第195話 地獄の拷問を受けたけど、なんとか乗り切った。
Twitterの凍結が解除されなあああああああいい!!(絶叫)
確かに俺はサーガさんに、王女様の愛玩動物、もとい身辺警護を任された時、全力で職務を全うする、とは言った。ああ言ったさ。それについてとやかく言う気はないし、今でもその気持ちは変わらない。
「んゅ~…………」
「でもさ、さすがにこれは想定外にも程があるだろ…………」
俺は口の中で愚痴ってから、小さくため息をついた。
そんな俺は今ベッドの中で、王女様に両手両足をフルに使って抱き付かれております。抱き枕かって。
想像してみてほしい。件の王女様、寝巻として薄手の服を着ているから、身体の柔らかさとか子供特有の高めの体温とか、トクン……トクン……と、ゆっくり脈打つ心音とかがダイレクトに感じられるし、肌はすべすべで気持ちいいし、ちょっと横を向けば、精巧な人形かと疑う程に大変整った王女様のご尊顔が目と鼻の先だ。極めつけには、寝息が顔とか首元に掛かってちょっとくすぐったい、とかいう事態まで発生しているのだ。
羨ましいと思うだろ? でもぶっちゃけ、かなり辛いんだ。
相手が子供なのと、俺自身性欲的な物がなくなってしまっているから、ソッチ方面は問題ないんだが、別方面がね?
考えてもみてほしい。まず第一に、俺は今寝不足だ。少し眠らせてもらいはしたが、それは揺れる馬車の中での事。快眠には程遠い。
そこへ持ってきて、すぐ隣に超熟睡中の王女様がいるんだ。その安らかな寝顔と規則正しい寝息に釣られて、俺にも眠気が襲って来るんだよな。
ガッチリ抱きしめられてて身動きも碌に取れないから、身体を動かして眠気を誤魔化すって手段も使えない。
そんな、夢の世界への超特急チケットが目の前に掲げられていて、ちょっと手を伸ばせば掴む事が出来てしまう状況。俺も誘惑に負けて一緒に寝てしまいたい衝動に駆られる訳だが、寝る訳にはいかんのよ。俺、これでも護衛なので。うん。生きた抱き枕化させられているような状況でも、一応護衛なんだよ。
もうあれだよね。一種の拷問だねこれは。俺はいつまでこの状況に耐える事が出来るのか。
……
…………
「そろそろ起床時間ですね。レンさん。殿下を起こして――――大丈夫ですか?」
全身の力を全て注ぎ込む気概で目をかっ開き、【身体強化】を発動するくらいの気持ちで歯を食いしばって、絶え間なく襲い来る睡魔との一進一退な攻防を繰り広げている中、天からの救いの声、ならぬ、頭上からサーガさんの声が聞こえてくる。やっと、やっとこの地獄から解放されるのか。長かった。まじで長かった……。
そして、俺の顔を見た瞬間、言いかけていた言葉をキャンセルして、安否の確認をされてしまった。そんなに表情に出てるのか。まあ、それに関してはしょうがないと言えばしょうがないよね。それだけ熾烈な争いだったんだから。
「はい…………。そんなに酷い顔してます?」
「ええ、まあ、人によっては、そう見えなくもない、というか、なんというか……」
でもちょっと心配になって、聞き返してみると、なんとも煮え切らないお返事をいただいた。そんな口ごもる程かよ。どんだけだよ。
そこで、変わらず窓の側に立って警備を続けていたメリアさんが、俺とサーガさんのやり取りを聞きつけて近づいてきた。
「おはよー。って言っても、レンちゃんは寝てないか………うーわ。これまたひっどい顔だねえ」
ベッドの横に達、俺の顔を覗き込んだ瞬間これである。サーガさんと違ってメリアさんは直球だ。
「そこまで? ちなみにどんな感じなの?」
まあ、それなりにヤバイ顔をしているであろう事は俺自身も分かるのだが、鏡がないので客観的な観察が出来ない。
という事で、第三者に意見を求める事にしました。
「そうだねえ。かなり酷いねえ。目は真っ赤だし、隈はすごいし、顔色が青白いし。心なし頬がこけたような気も…………?」
まじかよ。それ、ただの寝不足のレベルを超えてない? 半分死人みたいになってんじゃん。
っていうか、メリアさん俺より寝てないはずなのに、全然そうは見えないな。やっぱ体力なのか?
「ここまで顔に出るとは予想外です。このままだと殿下に要らぬ心配を掛けてしまいますね。少しは良くなると思いますので、顔を洗ってきてください。殿下は私が起こします」
確かに、俺の見た目が二人が言ってる通りの有り様だとしたら、王女様が不安に思っちゃうかもしれないしな。いや、むしろ怖がるレベルかもしれん。
って事なので、サーガさんのお言葉は大変有難く、私としても全力でその任務を全うしたい所存でございます。
だけどね?
「えー、ガッチリ抱き締められてて、起きられないです……。どうしましょう?」
「「…………」」
そ、そんな顔で見ないでよ! 俺のせいじゃないじゃん!
……
…………
結局、王女様があまりにしっかりと俺に抱き着いているため、起こさずに引き剥がすのは無理、という結論に達し、先に王女様を起こす事となった。
そうなると必然、王女様は二人から太鼓判を押されるような酷い顔の俺と鉢合わせる訳で。
「キャアアアアアア!? ば、化けも……じゃない!? レンさん!? レンさんなんですか!? どうしたんですかその顔!? 大丈夫なんですか?! 生きてますか?! 私が寝ている間に一体何が……?!」
まあ、こうなる。にしても初見化け物扱いの後、『生きてますか?!』と来ましたか。先ほど冗談で半分死人、とは言ったが、本当に死人に見えるくらいなのか。
まあ、起き抜けにショッキングな物を見させられた王女様はお目目パッチリ。スムーズに着替え諸々の朝の準備を済ませた。普段、王女様は朝に弱く、行動を開始するまで結構時間がかかってしまうタイプだそうで、サーガさんにちょっと感謝された。全然嬉しくない。
同時に、自由の身になった俺も濡らした布で顔をゴシゴシと拭いてちょっとだけ眠気を覚ました。それから寝巻代わりのワンピースっぽい服から冒険者装備に着替えた(寝る気満々じゃん。とか言わない、ゴワゴワした服のままでいたら、王女様が嫌がるだろ)。
そこで、見計らったようなタイミングで従業員の人が朝食を運んできて、『なんだこの人たち、エスパーか!?』なんて思ったが、前もってサーガさんが依頼していただけらしい。そりゃそうか。
そんな感じで朝食な訳だが…………。そういえば、昨日もこんな感じで部屋で食事を摂ったけど、こういう時って街のトップが高速揉み手しながら、見栄全開の高級料理でおもてなしするもんじゃないのかね? というか、宿に着いてから一歩も外に出てないし、来客すらないんだが?
「ああ、それはですね、こちらから丁重にお断りしているんですよ。本来ならばレンさんの仰る通り、殿下をもてなす為の大規模な宴が開かれます。もちろんそういった話もいただいておりましたが、今回は事情が事情ですからね。その代わり、道中の食材や宿泊場所を提供いただいている、という感じです」
疑問に思ったので食事中にサーガさんへ聞いてみた所、返ってきた答えはこんな感じだった。
…………うん。まあ、言いたい事は分かった。分かったんだが。俺達が〈事情〉とやらを知っているかのような言い方は止めていただきたい。俺達は何も知らないし、知りたくもないんだ。侯爵様の所為でなんとなく想像が付いちゃうけれど、俺達は知らぬ存ぜぬのスタンスは維持し続けるぞ。
「うう……。これ、お肉が入ってないです」
当の王女様は、目の前の皿の中を見て渋い顔をしながら何やら宣っているので、無視なんて酷い事はせず、懇切丁寧に言葉を返していく。
「宿の料理に嫌という程入ってたじゃないですか。あれだけ食べれば十分でしょう。まあ嫌なら食べなくていいです。むしろ口を付けないでもらえれば、そのまま他の人に渡せるんで助かります。ありがとうございます」
「なんで食べない事が確定しているんですか。…………レンさん。なんか今日、私への当たりが強くないですか? 昨日まではそんな事なかったはずですのに……」
ことの発端となっている皿には、今回俺が提供した料理が入っている。メニューはラタトゥイユだ。
ラタトゥイユは玉ねぎ、ナス、ピーマン、ズッキーニ等の野菜類をニンニクとオリーブオイルで炒めた後、トマトとワインを追加して煮込んだ料理。割とお手軽な割にオシャレなので、自分で作ったり、お店で食べた事がある人もそこそこいると思う。俺も前の世界でたまに作っていた。
そしてこのラタトゥイユ。王女様の言う通り肉が入っていない。いや、王女様への当てつけとかじゃなく、入れないのが普通なのだ。
ついでに言っておくと、別に王女様へ当たりが強くなったわけではない。それなりの時間一緒にいた事で打ち解けただけである。断じて、俺が必死に眠気と戦っている中、隣でスヤスヤ寝ていた王女様に怒りを覚えている、なんて事はない。全くない。
「うううう…………。侯爵のお屋敷で食べたビーフシチューが食べたいです。あっちならお肉も入っていて美味しいのに……色も似ているし」
「残念ながらビーフシチューは在庫がないので、出す事は出来ませんね。というか、食べてもいないのに『美味しくない』みたいな言い方は止めていただきたいのですが」
「ご、ごめんなさい。…………やっぱり、当たりが強くなってます。私、王女ですのに……」
王女様に直接害を及ぼす事でない限り不敬と捉える事はしないって聞いてるからね。不必要な遠慮はしないよ?
……ん? あれって馬車内だけの話だったっけ? まあ、馬車内も室内も大して変わらんだろ。
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