表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

205/222

第183話 職員さんがすごかった。

「はい! 着きました! こちらです!」


「うお!?」

「ひゃ、ひゃい!?」


 メリアさんとの出会いを思い出して、エモい気持ちになっていた所、職員さんの大きな声で一気に現実に引き戻された。


 そうだった。今は商業組合で、新しい食材の確認に来てたんだった。危ない危ない。軽くトリップしてたぜ。

 メリアさんも同じだったようで、二人揃って変な声を上げてしまった。


「? ささ! どうぞ中へ!」


「は、はい。ありがとうございます……」


 職員さんは一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに元の満面の笑顔に戻り、目的地らしい目の前の扉を開けて、俺達に入るよう促した。変に深入りはしてこないようだ。そこらへんは好感が持てるな。


 先にメリアさんが扉をくぐり、俺もメリアさんの後に続いて中に入ると、中はいかにもな応接室だった。

 部屋の中央にはテーブルがあり、それを挟むようにソファが二つ。壁際には所々、彫刻やら絵画やらが飾られている。


 ただ…………なんかここ、侯爵様の屋敷の応接室より豪華じゃない? ソファもテーブルも高そうだし。調度品もよくわからないけど高そう。


「それでは私は品物を持って参りますので、それまでそちらに座ってお待ちください!」


「あ、はい……」


 俺達にソファに座って待つように言うと、職員さんは素早い動きで部屋から退出していった。その速さの割に、ドアはきっちり音を立てずに閉めていった。そこらへんもしっかりしてるんだな。本当に、メリアさんへの態度以外は有能そうな人だ。


「うわあ。この椅子、領主様の所にあったやつより柔らかいかも。手触りもいいなあ。ほら、レンちゃんも早く座りなよ」


 まあそんな、街の領主の部屋に勝るとも劣らない程豪華な応接室ではあるが、俺達は小市民ながら、その侯爵様の屋敷にもちょくちょくお邪魔させていただいているし、なんなら王女様とすら会った事がある。この程度の豪華さなら割と慣れてしまっているので、恐縮してしまう事はないのだが。

 その証拠に、メリアさんはすでにソファに腰を掛けていて、その柔らかさと手触りに驚きの声を上げている。比較対象が侯爵様の屋敷のソファな所が余裕を感じさせるね。


「はーい。……おお。確かに、侯爵様の屋敷の奴より柔らかい」


「ね? 領主様って街の一番上なんだよね? そんな人が使ってる物よりいい物ってすごいよねえ」


 それな。商業組合、どんだけ金持ってるんだよ。


「お待たせしました!」


「「わあ!?」」


 そこで職員さん、両手それぞれにお盆を持ってカムバック。早すぎだろ! 全然待ってないよ! 俺、ソファに座って一分経ってないわ!

 というか、両手埋まってるのに、どうやってドア開けたの?


 俺達の驚きを他所に、職員さんは両手が埋まってるとはとても思えないような、軽やかな足取りで俺達の元を歩み寄ってきて――――片手のお盆をもう片方のお盆に重ねて片づけた。え? なんか乗ってたんじゃないの? 空のままで持ってきたの? なんで?


「まずはそちらをどうぞ! 最高級の物をご用意させていただきました!」


 はい? 何言ってんのこの人? そちらって、お盆を片付けただけで何もしてないじゃん。


「レ、レンちゃん……」


 そこでメリアさんが、ちょっと引きつった声と共に俺の肩をツンツンと突いてきた。


「…………ん? なーに? おねーちゃん」


 一瞬、素で返しそうになってしまったが、ギリギリで回避。舌っ足らずな口調を意識して返事を返す。


「これ…………」


 メリアさんの方へと顔を向けると、メリアさんは声の通り、頬を引きつらせた状態で、俺の肩を突いていた指を今度はテーブルの方へと向ける。


「え? 机? …………え!?」


 メリアさんに促されテーブルに視線を向け、思わず大きな声を上げてしまった。


 テーブルの上には、湯気の立つカップが二つ、俺達の前に置かれていた。間のスペースにはしっかりお茶菓子まで置いてある。


「え!? え!? いつの間に!?」


「私にもさっぱり……。気づいたら置いてあったんだよ……。ビックリしたあ…………」


 まじで? メリアさんでも気づけなかったの? どんだけ?


「商人は何事も速さが大事ですからね!」


 俺とメリアさんが職員さんへ目を向けると、それを見た職員さんがちょっとドヤりつつ、何でもない事のようにそんな事を宣うが…………。え? って事は、単純に滅茶苦茶速く動いただけって事? 俺とメリアさんの目の前で?

 俺は【能力】(スキル)以外の部分は並よりちょい上、くらいだろうから、俺の目を誤魔化すのは大して難しくはないと思うが、フィジカルモンスターのメリアさんにも気づかれないスピードで動くとか、ありえないだろ。催眠術とか言われた方がまだ納得いくわ。

 もしそれが本当なら、なんで商業組合で職員なんかしてるんだよ。国に仕えるなり、冒険者になった方が絶対いい暮らし出来るだろ。引く手数多だわ。


 そして、言いたい事は分からんでもないが、商人に必要な速さって、行動に移す早さとかそういう類の物で、物理的なスピードの事じゃないと思うぞ。


「まあ、私にも色々あるのですよ。楽しくもない話です。…………さあ! そんなどうでも良い事は置いておいて、どうぞお召し上がりください! 先ほども言いましたが最高級の物を用意させていただきましたよ!」


 俺の視線に混じる疑念を感じ取ったのか、職員さんは大げさに肩を竦め、今までとは違う、少し陰のある表情と声音で意味深な事を言う。だがそれも一瞬の事で、すぐさまそれは元のハイテンションな物へと戻り、お茶とお茶菓子を勧めてきた。


 ………………まあ、人に言えない事に一つや二つ、誰にでもあるだろうし、そこを突っつくのは野暮って奴だな。俺自身、かなりの量の秘密を抱えてるし、人の事は言えないし。


 そしてなにより、さっきから湯気に乗って鼻腔へ届くお茶の香りが、そんな事はどうでもいいか、と俺に思わせてくる。

 前の世界では、コーヒーはインスタント、お茶は専らペットボトル飲料で、その事に不満も覚えないような奴だった俺には、香りでお茶の良し悪しなんて分からないんだが、それでもメッチャいい匂いだと思わせてくる。


 ……こんないい匂いの前でお預けとかしんどいわ。飲もうっと。ホットで出したって事は、ホットで飲むのが一番美味しいって事だろうしな。冷めたらもったいない。


(え!? 飲むの!? なんかこの人怪しくない? 変な物が盛ってたりするんじゃ……)


 カップを持ち、口に近づけた所で、メリアさんから慌てた様子の【念話】が届く。


 口元に持って行ったままの姿勢で硬直するのは不自然すぎるので、カップを鼻の下に移動し、お茶の香りを楽しむ振りをしつつ【念話】を返す。


(怪しいのは俺も同感だけど。ここで俺達に毒やら薬を盛って、この人に得なんてないでしょ。薬を盛って動けなくして誘拐? ここに来るまでいろんな人に見られてるし、誰にもバレずに連れ出すのはほぼ無理だよ。殺すのはもっとないよね。俺達、そこそこ侯爵様に可愛がられてるし、それは侯爵様がわざわざ〈鉄の幼子亭〉に食事に来るから周りにも明らかだよね。そんな相手を殺しちゃったりなんかしたら、侯爵様を敵に回す事になっちゃうよ)


(それは、そうかもしれないけど……)


(まあ、万一何か盛られたりしても、どうとでも出来るでしょ。おねーちゃんが全力で床をぶん殴れば、この建物を壊す事も出来るだろうし、最悪、【いつでも傍に】で屋敷に逃げればいいだけの事だよ)


(さすがに私でも、床を殴っただけで建物を壊すのは無理だと思うけど……確かに、レンちゃんの言う通りかも。ちょっと考えすぎだったかな)


 そこでメリアさんは納得したようで、俺と同じくカップに手を伸ばし、お茶に口を付けた。


 さて、そんじゃ、俺も飲むか。さあ、こんだけいい匂いがするんだ。さぞかし美味かろう――――


「………………」


 …………まあ、あれだね。俺の貧相な舌じゃあ、お茶の良し悪しなんて分からなかったわ。

 不味くはないんだが、特に美味いとも思えない。『ああ、お茶っぽいな』程度の感想しか思い浮かばない。

 匂いはあんなに、むしろ今でも『すっげえいい匂い』だと感じるのに、なんなんだろうな。


「……美味っ」


 自分の舌の性能にしょんぼりしつつ、今度はお茶菓子に手を付けてみると、こっちは俺でも分かるくらい美味かった。

 ぶっちゃけ、いつだったか、侯爵様の屋敷で食べたお茶菓子より美味しく感じる。

 あっちは甘さ控え目で、大人向けって感じの味だったのだが、こっちのはしっかり甘い。やっぱ甘いって美味いなあ。

 皿の上には十個くらい乗ってるけど、全部食べちゃっても大丈夫かな?


「満足いただけたようで良かったです! ちなみに、そっちのお茶は一杯換算で大銀貨一枚。お茶菓子はその一皿で小金貨一枚する最高級品です!」


「「!!??」」


 一通り口を付けた所を見計らったようなタイミングでの、職員さんからのカミングアウトに、俺は丁度口に含んでいたお茶を噴き出しそうになった。


 た、た、た、高え! お茶一杯大銀貨一枚!? お茶菓子も、一皿分で小金貨一枚!?

 皿には十個くらい乗ってたから……一個だと、これも大銀貨一枚!?


「王侯貴族も滅多に口に出来ないくらい貴重な物ですよ!」


 そんなもん、一市民に出すんじゃねええええええええ!!!!!

お読みいただき、ありがとうございます。


作者のモチベーション増加につながりますので、是非評価、感想、ブクマ、いいね! の程、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] そんなの出して大丈夫か????
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ