第184話 新しい食材を見せてもらった。なかなか困った。
ちょっとスランプ気味なので短めです。ごめんなさい。
「はっはっは! 冗談ですよ冗談! 我々のような庶民としてはかなり高価ではありますが、そこまで貴重な物じゃありません。王侯貴族の皆様は比べ物にならないくらい貴重な物を召し上がられてますよ!」
俺が、緊張から手に持ったカップに視線を落としてワナワナ震えていると、種明かしとばかりに先程までよりさらに陽気なトーンで職員さんが種明かしをした。
それを聞いて俺は、我に返ったように顔を上げる。
言われてみると確かに。
高いと言えば高いが、それはあくまで俺のような一般ピーポー視点。価値観の違う貴族の人達から見れば大して高くもない。むしろちょっと安物なのかもしれない。
「先ほどの失言で、メリア様が私の事を疑わせてしまったようでしたので、ちょっと茶目っ気を出してみました! いかがでしたか!?」
職員さんの言葉にメリアさんの方へ視線を向けると、当のメリアさんは驚きに目を見開いており、それが真実だと分かった。
まじか。気づかなかった。まだ警戒してたんか。問題ないって伝えたんだけどなあ。
てか、俺でも気づけなかったメリアさんの警戒に気づけるとか、この職員さんやばすぎない?
本人としては言葉通り、茶目っ気を出して取っつきやすさをアピールしたつもりなのかもしれんが、その後の一言で台無し、むしろマイナスだよ。
「……あら? なぜかそちらのお子さんからの視線もおかしな事になってませんか? おっかしいなあ。何か私、やっちゃいましたかね?」
そしてそんな俺の内心すら見透かしたような言葉を吐く職員さん。えー。洞察力半端なさすぎじゃない?メリアさん並だよ……。
そして伝説の『俺、また何かやっちゃいました?』をここで、しかも転生者ではなく現地の人から聞く事になろうとは……。そのセリフ、立場的には本来、俺が言うべき物なんだが……。別に言いたい訳じゃないぞ?
(…………レンちゃん)
そこで、メリアさんから警戒心マックスな【念話】が届いた。名前を呼ばれただけだが、何を言いたいかは良くわかる。
ズバリ、『この人、やばくない? 大丈夫?』だ。
俺も気持ち的には激しく同意だが、ここで警戒とそれに対する言及を繰り返しても時間がもったいない。
という事で、問題ない旨をお伝えしよう。
(うん。言いたい事は分かる。でもまあ、これくらいなら、歴戦の商人とかなら出来なくもない、んじゃないかなあ。ほら、商業組合ってそういう、強者な商人さん多そうじゃん)
ほら、商人って相手の心の機微を絶妙に察する事が出来ないと、交渉とか上手くいかなかったりするんでしょ? 多分そんな感じのサムシングなんだよ。
(いやいやいや。そんな商人さん、嫌なんだけど……。こんな人たちばっかりだったら私、買い物とか怖くて出来ないよ……)
そうね。それは俺も同意だわ。自分で言ってて説得力のなさにびっくりした。
でもここは押し通す。だってそうしないと話が進まないから。
(そこは諦めるしかないかなあ。ま、ぼったくられなければいいでしょ)
(そこ、なんとか対抗しようとするんじゃなくて、諦めちゃうんだ……。確かに、いちいちそんな事考えてたら本当に買い物出来なくなっちゃうもんね。分かった。頑張って受け流す事にするよ)
(それがいいよ)
「おや。雰囲気が変わりましたね。先ほどより柔らかくなりました。これは私の会話術が成功したという事ですね! いやー良かった良かった!」
いや、何も成功してねえよ。むしろ大失敗だよ。諦めただけだよ。
と、口をついて出そうになるが、ぐっと我慢。眼球だけを動かしてメリアさんを見ると、微笑を浮かべた綺麗な表情をしているが、唇の端がちょっとヒクヒクしてる。抑えて抑えて! ステーイ、ステーイ。
「という事で、場の空気も和やかになりましたので、そろそろ本題に入りましょうか。こちらがご依頼の品になります」
俺達の自制心を試すようなセリフを吐きつつ、職員さんは未だ持ったままだったお盆をテーブルに置き、そこに乗せられている物を俺達の元に晒した。
「…………。………………? ?????」
それを見たメリアさんは無言のままだったが、その前半と後半では意味合いが違う事が見て取れた。
前半は、職員さんの突っ込み待ちとしか思えないような言葉に必死に耐えての物。それは唇のヒクツキが大きくなった事からも一目で分かった。
後半は、目の前の置かれた物の異様さに寄るものだと思われる。それはもう、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでるのが幻視できるくらいポカンとした表情だったから。
それに引き換え俺はというと、誰から見ても困ってると分かる表情を浮かべていると思う。
何故そんな表情を浮かべているかと言えば、もちろん目の前に置かれた物が原因。
ソレは、厚みが二センチくらい、縦横が十センチくらい、灰色をした板状の物体だった。
表面は濡れているようでテカテカと光を反射しており、中には何か黒っぽい物が大量に混じっている。
そして何より、ソレはとても弾力があるようで、職員さんがお盆をテーブルに置いた振動でプルプルと震え、しかし崩れる事はなかった。
………………うん。コンニャクだ、これ。紛う事なきコンニャク。
この世界にこんにゃくとかあったんだ。まあ、味噌があるくらいだし、コンニャクくらいあってもおかしくはないのか……?
にしても、コンニャクかあ……。これは困ったなあ……。
いやまあ、別にコンニャクが嫌いって訳じゃないし、前の世界と同じような食材が増えて嬉しい事は嬉しいんだけどね?
ここで一つ考えてみてほしい。
目の前にコンニャクがあります。これを使って今日のご飯を作らなくてはいけません。
ですが、調味料として、味噌と醤油を使ってはいけません。さあ、何を作りましょうか。
…………どうだろう。何か思いつくだろうか。
少なくとも俺には思いつかない。
そう。コンニャクを使ったレシピというのは、味噌か醤油を使った物が非常に多いのだ。むしろ、有名どころは漏れなくすべて使っているんじゃなかろうか。
豚汁然り、田楽然り、刺身コンニャク然り。
もちろん、ちゃんと探せば、味噌も醤油も使わないコンニャク料理のレシピというのはいくらでも見つかるだろう。
だがしかし、俺がいるここは異世界で、元の世界とは違う。ネットもなければレシピ本もない。つまり俺の少ないレパートリーでやり繰りしなくてはいけないのだ。
そして、俺のレパートリーの中に、味噌も醤油も使わないコンニャクレシピは存在しない。つまり、コンニャクを手に入れても宝の持ち腐れなのだ……!
(――ちゃん。……レンちゃん。……ちょっとレンちゃん!)
(んあ? あ、ごめん、呼んだ?)
体は動かさず、内心で頭を抱えていると、メリアさんからの【念話】で我に返った。おうふ、やばいやばい。思考に没頭してしまった。なんか存在しない誰かに話しかけてたし。大分テンパってるな。
(呼んだ? じゃないよ! 話はレンちゃんが考えてくれるって言ってたじゃない! 案の定私が知らない食べ物が出てきたんだから、助けて! というかこれ、食べ物なの!? なんかプルプルしてて気持ち悪いよ!)
職務放棄してしまっていた俺に、メリアさんは若干キレ気味だ。申し訳ない。
(ごめん。ちょっと考え事してて。で、これなんだけど、俺の知ってるヤツと同じなら、歴とした食べ物だよ。なんだけど…………)
(なんか歯切れが悪いね。何か問題でもあるの?)
(問題というか、なんというか…………。よし、じゃあおねーちゃん、今回は取引契約までは結ばないで、少しだけ買おう。どれくらい買うかは……まあ、今組合で保管してる量次第って所かな)
あれだ。研究用? 今手に入る食材や調味料で、いい感じの料理が作れるか試す為に買う感じ。
(ふむふむ。分かった。じゃあそんな感じで話してみるよ。……にしても、なんか今までのと違って慎重だねえ)
確かに。今までの食材は、その場で大量購入か、継続購入の契約まで進めてたからな。今回みたいなケースは珍しいかもしれないな。でも今回はちょっとそれは出来ないんだよ。まともに扱えない食材を大量に手に入れても、無駄にするだけだからね。
(ちょっと今回の食材は癖が強くてね。ちゃんとした料理が出来るか分からないから、まあお試しって事で)
(ふーん。なんだかんだ言って、レンちゃんならどんな物でも美味しく出来ちゃいそうだけどねえ)
いやそんな、俺を最強の料理人とか、錬金術師みたいな扱いにするの止めてもらっていいですか? プレッシャーがやばいんで……。
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