第177話 レストナードに(精神的に)振り回された。メリアさんに(物理的に)振り回された。
侯爵様の依頼(という名の強制)を嫌々ながら受ける事にした俺達は、その旨を組合長に報告する為に、侯爵様の屋敷を出、冒険者組合へと足を向けていた。
「あー。やりたくねー……」
「護衛なんてやった事ないしねえ。初めての護衛の相手が貴族様と王女様とか、ちょっと意味がわからないよ。さすが、レンちゃんと一緒にいると色々おかしい事になるねえ」
「……そこは俺関係なくない?」
まるで俺が面倒な事態を引き起こしている元凶のような言い方…………いや、多少は自覚あるけどね?
前の世界では特殊な技能を持っていない会社員だったから大した事は出来てないけど、それでも今までこの世界には存在しなかったであろう物を持ち込んでいるからね。まあ大なり小なりなにかしらの影響は引き起こしているとは思う。大体料理なのが微妙にショボいけど。
でも俺、内燃機関とか銃とか、世界全体に大きな影響を及ぼしそうな物は作ってないよ? そんな、国のトップに位置するような人達から寵愛を受けるような事態にはならないと思うんだが……。
俺の装備? あれは銃は銃でも空気銃。しかも玩具の方。あんなもんで世界は変わらないよ。しかもあれ、人に渡したりはしてないし、原理の説明もメリアさんにしかしてないからね。問題なし。
その程度の事しかしていないにも関わらず、この波乱万丈っぷり。これはあれだな。会った事ないけど、運命の神様とかがいて、レストナードに唆されて俺に色々けしかけてるんだ。そうに違いない。
(いえいえぇ。運命の女神に、あなたの事は教えてないですよぉ。って事で、色々起こってるのはあなたが自分で引き寄せてるだけですぅ)
「!?」
「わっ!?」
いきなり頭の中に響き渡った声に、俺は体をビクゥッ! と震わせ、その様子にメリアさんが驚きの声を上げた。
感覚としては【念話】に近いが、少し違う。なにより、この舌ったらずで間の抜けた声には聞き覚えがある。
レストナードだ。
なんだなんだ? この世界に来る事になった時以来、何回か話した事はあったが、その全ては俺をあっちの世界に引き込んだり、こっちの世界に降臨したりで、なんだかんだ対面での会話だった。
それを今まで行ってこなかった【念話】じみた方法でコンタクトを取ってきたって事は、何か特別な事情があっての事だろうか。
……まさか、今回受けた王女と侯爵夫人の護衛依頼に、何か厄介な事が起こる事への警告か?
うわー。まじかー。そういうアニメや小説の主人公みたいな展開、いらないんだけど。
「…………」
「あーびっくりしたあ。え? 何? どうしたのいきなり怖い顔で立ち止まって? ……おーい。レンちゃーん? 聞こえてるー?」
何が起こっても対応できるようにと身構える俺に、メリアさんが不思議そうな顔で話しかけてくる。やめて、顔の前で手を振らないで。前が見えない。
「…………今、レストナードから【念話】みたいな物があったんだ」
「え!? レストナードって、コリンの時に会った、可愛らしい神様の事だよね? なんで?」
「分からない。内容はどうでもいいような事だったけど、仮にも神様が話しかけてきたんだ。ただの雑談って事はないはず。最初は当たり障りのない話を振っておいて、その後に本命の話をする気なのかもしれない」
「うーん…………。あの神様、なんていうか、えーと……抜けてる……じゃなくて……頭悪……でもなくて…………そう! 雰囲気が軽くて親しみやすそうな感じがあったし、本当にただの雑談だったんじゃないかなあ」
うん。たった一回、しかも会話自体はほとんどしていないにも関わらず、メリアさんはアイツの事を良く分かっている。初見の相手からすらそう思われるって相当だなアイツ。必死に濁そうとしているメリアさんの言葉の端々から、メリアさんのレストナードへのイメージが良く伝わってくるぜ。
だが、なんだかんだ、アイツが話しかけてきた時ってのは常になにかしらの問題が起こっていた時だ。この世界への連れ去り然り、ルナの治療方法然り、狐燐の事然り。
そういう前例を考えると、今回も何かの問題が発生する、もしくは発生しそうで、その警告やらとかで連絡を取って来た、と考える方が自然な気がする。前例って大事だしね。
その事を説明すると、メリアさんも考えを改めたのか、その表情を真剣な物に変え、何が起こっても即応できるように少し腰を低く落とした。街中故、手甲こそ装備していないが、それ以外はバリバリの戦闘体勢だ。
俺も、いつでも【金属操作】と【熱量操作】を使用できるように身構えつつ、レストナードからの追加情報を待つ。
突然道の真ん中で立ち止まり、ピリピリした空気を纏い始めた俺達に、道行く人々は怪訝そうな表情で俺達を見てくるが、その程度で足を止めるような人はおらず、そのまま歩み去っていく。
やばいな。ここで何かが起こった場合、その内容にもよるが、街の人達にも危険が及ぶ可能性もある。こういうのは常に最悪を想定するべきだし、ここから離れた方がいいか?
そんな事を考え、街からの脱出方法について思考を巡らせ始めた所で、待ち望んだ声が頭に響いて来た。
(いえ、別に用事はないですよぉ? ちょっと暇だったんで話しかけてみただけですぅ)
「まじで雑談かよおぉぉぉ!!!!!!」
衆人環視の中、絶叫するという奇行を犯してしまったが、これは俺は悪くないだろ。
……
…………
「…………レンさん、随分疲れた顔をされてますね。組合長との話ですか?」
「いや、そういうんじゃないんでだいじょうぶです…………」
クリスさんに顔色について心配されるが、俺はなんでもないと手を振る。
糞女神からのふざけた【念話】に、道のど真ん中で絶叫するという奇行をしでかしてしまった俺は、慌てたメリアさんに抱えられて冒険者組合にやってきた。
メリアさんはそのままの姿勢で組合長室まで直行。ノックもせずにぶっ壊さんばかりの勢いでドアを開け、室内へ突撃した。
驚きのあまりフリーズする組合長を無視して、これまた凄まじい勢いでドアを閉め、そこでようやく俺を下した。
レストナードから受けた衝撃と、メリアさんに抱えられて米俵のように配送された為に、ジェットコースターよろしく振り回されたせいでフラフラな俺を置いて、メリアさんは若干疲れた表情で、未だ状況が掴みきれていない様子の組合長に、侯爵様から依頼を受ける事になった旨を報告した。
そこで組合長はフリーズから復帰。メリアさんの報告に待ったをかけた。
『領主様からの依頼を受ける気になったのは分かった。だがその内容については報告しなくていい。俺に話を持ってきた時に隠していた時点で、俺が知る必要のない情報だと領主様が判断したって事だからな。正式に依頼が発行されたら、処理が終わり次第【鉄の幼子亭】に使いを出すから、それまで待機してろ』
との事だ。
組合長への報告が終わり、部屋から退出した辺りで、諸々のダメージが多少抜けた俺はメリアさんに、先延ばしになっていた依頼の進捗確認をしようと提案。メリアさんもそれに賛成したので、クリスさんの元へ向かい、先のクリスさんの台詞に繋がる。
「まあ、ちょっと色々あったんだよ。これ以上は聞かないでくれると有難いかな……」
苦笑と疲労がない交ぜになった表情で、メリアさんがそれ以上の詮索を拒否すると、クリスさんは心配そうな表情で言葉を続けた。
「そうですか……。先ほど、レンさんと思わしき人物が道の真ん中で絶叫しはじめ、メリアさんと思わしき人物がその相手を小脇に抱えて凄まじい速さでその場から離れた、という話を聞いたのですが……」
「「…………」」
ご存じでしたか……。まあそりゃそうか。冒険者組合って色んな情報が集まってきそうだしなあ。
「レンさん。心配事や心に留めておくのが辛い事がありましたら、遠慮なく話していただいて大丈夫ですからね? ご家族の方には話せないような事でも、他人である私になら話しやすいという事もあるでしょうし」
「は、はい。そういう事があったら、よろしくお願いします……」
やべえ。クリスさんから心の病気を疑われている気がする。
心の底から俺の事を心配してくれている事が、表情からも声音からも分かるクリスさんの態度に、俺は真向から否定する事ができなかった。
まあ、『神様から雑談を吹っ掛けられてブチ切れた』なんて絶対言えないけど……。
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