第26話 商売の準備を始めた。その3
「ほんとに?……私が話すの?」
「俺みたいなお子様が話したって真面目に受け取ってくれないでしょ。今までの所と違って俺の事知らないんだから」
「それはそうかもしれないけどさー」
今俺達が立っているのは、商業組合の建物の前。
商売をするにはお店が必要だよね!って事で、どうすればいいのか冒険者組合で聞いたら、ここに行けと言われた。
『なんで冒険者組合でそんな事聞くの?』と言わんばかりの顔をされたが、しょうがないじゃん。誰に聞けばいいかすら分からなかったんだから。
話を聞いてここに向かう途中で、親父さんに聞けば早かった事に気付いて軽く凹んだのは内緒だ。
組合の場所は割とあっさり見つかったんだけど、俺達は三十分ほど建物の前で立ち往生している。
メリアさんに『ここではおねーちゃんが話してね』と言ったら何故か二の足を踏み始めたのだ。
「別に話すのが怖いって訳じゃないんでしょ。だーいじょーぶだって」
「いやだって、お店の計画って全部レンちゃんが決めたじゃない。お姉ちゃんほとんど関わってないんだよ?なのにそれについて話せって言ったってさー」
「さっき教えたじゃない。問題ないって。分からない事あったら俺がフォロー……助け舟出すから」
「だったら最初っからレンちゃんが話せばいいじゃない」
「いやだから……」
とまあこんな内容の会話を延々ループしている。
始まってもいないのに疲れてきた…………。
「なんでそこまで嫌がるの?正直全然分からないんだけど……」
うんざりしながら質問すると、メリアさんは不機嫌そうに口を尖らせた。
「だって、食堂を作るって話だとメニューについても聞かれそうじゃない?レンちゃんが作ったメニューを私が伝えたら、私が作成者って事になっちゃうじゃない。レンちゃんの功績を横取りするみたいで嫌なの!」
「……え?」
そんなこと?
「あー!なにその顔ー!」
「いやだって……商業組合への登録って15歳以上じゃないとできないって教えてもらったじゃん。どう足掻いても俺は登録できないんだから、どっちみち、メニューやら何やらは全部、登録者であるおねーちゃんの物って事になるんだよ?」
「あ…………」
俺に言われて気付いたらしく、ハッとしたメリアさん。
さっきまでごねていた内容が全く的外れだったと気付いたようで、みるみる顔が赤くなっていった。
おーおーすごいすごい。あんなに真っ赤になるんだなあ。
「まあ、そういう風に考えてくれるのはすごく嬉しいけどね?それについては六年後って事――――」
「よ、よーしレンちゃん!さっさと入るよー!サクサク行こうサクサク!時間は有意義に使わないとねー!」
俺の言葉に被せるように大きな声を出しながら組合の扉を開けるメリアさん。恥ずかしさから逃げる為にとりあえず行動しようとしたようだ。
それにしても、メリアさんはあんな事を考えていたのか。新しいメニューを作成した功績なんて、大したもんじゃないのに。
「……ふふ」
改めて感じたメリアさんの優しさに、顔が勝手に笑みを浮かべるのを感じながら、後を追って建物に入った。
……
…………
………………
「ん~~~!終わったー!」
「結局、登録はできなかったけどね……」
組合での話が終わり、建物から出たメリアさんは大きく伸びをした。
俺も結構疲れたので是非とも伸びをしたい所なのだが、訳あってできない。
「言っちゃなんだけど、レンちゃんがいなかったらもっと早く終わった気がするね!」
「俺もそう思う…………」
受付に座っていたのが恰幅の良いおばちゃんだったのだが、俺を一目見て大層気に入ったらしく、
『あらー!可愛い子ねー!』から始まり、
『お菓子あるわよ!ほら!たんとお食べなさいな!』
『お姉ちゃんと一緒にお出かけ?良かったわねー!』
『こーんなにちっちゃいのに、お行儀よくできるのね!偉いわー!うちの子とは大違い!』
等々、機関銃のように喋りまくられた。要件と関係ない所で。
際限なく逸れていくいく話を無理やり軌道修正し、少し話が進んだと思ったらまた逸れる。
そんな事を繰り返し、なんとか話しを聞き終えて、さあ帰ろうと言う所で、
『あら!もうお帰り?じゃあお行儀よく待ってたレンちゃんにはご褒美をあげなくちゃね!』
と山のようにお菓子を渡された。
見ず知らずの人の前で〈拡張保管庫〉を使うのは憚られた為、今は両手に抱えた状態になっている。
「こんなに渡されても食べられないってのに……次来る時は外で待ってようかな」
「ははは…………それがいいかもねえ。一日で終わって良かったよほんと……」
ため息交じりの俺の言葉に、メリアさんは引き攣った笑いを返してきた。
長い闘いの末、受付のおばちゃんから聞けた話は、おおまかにこんな感じだ。
1.商売を始めるには、商業組合への登録が必須。登録費は小銀貨一枚。一年毎に更新料を支払う必要があり、銅級は小銀貨五枚、銀級は大銀貨一枚、金級は小金貨一枚。登録時に初年度の更新料も同時に支払う必要がある。
2.ランクが銅級、銀級、金級の三種類の分かれており、それぞれ持てる店舗の規模が変わってくる。銅級は露店のみ、銀級は小規模店舗、金級は大規模店舗まで。小規模店舗と大規模店舗の違いは、二階建て以上かどうか。一般的な商店は小規模店舗、二階建て以上の宿屋等は大規模店舗に当たる。
3.銀級以上であれば、要望を言えば組合が店舗候補の選定をしてくれる。
4.特許関係も商業組合で担っており、一点につき小銀貨一枚で登録が可能。料理のレシピも登録可能で、登録した商品については組合員に公開されるが、自身の店で販売するのは一定額の使用料を支払う必要がある。
「聞いた感じだと、初期費用が結構かかるね。俺達は食堂をやる予定だから。登録は銀級でよさそうだからまだいいけど」
「登録料と更新料はともかく、店舗の金額が怖いねえ。安くて良い場所があるといいけど……。あと地味に特許登録の金額が怖いかな……レンちゃんがどれだけレシピ持ってるか分からないし」
「いやいや。料理自体は色々知ってると言えば知ってるけど、調味料が足りなかったり、食べた事はあるけど作り方を知らない、とかがあるから、登録できそうなのはそんなにないよ?」
「…………なんか、嬉しいような、悲しいような、不思議な気分だよ」
……登録料がそんなにかからなそうで嬉しいけど、新しい料理が食べられないのは悲しいってところだろうか。
俺の作った料理を楽しみにしてくれてるみたいで、嬉しいな。
「まあ、一気に登録する必要もないし、色々試行錯誤してレシピは増やしていくつもりだから、楽しみにしててよ」
「ほんと!?わー!楽しみだなー!」
期待に沿おうとそんな事を言ってみたら、予想以上に喜ばれてしまった。
ゆっくりと模索しようと思ってたんだけど、ちょっと急がないといけなくなってしまったみたいだ……。
「う、うん。楽しみにしててよ…………。とりあえず、今日予定していた場所には行けたかな。おねーちゃんは行きたい所とかある?」
「ん?うーん…………特にないから、帰ろっか」
「はーい」
翌日。
ジャン達に〈拡張保管庫〉の仕様を確認する為に〈土竜亭〉にやってきた。
で、宿の扉を開けたら、何故か目の前にジャンがいた。
「来たなっ!待ってたぜ!よし早速部屋に行こう!」
若干血走った目で俺達を見るや否や、俺の手を掴んだ。
「ちょ!」
「うわわ!」
反射的にメリアさんの手を掴んでしまい、二人してジャンに引っ張られていく。
そして抵抗する暇もなく部屋に連行された。
「おい!来たぞ!」
バァン!とドアをぶち破らん限りの勢いで開けて部屋に入るジャン。もちろん俺達の手は掴んだままだ。
部屋にはパーティメンバーが全員揃っていた。揃ってはいるんだけど、なんか皆、机やベッドに突っ伏している。まさに死屍累々。
でもそれも一瞬で、俺達を見た途端、全員がガバッと身を起こした。
「あは!あははは!待ちわびたよー!」
「待ってましたよ!」
「ほらさっさとこっち来い!」
「ほらここにお座りになって!?」
「「ヒィ!?」」
おかしいくらいの熱烈歓迎を受けた。
全員、目の下に濃い隈ができているが、瞳は爛々と輝いている。怖い。
レミイさん、なんかずっとケタケタ笑ってる。怖い。
キース、顔色がゾンビみたいになってる。怖い。
レーメスとセーヌさん、表情は普通だけど、そのせいで瞳がギラギラ輝いているのが際立っている。怖い。
そっと横を、メリアさんがいる方とは逆方向に顔を向けてみる。
ジャン、さっきは血走った目のインパクトがすごすぎて気づかなかったけど、改めて顔を見てみると、やはり濃い隈ができている。そしてやはり目が血走っている。怖い
結論。皆超怖い。
「あ……」
余りに怖すぎて足の力が抜けてしまい、ペタン、とその場に女の子座りで座り込んでしまった。
板張りの床に直に座っているせいでお尻が冷たい。
………………あれ、なんだかあったかくなってきた。
「「「「「あー…………」」」」」
「レンちゃん!?大丈夫!?」
「あ、あはは……。ごめん、足の力が抜けちゃったみたいで……」
「いや、そっちじゃなくて……」
「……ん?どゆこと?」
メリアさんは俺の問いに言葉で答える代わりに俺を指さした。正確には俺の下半身の辺りを。
意味が分からなかったが、ゆるゆると頭を下に向け、固まった。
ホットパンツの股間部分が、ぐっしょり濡れてた。
俺、失禁してました。
……
…………
………………
「ぐすっ……ぐすっ…………ひぐぅ……」
「正直、すまんかった…………。徹夜明けでちょっとおかしくなってた」
椅子に座っている俺に対し、テーブル越しにジャン達が揃って頭を下げてきた。
自分が失禁してしまった事に気付いてしまった俺は、そのままの姿勢でボロボロと涙を流してしまった。
頭の中が真っ白になって、情けなくて、目が熱くなって、抑える暇も余裕もなく泣いてしまった。
俺の粗相を見た事で、ジャン達は正気に戻ったようだった。
入口付近でへたり込んでいた俺をメリアさんが優しく立ち上がらせ、部屋の奥に連れていく。
レミイさんが男性陣を部屋から叩き出すと同時に、セーヌさんは部屋を飛び出していった。
男性陣が部屋から出ていった事を確認してから、メリアさんは俺の衣服を脱がし、レミイさんが貸してくれたマントを羽織らせる。
セーヌさんがボロ布とお湯の入った桶を持って戻ってくると、それらを受け取ったメリアさんは、俺のマントを外して、お湯で濡らした布で俺の体を清めていく。
その間にセーヌさんは濡れた床を丁寧に拭いていき、レミイさんは俺の衣服を大きな布でくるんで見えないようにしてから、部屋から出ていった。
床を拭き終わったセーヌさんは自分たちの荷物を漁り、一枚の衣服を取り出してメリアさんに手渡す。
受け取ったメリアさんはそれを俺に着せる。が、誰かの私服らしく、体に小さな俺が着るとブカブカを通り越して、すぐさま脱げてしまいそうになる。
メリアさんは少し考えた後、服の端を縛る事で無理矢理サイズを調整した。
と、ここまでの事を、女性陣は一切の相談もなくやっていた。チームワークばっちりですね。
で、レミイさんが戻ってきたのに合わせて、男性陣も一緒に部屋に入ってきて、今に至るという訳だ。
俺?ずっと泣いて、されるがままだったよ。
俺自身も、あの程度で粗相するなんて夢にも思わなかったし、泣いてしまうなんてさらに予想外だった。
幼女の肉体に引っ張られたって事なのかもしれないけど、それにしたってこれはあんまりだろ……。
ちなみにレミイさんは俺の衣服を洗濯してきてくれたらしい。メリアさんに布袋を渡して、『家で干してね』って言ってた。さすがに乾くまではいないしね。
「…………」
メリアさんが無言でジャン達を睨んでいる。怒気がオーラとなって放出されているのか、背景が揺らめいて見える。
……ってやばい!これ怒気じゃなくて熱気だ!
慌ててメリアさんの腕を掴み、足元に置いてあった布袋に空いた手を突っ込む。
メリアさんが怒りのあまり放出していた熱を吸収していく。
お湯で拭かれた為、ほんのり湿っていた肌が一瞬で乾き、布袋の中から水蒸気が立ち上る。目から零れていた涙も蒸発していった。
やばい。これ以上熱の使う先がない。
このままだと、使い切れなかった熱で大惨事が起きかねない。
なんとか怒りを抑えて熱の放出を止めてもらうために、メリアさんの目を見ながら笑顔を見せた。
幸か不幸か、涙はすでに乾いているので、笑顔でもなんら問題ない。
「おねーちゃん、大丈夫だから。抑えて。ね?」
俺にいきなり腕を掴まれて何事かとこっちに顔を向けていたメリアさんは、俺の顔を見て、ちょっと気まずそうな顔をした後、一拍置いてから大きくため息をついた。そしてジャン達に顔を向けた。
「……あなたたち」
「「「「「は、はいっ!」」」」」
メリアさんに声を掛けられ、声をハモらせながら背筋をビシッと伸ばすジャン達。
「いくら行動が大人びてたって、この子はまだ子供なの。だっていうのに、あんな鬼気迫った様子で詰め寄ったりしたら怖がるに決まってるでしょ」
「「「「「はい…………」」」」」
今度は全員一斉にうなだれた。
「悪かったと思ってるなら、レンちゃんにちゃんと謝って」
「「「「「ごめんなさい……」」」」」
そして全員で俺に向かって頭を下げた。これまたタイミングピッタリ。仲良いな。あまりに揃った行動を取るもんだから、ちょっと笑ってしまった。
「……だって。どうする?レンちゃん」
「あー、うん、別に怒ってた訳じゃないし、いいよ」
メリアさんの放熱したら服も涙も乾いたし。
それ以前に泣いたのってジャン達が怖かったからじゃないし。言わないけど。
「っていうか、昨日はそんなに乗り気じゃなかったじゃん。なんでこんなにノリノリなの?」
「お前たちが帰って後、じわじわと〈拡張保管庫〉が手に入るって実感が沸いてきてな。あの後全員興奮しっぱなしで、徹夜で案を考えてたんだよ」
「て、徹夜……。そうだったんだ…………。じゃ、じゃあ、どんな形がいいか聞こうかな?」
「おう!」
……
…………
〈拡張保管庫〉の形状について聞き取りを行った。聞き取りの途中で決定したはずの内容について議論が始まったりしたが、なんとか要点をまとめる事ができた。
ウェストポーチのような形状が良いそうだ。あまり小さすぎると緊急時に取り出しにくいので、大きさはそれなり。できるだけ腰にフィットする形状が望ましい、との事だった。
徹夜で考えた割にはシンプルな内容だな。
「なるほどなるほど。で、容量のこの宿屋くらい、と」
「ああ。……どれくらいでできる?」
そんなに凝った形でもないし、そこまで時間はかからなそうだな。
ウェストポーチのサイズで宿屋くらいの容量となると、それなりに生地を重ねないといけないけど……うーん。
「んー………………。三日くらい貰えればできるかなー」
「「「「「三日!?」」」」」
多分二日でできるけど、一日余裕を持って提示してみたんだが、すげー驚かれた。
「え?遅い?でもさすがにこれ以上早めるのはきついんだけど――」
「逆です!速すぎますわよ!?」
「まじで!?まじで三日でできんの!?」
早かったらしい。まさか、セーヌさんに食い気味に言われるとは思わなかったわ。
「ま、まあ多分ね。でもあくまで目安だから、多少の前後は大目に見てよ?」
「全然問題ねえ!よしジャン金策行くぞ!ちょっと心許ねえんだろ!?」
「お、おう!じゃあ早速組合行って依頼漁るぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
レーメスの一言で金策に出る事が決定したらしい。
全員で息の合った返事の後、驚くべき速さで装備を整えると、競うように部屋から出ていった。
と、思ったら、ジャンだけ戻ってきた。
「じゃ、俺達は出てくるわ!完成したかどうかに関わらず三日後にまたきてくれ!」
「わ、わか――――」
「頼んだぜ!」
俺の返事を最後まで聞く事なく、再度ジャンが部屋から飛び出していった。
そして取り残される俺達二人。
「…………かえろっか」
「…………そだね」
商業組合に顔を出そうかと思ってたけど、今日はもういいや。
帰ってゆっくりしようっと。