第191話 全力で謝り倒した。想定と違う仕事が発生した。
「申し訳ありませんでしたああああ!!」
おでこを床に擦り付けながら、全身全霊で謝罪の言葉を叫ぶ俺。
現在、馬車は停車中。食事休憩兼、馬を休ませる為らしい。
――――つまり、馬達に休憩が必要な程度には、出発から時間が経っているという事だ。
ええ。そういう事です。
はい。見事に爆睡しておりましたとも。食事の時間だからとメリアさんに起こされるまでガチで起きなかったくらいには爆睡してました。
護衛の真っ最中にである。
もう、目が覚めて状況を認識した瞬間、血の気が引いたよね。いくら数日まともに寝てなかったと言ってもこのタイミングはないわ。せめて今だろ。休憩中だったらワンチャン許されたかもしれないのに。
という訳で、目が覚めてからずっと、俺は土下座の姿勢をキープして、全力の謝罪を続けている訳だ。
「だから、大丈夫なんだって。私から許しをもらった上で寝かしつけたんだし」
「はい。メリアさんが起きておりましたし、万一問題が発生したとしても起こせばいいだけの話ですしね。それに、寝不足だといざという時に動きが鈍るかもしれませんし、休めるときに休むのは重要ですよ?」
「それに、良き物を見させていただきましたしね。とっても可愛らしい寝顔でしたよ?」
「うおおおおお…………」
メリアさんがちょっと呆れ気味に問題ない事を説明し、サーガさんがそれを補足。王女様はマイペースに関係ない事を言ったが、俺にダメージを与えるという意味ではなかなか強烈だった。
羞恥心と罪悪感に身悶えていると、トントンと扉のノックする音が。
「なんだ」
その表情を一瞬で、先程までの柔らかい物から厳しい騎士の物に変えたサーガさんは、外からの声に誰何する。
ここにいるメンバー以外には基本、騎士モードで接するらしい。
『殿下の食事の準備が整いました』
外からの声は、食事の準備が出来た旨を伝える物だった。
もうそんな時間か。まだまだ謝罪したりない気分だが仕方がない。俺達も急いで準備しないと。
「そうか、分かった。では入って――――いや、少し待て」
メリアさんに目くばせし、メリアさんが頷いたのを確認した後、いそいそと準備を整えていると、サーガさんは外で待機しているであろう人達に、少し待つように言った。
やべ。待たせちゃってる。早く準備を終わらせないと。
くっそ。なんで冒険者装備が全部脱がされてるんだ。――――というかむしろ、服装自体が違わないか? 冒険者活動用のゴワゴワした丈夫な服を着ていたはずなのに、ゆったりした着心地のいい奴になってる。まじかよ。寝てる間にお着替えまでされたのか……。
あーもー。着替え直す時間はない! このまま装備だけ着けるしかねえ!
割と慌てて準備していると、サーガさんがちょっと困惑した様子で口を開いた。
「…………何故お二人は身支度を整えているのですか?」
「え? いや何故って…………。だってこれから、王女様の食事ですよね?」
流れ的にはそんな感じだったよね?
「そうですが」
俺の問いに、サーガさんは首を縦に振った。よかった。合ってた。
「ですよね。なので俺達は一度出ていきます」
「…………何故です?」
そこを聞き返されるとは思わなかったな。
「庶民が王女様の食事に同席する訳にはいかないと思ったからですが……。ああ、安心してください。馬車からは離れません。馬車の外から護衛は続けますよ」
理由の説明中に、サーガさんの懸念に合点がいった。俺達が護衛の依頼をサボるんじゃないかと思われたんだな?
盛大に寝落ちをしでかした身としては全く反論できないので、ここは誠意を込めてお答えした。
――――のだが、サーガさんの顔に浮かぶ困惑は、俺の説明を聞いた所で消える事はなく、むしろ濃くなっていった。何故?
「…………ええ。その考え自体は正しく、本来そうすべきです」
サーガさんの言葉に、俺はウンウンと頷いた。だよねだよね。…………ん? でもなんか含みがあるな。
俺の感じた違和感を払拭するようにサーガさんから語られた話に、今度は俺達が困惑する番だった。
「――――ですが、今回は事情が異なります。今のお二人は庶民である前に殿下の付き人です。付き人は常に殿下に侍り、諸々を補助する者。みだりに殿下の近くを離れるのは許されません」
「え? いや、だって、沢山人が来たじゃないですか。食事のお手伝いはその人たちがするんじゃ……」
メリアさんが俺が疑問に思った事を見事に代弁してくれたが、サーガさんは首を横に振ってそれを否定する。
「彼女らはあくまで殿下の食事を持ってきただけです。殿下のお付きではありませんので、料理を置いたらすぐ出ていきます。給仕はお二人の仕事ですよ。…………すまん。もう大丈夫だ。入ってくれ」
『はい。失礼します』
俺達がサーガさんの言葉に困惑していると、サーガさんは話は終わりとばかりに騎士モードへ移行。外の人達に許可を出した。すると待ってましたとばかりに外から返事が聞こえ、扉が開かれた。そこにいたのは四人の女性。
内二人で小さめの机を持って先に入り、王女様の前に机を置く。机はこの馬車専用かと思うほどピッタリのサイズだった。実際専用なのだろう。デザインも馬車の内装にそっくりだし。
机を設置した所でその女性達は一礼して馬車から出ていき、入れ替わるように残り二人が入ってきた。二人はそれぞれ、料理が乗っているらしい器を二つずつ持っている。器には覆いが被されており、何が入っているかは見えない。
王女様の前に置かれた机にテキパキと器を並べ、その二人も先ほどの二人と同様、一礼の後、無駄のない所作で馬車から出て行った。机の上には計四つの皿が並んでいる。
四皿か。想像していたより少ないな。アニメとか漫画だと、こういう場面でもあり得ないくらい大量の料理が並んだりするんだが、さすがに、そんな非常識な事はしないらしい。まあ、当たり前か。
俺が内心納得していると、サーガさんがおもむろに皿に被せられた覆いを外し、中の料理を少量切り分けて口に運んだ。
一瞬、『何してんのこの人!?』と焦ったが、すぐにその理由に思い至った。
なんの事はない。ただの毒味だ。
…………毒味かあ。なんだか久しぶりに見た気がするなあ。
俺達が侯爵様の屋敷で給仕をしていた時、最初の方こそ今みたいにサーガさんが毒味してから王女様が食事を始めてたのだが、侯爵様が毒味なしでバクバク食べているのを見て、途中から王女様も毒味なしで食べ始めるようになったんだよなあ。
食事を提供する側からすれば、それだけの信用を得られたって意味では嬉しい事なんだけど、王女様がそんなんでいいのか? とも思ったなあ。
「…………お待たせしました殿下。問題ありませんので、召し上がっていただいて大丈夫です」
一品ごとに、少量食べては変調がないか確認し、続いて次の料理を、というのを料理の数だけ繰り返した結果、特に問題はなかったようで、サーガさんからオーケーが出た。
「ありがとうサーガ。ではそうね……。こちらの料理をいただけますか?」
王女様がニコニコ顔で俺達を見ながら料理の催促をする。
その視線を受け止めた後、視線をサーガさんにずらすと、サーガさんが無言で取り分け用の食器一式を手渡してきた。…………それ、どこにあったの? 馬車の中にはなかったよね? …………さっきの人たちが持ってきた? あ、はい、そ。そうですか……。
「「…………はい、畏まりました」」
逃げ場は存在しないと察した俺は、揃って承諾の意を表し、サーガさんから食器を受け取った。
いやまあ、確かに、侯爵様の屋敷でも経験してる事ではあるけどさ。まさか旅の最中に王女様の給仕をする事になるとはなあ。
…………これ、本当に依頼内容に含まれてるの?
お読みいただき、ありがとうございます。
作者のモチベーション増加につながりますので、是非評価、感想、ブクマ、いいね! の程、よろしくお願いします。