第182話 商業組合に依頼の進捗確認に向かった。昔を思い出した。
ゴボウとメープルシロップを見つけた事で、元々高かった、新たな食材を見つけるモチベーションがさらに爆上がりした俺は、翌日に早速、メリアさんと共に商業組合へと足を運んだ。
「さーて、ここではどんな食材が手に入るかなー?」
「いや、まだ見つかるって決まった訳じゃないからね?」
「分かってるって。でもどうしても期待は高まっちゃうよね」
「まあ、その気持ちは分かるけどさ……。でも大丈夫なの? レンちゃん、商業組合ってあんまり来たがらないじゃない」
メリアさんは心配そうな表情――――じゃない。ちょっと楽しそうなニヤニヤ笑いで聞いてきた。
「…………用事があれば来るさ。用事がなきゃ絶対来ないけど」
半端ない量のお菓子と、機関銃のごときトークを浴びせかけてくるおばちゃん職員さんを思い出し、ちょっとテンションダウン。
でもまあ、メリアさんよりはましだと思うけどね。
「そう言うおねーちゃんだって、あの職員さんにめっちゃ好かれてるみたいじゃない? そっちは大丈夫なの?」
前回来た時は、必死におばちゃん職員さんの猛攻を受け流すのに精いっぱいで、意識を向ける事はほとんど出来なかったが、話を聞く限り、直接的なアプローチ自体はないながら、かなりグイグイ来ているのが分かった。
「………………まあ、洞窟で一人っきりで暮らしてた時と比べれば、あれくらいどうってことないよ。命の危険はない訳だしね」
いやそれ、いくらなんでも比較対象がおかしいと思う。
というか、サバイバル生活と比較されるレベルのアプローチって何。どんだけ脅威レベルが高いの。
「組合の建物の中で命の危険なんかあったら嫌だよ……。まあ、それはともかく、前もそうだったけど、ここでは俺はただの子供だから、そこんとこよろしくね」
「……いまさら、ここでだけ子供のフリを続ける理由がよくわからないけど、分かったよ。でも前の時みたいに離れちゃだめだよ。私じゃ出された物がなんなのか、なんてサッパリなんだから」
「分かってるって。受け答えはおねーちゃんにしてもらうけど、話す内容自体は俺が考えて【念話】で伝えるよ。…………だから、おねーちゃんもおのおばちゃん職員さんを止めるの手伝ってね。いやマジで。頼みます。助けてください」
「どんだけ必死なの…………。でも確かに、それもなかなかにしんどそうだなあ」
二人して、建物の前でため息を一つ。実際の所、商業組合での諸々は、いかにしてあの二人の職員さんの猛攻をかわすかだと思っている。それくらい俺達にとって商業組合という場所は鬼門なのだ。
「……………………よし、いくよ」
「よしきた」
ため息で吐き出した分、息を大きく吸い、下っ腹に力を入れて気合いを入れたタイミングで、同じ動作をしたらしいメリアさんから声がかかった。
「い――――」
「ようこそいらっしゃいました! どうぞどうぞこちらへ!」
「あらーっ! この前の娘じゃないの!? 今日もお姉さんと一緒にお出かけ? 偉いねー!」
ドアを開け、建物の中に入った所で、受付の若い女性職員さんがそれに気づき、一音を発するまでの時間で、どこからともなく、件の男性職員さんが俺達の前に出現し、それに匹敵するスピードでおばちゃん職員さんが俺を捕捉。大きな声を上げた。
なんだこの二人。色んな意味で速すぎだろ。つーか二人とも、さっきまで視界内にすらいなかったじゃないか。どうやって俺達の存在に気づけたんだよ。
「…………」
「早いよレンちゃん。まだ入ったばっかりだよ。さっきの気合いはどこいったの」
そして、二人の様子に恐怖を覚えた俺が、ユーターンするために重心を移した瞬間、肩に走る鋭い痛み。
くそ! メリアさんに肩を掴まれた。完全に出鼻を挫かれたせいでこれ以上の待避行動が取れない。
あとメリアさんが肩を掴んでいる力が強すぎる。
砕けちゃう! 砕けちゃうから力を抜いて! 分かった! 逃げない! 逃げないからああああ!!
待ってやばいやばいやばい。密着してるから結界で防御も出来ない。まじで砕けるうううううう!?
「ありがとうございます。以前出させていただいた、依頼の状況を確認に来ました」
片手では万力のような力で俺の肩を掴んで逃亡を阻止しつつ、人好きのする笑顔で職員さんに要件を伝えるメリアさん。
その隣で、肩の痛みに体が硬直してしまっている俺。
表面上はどってことない一風景だが、内面はかなりのカオスっぷりである。
「はいはいはい! その件につきましては、つい最近! 一件きました! その事を伝えにお店に行こうと思っていたのですが、そう思った矢先に出向いていただいたという次第です! いやはや、運命的ですね!」
前に会った時と同様、芝居がかった動きと圧が強めの言葉で、目にも耳にも五月蠅い男性職員さん。メリアさんへのアプローチも忘れないのはさすがだと思う。
それはさておき。一件来てるのか。それは嬉しいな。どんな食材が来てるかなあ。
「いえいえ。ただの偶然ですよ。それじゃあ、早速見せてもらってもいいですか?」
「それはもちろん! それではこちらへどうぞ! 応接室がありますので!」
アプローチを華麗に受け流し、事務的な口調で話すメリアさんに、どう見ても脈無しだと分かるはずなのに、男性職員さんは一切めげる様子を見せず、最初と同じテンションで俺達、もといメリアさんを応接室へ。
「ほーらレンちゃん! お姉さんはお仕事だって! 邪魔にならないように、私と一緒にあっちでお話してましょうねー!」
そしておばちゃん職員さんが完璧なタイミングでインターセプト!
き、来た! 悪意ゼロのニコニコ笑顔のせいで断りづらい事この上ない!
だが今回の俺は一味違う。この状況を見越して、事前にメリアさんに救助を要請してるのだ! ワッハッハ!
って事で、ヘループ! メリアさんヘループ! 愛しのレンちゃんが助けを求めてまーす! ついでに肩を掴んでいる手の力も抜いてくださーい! さっきからヤバめな音が鳴ってるんでーす!
「わざわざありがとうございます。ですがすみません。今日はこの子も連れていきます。前に来た時にあんなにお菓子をいただいていて、まだお礼も出来ていないですし」
ナイスメリアさん! お菓子のお礼をしていない事を逆手にとってのお断り! 完璧じゃないか! これならおばちゃん職員さんも無下にはできないんじゃないか!?
「あらー! そんな事、気にしなくていいわよーう! ……というか真面目なお話、レンちゃんはとても大人びているけど、まだ子供よ? 連れていっても、レンちゃんには何がなんだか分からないだろうし、そんな場所に連れて行っても可哀想なだけだと思うわよ?」
「それは…………」
効かなーい! しかも俺が普通の子供だと思っているが故の正論パンチにメリアさんが口ごもってしまった。真摯に俺の事を思っての発言だけに返しづらい。
事前に言っていた『ここではただの子供でいくから』発言が、こんな所で足を引っ張る事になるのか!
……ここは俺が頑張るしかないな。久々にやるか。
「お……レン、おねーちゃんと一緒がいいー!」
いつも通り『俺』と言いそうになったがギリギリで踏みとどまり、全力で幼女ムーブを行う。必殺、『おねーちゃん(お母さん)と一緒がいい!』攻撃だ。なお、お父さんパターンは少なめな模様。
前回来た時はこんな事してなかった気がするし、久々にやったせいで恥ずかしさで顔から火が出そうだが、俺がいないと、メリアさんは見せられた物がどんな食材なのかわからない可能性があるんだから、何がなんでも一緒に行かなくてはならないのだ。
って事でおばちゃん職員さん、今日はあなたのマシンガントークを受け止めることはできないぜ。すまんな!
「く……ッ! コホンコホン。そっかあ。じゃあレンちゃん、お姉ちゃんがこのお兄さんとお話してる間、静かにできるかなあ? …………ぐッ」
……何笑てんねん。こっちは必死なんだぞ。第一、俺が側にいないと、困るのはメリアさんの方なんだぞ。
――――と、声を大にして言いたいが、そういうわけにもいかない。
俺がこの場で出来る事は……。
「だいじょーぶ! レン、静かにする!」
全身全霊で幼女ムーブを続ける事だけだ。あざとく、ニコニコ笑顔で行くぜ。
「ブフゥッ?!」
だから何笑てんねん。バレちゃうでしょうが。
まあ、メリアさんが噴き出したおかげで腕の力が抜けて、俺の肩が粉砕を免れたので良しとしようじゃないか。
「ゴホン! ゴホン! …………という事みたいで、私から離れたくないみたいです。無理に離すと余計五月蠅くしてしまうかもしれませんので、連れていく事にします」
「そう、みたいね…………。分かったわ。でももし五月蝿くしちゃうようだったらすぐに呼んでね。私が責任持ってお世話してあげるから!」
全力の幼女ムーブが功を奏したようで、おばちゃん職員さんは折れ、不穏な一言を残して離れていった。やべえ。下手な事言ったらおばちゃん送りにされちゃう……。
「はい。その時はお願いしますね。じゃあ行くよ、レンちゃん」
離れ行くおばちゃん職員さんに、実現してほしくない言葉を送ってから、メリアさんは俺に向かって手を伸ばしてきた。
なるほど? 手を握れと。そういや最近は、あまり手を握る事もないな。まあ、メリアさんは俺の中身がおっさんな事を知ってるから、当たり前と言えば当たり前か。
だが、今の俺は見た目相応の幼女なのだ。大好きなおねーちゃんから手を差し出されたら……握るに決まってるよなあ!?
「あーい!」
「あ…………」
全力で幼女ムーブを継続している俺は、笑顔で大きな声で返事をし、伸ばされた手を握った。
するとなぜか、メリアさんの口から、吐息のような声が漏れ出たのが聞こえた。
「んー? どーしたのおねーちゃん?」
「ううん、なんでもない。じゃ、いこっか」
「……? うん! 分かった!」
幼女ムーブのまま尋ねてみるが、普通にはぐらかされた。ってことは、この場では話せない事なのか、本当になんでもない事なのか……。
律儀に俺とメリアさんのやり取りを三歩離れた場所から眺めていた職員さんは、俺の返事を合図にして、先導するように前を歩き始めた。
と、いう訳で。
(…………で、なんかあったの?)
質問タイムでございます。この場で話せない事なら、声に出さなければいいのだ。【念話】超便利。
本当になんでもなかったり、話したくない事だったら深くは聞かないつもりだったが、メリアさんはあっさりと答えを教えてくれた。
(あー。いや、大したことじゃないんだけどね。子供のフリをしてるレンちゃんに話しかけられて、会ったばっかりの事を思い出したんだ。それでちょっと懐かしくなっちゃって)
(あー。なるほど)
確かに、会ってから暫くは俺も幼女の振りをしてメリアさんと接してたな。
まああの時は、俺もこっちの世界に来たばっかりで、右も左も分からない状態だったし、付き合いも短かったから、秘密を打ち明けるのも憚られたしな。『こんな見た目ですが、中身は別の世界から来た、いい歳したおっさんです』とか言っても、信じてもらえる訳ないと思ってたんだよな。感覚としては普通だと思う。
それが今や、お互いの秘密を共有しつつ、いつのまにか二十人近い大所帯になって、一緒に色んな事をやっているってんだから、人生って分からないもんだよね。
…………ほんと、この世界で初めて会ったのがメリアさんで良かった。
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