第194話 愛玩されている内に本日のお宿に着いた。
提供したカツサンドは王女様とサーガさんにとても好評で、美味しい美味しいと食べてくれた。二人とも、直前に食事を摂ったばっかりのはずなのに、残す事なく綺麗に完食していたよ。
それ自体は嬉しい事なのだが、カツサンドに味を占めた王女様から、毎食何かしらの料理を提供するよう打診されたのには困った。
「お願いしますわ」
「いやまあ、まだ料理とか食材はあるんで、出来ない事はないですが……。サーガさん、そういうのっていいんですか? 王女様が食べる料理って、毒味が必要なんですよね?」
実際、さっきの食事もやってたしね。
「はい。もちろん必要です。ですのでその際は、私がしっかりと毒味の上、殿下へ提供させていただきますので気にしなくても大丈夫ですよ」
「あー、はい。そうですか。分かりました」
いや、なんで毒味でそんなに嬉しそうなんだよ。ちょっと語尾が弾んでたぞ。この人あれだ。毒味にかこつけて、まともな食事を食べようとしてるな。
「…………ですので、殿下に提供いただく料理は、心持ち多めにお願いします」
しかもちゃっかり自分が食べる分まで確保してきた。なかなかに図々しい。
「了解です。…………旅の間に消費した食材の代金、依頼料に上乗せしてくださいよ?」
「ええ、それはもちろん。楽しみにしていてください」
言質取ったぞ? 俺、そこらへんは忖度しないからな?
……
…………
そんなこんなで食休みを少し挟んだ後、旅が再開。途中一度の小休憩を挟んだ以外は止まる事なく馬車は走り続け、あっという間に一日目の目的地(らしい。サーガさんが言ってた)に到着した。
うん。到着したんだ。何事もなく。現在はすでに馬車は停止しており、出迎えの準備が終わるまでの待機時間である。
小説とか漫画でありがちな、襲撃も、馬車の故障も、なにかしらの理由によって道が塞がれていて通行出来ない、といった事件も何もなく、とてもスムーズに。
その間、俺達が何をしていたかというと、言わずもがな、王女様やサーガさんとの談笑だ。それはもう、とても和やかに。
なお俺はその間中、他三人に乞われ、順番に各人の膝の上に座ったり、抱っこされたり、ナデナデされたりしていた。完全にマスコット扱いである。
…………今回の依頼、本当に護衛なのだろうか? 道中の暇つぶしが欲しかっただけじゃないのか?
そんな風に、依頼内容について疑問を感じていると、扉がノックされる音が馬車内に響いた。
「準備が出来たようです。私が先に降り、その後に殿下が続きますので、お二人は殿下の背後に付いてください」
ノック音が聞こえた瞬間、サーガさんはオフモードから騎士モードへ一瞬で移行し、クールっぽい声音で俺達に告げた。
うん。現在進行形で俺を膝に乗せて撫でている人には(少なくとも首から上は)見えない。
「「はい。了解です」」
まあ俺は空気を読める幼女なので、無言で膝から降りてメリアさんの隣へ移動。真面目な表情で頷いた。
空気が読めるから、膝から降りた瞬間に、背後から『あ……』なんていう寂し気な声なんて聞こえてないのだ。メリアさんの隣に座って前を向いた時には、声に合ったキリッとした表情だったので何もおかしい所はない。ないったらない。
……
…………
サーガさんの言う通りの順番で馬車から降り、周囲の警戒を行ったのだが、本当に何事もなく建物の中に入る事が出来た。襲撃の素振りも何もなかった。
ちなみに今回のお宿はこの街(名前は聞いていない)最高ランクのお宿だそうだが、一日建物丸ごと貸切っており、従業員以外の外部の人はいないらしい。さすが王族。まじパネエ。
「ふう。……やはり、しっかりとしたお部屋に入るとホッとしますね。馬車もそれなりに快適ではあるのですが、やはり振動等は気になってしまって落ち着かないです」
割り当てられた部屋に入った王女様は、備え付けられているソファに腰かけて開口一番そう言った。
「そうですね。まだ一日目ですが、旅程は順調です。明日以降もこの調子で行ければ良いのですが……」
「大丈夫ですよ。付いてきてくださっている騎士の皆さんは優秀ですし、サーガもいますからね」
サーガさんが部屋の入口の横に立った状態で今後の旅への懸念を示すが、王女様はあっけらかんと答える。同行しているメンバーへの信頼が高い。
「もちろん私達も全力を尽くしますよ。私は力だけが取り柄みたいな感じで、何かを守るっていうのはそこまで得意ではないですけど、外敵の排除は任せてください。私とは逆に、その分レンちゃんがそういうのが大得意なので、安心してください」
メリアさんは窓の横に立ちながら笑顔で語り、それに王女様も笑みを浮かべて頷いた。
さて。サーガさん、メリアさんがそれぞれドアと窓からの侵入を警戒した場所に立ち、護衛としての職務を全うしている中、残る俺はどこに居るのか。
「ええ。もちろん。お二人にも大いに期待しています。ね、レンさん?」
「アッハイ」
「あぁ、やっぱりレンさんは可愛いですねえ。髪もサラサラですし、ほっぺはぷにぷにですし、ずっとギュッてしていたくなります」
答えは、『王女様の隣に座って、愛玩動物代わりにされている』だ。
一応弁明させていただきたいのだが、サボっている訳では断じてない。これでも護衛中である。
いくら宿が貸し切りとは言っても、それだけで絶対安全とは言えない。外部からの襲撃だってあり得るし、従業員に成りすまして――というパターンだってないとは言い切れない。
という事で、サーガさんの指示の元、一般的な侵入経路であるドアと窓に警備を付ける事となり、それぞれサーガさんとメリアさんが割り当てられた。順当だね。
で、余った俺をどうするかサーガさんが迷っていたようなので、配置の参考になればと結界が使える事を伝えた所、
『では、殿下のお傍に付いていただき、いざという時の壁となっていただくのが良さそうですね』
とか言い出した。いや、言いたい事は分かるけどさ。
俺の結界は体をピッタリかたどったような形でしか展開できないから、結界の内側に王女様を入れて守る、という使い方は出来ない。なので、結界で王女様を守ろうとするなら俺が肉壁になるしかないんだけど……。
(もうちょっと言い方があるんじゃないかと思うんだよね。俺、サーガさんを怒らせるような事、したかなあ……)
本人がいる前で愚痴を言う訳にもいかず、でも誰かにぶちまけたい。という事で、メリアさんに【念話】を繋いで愚痴る事にした。お互いの持ち場? から離れずに会話できるとか、【念話】まじ便利。
(ん? あれ? レンちゃん、意味分かってないの?)
すると、メリアさんから返ってきた言葉は、同意ではなく疑問だった。意味? どういうこっちゃ。あのセリフに隠された意味なんてないだろ。
(んー…………。ま、いっか教えても。口止めされてる訳じゃないしねー)
いや口止めも何もあなた、サーガさんから直接聞いた訳じゃないでしょ。二人が俺達に秘密で会話した素振りなんてなかったし。
お得意の読心術でサーガさんの考えを読み取っただけでしょうが。口止めなんて出来る訳ないじゃん。
そんな俺の心の中まで見通したようで、ちょっと人の悪い笑みを浮かべた。
(あんな言い方してるけど、サーガさんはレンちゃんも危ない目に合わせたくないんだよ。護衛って名目でレンちゃんを王女様のすぐ近くに置いておけば、自分が頑張れば二人を危ない目に合わせる事もないし、『あなたも殿下と一緒に守られていてください』って言うより棘がないでしょ?)
…………うわー、サーガさんかわいそー。
隠しておきたかったはずの考えをメリアさんに丸裸にされた挙句、リークまでされてるよ……。せめて気づかない振りをしていてあげよう……。
ん? 子供扱いされて怒らないのかって?
別になんとも思わんね。実際中身はともかく外見は幼女な訳だし、本来なら保護対象だからね。俺がサーガさんの立場でも同じような事をしたと思うよ。
ま、名目上とは言え、最終防衛ラインを任されたんだ。全力で業務を全うするだけさ。
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