
俺がポケットから取り出してテーブルの上に置いたのは、握り拳くらいのサイズの小さな袋。
「これもちっちゃいけど〈拡張保管庫〉だよ。説明の為に作った物だから、容量も少ないけどね。分かりやすいように、中には限界まで石ころを入れてある」
「…………ちょっと待て。まさか」
「うん。そのまさか。使用権限の剥奪とは…………こういう事です!」
俺の声と共に袋が端から解けるように消えていき、数秒で完全に消えた。その場に残ったのは、こんもりと積まれた石ころの山のみ。説明用の〈拡張保管庫〉に入れていた物だ。
「「「「「あああああぁぁぁーー!?」」」」」
〈拡張保管庫〉が完全に消え失せたのを見て絶叫するジャン達。
「き、消えちまった……。〈拡張保管庫〉が…………」
「あの大きさでも、これだけの容量があれば大金貨二、三十枚はしますのに……」
「もったいねえ…………。もったいなさすぎる……」
…………今気にするとこ、そこじゃないよね?
まあ、『ちゃんと支払いしないとこうなるぞ』っていう脅しとしては効果的なのかも。
「という感じで、使用権限の剥奪、というよりは、〈拡張保管庫〉の消滅っていった方がいいかもね」
「…………次からはそう書いておいてくれ。このデモンストレーションと合わさると、かなりの抑止力になるから」
「お、おう……」
さっきの〈拡張保管庫〉、ジャン達に渡す奴じゃないよ?なんでそんな泣きそうな顔してるのさ。
「ゴホン、ゴホン!とりあえず一つ目の質問への回答はこんな感じだね。他は?」
「あ、ああ…………。先払いをした場合、『支払い期間の短縮』と『次回支払い期限の延長』ってのができると書いてあるが、これはどういう意味だ?」
「ああ、それね。例えば、ジャン達が今回の支払いで、本来大金貨三十枚で良いところを六十枚支払ったとする。そうすると『次回の支払い期限は変わらないけど、残り支払い回数が八回になる』か『次回の支払い期限を一年後ではなく二年後にする』かを選べるって訳だね」
俺の説明を聞いて、ジャンが大きく頷いた。
「なるほど。さっさと支払いを終わらせて完全に自分の物にしちまうか、期限を延ばして金を稼ぐ時間を長く取るか選べるってことだな?」
「そゆこと。他に質問はある?」
「一つよろしいでしょうか?」
おずおずといった様子でセーヌさんが手を挙げた。
いいよいいよー。どんどん質問して、穴や抜けを見つけて頂戴な。
「はいセーヌさん、どうぞ」
「支払いは、購入者が販売者の元に訪れて支払うものとする、という事は、一年毎にイースの街まで戻ってきて、支払いをしなくてはいけないという事ですの?正直な所、結構な手間ですわ」
「それは俺も思ってたんだけどねー。支払い期限が近づくたびに、どこにいるかもわからない契約者を探し回るっていうのも土台無理な話だから、いっその事来てもらおう!って事にしたんだ」
「それなら、冒険者組合を経由するのはどうでしょう。冒険者は組合にお金を預ける事ができるので、レンちゃんかメリアさんのカードに入金してもらえば」
「……組合にそんなサービスが」
全く知らなかった。組合って銀行みたいな事もしてたのか。
「日々の宿代にも事欠くような駆け出しにゃあ縁の無い話だから、組合でも説明しなかったんだろう。ま、三日で大金貨三百枚の稼ぎを叩き出す駆け出しなんざ、聞いた事ねえけどな」
そう言いながら苦笑いを浮かべるジャン。
しょうがないじゃない。こちとら扶養家族が十四人もいるんだ。冒険者の稼ぎだけじゃとても食っていけないんだよ。みんな良く食うしな!みんなあんなに細いのに、一体どこに入っているのか……。
「ま、まあ、組合を経由するっていうのはいいね。なんか俺の方で組合に申請とか必要あるのかな?」
俺の質問にセーヌさんは首を横に振った。
「いえ、特にはないですわね。契約書に組合経由での入金を認める旨の記載をしておけば問題はないかと」
「了解。他にはないかな?…………じゃあ、さっきの話を余白に追記してっと………………よし。じゃあ、問題ないようならサインをお願いします。あ、使用者登録した人は全員ね」
「「「「「はーい」」」」」
セーヌさん、レミイさん、レーメス、キースとサインしていき、最後に代表者としてジャンがサインした。
「よしっと。これでいいか?」
しっかりと全員のサインが為されている事を改めて確認し、俺は頷いた。
「はい。契約完了です。それでは、一回目の支払いをお願いします。それと交換という形で〈拡張保管庫〉をお渡ししますんで」
「おう。セーヌー」
「はい、これですわ」
「あんがとよ。……ほいっと」
ジャンはセーヌさんに声を掛けた。セーヌさんは身に着けていた革袋から大金貨を取り出し、ジャンに手渡した。それをろくに確かめもせずに机に置くジャン。
……ジャン達のパーティの財布の紐は、セーヌさんが握ってるのか。確かに、お金にうるさそうな言動が多かった気がするなあ。
「1、2、3……はい、大金貨三十枚、確かに受け取りました。では、こちらをお渡しします」
一枚ずつしっかりと数えて三十枚ある事を確認してから、〈拡張保管庫〉をジャンに手渡した。
「お、おお…………。つ、ついに俺達も〈拡張保管庫〉持ちに……」
「ふふ。おめでとう」
感無量、といった様子のジャンを見てつい笑みが零れつつ、祝いの言葉を贈る。
「ふう。これでお仕事はおしまいっと。ああ、そうだ。今回の契約、全体的に見て問題とか、改善点とかなかった?今後の取引の参考にしたいんだけど」
今回の取引は、ぶっちゃけ俺の中ではリハーサルだ。
これから発生する、他の人達への〈拡張保管庫〉販売の前に、実際に一通りの流れを通しておきたかった。
そしてできれば、購入者視点でのアドバイスが欲しかったんだよね。
「あー……。そうだな。〈拡張保管庫〉への使用者登録って、レンしかできねえのか?」
「そうだねえ。俺の【能力】に依存してるから、多分、俺以外にはできないかなあ」
「そうか……。いや、俺達はお前の事を良く知ってるから問題ねえけどよ?大金貨数百枚規模の取引の場を、お前みてえなお子ちゃまが仕切ってると、うるさい奴が出てくると思うぜ」
「あー……なるほど。確かに」
言われてみればその通りだ。
かなりの金額が動く取引を俺みたいな子供が仕切ってたら『ふざけるな!』って思うだろうなあ。少なくとも、俺がその立場だったらキレるわ。
つってもなあ。説明くらいなら俺じゃなくてもできるだろうけど、使用者登録は俺にしかできないしなあ…………どうしよう?
「うーん、うーん………………。なんか考えておくよ。これは結構重要かもしれない」
「ふむ。じゃあ、次の客候補にはまだ声掛けない方がいいか?」
「え!?もう決まってるの!?」
ちょっと待って!?今回の取引で得た情報を基に諸々練り直そうと思ってたのに!?
「うんにゃ。決まったらって話だ」
ジャンの言葉に大きく安堵の息を吐いた。よかった、すでに次が決まってる訳じゃないのか…………。
「ああ、そういう事。そうだね、目星だけ付けといて、声はかけない方向でよろしく。いけそうだったら連絡するよ」
「りょーかい」
「じゃあ俺達は行くね。近いうちに使った感想とか教えてくれると嬉しいな」
「おう。任せとけ」
「よろしく。じゃねー」
無事取引が終わった俺達はそのまま部屋から出た。扉を閉め、数歩進んだ所で『ひゃっはあああああああああ!!!』『ついに!ついに!〈拡張保管庫〉が私たちの手にっ!』『やったぜええええええええ!!!』『お宝持ち帰り放題だー!やったーっ!』『稼ぎが激増しますわ!稼ぎますわよーっ!』という叫び声が聞こえた。
一瞬足が止まったが、そのまま歩を進め、宿を出た。
「ふふふ。嬉しそうだねレンちゃん」
俺の顔を見ながらメリアさんが笑いながらそう話しかけてきた。
知らず知らずの内に、笑顔になっていたみたいだ。
……無事、メリアさんの怒りは収まったみたいだ。良かった。
「そうだね。俺の作った物で喜んでくれるっていうのは、やっぱ嬉しいよ」
前の世界ではただのサラリーマンだったから、自分が作った物で人に喜んでもらう、なんて経験はしたことがなかった。
学生時代、アルバイトで接客をやった事はあるが、感謝された事なんてないし。
人から聞いた話や本での知識では知っていたけど、実際に自分で経験すると……いいものだ。
「食堂でも、お客さんの喜んだ顔、見れるといいねえ」
「そうだね。見れるようにがんばろう!」
「「おーっ!」」
宿から出ても未だに聞こえてくるジャン達の声を背に受けながら、決意を新たにする俺達だった。