第23話 ご飯食べた。
「どうぞ」
食堂、もとい補給室に到着し、席に座った途端に、待ってましたとばかりに目の前にコトッとグラスが置かれた。
「…………なにこれ?」
「回答します。こちら、補給物資となります」
「え?」
「え?」
目の前のグラスには、薄緑色の何かがなみなみと注がれていた。
あれ?俺達、食事にしようって言ってここ来たよね?
もしかして俺、いじめられてる?と考えながら隣の席のメリアさんに目を移すが、メリアさんの目の前にも全く同じ物が置いてあった。
何これ。とは言ったが、俺はこれに非常に似た物に見覚えがある。
俺がこの世界で目覚めた時に、大量に吐き出した物にそっくりだ。
「えーっと、これ、どうすれば?」
「ああ、主はホムンクルスではないので用途が不明なのですね。こちらはホムンクルス製造時に使用する培養液で、これを満たされた培養槽でホムンクルスは製造されます。生命の維持に必要な物質が潤沢に含まれておりますので、この分量を摂取すれば一日活動可能です」
ルナが懇切丁寧に説明してくれたおかげで、これは何?という俺の質問にも、どうすればいいの?というメリアさんの質問にも答えが出た。
あー、だからあの時腹いっぱいにこれを飲んでたわけね。
答えが出たから万事解決、とはいかないけど。
「ば、培養液……?摂取……?」
メリアさんが困惑しきった声を上げる。そりゃそうですよねー。
食堂で食事を注文して、薄緑色の液体が出されたら誰だって困惑するわ。
まあ、あの時と同じ物なら毒ではないし、とりあえずメリアさんを安心させようか。
「大丈夫だと思うよ?俺もしこたま飲んでたけど問題なかったわけだし。吐いたけど」
「吐いた?…………あぁー」
メリアさんも思い出したようだ。とりあえず危険ではないと判断したようで、別の事を聞いてきた。
「これ、どんな味なの?」
「あんな状況だったから、まったく覚えてない」
いやー、まったくこれっぽっちも覚えてないね。それどころじゃなかったしね。死にかけてたし。
全くの初見であるメリアさんに先に飲ませるのは可哀そうだし、俺が先に飲むか。
……
…………
うん。不味い。
例えるなら、……味のしない煮凝り?いや、魚屋さんの前で飲む味無しのゼリー飲料?
粘度はそこまで高くはないので、飲み込むのに苦労するわけではないけど、ちょっと生臭い。そして味がない。
旨いか不味いかでいうと確実に不味いんだけど、不味過ぎて飲めないってほどではないという、絶妙な不味さ加減。
「……どう?レンちゃん?」
無言でグラスを空けた俺にメリアさんが恐々といった様子で聞いてきた。
とりあえず言える事は、
「毒、では、ない」
「今聞いてるのそこじゃないよ!?」
俺の答えに、メリアさんの渾身のツッコミが入った。
いやだって、わざわざ用意してくれた人の前で、『不味い』なんて俺は言えない。
「質問します。お気に召しませんでしたか……?」
ルナがそんな事を聞いてくる。
相変わらずの無表情なのに、少し悲し気な雰囲気が出てる。
ほら!やっぱりこうなるんだよ!
「っ!?い、いや!そんな事ないよ!い、いただきまーす!」
ルナの悲し気な様子をメリアさんも感じ取ったらしく、慌ててグラスを掴み、中身を口に含んだ。
そして、ビクン!と体を痙攣させグラスを持つ手が止まる。
でもそれも一瞬。グビグビー!っと一気に中身を胃に流し込み、グラスをテーブルに置いた。
のど元過ぎれば~、というのを見事に体現している。
「ご、ごちそうさま……」
メリアさんちょっと涙目。
「質問します。浴場の準備にはもうしばらくかかりますがそれまで如何しますか?」
「え?」
「え?」
ルナの言葉に俺達は首を傾げ、それを見たルナも首を傾げた。
なんでもう食後の話になってるの?
まだ生臭いゼリー飲料をコップ一杯飲んだだけだよ?
食事でいうなら前菜にもなってないんじゃない?
「えーっと、食事はこれで、終わり?」
『そんな訳ないよねー』というニュアンスを含ませながらメリアさんが質問した。
それに対してルナは先ほどまでと逆方向に首を傾げた。
「質問します。不足でしたか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……。ルナたちも普段からこれ飲んでるの?」
「肯定します。朝の稼働開始時に補給を行っております」
「…………それだけ?」
「?肯定します。それ以上の補給は不要ですので」
「そう……」
横を向くとメリアさんも俺を見ていた。
メリアさんが何を言いたいのか手に取るように分かる。おそらくメリアさんも俺の言いたい事が分かっているだろう。
俺達は同時にコクリと頷いた。
「……まだお風呂の準備には時間がかかるんだよね?」
「肯定します。清掃は実施済みなのですが、湯の投入に時間がかかりますので、もうしばらくお待ちいただければ」
「うん。分かった。じゃあ俺達はその間に宿から荷物を持ってくるよ。ちょっと時間かかるかもしれないから、その間に部屋の準備とかもしてくれると嬉しいな」
「受諾します。畏まりました」
……
…………
俺とメリアさんはルナに見送られながら屋敷を出、イースの街に戻ってきた。
「とりあえず宿に戻って荷物を回収して、そのあとは――」
「「食材の買い出し」」
俺とメリアさんの声が見事にハモッた。やっぱり同じ事考えてたな。
「だね」
「うん。いくら一日活動できるようになるって言われても、あれはねー……」
ゼリー飲料の味を思い出したのか、メリアさんの顔が歪む。まあ、そんな顔になる気持ちは分かるよ。
「絶妙な不味さだったねえ。毎日の食事があれだけって考えただけで絶望するよ……」
「あの様子だと料理できるかも怪しいし、私が料理するしかないかー」
洞窟暮らしだった時は、料理はずっとメリアが作ってたからなあ。
メリアさん料理上手いし、俺は全くと言っていいくらい手を出してなかったんだけど、今回はちょっと趣向をかえてみよう。
「あー、んー……俺も一品作っていい?」
「え!?レンちゃん、料理できるの!?」
あ、そういう反応?
今までは割と美味しい料理ばっか食べてたから余り気にならなかったんだけど、あのゼリー飲料を飲んでから、前の世界の料理が恋しくなった。
不味い物を食べた反動なのかね?
「まあ、一人暮らしが長かったからねえ、多少はできるよ」
「いや一人暮らしって……ああー」
メリアさんは最初『何言ってんだこいつ』みたいな顔をしたけど、俺の出自について思い出したようで、納得したようだ。
「俺、実年齢おねーちゃんと大して変わらないからねー」
「そいえばそうだったねえ……本気で忘れてたよ」
「見た目こんなだし、しゃーない」
俺の冗談交じりの言葉にメリアさんは苦笑した。
「ははは……それじゃあ、お互いの料理に必要な物の買い出しをしようか!」
「おー!」
……
…………
………………
「質問します。食事……ですか?」
で、次の日にルナに『食事してみない?』と言ってみた返事がこれだ。
なんで次の日になったかというと、買い物に気合を入れすぎて、買い終わった段階で疲労困憊になってしまったからだ。
俺と一緒に料理をする、というのがメリアさんの琴線に触れたらしく、えらく精力的に買い物をしていった。
それに付き合ったせいで俺はヘロヘロ。メリアさんも買い物が終わった段階で電池が切れたようで、フラフラになっていた。
勢いに任せてかなりの量の食材を買ってしまい、これを持って帰らなきゃいけないのか、と二人して軽く絶望した。
〈拡張保管庫〉の存在を思い出して事なきを得たけど。
二人してそんな状況だったので、とても料理をする気にはなれず、準備してもらったお風呂に入ってさっさと寝てしまった。
疲労のあまり、久々のお風呂に感動を覚える余裕すらなかった。
「うん。多分だけど、今まであの培養液だっけ?あれしか口に入れたことないんじゃない?」
多分、とは言ってるけど、これはほぼ確信している。
一度でも普通の料理を食べた事があったら、あのゼリー飲料だけを飲んで生活なんてとてもできない。
「肯定します。あれを摂取すれば、日々の活動には支障ありませんでしたので」
合ってました。
「やっぱり……。そこで食事です」
「困惑します。食事と補給の違いが不明なのですが……」
ルナにそんな事を聞かれてしまった。
あー、食事と補給の違い、ねー……。うーん……。
「活動する為の活力を得る、って意味だと一緒なんだけどー…………あー、おねーちゃん?」
メリアさんが信じられない!って顔で俺を見た。
ごめんなさい。俺には上手く説明できないや。
「そこで私に振るの!?えーっと、えーっと…………食べてみれば分かるよ!うん!」
あ、メリアさんも断念した。まあ難しいよねー。
「質問します。そういうものなのですか?」
ルナの無垢な切り返しに、メリアさんは勢いで乗り切ることにしたようだ。
「そういうものそういうもの!で、どう?食事、してみない?美味しい物食べると元気になるよー!」
「肯定します。主がそう仰るのでしたら、我々も食事、を経験させていただきます」
乗り切った。勢いってすげえ。
「けってーい!じゃあ私とレンちゃんは厨房で料理してるから、いつも通りにしててねー。準備できたら全員【念話】で呼ぶからー」
「受諾します。畏まりました」
「じゃあ、いこっか。レンちゃん」
「はーい」
俺達はメイドさん達に料理の良さを知ってもらうべく、厨房へ足を運んだ。
……
…………
「これが、食事、ですか」
現在、食堂には屋敷で暮らす全員が揃っている。大きなテーブルに全員が腰掛け、それぞれの前には料理が乗った皿がいくつか置いてある。
今回はメリアさんが二品、俺が一品つくった。
「うん、私が作ったのはそんな手が込んだ物じゃないけどねー」
メリアさんが作ったのは何種類かの野菜と水で戻した干し肉を入れたシチューと野菜と豚肉の炒め物。
で、俺が作ったのは、
「俺が作ったのはコロ……クロケットっていう料理だよ。このソースをかけて食べてね」
そう、コロッケだ。買い出しをしている時に、ウスターソースっぽい調味料を見つけてビビッと来たんだ。
一口舐めさせてもらったけど、味も割と近かった。これならいける!と思って、前の世界で好物だったコロッケを作る事にしたんだ。
「これ、私も初めて見る料理なんだよね!楽しみー!」
あ、この世界に来てから一度も見てないからもしやと思ったけど、やっぱりないんだ、コロッケ。
「気に入ってくれるといいな。じゃあ、食べよっか」
まずシチューを一口。
煮込む時間があまりなかったから、野菜がとろける!という事はないけど、じんわりと体に染み込むような優しい味だ。
続いて炒め物。
何種類かの野菜と豚肉を炒めた物みたいだ。
野菜と豚肉の脂の甘みがあ互いを高めあっているようで、とても美味しい。
あと個人的に全体の味付けが少し薄めなのも嬉しい。
宿や食堂のメニューがどれも酒と一緒に食べる事を想定しているのか、味が濃い目の物が多い。
決して不味いわけではないけど、ずっと濃い味の料理を食べ続けるのは地味にきつかった。
「久しぶりに食べたけど、やっぱりおねーちゃんの料理は美味しいねえ」
驚くほど美味!ってわけじゃないけど、安心する味。食べるとほっとするんだよねえ。
俺の言葉にメリアさんは嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
「そう?あんまり手の込んだ物は作れないけど、レンちゃんにそう言ってもらえるのは嬉しいなー」
「さて、次は――――」
「レンちゃんの作った、クロケット?だっけ?このソースをかけるんだよね?」
「そうそう、あんまりかけすぎないようにね」
前の世界ではたまに作ってたから大きな失敗はしてないと思うけど、こっちの人の味覚に合うかは分からないから、ちょっと心配だ。
俺の不安を余所に、コロッケにソースをかけ、口に運ぶメリアさん。初めて見る料理なのに、全く戸惑うことなく口に運ぶのはある意味すごいと思う。
「はーい。……ほぁ!?あっふ!?」
で、余りの熱さに目を白黒させた。
ホフホフと口の中のコロッケをなんとか冷ましながら咀嚼し、目を輝かせた。
「何これ!ザクッてした!中に入ってるのは……芋?このソースも初めて食べる!甘酸っぱしょっぱい?変わった味だけど、クロケットにすごく合うね!」
お口に合ったようで何よりだ。内心ホッとしながら俺もコロッケを口に運ぶ。
「……うん、そこそこ上手くできてる」
パン粉は売ってなかったので、保存食の硬いパンを砕いて使った。そのおかげで、普通のコロッケよりザクザクとした歯触りが楽しめる。中の芋は完全にはつぶさず、多少の塊が残るようにし、アクセントにお湯で戻した干し肉を砕いて混ぜ込んだ。
胡椒があればさらに一味違っただろうけど、売ってなかったからしょうがない。
揚げる為の油もそこまで大量には手に入らなかったので、フライパンにちょっと多めに油を敷き。揚げ焼きっぽくしてみた。
色々足りない中で作った物としては、なかなか上手くいったんじゃないだろうか。
「……ん?」
ふと顔を上げると、ルナ含め、メイドさん達全員が、料理に手を付けずにこちらをじっと見つめている。
「どうしたの?やっぱり気に入らない?」
その様子を見て、メリアさんが声を掛けた。
「否定します。そういう訳では…………」
歯切れの悪い返事を返すメイドさん達の視線を目で追ってみると、俺達の手元に注がれているらしいことが分かった。
「……もしかして、食器の使い方が分からない、とか?」
「……肯定します」
ルナが首を縦に振った。他のメイドさん達も同様のようだ。
「あー、そっか。今まで使った事なかったんだもんね。えっと、まずフォークは――――」
急遽、メリアさんを講師にして食器の使い方講座が始まった。といっても基本的な使い方程度なので、数分で終わる。
正しいマナーなんて俺もメリアさんも知らないし。とりあえず、余りみっともなく見えない程度に使えればいいんだ。
「――――とまあ、こんな感じね。じゃあ早速食べてみようか」
ルナがコクンと頷き、料理に手を付けた。
初めて使った割には器用に食器を使い、コロッケを一口大に切り分け、口に運ぶ。
一口咀嚼した瞬間、ビクン!と大きく体を震わせ、全身の動きが止まる。
「………………」
数秒完全に停止した後、口だけが再起動し、咀嚼を再開する。
ゆっくりと咀嚼を繰り返した後、ゴクッと白い喉が動くのが見えた。
そこからは早かった。
両手が驚くほどの速さで動き、コロッケを切り分け、突き刺し、口に運ぶ。
口に入れたコロッケを一切止まることなく咀嚼し、飲み込んでいく。
その様子を見ていた他のメイドさん達も、恐る恐るといった感じでコロッケに手を付け、後はルナの行動の焼き増しとなった。
「あ…………」
本当に無心で食べていたようで、皿の上のコロッケがなくなった事に気付いた時、ルナは一目で分かるくらい悲しそうな顔をした。
その様子が普段のルナの態度と余りにかけ離れた可愛らしさで俺達はつい笑みを浮かべてしまった。
「クロケットはまだたくさんあるよ。お代わり、いる?」
「…………肯定します」
「分かった。持ってくるね。他の皆は……聞く必要なさそうだね」
俺達以外全員の皿は完全に空になっており、俺に向けて、無表情ながらキラキラした視線を送ってきている。
「レンちゃんがクロケットのお代わりを持ってくる間に、私が作った料理もどうぞ!あれと比べられるとちょっと困るけど、そこそこだと思うよ!」
苦笑しながら厨房に向かう俺の背後から、メリアさんの声が聞こえる。
結局、メイドさん達全員がシチューと炒め物を一回ずつお代わりし、コロッケに至っては一人当たり五個ほど食べた。
で、食べ過ぎで、全員しばらく食堂から動けなくなったのだった。