第21話 お屋敷の中にはメイドさんがいて衝撃的な事実を突きつけられた。
「ほんとに入るの…?」
「入らないの?気になるでしょ?」
「いや、まあ、そりゃあ、気にはなるけどさあ……危なくない?」
「大丈夫でしょ。そんな危ない建物が近くにあったら、とっくの昔にイースは無くなってると思うよ?」
「……ごもっとも」
というやり取りの末、突如目の前に現れた屋敷に入る事になりました。
見事に論破されちゃったよ……。
屋敷に入る前に改めて目を向けると、なんとなく違和感を覚えた。
違和感の正体を確かめる為にしっかりと観察してみると……なるほど。そういう事か。
「綺麗だね……」
「!?そ、そんないきなり……!嬉しいけど、改めて言われると照れちゃうなー!あははーっ!」
メリアさんが両手を赤くなった頬に当ててクネクネし始めた。何故かメリアさんを褒めたと勘違いしたらしい。
「そうじゃなくてね?屋敷がさ、しっかり手入れされてて綺麗だなって」
「………………アッハイ」
目の前の屋敷は古めかしい雰囲気だが、決してボロいわけではない。窓ガラスは割れている場所がないどころか、ピカピカに磨かれており、壁の漆喰もひび割れ一つない。しっかりとメンテナンスされている印象を受ける。
どういう経緯でここに現れたのかはわからないが、つい最近までは誰かが屋敷を維持していたのは確実だろう。
「しかもこの屋敷、塀がないね。普通こんな大きさの屋敷なら、それなりの大きさの庭とそれを囲む塀がありそうなもんだけど……。まあ、お屋敷自体初めて見たんだけどさ」
「…………ソウネ」
メリアさんの方に目を向けると、しゃがみこんで地面を指でいじいじしていた。
俺はこっそりとため息をついてから、ニパッと笑顔を作って、メリアさんの背中に抱き着いた。
「……おねーちゃんは、強くて優しくて、とってもきれーだよ!おねーちゃん、だいすきー!」
抱き着いたついでにメリアさんの顔に頬ずりもする。
……やばい。久々にやると、これ、結構恥ずかしい……。
恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら、ここでやめる訳にもいかないのでそのまま抱き着いていると、メリアさんが小刻みに震え始めた。
「おねーちゃん?どーし」
「レンちゃあああああああああああん!!私も大好きよぉぉおおおお!」
俺が言葉を言い切る前にガバッと振り返り、俺を力いっぱい抱きしめ返すメリアさん。
感極まっているのか……力が……つよ…………。
「あああああぁん!レンちゃん大好き!レンちゃんかわいい!レンちゃんレンちゃんレンちゃ…………あれ?レンちゃん?……レンちゃん!?」
メリアさんによる、抱きしめという名の渾身のベアハッグによるダメージでぐったりしている俺を見て、やっとやりすぎに気づいてくれたメリアさんだった。
……
…………
「レ、レンちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫…………」
嘘です。死ぬかと思いました。
でも、俺の言葉を勘違いした時とは比べ物にならないくらい落ち込んでいるメリアさんを見たら、とてもそんな事言えないです。
「ごめんね?つい我を忘れちゃって……」
「あー、うん。ほんとに大丈夫だから。気にしないで?……ほら。お屋敷入ってみようよ。楽しみだね!」
「うん……」
なかなか復活しないメリアさんの手を引っ張り、努めて楽しそうな様子を見せながら屋敷の入口に向かう。
とても重厚な、それでいてしっかりと手入れされている木の扉をゆっくり押すと、見た目からの想像より随分軽く開いた。
こんなでかいお屋敷に入るなんて生まれて初めてだから、緊張するな。
「お邪魔しまーす……」
「いらっしゃいませ。お客様」
「ひぅ!?」
最低限の礼儀として挨拶しながら入ったら、想像以上に近くから返事が返ってきて驚いた。変な声が出るくらい驚いた。
声の主は扉の正面に立っていた。
肩口で切り揃えられた雪のように真っ白な髪。
精巧な人形のように美しい顔。
瞳はルビーのように綺麗な赤。
その表情に感情の色はなく、美しさも相まって、等身大の人形か何かのようだった。
そして
「ミ……ミニスカメイド……だと!?」
一目で分かる蠱惑的な肢体を、やたらとスカート丈の短いメイド服で包んでいた。あんなに短かったら、階段とか昇ったら下から丸見えじゃなかろうか?
無感情&無表情な顔とのギャップが激しすぎて違和感しかない。
「……?みにすかめいど、とは何でしょう?」
コテン、とかわいらしく首を傾げるメイドさん。だが無表情。表情筋はピクリとも動かない。
「あー、その服なんですが……もしかして、仕事着ですか?」
「肯定します。この衣服は主より支給された物です。この衣服を着用して業務を遂行するよう仰せつかっております」
ほんとに支給品だった。ミニスカメイド服はこのお屋敷の主人の趣味らしい。
「そ、そうですか。いい趣味をお持ちのご主人様なんですね……」
ほんと、美人のメイドさんにこんな恰好をさせて自分の身の回りの世話をさせるなんて、いい趣味してるよ。
「肯定します。この衣服は脚部の稼働域を広く取る事ができますので、大変重宝しております」
「………………そうですか」
そして、着せられてる本人は全く嫌がってないっていうのがさらにすごいな。
「質問します。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あー、えーっと……」
特に理由はありません。いきなり目の前にお屋敷が現れて、気になったから入ってみただけです。
なんて言えないよなあ。困った。
俺が言い訳を考えていると、俺の後ろに立っていたメリアさんがスッと前に出て、俺の斜め前に立った。
「それについては私から説明します」
おお!メリアさん!今の一瞬でそれっぽい言い訳を考え付いたのか!すごいなあ!
「正直な所、理由はありません。近くで訓練をしていたのですが、その最中にちょっとした事故で二人して吹き飛ばされてしまいました。幸い大した怪我はありませんでしたが、状況を整理しようと辺りを見渡してみると、なかったはずのお屋敷を見つけたので、興味本位で入ってみました。人が住んでいるとは思いませんでした」
……
…………
うおおおおおい!?
言っちゃうの!?正直に言っちゃうの!?
ああそうだったメリアさんはそういう人だったわこの人が嘘ついたの見た事ないわ!
「質問します。興味本位、ですか?」
「はい。私はそれなりの期間イースの街に住んでいますが、こんな近くにある大きなお屋敷なのに、一度も見たことがありませんでした。というか、この場所にお屋敷なんて存在していませんでした」
「私は冒険者です。前触れもなく、街の近くに突如現れた大きなお屋敷に冒険心をくすぐられました」
そこでメリアさんは言葉を切った。
「ですが、人が住んでいる家に許可無く上がり込むのは罪です。申し訳ありませんでした。ですが、入ろうと言い出したのは私です。この子はしょうがなく付いてきただけです。私はどうなっても構いませんので、何卒、この子にはご慈悲をいただけませんでしょうか。……お願いします!」
そう言って頭を下げた。
……は?
いや待て。何言ってんのこの人。
「ちょ、ちょっと待って!確かに最初に入ろうと言い出したのはおねーちゃんです!でも!一緒に入ることを決めたのは俺自身です!だから俺も同罪です!」
何一人で罪をひっ被ろうとしてんの?
そんな事許さねえよ?
「なっ!なんでそんな事言うの!?私が半ば無理矢理入ったような物なんだから私が罪を償えばいいの!レンちゃんは黙ってなさい!」
「あの」
「嫌だね!結局一緒に入ったじゃんか!っていうかここに最初に入ったのは俺だ!おねーちゃんは俺に引っ張られて入ったんだから、むしろ俺一人の責任だ!俺が償えばいい話だ!」
「あの」
「子供に責任を押し付けてとんずらする大人がどこにいるの!レンちゃんは子供なんだからお姉ちゃんの言う事を聞きなさい!」
「あ」
「俺は子供じゃねええええ!」
「どっからどう見ても子供でしょおおおおおお!」
「…………」
「ハァ、ハァ……」
「フゥ、フゥ……」
「質問します。……終わりましたでしょうか?」
「「ハッ!?」」
メイドさんの一言で我に返った。
完全にメイドさんの事を置いてきぼりにしてヒートアップしてしまった。
相変わらずメイドさんは無表情のままだけど、ほんのりと呆れたような空気を醸し出している。
「「す、すみません……」」
二人して頭を下げた。ちょっと、いや大分恥ずかしい……!
「否定します。気にしないでください。して、メリア様、でしたでしょうか」
「は、はい!」
名前を呼ばれてメリアさんはぜんまい仕掛けの人形のように下げていた頭を上げ、気を付けの姿勢をとった。
メリアさんも恥ずかしかったようで、顔が赤い。
そんなメリアさんの状況を気にする素振りすらなく、メイドさんは顔の前でピッと人差し指を立てた。
「報告します。二つ、お伝えする事がございます。まず一つ目。ここに屋敷はなかったはず、というお話でしたが。この屋敷はずっとこの場所に存在しておりました。この屋敷の周辺には、強力な認識阻害と人避けの結界が付与されている為、今まで認識できなかったものと思われます。おそらく、自身の意思ではなく、外的要因によって結界内部に進入した結果、屋敷が認識できたものと思われます。展開されている結界はこの屋敷が認識できなくなり、かつ近づこうとも思わなくなるというだけのもので、物理的な強度はありませんので」
なるほど。俺がメリアさんに突撃して、二人して吹っ飛んだせいで、意図せずして結界の中に入ってしまった、ってことか。
俺が一人で納得していると、メイドさんは人差し指に続き、中指を立てた。次の話に移るようだ。
「続いて二つ目。こちらとしましては、あなた方の事を罪に問う、などと言う事は特に考えておりません」
罪に問わない、というメイドさんの言葉にメリアさんはパァッと笑顔になった。
俺としても嬉しい。罪の擦り付け合いならぬ、罪の奪い合いをしたとはいえ、望んで犯罪者になんかなりたくないからな。
「あ、ありが」
「その代わり」
お礼を言おうとしたメリアさんの言葉をピシャリと遮るメイドさん。
「一つ、お頼みしたい事柄がございます」
「頼みたい、事、ですか?」
メイドさんの言葉に、メリアさんは一転、不安そうな顔をした。
そりゃそうだ。罪に問わない代わりに頼みたい事とか、嫌な予感しかしない。
「肯定します」
「…………私にできる事であれば。その、頼み事というのは……?」
メリアさんは少しだけ悩んだ後、そう答えた。
まあ、ここはこう答えるしかないよな。
罪に問わない代わりに頼み事をするってことは、逆に言えば、その頼み事を断ったら罪に問うって事だからな。
一応、可能な限り受けるスタンスを見せながらも、先に頼み事の内容を聞く。というメリアさんの行動は正しい、と思う。
メイドさんはメリアさんの質問に小さく頷いた。
「回答します。お頼みしたい事は一つです。それは……」
そこでメイドさんは何故か一度言葉を切った。
うわなにこれすげえ緊張する。なんでそこで溜めるんだよ。
どんな無理難題を吹っ掛けるつもりだ……?
ゴクリ、と生唾を飲み込む音が聞こえる。
それはメリアさんからか、はたまた知らずに俺が出していたのか。
「それは……?」
メリアさんの再度の問いかけに、メイドさんが重々しく口を開いた。
さあ!なんだ!?どんな無理難題を……!?
「……この屋敷と我々の主になっていただけませんでしょうか?」
「…………はい?」
メイドさんの口から飛び出した『頼み事』は、俺達の予想の斜め上の物だった。
メリアさんがちょっと馬鹿っぽい返しをしたのもしょうがないよ。
俺も口ポカンってなってるもん。
俺達の態度を見て、メイドさんは小さく首を傾げ、
「復唱します。この屋敷と我々の主になっていただけませんでしょうか?」
もう一回言った。
いやそうじゃない。俺達が聞きたいのはそういう事じゃないんだ。
「いや、聞こえなかった訳じゃないんですが……。えーっと、なんで私なんですか?私たち初対面で、しかもまだ会って数分ですよね?」
「説明します。理由としましては、そちらの個体を大事にされている事が理解できたからです。我々と違い特殊個体のようですが、それだけ大事に使われているならば、我々の事を使いつぶすような事はないだろう、と判断致しました」
メイドさんの視線が俺に向いた。え?『そちらの個体』って、俺の事?
「いやいやいや、ちょっと待って。使うって何?個体って誰の事?もしかして、レンちゃんの事?そんな、人を物か何かみたいに言わないでほしいんだけど」
メリアさんは俺がモノ扱いされた事に大層ご立腹のようだ。さっきまで使っていた敬語も吹っ飛んでメイドさんに噛み付いていく。
メイドさんは、そんなメリアさんに視線を戻しつつ、だが表情は一切変わる事なく、言い切った。
「否定します。そちらの個体は『ヒト』ではありません」
…………え?
「…………じゃあ、なんだっていうのよ?」
メリアさんの問いにメイドさんは
「断定します。そちらの個体は、我々と同じ、人工的に製造された生命体。『ホムンクルス』です」
きっぱりとそう断言した。