第196話 九死に一生を得た。依頼の難易度が上がった。
結局、王女様はラタトゥイユを完食した。まあ、味はそこまでお気に召さなかったようだが、俺が料理を出す前に話した、栄養不足で起こる症状を思い出したらしい。
そして現在。
今は食後、出発前にお腹をこなれさせる為に部屋でマッタリ中で、俺としては本来、腹が膨れてさらに眠気が増し、必死に重い瞼と格闘するであろう場面なのだが、あいにくお目々はパッチリだ。
その理由は、そう。つい先ほどの王女様への対応である。
あの時は眠気の所為でイライラマックスで、随分子供っぽい態度を取ってしまった。
ぶっちゃけ今この場で首を落とされてもしょうがないのではなかろうか? 実際、昨日までは俺を猫かわいがりしていた王女様も、今は俺から少し離れた場所に一人で座っている。その表情には怒りや恐怖は浮かんではいないように見えるが、今回の事で俺に対して悪感情を持ったとしても何もおかしくはない。
だが、この場で王女に一番近い立場の近衛であり、俺を処断する当事者になるであろうサーガさんは、その手に剣を握っているなんていう事はなく、食事前と変わらず扉の横に立って警備を続けている。
俺も死にたくはないので、実際にそうなってしまった際は全力で抵抗する所存ではあるが、事前確認はしておいた方が良いだろう。主に俺の精神的な負担的な意味で。
「あの……サーガさん?」
「はい? なんでしょう?」
内心戦々恐々としながら話しかけるが、サーガさんの俺への対応は極普通の物だった。多少緊張感は持っているようだが、それは休憩時間とはいえ護衛の最中なのだから当然ではある。
「えーと…………。サーガさんは怒ってないんですか?」
「…………? 怒る、とは? 私が何について怒ると?」
小首を傾げながら聞き返すサーガさんは、俺の言っている事の意味が良く分かっていない、という様子を見せた。
しらを切っている……? いや、そんな事する必要ない、よな? …………あれ? もしかして、怒ってない?
…………いや、そう決めつけるのはさすがに早計だ。俺の想像できないような理由で、この場では処断できないので、とりあえず泳がせておこう、なんて魂胆なのかもしれない。
藪蛇になってしまうかもしれないけど、ここは白黒ハッキリさせておかないと。
ストレスでハゲちゃいそうだ。
「……先ほどの王女様への態度の事です。さすがにちょっと酷すぎたかな、と……」
「ああ。その事ですか」
俺の質問の意図を理解したサーガさんは小さく頷き、薄い苦笑いを浮かべた。
「確かに、相手が王女殿下とは思えないような対応でしたね」
「そ、そうですよね…………」
やっぱり、サーガさんからもそう見えるか。まあ、普通に誰から見てもそう見えるよなあ。
ここで話を切り上げたい気持ちに囚われそうになるが、それでは意味がない。今のサーガさんの回答は予想出来ていた事だし。
俺は、いつでも【金属操作】と【身体強化】が使えるように意識しながら、質問の核心部分に触れた。
「…………という事は、俺はこれから処罰されたり、するんですか…………?」
…………とりあえず、サーガさんの初撃は結界で防ぐだろ? その後メリアさんのいる場所までダッシュ。即【いつでも傍に】で離脱だな。
その後は家族全員に軽く事情を説明して逃亡、かなあ。
あーあ。全部やり直しかあ。俺の不手際で皆に迷惑掛けちゃうなあ。いくら謝っても謝り切れないなあ。
新天地がどこになるかは分からないけど、国レベルで移動しなきゃいけないよな。言語とかも違うんだろうなあ……。一から勉強し直しかあ。
大変だけど、原因は俺にあるから、全員が普通の暮らしを送れるように頑張らないと……。
説明する時間はないだろうから、ジャン達とかクリスさんには組合経由で伝えるしかないな。いきなりいなくなってビックリするだろうなあ。申し訳ない。
――――とまあそんな感じで、自分で聞いておきながら半ば現実逃避をし、今後の逃亡プランについて考えつつも、いきなり切り掛かられても反応出来るよう、サーガさんの一挙手一投足に注意を払っていたのだが……。
「アハハハハハハ!」
いきなり大爆笑された。え? 何? どういう事? 今の話に笑える箇所なんてなかったよね?
「す、すみません……。あまりに素っ頓狂な質問だったもので……ククッ! ご、ごめんなさい……。笑いすぎて、な、涙が……」
泣く程!? そんなにおかしいか!? 一般人の感覚としては普通だろ!?
「ハァ……ハァ…………ふう。よし。落ち着きました。それではレンさんの質問にお答えしましょう。…………その前にメリアさん。そんな、子猫を守る母猫みたいな目で見ないでください。私は何もしませんよ。大丈夫ですから」
ようやく落ち着いて、涙を拭ったサーガさんの言葉に振り返ると、メリアさんが重心を下げた体勢で構えを取っていた。腕輪で吸収しきれない熱で周囲の空気が歪んで見えるし、目つきもヤバイ。誰から見ても臨戦態勢である。しかもかなりガチ。
「おねーちゃん。とりあえず話を聞こう? サーガさんも言ったでしょ? 俺は大丈夫だから」
実際、事前に結界が張れる状況であれば、俺を一撃で殺すのはかなり難しいと思う。逆に言えば、俺の防御手段は全てマニュアル操作であるが故、不意打ちには滅法弱いのだが。そんな訳で、現在結界を展開中でございます。
念のためだよ? 変な意図はないよ? サーガさんを信じてない訳じゃないよ? いや本当に。
「……………………ん。分かった」
俺の言葉に偽りがない事を、得意の読心術で把握したメリアさんは構えを解いた。でも下げた重心はそのままだ。完全に警戒は解いていないようである。まあ、こればっかりは仕方ないね。サーガさんもこれくらいは許してくれるでしょ。
「すみません。お待たせしました。お願いします」
「いえいえ、メリアさんの反応は極普通の物ですから、気にしてはいませんよ。……それでは改めまして。レンさんを処断するかについてですが」
サーガさんはそこで一呼吸空けた後――――
「結論から言いますと、あの内容で私がレンさんを処断する理由にはなりません」
――――と言った。
「「はあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」」
その瞬間、二方向から放たれるクソデカため息。もちろん俺とメリアさんである。
「ご安心いただけたようで何よりです。では一応、理由についてもお伝えしましょう」
俺達の様子に薄く微笑みを浮かべたサーガさんは、そのまま言葉を続けた。
「これはご存じかもしれませんが、我々近衛は、ある程度独断で相手を処断する権利があります」
ご存じですとも。だからこそ今回の質問があった訳だし。
「その権利は相手の身分に関わらず存在する物ですが、それは主、今回で言えば殿下ですね。殿下の身に危険が及ぶ可能性が極めて高い場合と、あからさまな侮辱をされた場合のみです」
へえ。そうなんだ。なんかちょっと侯爵様の言ってた内容とズレがあるような気がしなくもないけど……。侯爵様が、俺達を脅かす意味でちょっと誇張表現したのかもしれないな。あの人ならやりかねない。
「それを前提に置いての今回のお話ですが……。レンさんの言葉は確かに強かったですが、それは殿下の体を慮っての物であり、殿下を不当に貶める内容ではないと私は判断しました。よって、独断で処断する事はありません」
おお……。断言した……。助かる。ここで曖昧な表現にされると悶々としちゃうからね。そこらへんも考えてくれた上での断言だろうな。
「後は、殿下自身が命令してきた場合には、基本的に我々は拒否する事は出来ません。なので、殿下に処断せよ。と命じられれば、私としてもやらざるを得ないのですが……」
そこで俺達三人の視線が、王女様へと集中する。突然の事だったはずだが、立場上、見られる事に慣れている王女様は微塵も驚いた様子を見せない。
「そんな事、命じるはずがないじゃないですか。王家そのものや、私個人を貶めた訳でもありませんし。私、そこまで狭量ではありません」
「との事です。よって、私があなたを処断する事はありませんのでご安心を」
あー、良かった。サーガさんも王女様も、頭が柔らかくて助かったよ。
でも、危ない橋を渡った事は確かだからな。これからは相手の立場が滅茶苦茶高い事を常に意識した対応をするように心がけないと……。
「ですので、態度を改める必要はありませんからね? 目に余る事があれば、その旨をお伝えしたうえで一度だけ許します。それ以降、多少気を付けていただければ結構です。今まで、私にああいった事を言ってくる方はおりませんでしたので、とても楽しかったですわ。是非今後も、あの距離感でいてくれると嬉しいです」
へりくだるより難易度の高いオーダーが来た。
……まあ、あれだな。多分、友達感覚に近い感じで接すればいいんだろう。悪友とかじゃない限り、相手を貶すなんてそうそうしないし。
王女様からのお願いだし、よろしくやるしかないか。一回は許してくれるみたいだしね。
…………ドンドン難易度がハードモード寄りになっていっている気がするんだが、気のせいだろうか?
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