第179話 クリスさんにメリアさんに、ゴボウの美味しさを伝える為の料理を作り始めた。
「んん! コホン。……それじゃ、軽く何か作ってみようか」
一度空咳を挟んで内心の燃え上がる心を隠し、なんでもない風を装って声を上げると、未だに可哀想な子を見る目で俺を見続けていたメリアさんが驚きの表情を浮かべた。なんでそこで驚くん?
「え!? 本当に食べるの!? 本気で!? いやだってこれ、根っこだよ!? レンちゃん、お腹壊しちゃうからやめとこう?」
食べる事自体に驚いてたんかい。ゴボウは由緒正しき野菜だよ! 確かに前の世界では訴訟沙汰になった事もあるらしいけど、美味しいんだよこれ!
やばいやばい。またヒートアップしそうになった。深呼吸して落ち着こう。スー……ハー……。
「…………ふう。大丈夫だよ。これは普通に食べられる奴だから。ほら、持ってきた人も美味しかったって言ってたんでしょ?」
「それは、雑草の中で一番って話じゃん……」
そうだった。これじゃあ美味いって意味にはならないな。うーん……うーん…………。
「まあ食べてみれば分かるよ! さすがにこのまま食べるのは美味しくないから、ちょっと〈鉄の幼子亭〉に行って材料取ってくるよ! 行こう、おねーちゃん」
「それはいいけど……レンちゃん、説明、諦めたね……?」
メリアさんからほんのりジットリした目で見つめられるが、全力で目を逸らして回避する。しゃーないじゃん。思いつかないんだから。
「ふう。まあいいけどさ。って事でクリスさん、そういう事みたいだから、ちょっと行って来るね。すぐ戻ってくるから待ってて?」
「承知しました。お待ちしてますね」
メリアさんがクリスさんへ声を掛け、クリスさんがそれを承諾した事を確認してから、メリアさんと連れ立って早足で組合から出る。
外に出た後、俺は左右を見渡し、最初に目に入った裏道に入った。
日の光が遮られ薄暗い道を二人で進み、人の目がない事を確認してから足を止めた。
「ここらへんでいいか」
「そうだね。ここなら誰かに見られる事もないかな?」
メリアさんからもお墨付きをいただいたので、作業を開始する。
まず【魔力固定】を発動し、布袋を作成。メリアさんに手渡す。
続いて〈拡張保管庫〉から食材を取り出して、袋にポンポン放り込んでいく。
お察しの通り、〈鉄の幼子亭〉に食材を取りに行くというのは嘘だ。実際、〈鉄の幼子亭〉に調理前の食材なんて全く置かれてないし。
クリスさんには〈拡張保管庫〉の事を教えても問題ないとは思うけど、まあ念のためね。
「えーと……これとこれと……これもいるかな? あ、これもいるか」
「いやあ……見る度に思うけど、レンちゃんの【能力】、ホントに便利だよねえ……。私とは大違いだよ」
メリアさんの【能力】ってなんだったっけ。…………思い出せない。まあ多分、身体能力が爆上がりするような【能力】だろ。そうじゃないとあの動きや腕力の説明が付かないし。
「そうだね。我ながら便利だと思うよ。でも、もらった経緯がねえ……」
「経緯? ……ああ、そういえばレンちゃん、女神様から直接もらったんだっけ? すごいよねえ。で? どうやってもらったの?」
「くじ引き」
「…………はい?」
「くじ引き。こう、箱の中に【能力】が書かれた札みたいなのが沢山入っててね。そこに手を突っ込んで一個だけ取るっていう……」
「えぇ……。何それ。【能力】ってそういう風に決めてるの……?」
困惑する気持ちは良く分かるよ。
すげえ助かってるし、有難い事は事実なんだが、経緯が経緯だけに、手放しにレストナードに感謝できないんだよなあ……。
「他の人の場合はどうか分からないけど、俺の場合はそうだったね。しかもその後、落とし穴でこの世界に放り込まれたし……」
「…………レストナード様って、本当に女神様? 神様は神様でも邪神とかじゃない?」
「それは大丈夫…………じゃ、ないか、なあ?」
前会った時はフレヌスも一緒にいたし、ちゃんと女神のはずだけど……二人……二柱? の言葉を聞いてる感じ、前の世界の企業みたいな感じのように見えたから、本人……本神? の適性とか関係なしに任命されたりするのかも。…………嫌だなあ。
「っと。こんなもんか。それじゃ、戻ろうか」
「あ、終わった? りょーかい。…………ま、レンちゃんを私の所に連れてきてくれたし、私にとっては最高の神様な事に変わりはないかな?」
…………なんでもない口調で唐突にぶっこんでくるのやめてくれない? 心臓に悪いから…………。
……
…………
「戻りましたー」
「ただいまー」
食材諸々で膨れ上がった布袋をメリアさんに抱えてもらい、組合に戻ると、クリスさんは簡易厨房の前でどこからか持ってきた小さな机の前に座って、何やら書き物をしていた。
この人、こんな場所でも仕事してる……。待たせちゃったかな? もうちょっと急げばよかったか。
「おかえりなさい。早かったですね。…………え、本当に早いですね? 普通に向かったら今頃やっとお店に着くくらいの時間しか経ってないですよ?」
「「あ…………」」
むしろ早すぎたようだ。やべえ。普通はもっと時間がかかるか。
「あー、えーっと…………そ、そう! クリスを待たせちゃいけないと思って、私がレンちゃんを抱えて走ったんだよ! ほら、私って足速いし!」
いかにも今思いつきました! とばかりに言い訳を口にするメリアさん。
……いや、内容はともかく、そんなにしどろもどろになってたらバレバレだよ。
「………………そうですね。メリアさんはジャンさん達を超えるくらいの実力の持ち主ですし、急げばこれくらいの時間でも帰って来れるかもしれないですね」
まじで!? 信じてくれんの!? もしかしてクリスさんってチョロいのか!?
「まあ、冒険者の皆さんは隠しておきたい事も多いでしょうし、そういう事にしておきましょう」
違いました。空気読んでくれただけでした。
「あはははは……。そうしてもらえると助かるかな? それじゃあ、始めようか。レンちゃん、よろしくね」
「お、おう。了解」
………………よし。頭を切り替えて料理を始めよう。
とりあえず今回作る料理は二品。キンピラと豚汁だ。ゴボウ料理と言えばこの二品でしょう。
豚汁は味噌の在庫が残り少ないので、大した量は作れないが、増産の話を進めているし、まあなんとかなるだろう。使い切れば三人分くらいは作れるはずだ。
キンピラは本来であれば作るのにミリンや醤油が必要なのだが、洋風レシピで作った事が一回だけあるので、うろ覚えながらそれで作ってみる。
豚汁の工程については割愛。前回と違う所と言えば、豚肉の脂でゴボウを炒めるくらいか。でも、これだけでもかなり味の違いが出るんだよなあ。楽しみだ。
とりあえず先に豚汁から作り始め、煮込みの段階になったら火から下す。本当は少し煮込んでおきたいんだけど、ここ、火を使える場所が一か所しかないからね。まあ、煮物系って冷える時に味が染み込むらしいから、その為って事で。豚汁は煮物じゃないけど。
クリスさんが仕事に使っていたテーブルから書類を片づけ、そこに豚汁を退避してから洋風キンピラの調理に入る。
材料はゴボウと干し肉。以上。本当は干し肉じゃなくてベーコンを使う所なんだけど、ない物はしょうがない。
まあ、調理といっても大した工程はない。
まず干し肉を料理に使える状態にする。
できれば水で戻したい所だが、あまり時間をかけたくないので、メリアさんに小さく砕いてもらう。俺の腕力ではとても出来ないが、メリアさんなら簡単だ。まじで漫画の世界のパワーだからね。
「なんか、変な事考えてなかった?」
「イエ? ナニモ考エテナイデスヨ?」
……コホン。調理を続けよう。
メリアさんからのジト目を結界で受け止めながら、続いてゴボウの調理。
千切りにするのだが、俺はそんなに刃物の扱いが上手くないので時間がかかる。
なんとかゴボウの千切りが終わったら、フライパンっぽい底の浅い鍋に油を敷いて熱する。
いい感じに油が温まったら、メリアさんの剛力に屈して滅茶苦茶小さくなった干し肉とゴボウを投入。炒める。
「やっぱり変な事考えてるよね?」
「イエ? ナニモ考エテナイデスヨ?」
火を扱ってる時は危ないからねー。ちゃんと集中しないとねー。
ん-、このままだと水分が少なくて干し肉が戻らないかな? ちょっと水入れて蒸すか。
水を投入してから蓋をして暫し待機。
「レンさんが料理をしている所は初めて見ましたが……子供とは思えないほど手際がいいですね。本当に子供とは思えない」
公正を期す為か、手を出さずに、少し離れた場所で俺達の動きを見ていたクリスさんがポツリと漏らした。
なんで二回言ったの? 褒められるのは嬉しいけど、そこに疑問は覚えなくてもいいよ?
「ねー。まあ〈鉄の幼子亭〉で出してる料理のほとんどはレンちゃんが考えた物だからねえ。すごいでしょー」
自分が褒められたかのようにドヤ顔で胸を張るメリアさん。相変わらず可愛いなこの三十五歳。
「………………本当に、子供とは思えないですね」
『本当に』の部分にアクセント付けなくていいから。
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