第192話 王女様の食事について物申した。想像以上にビビられた。
「ありがとう。もうお腹一杯ですわ」
「承知しました」
それぞれの料理を半分ほど食べた所で、王女様は食事を切り上げた。
その言葉を受け、サーガさんが窓から手を出して何らかの合図を出すと、外で待機していたのか、ほとんど間を置かず扉がノックされる。
サーガさんが扉を開けると、料理を持ってきた時と同じ人達が現れ、テキパキと机の上を片付け、素早く出ていった。無駄口も叩かないし仕事も早い。まさにプロの仕事である。
「どうしました? 随分険しい顔で見ていましたが、彼女らが何か?」
馬車から出ていく人達の姿を見ていると、それに気づいたサーガさんが声を掛けてきた。
まじか。険しい顔してたのか、俺。
駄目だ駄目だ。今は依頼中。私情は挟んじゃいけない。
俺は一度サーガさんから顔を背け、両手で顔を覆い、モミモミと揉み解した。
顔を背けた際、メリアさんが心配そうな表情を浮かべているのが目に入ったが、意識的に無視した。
そして、柔らかくなった顔面の筋肉を動かし、愛想の良い笑顔を張り付けてからサーガさんに向き直ると、表情に相応しい声音でサーガさんの問いに答える。
「――――いえ、そういう訳ではないです。大丈夫です。何でもありません」
表情も声音もそれなりに良く出来ていたと思ったのだが、一度顔を背けたのが不味かったらしい。サーガさんより早く、王女様が口を開いた。
「ここには私とサーガしかいません。よほど大きな声を出さない限り、外には聞こえませんよ。これから長い時間を一緒にいるのです。遠慮は無しにしましょう。そうですね……。この馬車内での出来事は、私に直接害を及ぼす事でない限り不敬と捉える事はしないとここに誓いましょう」
……なんかすげー事言ってんぞこの王女。
というか、いくら王女様自身がそう言った所で、サーガさんが許さないだろ――――。
「殿下がそう仰るのです。素直に言っていただいて大丈夫ですよ。殿下のお考えを無視して独断で動く事はしませんのでご安心を」
――――まじかよ。あり得ねえだろ。王女様第一主義すぎる。
どうしよう。『なんでもない』の一点張りで通すか、適当な事を言って逃げるっていう手も打てるけど…………。
「「…………」」
あ、これ無理だわ。向かいの二人の視線がやばい。目で『本当の事を言うまで逃がさない』って言ってる。
(レンちゃん)
なんとかこの場を収める方法にはないかと脳みそをフル回転させていた所で、隣のメリアさんから【念話】が届いた。
このタイミングって事は、何かイカしたアイディアがあるのか!?
(レンちゃんが何を言いたいのかは分かってるよ。大丈夫。レンちゃんが寝てる間に結構お話ししたけど、この二人ならおかしな事にはならないから)
まさかの二人への援護射撃だった。
くっそ。俺が寝落ちしている間の話だと、何も反論できねえ。
あーもう! 分かった! 言います! 言いますよ! ちくしょー! いざとなったら家族全員連れて国外へ脱出だ!
「…………分かりました。では、いくつか。まずサーガさん。先程王女様が食べ残した料理。あれはあの後どうするかご存じですか?」
「はい? 殿下の召し上がった後の料理、ですか? もちろん捨てますが」
サーガさんは、俺の質問の内容に困惑した様子を見せながらも答えた。
そりゃそうだ。一体どんなヤバイ話が飛び出してくるのかと思っていた所に、『食べ残しはどうするのか?』だからな。
まあ、この質問自体は別にヤバくはないし、回答内容も予想通り。問題はこの後だ。
「ですよね。だと思いました。…………これは王女様に言うべき事ではないのかもしれません。というかおそらくそうです。ですので、最悪、心の隅にでも留めておいていただけると助かります」
「? ええ、わかりました」
王女様は俺の念押しに、首を小さく傾げながらも頷いた。
よし。とりあえずこれで、前もって作れる逃げ道は考えうる限り作り切ったかな。
さらに念のため、いきなり斬りかかられたりしても対応する為に、いつでも結界を張れるよう心の準備をしてから、話の核心。ある意味王女様の批判とも言える内容を口に出す。
「ありがとうございます。では。…………王女様、先程の食事、残されてましたよね? しかも半分くらい」
「え、ええ。そうですね。確かに残しました。お腹一杯」
「王女様は、あの量の料理を全て食べきれると思っていましたか?」
「……いえ。かなり量が多かったですし、いくらお腹が空いていても、食べきる事は出来なかったでしょう」
「そうでしょうね。俺から見ても、食べ盛りの男でもない限り、とても食べきれる量ではなかったと思います。…………それだったら最初から半分の量を出してもらう。それか品数を減らせば良かったのでは?」
「それは…………」
知らず知らずのうちに、口調が少し強くなってしまっていたようで、王女様は少し怯えた様子で口ごもった。
「お待ちください。日々の食事については担当の者が決めておりますので、殿下は関わっておりません」
サーガさんから助け舟に、王女様はあからさまにホッとした表情を浮かべる。
まあそうだよね。王女様直々に『今日のメニューはこれとこれ。量はこれくらいで』なんて言わんよね。
「やはりそうでしたか。王女様、見当違いの事をお伺いしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いえ、お気になさらず――――」
俺の謝罪に、王女様はホッとした様子を見せるが、残念。まだ俺のターンは終了していない。
「では代わりにサーガさんにお聞きしましょうか。料理の量については理解しました。では内容についてはいかがでしょうか? 今日出てきた料理ですが、肉ばっかりでしたよね? それも担当の人が?」
「基本はそうです。…………ですが、今日の料理については私も少々気になっておりました。少なくとも、王都からイースへ向かう道中では、あのような肉ばかりの食事は出ていなかったはずです」
ふむ? 普段であればもっとバランスの取れた食事が出ている、と?
語り口的に、メニューの変更にサーガさんは関わっていなさそうだ。で、行きの時はあそこまで偏ったメニューではなかった、と。
担当の人が独断で肉まみれの食事にするとは考えにくいよね。
行きと帰りで担当が変わるというのもない話ではないが、変わったとしても、そこまで大幅なメニューの系統の変化はしないような気がする。
と、なると…………?
「………………はい。私からお野菜を減らして、代わりにお肉を増やしてほしいとお伝えしました…………」
俺とサーガさんが同時に視線を向けると、王女さまは縮こまりながら、蚊の鳴くような声で白状した。ですよねー。
「だって! だって! しょうがないじゃないですか! お野菜美味しくないんですもん! お肉の方が美味しいんですもん! 別にお野菜なんて食べなくてもいいじゃないですかー!」
俺達から投げかけられ続ける白けた視線に耐え切れなくなったのか、王女様は幼子のような癇癪を起こした。いきなり年相応になったなあ。ジタバタする姿が大変可愛らしい。
っとと。今はギャップ萌えを繰り出す王女様を愛でる時じゃない。そういうのはもっと相応しいタイミングで、だな。
うーん。こういう時、どうすればいいかなあ。色々パターンはあると思うけど……。
…………よし、これでいくか。
「王女様。そんな野菜嫌いの王女様に、お肉ばっかり食べていて野菜を食べないとどうなるかについてお話ししましょうか」
ニヤリ。
俺が選んだ選択肢は、ズバリ脅しだ。やっぱこれが一番効くよねー。
「な、な、なんですかその笑いは…………」
「いえいえ、なんでもありませんよ。で、野菜を食べないとどうなるか、というとですね――――」
「…………ゴクリ」
生唾を飲み込む王女様に対し、俺は一気に畳みかける。
「太ります」
「ふえ!?」
「お肌が荒れます」
「ヒイッ!」
「病気になりやすくなります」
「イヤァッ!」
「お腹が痛くなります」
「ウゥッ!」
野菜不足で起こりうる症状を端的に、次々に挙げていくと、それに合わせて王女様は面白いように苦悶の声をあげながら悶える。
ちなみに、太りやすくなる、というのは、主に摂取カロリーの問題だな。基本的に肉の方がカロリーが高い傾向にあるしね。
肌荒れや病気になりやすくなる、というのはビタミンやミネラルの不足。
お腹が痛くなる、というのは食物繊維不足により便秘の事だ。
前職が栄養士だった訳じゃないので聞きかじりのうろ覚え知識だが、栄養に関して無知の相手に叩きつけるにはこれくらいで十分だろう。全く見当違いの内容ではないはずだしね。
「――――とまあ、野菜を食べないとこんな事になってしまいます。嫌でしょう?」
「お野菜……お野菜食べないと……。太っちゃう。お肌が荒れちゃう……。最近お腹が痛くなる事が多いのって、もしかして…………。イヤァァ……死にたくないよぉ…………」
ガタガタ震えながらうわごとのように呟いている王女様。一部には思い当たる節もあるようだし、効果バツグンだね。
でも、このままだと野菜しか食べない極端な食生活にしちゃいそうだし、これだけは言っておかないとな。
「ですが、野菜だけ食べれば良い、と言う訳ではありません。お肉も、体を作るのには重要です。つまり、お肉もお野菜も両方食べないとダメですよ? って事ですね」
何事もバランスが大事。極端に偏っても良い事はないんだよ?
「は、はいぃぃぃ……」
「わ、分かりました……肝に銘じます」
…………サーガさんにも思い当たる節があったらしい。あなたに向けては言ってなかったんですが……。
「ううぅぅぅ。私、大丈夫かな? それなりにお野菜も食べてるはずだけど…………」
メリアさん、あんたもかい。あんたは大丈夫だよ。一応俺がバランス考えてメニュー組んでるからね。
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