第197話 サフィアさんの本性を知った。知りたくなかった。
花粉症で頭が回らないので、色々おかしい所があるかもしれません、ごめんなさい。
花粉なんてこの世からなくなってしまえばいいのに。
王女様より、友達感覚で接するように言われました。でもちょっと距離感を間違えると首と身体が泣き別れになる可能性を孕んでいる、割とデンジャラスなミッションでした。どうも、レンです。
いくらこの身体が正確には人間じゃなかったとしても、さすがに首と身体が離れたら死んじゃうだろうし、細心の注意を払っていかないとな。……細心の注意を払わなくてはならない友達感覚とは如何に。
そんな感じで食後の休憩も無事? 終了し、いざ出発! と部屋を退出する。王女様を先頭に、半歩下がった両サイドをサーガさんとメリアさんが固め、殿は俺が務める形だ。
まあ、一番襲撃がやりやすいタイミングだったはずの昨晩に何もなかった事からも分かる通り、ここは安全らしい。何事もなく建物から出る事が出来た。
「おはようございます殿下。ご機嫌麗しゅう。昨夜は良くお眠りになられましたか?」
「おはようございますサフィアさん。はい。とても快適な一夜でした」
ドアを開けて建物から外に出たタイミングで、横からちょっと懐かしい声が。
声がした方向へ首を巡らせると、そこにいたのは今の王女様と同様、三方向を護衛の騎士に守られたサフィアさんだった。
「メリアさん、レンさんも、おはようございます。良い朝ですね」
「え、あ、はい。おはようございます。そうですね…………」
サフィアさんからにこやかに挨拶され、俺もそれに応えるが、ありきたりな返事とは裏腹に、心中穏やかではない。
そうだ、そうだよ。俺達の依頼は表向き、侯爵様の奥さんであるサフィアさんの護衛なんだった。
それなのに、出発前に軽くお話して以来、完全に放置してしまっていた。同じ馬車に乗っていたにも関わらずだ。…………同じ馬車に乗っていたのだから、最低限の働きはしている、と取る事も出来るが、宿に着いてからは部屋も別だったようで、その言い訳も通用しない。
うわー、まじか。護衛対象を放置するとか、俺、そんなに人でなしだったのか……。
…………いや、俺だけじゃない。メリアさんも同じだったみたいだ。サフィアさんを見ながら驚愕と困惑、罪悪感が入り混じったような表情を浮かべている。…………二人揃ってとか、護衛失格じゃんか。
俺が自身の失態に凹んでいると、サフィアさんがおもむろに俺の頭に手を乗せ、優しく撫で始めた。
「そんな顔しなくても大丈夫ですよ。……貴族の妻というのはね? 基本は夫を立てて目立たず、ここぞという場面では思いっきり視線を集めるのが理想なの。私、自分で言うのもなんだけど、そういうのが結構得意なのよ」
サフィアさんは俺に合わせてなのか。口調を崩しながらそんな事を言いつつ、茶目っ気のある表情でウインクを投げ掛けてきた。
のだが…………。
いやいやいやいや。それが本当だったとしても、すぐ隣にいた俺達から認識されなくなるレベルの気配消しは不要でしょーが。むしろそのレベルが必須とか言われたら怖すぎる。貴族の集まりとかあったらどうなっちゃうんだよ。暗殺者の集まりかって。
しかもこの人、いつの間にか俺の隣まで移動してきているし……。俺、王女様の後ろに立っていてサフィアさんからは一番遠い位置にいたんだけど? にもかかわらず、頭に手を置かれるまで、マジで気づかなかったんだが……。
護衛していた騎士の人達もすっげえ驚いてるじゃん。
そんな中、王女様とサーガさんだけは事情を知っているのか苦笑いを浮かべている。
「言っている事に間違いはないですが、あなたが特別なだけですからね? 目立たないと言っても、夫の一歩後ろに立って不必要に出しゃばらない、程度が普通です。あなたのように目の前から消えたと思われる程気配を消す、なんて芸当、誰も出来ませんし、必要ありません」
「はい。貴族の皆様が全員サフィア様と同じ事が出来てしまったら、我々護衛の存在価値がなくなってしまいます」
……ああ、良かった。気配遮断が貴族の必須技能という訳ではないらしい。
しかし表向きの物とはいえ、護衛対象を見失って放置した、という事実に変わりはない。今日からは王女様だけでなく、サフィアさんも全力で護衛しなくては…………っ!?
「ちょちょちょちょ!? どこ!? どこいったの!?」
言った傍から消えたんだけど!? なんなんだあの人! 一瞬、意識の中心をサフィアさんから王女様達に移しただけなんだが!? あの人実は幽霊的なサムシングだったりするんじゃないか!?
「レンちゃん! あれ!」
メリアさんの指差す方へ慌てて視線を向けると、その先には馬車が。そして――――
「さ、行きましょう殿下。随行の者たちを待たせてしまっていますよ?」
「え? ですが……」
「大丈夫ですよ。どうせ同じ馬車に乗るのですし、彼女達なら多少離れてても護衛を立派に果たしてくれますよ」
「ちょおおおおお!? 何先に馬車に向かってるのおおおお!?」
「殿下!?」
俺達から離れ、馬車へ歩を進めているサフィアさんと王女様。なんとあの気配消し、自分以外も対象に出来るらしい。
俺達とサーガさんは置いてけぼりを食らい、慌てて馬車へ向かって走る事となった。
サフィアさん、フリーダム過ぎる……!
「ウフフ。見てください殿下、三人のあの慌てよう。可愛いですねえ……」
「良い趣味してますね……。程々にしてあげてくださいよ? 彼女達は我々の護衛としてこの場にいるのです。その仕事が全うできなかったなんて事になったら、後々色々な所に影響してきそうです」
「それはもちろん、存じてますわ。ちょっとしたお遊びですよ。……別に、自分から気配を消してたとはいえ、全く相手にされなかったのがちょっと寂しかったなんて事はないですからね。ええ」
「完全に自業自得じゃないですか……」
聞こえてるぞ、サフィアさん……! なんて、なんて傍迷惑な!
そんなサフィアさんの新しい、そして非常に厄介な一面を骨身に沁みさせられながら俺達三人が馬車に乗った所で、大して時間を置かずに馬車が走り出した。俺達の搭乗待ちだったらしい。
さて、これからまた馬車に揺られつつの和やかな旅が再開される……のはちょっとだけ先だ。
「サフィア様。さすがにお戯れが過ぎます。我々の目の届く距離とは言え、あまり離れられてしまいますと、いざと言う時にお守りするのが遅れてしまいます。大体ですね――――」
サーガさんによる、サフィアさんへの苦言、もとい説教タイムである。いいぞもっとやれ。
表向きはクールな表情で、しかしこめかみにビキビキと青筋を浮かべたサーガさんが訥々と語っているのだが、当のサフィアさんには微塵も効いた様子はなく、俺の背後でニコニコ笑顔である。
そう。背後だ。俺は今、サフィアさんの膝にお座りしている。そして今回は、求められてではなく、自分からこの位置に陣取った。理由は簡単。護衛、もとい監視の為だ。
監視なら、本当は向かい合わせに座った方が常時視界に入れる事が出来るので都合が良いのだが、この人、技術なのか魔法なのか知らないが、目の前に居ても消えるからな。
その為、視覚に頼らない監視方法を取る必要があり、視覚に頼れないなら、他の感覚を使えばいいじゃない。という事で、触覚に頼る事にした結果がお膝にチョコン、である。さすがに常時触れてれば見失う事はないだろう。ないと思いたい。
サフィアさんがニコニコ笑顔なのも、この旅におけるマスコット枠である俺を独占出来ている為と思われる。めっちゃナデナデしてくるし。
俺も、身体的な居心地は非常に良い。メリアさんと違って防具を着けていないので、背中に感じる感触が非常に柔らかいのだ。長旅で疲れないようにか、服も、ちょっとだけ薄目な柔らかい生地を使っているようで、色々と良く分かる。
……ふむ。何がとは言わないが、サフィアさんもなかなかの物をお持ちで。柔らかさならメリアさんより上かもしれない。ふにゅんふにゅんである。
しかし、そんな身体的な気持ちよさとは裏腹に、精神的には非常に居心地が悪い。
お説教を受けているサフィアさんの膝に座っている為、必然、サーガさんとサフィアさんの間に俺が居る事になる。その為、俺自身が説教を受けている気分になってきてしまうのだ。背後のサフィアさんから反省の気配が全く感じられないのも、それに拍車を掛ける。
しかし、離れるとその瞬間に消えてしまいそうで、うかつに離れられない。なんという板挟み。
「――――この件につきましては、閣下へお話させていただきますので、そのつもりで」
そんな俺の状況を察したのか、サーガさんはこの場での説教は切り上げ、侯爵様へ所業を告発する方向にシフトしたらしい。
賢明だと思う。確かにこのまま続けても糠に釘っぽいし、その方が効果がありそうではあるよね。
「そ、そんな…………。あの人に知られたら…………二人目が出来ちゃうわ」
「「「「ブフーッ!」」」」
な、な、な、なにを言ってるんだこの人!?
「あら、皆揃ってどうしたんです? あ、聞きたいですか? さすがに、睦事についてお話するのは恥ずかしいのですが……」
「「「「結構です!!!!」」」」
この人、ママじゃなくて小悪魔だ!
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