第27話 商売の準備を始めた。その4
遅くなりました!
二日後。
俺とメリアさんは親父さんの武器屋の前にいる。〈ゴード鉱〉の合金を使っての武器作成の確認の為だ。
「こーんにーちわー」
「あら、レンちゃんにメリアさん!いらっしゃい!あの人ね?呼んでくるから待っててねー」
俺が要件を言う前に、エリーさんは親父さんを呼びに奥に引っ込んでいった。
前回と同じように、店内を散策しながら親父さんが来るのを待つ……と思ったら、親父さんではなくエリーさんが戻ってきた。
「ごめんねー。今ちょっと手が離せない、だって。そんなにはかからないと思うけど、どうする?」
「じゃあ、ちょっと待たせてもらおっかな」
「はいはーい。じゃあ私とお話でもして待ってましょっか!」
……
…………
「すまん、待たせたな」
エリーさんとの雑談を小一時間程楽しんでいると、奥から親父さんが歩いてきた。
今の今まで炉の前にいたんだろう。全身汗びっしょりで、顔も真っ赤に火照っている。
「ちょっと!せめて汗くらい拭きなさいな!」
「おう」
エリーさんが手渡した布で汗を拭う親父さん。
いかにも適当、といった感じに汗を拭って布をエリーさんに返した。
「で、どうだった?」
「おう。これを見てくれ」
言いながら親父さんがカウンターに置いたのは二本のナイフ。両方とも白銀に輝いているが、向かって左側の方が、少し銀色が強く出ている。
「おお!できたんだ!」
「おうよ!苦労したぜ!鉄の比率が多い方は大して手間はかからなかったんだがよ、1:1の比率の奴は熱に強ぇのなんのって!炉が融けるんじゃねえかってくらいガンガンに温度を上げてやっとだったぜ!」
そこまで温度を上げないと加工できないのか。いくら鉄との合金にしたとはいえ、さすがは〈ゴード鉱〉。熱への耐性は尋常じゃないな。
「鉄と混ぜ合わせた事で、鉄の硬度と〈ゴード鉱〉の粘りを両立した理想の金属になってるぜ!重量は鉄単体と比べると軽くなってるから、重量で叩き潰すような武器にゃあ使えんがな。ナイフや片手剣、あと盾とかには最高の素材だと思うぜ」
「ほうほう。なるほどなるほど。」
「だがどんな武器にも最適な金属、という訳じゃあねえ。作成する武器によって最適な混合比率があるはずなんだ!かぁーっ!自分で比率をいじれないのが悔しいぜ!なあ!俺の指定した比率で合金を作ってもらう事はできるか!?」
「あー、まあ出来ない事はないんじゃないかなー……。『これとこれを混ぜればいい』くらいキッチリと分量を計った物を用意してくれれば…………」
でかい塊渡された上で細かい分量の指定とかされても困る。俺が。
「おお!そうか!じゃあ次回までに準備しておくぜ!そのナイフはやる!そもそも用意された金属を加工しただけだしな!加工費用もいらん!」
「あ、そ、そう?」
「あと店の裏に精錬した鉄と〈ゴード鉱〉の塊が置いてあるから取りに来い!欲しいんだろ?」
「う、うん。ありがとう……」
「いいってことよ!俺としても久々に血が騒ぐような素材で武器が打てるんだ!っとと!今日はどれくらい合金を預けてくれるんだ!?」
「あ、ああ……。じゃあ、1:1の合金を…………これくらいで」
とりあえず長剣が二、三本作れそうなくらいの合金をかうんたーの上に置いた。
「おお!前回より多いな!こうしちゃいられねえ!じゃあな!」
「あ、ちょ――――」
親父さんは合金を掴むや否や店の奥にすっ飛んでいった。これから渡した合金で武器を作り始めるんだろう。まだ話しておきたい事があったのに……。
「行っちゃったねえ…………」
「うん……まだ話す事、あったのになあ……。あの合金の取り扱いについてとか、卸してもらう金属についてとか…………」
「エリーさんに話しておけば?このお店のお財布はエリーさんが握ってそうだし」
「そうだね……。おーい!エリーさーん!ちょっとお話したい事があるんだけど――――」
……
…………
その後、居住スペースにいたらしいエリーさんを呼び出して話を進め、とりあえずこんな感じでまとまった。
1.十日に一度、精錬済みの鉄と〈ゴード鉱〉を納品してもらう。受け取りはこの店の裏手。量はとりあえずは十日間で用意できるだけ。
2.鉄と〈ゴード鉱〉の納品時に合金の比率、分量を指定してもらう。指定された合金は次回の納品時に渡す。
3.合金を転売、譲渡する事は禁止する。発覚した場合は合金の納品を終了する。
4.受け取る鉄と〈ゴード鉱〉の代金は、こちらから渡す合金の代金と相殺とする。
5.合金を用いて作成する道具に制限等は設けないが、合金を用いて作成した道具が売れた場合、売値の二割をこちらに支払う。
……まとまったはずなんだけど、俺が取引条件を提示したんだけど、最初は真面目な顔で聞いてくれていたんだけど、段々と表情が暗くなっていって、全ての条件を言い終わった頃には頭を抱えられてしまった。
……二割は取りすぎたかな?いやでもこっちも慈善事業じゃないんだ。利益は出していかないと…………。でもここで蹴られると面倒なんだよなあ……。他に合金を売る伝手なんてないし……。
といった感じで悶々としていると、エリーさんが顔を上げた。
……あれ?なんか怒ってる?
「なんなのその条件! 甘すぎるわ! まず! こちらが納入する鉄と〈ゴード鉱〉の代金とレンちゃんたちが納品する合金の代金が相殺? 今まで〈ゴード鉱〉の加工なんて誰も出来なかったそうじゃないの。それを一般の鍛冶師にも扱えるように加工できるってだけでもとんでもないお金が動くのよ? しかも金属の混合比率はこっちの指示に合わせるんでしょ?ここはもっと吹っ掛けてもいい所! むしろ吹っ掛けなさい!」
「え……いやでも――――」
「でもじゃない!」
……エリーさんの商人魂に火を付けてしまったらしい。まだまだエリーさんの口撃は続く。
「合金を使って作った道具を販売した場合は売値の二割を支払う!二割!?安すぎよ!合金の希少価値を考えたら五割取ってもいいくらいよ!」
「いや、五割も取ったらエリーさんのお店が立ちいかなく――――」
「ならないわよ!というかそこのギリギリの所を攻めていくのが商売人ってものでしょうが!」
「……はい」
「あと、作る道具は制限しないって話なのはいいけど、作られた道具の種類、数、売価についての帳簿の作成、提出くらい要求しなさい!」
「はい……」
「合金の転売、譲渡を禁止するのはいいけど、それなら定期的に納入した合金の在庫状況調査くらいしなさいな!在庫管理が雑だと、ちょろまかされても文句言えないわよ!?」
「はい…………ぐすっ」
「あの、もうその辺に…………」
エリーさんの怒涛の駄目出しに、割と本気で泣きそうになっている、むしろちょっと泣いている俺を見かねて、メリアさんが止めに入ってくれた。
だが止まらない。
「駄目よ!レンちゃんは商売を甘く見すぎているわ!ここでしっかりと話しをしておかないと!」
「あ、はい……」
「メリアさん!あなたもよ!レンちゃんがこんなに甘い条件を出しちゃってるのに、それを止める事が出来なかったあなたも同罪よ!あなたはレンちゃんの保護者なんでしょう!?もっとしっかりしないと駄目じゃない!」
「うえぇぇ!?私もぉ!?」
メリアさんとばっちり。
それから俺達は二人して、長時間に渡りエリーさんから熱いお説教とレクチャーを受ける事となった。
……
…………
………………
「お、終わった…………。エリーさん怖かった……」
「ほんとだね……。私も最後の方、ちょっと泣きそうだった」
エリーさんのレクチャーから解放され、店を出た頃には外は夕暮れで赤く染まり始めていた。
結局、取引条件は、俺が出した案を元にエリーさんが再作成する事になった。
俺の案のままだと、とても取引とは言えないらしい。
結構がんばって考えた末に作成した案だっただけに、そこまで一刀両断されるとダメージがでかい。
まあ俺、元々ただの会社員で商店との取引なんてした事ないし、こっちの取り分とかは『こんなもんでいいかな?』くらいのアバウトさで作ったけどさ……。商売を始めようと思ったのも、冒険者として生計を立てるのが厳しいと感じたからっていう、消極的な理由な訳だし…………。
「あー、だめだ。今日はもう、何もしたくない。帰ろう……」
「そだね…………私もすっごい疲れた……」
精神的な疲労でフラフラになった俺達は、屋敷への道をトボトボと歩くのであった。
あ!ジャン達に渡す〈拡張保管庫〉の仕上げしなきゃいけないじゃん!
チクショー!今日はもう何もしたくないのにー!
で、翌日。
昨日の内に、嫌々ながらもなんとか〈拡張保管庫〉の仕上げを終わらせ、受け渡しの為に〈土竜亭〉に向かっている。
「今日の受け渡しが無事終われば、お金が沢山手に入るねー」
「そだねえ。お金が手に入ったら、商業組合に登録して、食堂を開く為の店舗探しだ。いい場所が見つかるといいけど――――ん?」
「ん?どしたのレンちゃん」
「いや、あれ……」
俺が指さしたのは、目的地である〈土竜亭〉。なんだけど――――
「いや、なんで全員で入口前に待ち構えてるのさ……」
宿の入口前にジャン達が立っている。五人とも。全員がそわそわと落ち着きなく、キョロキョロと周囲を見回している。
どう見ても不審者です。本当にありがとうございました。
「衛兵とか呼ばれてもおかしくない挙動不審っぷりだね…………あ、バレた」
いやバレたって……。俺達の目的地もあそこなんだし、見つかっても問題は……おおぉぉ?
レミイさんが最初に俺達を見つけたようで、こちらを指さしながら何かを叫んでいる。
それを聞いた残りのメンバーが一斉に首をグリンッとこちらに向けた。怖っ!
そして俺達を認識したらしい次の瞬間には、全員が一斉にこちらに向かってダッシュしてきた!
「ひぃ!?」
「ぎゃあああああああ!?」
余りの恐怖に、元来た方向に逃げ出そうとする俺達。
レン たちは にげだした!
しかし、まわりこまれてしまった!
「良く来たなお前たちさあ部屋に行こう心配するなちゃんと金は用意してある」
「楽しみにしてたぜさあ早く部屋に行って見せてくれよさあ早く」
「あはははは楽しみだねあははははは」
「あああれが手に入ればこれからの冒険の稼ぎが跳ね上がりますわああドキドキしますわねワクワクしますわね」
「皆楽しみにしすぎて気が急いているんですよすみませんでは早く部屋に行きましょう」
全員が矢継ぎ早に声を上げながら俺達を取り囲む。そして肩をがっちり掴んで宿へ連行していく。成す術なく連行される俺達。全員目が血走っており、鼻息も荒い。
良かった。屋敷出る前にトイレ行っといて、本当に良かった。
さすがにね?二回もお漏らしとかしちゃったらね?死んじゃうんですよ。精神的に。ほら、俺、外見は幼女でも、中身は三十路のおっさんなんでね?
でも恐怖で泣きそうなのはどうしようもありません。これは年齢とか関係ないからね。関係ないよね?
「ひっ……ひぐっ」
俺のしゃくりあげる声が聞こえた瞬間、ジャン達がビシリッ!と音が聞こえる勢いで固まった。そしてソロソロと首を巡らせ、表情を伺う。メリアさんの。
「…………あなたたち」
「「「「「す、すみませんでしたー!」」」」」
全員一斉に俺達から手を放し、流れるようにその場に土下座。五人とも綺麗に動きが揃っている。
呆気に取られてしまって涙も引っ込んじゃったよ。
いつの間にか俺達を中心に人垣ができている。まあ往来で五人揃って土下座とかし始めたら目立つよねえ。
「あー、もう大丈夫なんで、部屋いきましょ?ね?」
「「「「「はい…………」」」」」
余りに恥ずかしくて、言葉遣いが変わってしまったが、これもしょうがないよね。こちとら短時間に色々ありすぎてテンパってるんだよ。
のろのろと身を起こしたジャン達の背中を押して、好奇の視線をがんばって無視しながら宿に入り、そのまま立ち止まることなくジャン達の部屋に直行した。
だって、宿の中の人達も一連の騒動を見ていたみたいで、めっちゃ見てくるんだもん。さっさと人の視線がない場所に行きたい……!