第2話 転生したら幼女で死にかけてた。
眠い。周りがこんなに暗いのに眠いってどういうことだろうか。俺、今寝てるんじゃないのか?
トクン、トクン、トクン
なんか頭がふわふわして気持ちいいし、このままずっとこうしていたいな。
トクン……トクン……トク……ン
…なんかうるさいな。静かにしてくれよ、俺は眠いんだよ。
……トク……ン……ト……ク…………ト……
お、静かになってきた。これならすーっと眠れそうだ。
でもこの音、なんか聞き覚えがある気がするんだよなー…あれ? もしかして
この音って、心音じゃね?
誰の?
もしかして……俺の?
気づいた瞬間、目の前が一気に白くなった。
真っ白だった視界は段々とピントが合ってきて、ぼんやりと青い空と肌色のなにかが見える。
口の所になにか被さっている。
それがなにか理解するより先に、そこから口の中に空気が一気に流れ込んできた。
その感覚で、自分が呼吸をしていない事に気づくことができた。
息を吸おうとするが、喉になにか詰まっていてできない。やばい、苦しい。死ぬ。
全身に力を込め、思いっきり詰まっていた物を吐き出した。
「……ゴポッ! ゲハッ! ガハッガハッ! ヒュー……ヒュー……ゲホッゲッホ!」
なんとか呼吸できるようになった。ほんとにやばかった。
意識が朦朧としている中だったからめっちゃ他人事だったけど、聞こえてた音って俺の心音だったよな。
止まりかけてたじゃん。というかちょっと止まったじゃん。なにが『静かにしてくれよ』だ。静かになったら死ぬっつーの。
ヒューヒューと笛のような音を出しながら呼吸していると、今度はすごい吐き気が。た、耐え……あ。やば。無理。
とっさに四つん這いになったが、そこが限界だった。
「……ゲェェェェエエッ」
吐いちゃった。てか何これ。薄緑色のゼリーみたいなのがすげえ出てくるんだけど。
「オエエエェェェ……ハア、ハア」
やっと止まった。すごい量出たな…一分くらい吐き続けてた気がするぞ。超苦しい。喉痛い。
生きる事を目的に転生したのに、転生した瞬間に死にかけたぞ。どういうことだよ。
というか、自分のことでいっぱいいっぱいで気づかなかったけど、さっきから俺の背中を優しくさすってくれてる人がいる。
しんどい時にこういう事されると嬉しいし、大分楽になった。お礼言わないと。
「ぁ、ありがとうございま……」
振り向きながらお礼を言おうとして途中で声が止まった。
なんか、めっちゃ声高いんだけど。
声は途中で止めちゃったけど、振り向くのは止めてなかったから、背中をさすってくれていた人と目が合った。
女の人だった。ちょっと釣り目がちできつめの顔だけど、かなり美人だ。
真っ赤な髪に真っ赤な瞳をしていて、その目には俺を心配している感じが伝わってくる。
口元には少し薄緑色に汚れていた。あれ、俺が吐いた奴と同じっぽい。この人が助けてくれたみたいだ。
赤髪赤眼とか、いかにも異世界で十分に驚くべきことだが、それよりも気になることがあった。
目の前の女性は目が大きくて、そこに映っている物がちょっと見える。
位置関係的にそこに映っているのは俺のはずなんだが、おかしいな。
なんか幼女が映っている気がするんだ。
もうちょっとよく見える物はないかな? ……あ、俺が吐いたゲロ。
胃の中は緑のゼリーしか入っていなかったようで、見た目は汚くない。あれ、ちょっとは鏡代わりになるんじゃないかな。
後ろを向いていた顔をゆっくりと戻し、ゲ――ゼリーに顔を向けた。
地面にぶちまけられたゼリーはそれなりの量があって、自分の顔を映すには十分だ。
薄緑色の世界にぼんやりと映っていたのは幼児だった。
ちっちゃい。小学校低学年くらい。しかもすげーかわいい。
髪の毛は腰くらいまである長髪で、くすんだ銀色――鉄色? みたいな色をしている。
瞳は金色で驚愕に見開いている。
大分顔色が悪くて、口元は緑のゼリーでベタベタだが、それでもすこぶる可愛らしい。俺がロリコンだったら惚れてたかもしれない。
俺はおそるおそる、ゼリーの向こうの幼女にゆっくりと手を振ってみた。
幼児は振り返してくれた。
というかまったく同じタイミングで俺と逆の手を振っていた。
わかった。認めるよ。認めざるを得ないよ畜生。
女神様よ。なんで俺、転生したら幼女になってんの? しかも全くの別人。
「ー、ーーーーーー?」
声らしき音が聞こえて、呆然としながらも振り返ると、そこには先ほどの女性が。
「ーーーーーーーー? ーーーーーーーーーーー」
心配そうに話しかけてくるが、何言ってるかさっぱりわからない。
しかも、言葉も通じねえじゃねえかよ。どうすんだよこれ。
……
…………
俺は今、さっきの女性に背負われてどこかに向かっている。
立ち上がろうとしたら、足がガクガクでその場に尻もちをついてしまった。
そうしたら、彼女が俺を優しくおぶってくれたって訳だ。
相手も言葉が通じないのが分かったのか、話しかけたりはしてこない。
でも、背中ごしに俺を労わっているのがすごく伝わってくる。
俺の体が冷え切っているのか、やけに熱く感じる背中だ。でもその熱さがとても心地いい。
しばらく背負われていると彼女が立ち止った。ここが終点らしい。
肩越しに前を見て愕然とした。夢でも見てるのかと思った。
そこは洞窟だった。彼女は少し恥ずかしそうにはにかみながら、洞窟の中に入っていく。
え? この人、洞窟に住んでんの? この世界ってそこまで文明レベル低いの?
さすがに石器時代は嫌なんですけど。
でもこの人、ゴワゴワしてはいるがちゃんと布の服着てるよな…。
洞窟の中は見た目以上に広く、彼女が普通に立って歩けるだけの高さがあり、奥も思ったより深そうだ。
十メートルくらい進んだろうか。最深部と思われるところに、二メートル四方くらいの、一段高くなった場所があり、そこに俺は寝かせられた。
え? これ、もしかしてベッド? 生贄の祭壇みたいなんだけど。
彼女は俺をベッド(そう思うことにした)に寝かせてから、ちょっと離れた場所にあるスペースに向かった。
そこにはいくつかの調理器具や鉄製らしき鍋などが置いてあり、台所のようだ。
女性は鍋に両手を当ててじっとしている。何をしているんだろう。
数分経つと、彼女が器を持ってこちらに戻ってきた。
金属製のスプーンと共にそっと渡されたこれまた金属製の器には、湯気を立てるスープが入っていた。
火を使った気配はなかったのに、渡されたスープは熱々だ。
これが魔法って奴か。便利だな魔法。
立ち込めるスープの匂いを嗅いだ途端、俺の腹が『くぅ~』と鳴った。
めっちゃ恥ずかしい。目が覚めた時に思いっきり吐いて胃の中は空っぽだからしょうがないとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
顔が赤くなるのを感じながら女性にそろ~っと顔を向けると、くすくすと笑いながら頷いた。
異世界に来て初めて食べたスープは、具も少ないし、塩味も薄かったけど、とても美味しかった。
突っ込みたい所は色々あるが、それはこの世界の言葉が分かるようになったら追々聞いてみよう。
……
…………
………………
それから彼女との同棲生活が始まった。まあ、同棲といってもほぼ寄生みたいなもんだが。
食事も寝床も用意してもらっちゃってるし。
まず言葉を習った。これがないと始まらない。
ちなみに一番最初に教えてもらった言葉は『おねーちゃん』だった。名前より先に教えてもらった。なんでだよ。
初めて『おねーちゃん』って呼んだ時は、目をキラッキラさせて抱きつかれた。
彼女、なかなかの物をお持ちで、しかも力も結構強いので、谷間に顔が完全に埋まって窒息しかけた。
柔らかいし、なんかいい匂いするしで、嬉しい事は嬉しいのだが、命と引き換えは勘弁だ。
『おねーちゃん』の次にやっと彼女の名前を教えてもらえた。彼女は『メリア』というらしい。
合わせて『メリアおねーちゃん』と言ったら、なんかビクンビクンした後、力強いハグを頂戴した。
この時は前以上に力強く、俺、たぶんちょっと口から魂出てた。
そこからどんどん言葉を教わり、数か月である程度会話できるまで言葉を覚えることができた。
この体は地頭がとてもよろしいらしい。素晴らしいことだ。
俺が異世界から来たってことはまだ伝えられていない。なかなか言う機会がなくてズルズル来てしまっている。
折を見て伝えた方がいいよなあ。
ちなみに、この世界での俺は女だった。しかも幼女。多分五~六歳くらい。
体を拭く時に見てみたら、有るべきモノが無く、平らであるべき所がちょっとだけ膨らんでいたから間違いないだろう。
改めてなんでだよ! と思ったが、転生する時に女神様が『間違えちゃったですぅ!』とか言ってたからなあ。
あのはわわ女神様なら、何を間違えてもおかしくない気がする。
そうそう。この世界では、姓を持つのはそれなり以上の家柄の人だけらしいので、俺は【レン】とだけ名乗っておいた。
元の世界にいた時は、女みたいな名前で好きじゃなかったんだが、まさかこんなところで役に立つとはねえ。
「メリアおねーちゃん、今日は何について教えてくれるのー?」
異世界の言語を習得したら、次は異世界の法則や社会についてだ。わからない事は聞く。これ鉄則。
一応、名前以外の記憶が無い、ということにしておいた。
怪しさ満点だが、泣きそうな顔で『レン、何もわからないの……』って言ったらなんか大丈夫だった。
メリアさん、鼻血出しながら、『大丈夫よレンちゃん! 私がなんでも教えてあげるからね!』って言いながら俺の事をガッチリ抱きしめたよ。
今の俺、自分で言うのもなんだが、すげー可愛いからね。可愛いって強いぜ。
「ッ!! ハアハア……。そうだねえ、今日は魔法についてお勉強しようか!」
……にしても、初めて会った時はクール系美人だと思ってたメリアさんだが、一緒に過ごす内に一つ分かったことがあった。
この人、クール系美人じゃなくて、残念美人だ。そしてめちゃ甘。
事あるごとに俺を見てハアハアしてるし、話しかけると目がキラッキラする。
普段はキリッとした顔が、溶けたんじゃないかってくらいだら~ってなる。この時の顔はやばすぎてちょっと直視できない。
むしろちょっと怖い。
「魔法っていうのはね、体の中に流れている【魔力】っていうのを操って、色々な事ができるようになる物なの」
俺がちっちゃいからか、大分噛み砕いた説明だな。ざっくりしすぎててよく分からん。
「色々って、火を起こしたり、風を吹かせたりってこと?」
「そうそう。でも一人ひとり【適性】っていうのがあってね?【適性】に合わない魔法はまともに使えないんだ」
なるほど、【適性】がないとまともに魔法を使うこともできないのかー……って、え?
「そ、その【適性】ってどうやったらわかるの?」
「んー。目を閉じて、頭の中で『知りたい!』って念じるとわかるよー。レンちゃんはなんの【適性】があるのかなー?おねーちゃんに教えて?ちなみに私は火属性だよー」
「う、うん。ちょっと見てみる……」
だ、大丈夫だよな。神様がくれたのは無属性魔法の適性だけだったけど、それ以外もあるよな?
他の属性が一切使えないとか、ないよな?
俺は教えられた通りに目を閉じ、頭の中で『知りたい!』と絶叫した。
すると、頭の中に小さめのウィンドウが表示された。
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【名前】レン
【能力】冷却、魔法適性(無)、金属操作
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……魔法適性、やっぱ無属性しかねえ。これじゃあ魔法使えねえじゃねえかよ……。
せっかく魔法のある異世界に来たっていうのに、魔法使えないのか……。
色んな魔法バンバン使ってみたかったのに……。
「どうだった?」
ニコニコしながらメリアさんが聞いてくる。
しょんぼりしながら
「うん……無属性だって……」
って言ったら、
「あー……無属性か……。そっかぁ……。というか、無属性魔法適性なんてあったんだ……」
って憐れむような視線を向けられた。
やめて! そんな可哀そうな人見る目で俺を見ないで!
いや、まだだ! 女神様に聞いた時は【身体強化】と【魔力固定】しか教えてもらえなかったけど、実は他にすごい魔法があるかもしれない!
「えっと……無属性魔法ってどんなのがあるの?」
「うーん、力を強くしたり、速く走れたり、とかかなあ」
これ、女神様がいってた【身体強化】のことだよな。
やっぱそれくらいしか出てこないのか……。
これ自体は割と便利そうだらいいけどさ。地味だけど。地味だけど。
あれ? そういえばさっき、魔法は適性ないとまともに使えないって言ってたよな。
ってことは、他の【適性】持ちの人たちは【身体強化】は使えないってことか?
…ハッハッハ! 魔法を駆使する人たちを圧倒的な身体能力で凌駕する!
かっこいい! かっこいいねえ!
「それって無属性魔法の適性ないと使えないんだよね?」
「いや、魔力を操ることができたら誰でも使えるねえ……」
……だめじゃん。
無属性魔法は名前の通り属性が無いから、適性に関係なく使えるんだそうな。
そ、そうだ。後から【適性】が増えるならまだ望みはー!
「【適性】って後から増えたりする?」
「聞いたことないねえ……」
Oh……。
女神様にひでえもん掴まされたぜ……。
いや、まあ、使えないわけじゃないからゴミ【能力】ってわけじゃないんだろうけど……。
そういえば、【魔力固定】の話は出てこなかったな。
……どうせ微妙なんだろ? 分かってるよ。
「ほ、ほら、魔法が全てじゃないよ! レンちゃん可愛いし! 可愛いは最強だよ!」
メリアさんがわたわたしながらそんな事言ったが、いや、それ慰めになってないからね。
がっくりしていると、頭の中にウィンドウ表示されっぱなしになっていた。
これ邪魔だな。『消えろ!』って念じたら消えるのかな?
……おお、消えた。すげえなあ、さすが異世界だ。
慰めようとしているのか、メリアさんに頭をわしゃわしゃ撫でられながら、なんとなくウィンドウを出したり消したりしていると、ウィンドウの中に気になるものが表示されていることに気付いた。
【金属操作】
こんな【能力】もらったっけ?
記憶にないな。
まあ、使えない魔法の事は置いておいて、自分の【能力】の使用感を確かめてみるか。