第172話 模擬戦終了! ……え? 終了!?
今回でメリア視点は終了となります。
「さあ! 行くよ!」
宣言と共に、短剣を片手に構えたレミィがこちらに向かって走りこんで来た。
走りこんで来た、とは言っても、さすがに一直線には向かってこない。動きや走る速度に緩急を付け、こちらになかなか狙いを付けさせてくれない。あれは私はやらないし出来ないなあ。私にはあんな複雑な動きは無理だ。ちょっとした動きも見逃さないように、目を皿のようにして観察しているが、それでも何をしているのか良くわからない。
え。なんでその体勢から真横に動くの? なにその動き。ちょっと気持ち悪い。
ん? 足の動きは変わってないはずなのに、ちょっと減速してない? 何それどうやってんの?
「そーぉ、れ!」
「っ!? うわっ!?」
「え! 今の防ぐの!? ちょっと信じられないんだけど!」
目を逸らさず、しっかり見ていたはずなのに、気づいた時にはレミィは目の前に居て、お腹に短剣が突き込まれる寸前だった。
慌てて腕を動かし、手甲で短剣を横から叩いて防ぐ。反射的にもう片方の手で目の前を薙ぎ払うが、その時には目の前にレミィの姿はなく、私から五歩ほど離れた場所に立っていた。若干頬を引き攣らせながら驚きの声を上げるが、驚いたのはこっちも一緒だよ。自分の目と頭が信じられなくなりそうだ。
「うーん。今ので決められないとなると、普通にやるだけだとどうやっても無理そうかなあ」
「……普通? あれが?」
普通ってなんだっけ。普通に走ってる人って、姿勢もそのままに真横に動いたりするものだっけ?
「あれは全部訓練すれば出来る動きだよ。まあ慣れないと難しい事は確かだけどね」
訓練すれば出来るの? あれが? ちょっと信じられないんだけど。
「バレるのが怖くて出し惜しみしちゃってたけど、止めるよ。レベル六冒険者として、レベル詐欺とはいえ、レベル一に負ける訳にはいかないから」
「レベル詐欺って」
それ、マリアにも言われたなあ……。そんな事言われても、冒険者としての活動をしてないんだからレベルが上がらないのは当たり前なんだし、私は悪くないよねえ?
そんな私の思いとは裏腹に、レミィは始める前とは比べ物にならないくらい、やる気に満ちた真剣な表情で短剣を構え直した。
ふむ。という事は、【能力】をまた使い始めるって事かな?
望むところだ。糸口は掴んでるから、完璧に対応してみせる。
「ふぅ~…………。フッ!」
構えは崩さず、一つ大きな深呼吸をした後、レミィがこちらへ突っ込んで来た。
向かって来る速さはさっきまでと変わらない。いや、あっきまでのような気持ち悪い動きをせず、真っすぐに向かってきている分、少し速いかな? でもそれだけだ。
私も腰を少し落として重心を下げ、どんな動きにも対応できるようにしつつ、しっかりとレミィを見つめる。
先ほどより早く間合いに到達したレミィは、その場で大きな動きで短剣を振るって来る。
その動きに合わせ、短剣を手甲で弾こうとするが、短剣と手甲が触れ合ったと思った瞬間、私の手甲がレミィの短剣をすり抜けた。もちろん手甲に衝撃はない。
来た!
【能力】を使った事を確信した私は、どんな変化も逃さないように、あらゆる感覚を総動員した。
――――――――っ! ここっ!
「なあ!?」
上半身を捩じって、裏拳を背後に叩き込むと、レミィの驚く声が響き渡る。チッ。声が近いし元気だ。そしてなにより手に何かが当たった感触がない。外した。
回避された事を認識すると同時、片足を軸にその場で半回転。回転の勢いを使って膝蹴りを繰り出す。
「うわっとぉ!?」
これも外した。だけど見つけた。本物だ。へー。【能力】使用中、本物はこういう風に見えるんだ。なんというか、薄っぺらいなあ。
「いやなんで!? 今の絶対当てずっぽうじゃないよね!? 私の居る場所把握してたよね!? 意味わかんないんだけど!」
結構必死な様子で私から距離を取ったレミィは、【能力】を解除したようで、しっかりと見えるようになってから、もう絶叫と言っても差し支えないくらいの大音声で叫んだ。
んー。さっきも、動き始める前とか、攻撃の直前に声で合図してもらってたし、このままだと公平じゃないよね。それじゃあネタバラシしましょうか。
「足音」
「……はい?」
私の答えに、レミィはポカンとした表情でこっちを見て来た。うーん。ちょっと端的すぎたかな? もうちょっと細かく教えてあげようか。
「だから足音だよ。姿は目の前に残ってても、足音が全く違う所から聞こえてくるからね。そっちを攻撃しただけだよ」
「いや、その弱点は私も知ってるけどさ……。だからこそ、足音が出ないように、靴底に柔らかい毛皮を張った特注の靴を作って、音が鳴らないようにしてるんだけど……」
なるほど。歩きにくそうな靴を履いてるなあ、とは思ってたけど、そういう理由だったんだ。
でも残念。それも完璧じゃなかったみたいだね。
「確かに、大分音は小さいねえ。でも完璧に消えてる訳じゃないからねえ。僅かに聞こえる音を頼りにしたんだよ」
「えぇー……。履いてる自分自身でも、ほとんど足音は聞こえないくらいなんだけど……」
「ついでに、【能力】の内容も大体分かったよ。〈存在感〉を自分から切り離すんだよね?」
これは、さっきの膝蹴りの時に分かった。
元々レミィの姿があった場所には未だにレミィが存在するような感覚があるのに、膝の先にレミィの姿が見えた。
つまり、レミィの【能力】は姿を消す類の物ではない。
幻を作る【能力】という可能性もあったが、さっき見えた本物がやたら薄っぺらく感じる事の説明が付かないし、使い方もおかしい。自分そっくりの幻が作れるんだったら、幻と本体が両方見える状態で、波状攻撃を仕掛けた方が効果が高いと思う。
そこらへんを考慮した結果思いついたのが『存在感を自分から切り離す【能力】』だ。
それであれば、実体のない存在感を囮にして、存在感が希薄になった本体が死角から攻撃を仕掛ける、という戦法はとても理に適っていると思う。
「まじかあ…………。うん。当たりだよ。私の【能力】は、存在感を短時間だけ自分から切り離して、代わりに自分自身の存在感を薄くするって能力だよ。【置き去り】って言うんだ」
「正直、かなり強力な【能力】だよね。まあ、冒険者というよりは、暗殺者向きの【能力】だと思うけど」
「まあね。でも、そこまで便利な物でもないんだよ。メリアも言ってたけど、あくまで切り離すのは存在感だけ。本体も存在感が薄くなるだけで姿が消える訳じゃないから、音とかで本体の場所がバレるし、本体が見つかったら意味ないんだよ。しかも『切り離す』っていうより『置いていく』って感じだから【能力】を使ったら自分が動かないと意味ないし……。だからこそ、【能力】発動中はなるべく体勢を低くして、見つからないようにしつつ、足音とかも出来るだけ出さないようにしてたんだけど……」
「私の耳は誤魔化せなかったと」
「ホントだよー! あーもー! 【能力】がバレたら奇襲も出来ないし、あれ以上足音を小さくなんて出来ないから居場所はバレバレ。単純な身体能力では足元にも及ばない! もう勝ち目がない! 負け負け! 私の負けでーす! ほら次! このままだと負けっぱなしだよ! ほらレーメス!」
レミィは地団駄を踏んで悔しがりつつ、自分の負けを認めた。
よっし、これで二勝!
さて、次は誰かな? レミィの言葉ならレーメスだね!
「いやあ、俺にゃあ無理だな。俺って手数と威力以外はレミィと似たようなもんだし。【能力】もそこまで強力なもんじゃねえ。正直勝ちの目が見えねえ」
いや、それはやってみないと分からないんじゃないかなあ?
まあでも、レーメス本人がそう思ってるならしょうがないのかな。
という訳で不戦勝! 三人抜きだね! 残るはセーヌとキース。魔法使いの二人だ!
よーし、がんばるぞー!
「む。確かにその通りかも……。じゃあセーヌ!」
「無茶仰らないでください。私魔法使いですわよ? 距離を取るか、前衛の方がいないと無力ですわ。まあ正直な所、今の三倍距離を取っても勝てる気はしませんが」
「むぐう……。じゃ、じゃあキース! キースは!?」
ん?
「セーヌが無理な時点で、私も無理なのは分かるでしょう? 私達の中で一番動きの速いレミィの動きに対応され、一番頑丈なジャンが一撃で倒された。私達に勝ち目はありませんよ」
「うぎぎぎぎ。反論できない……」
え?
「って事で、俺達の負けだ。完敗だよ」
…………ええええええ!?
「いやちょっと待って!? まだ二人としかやってないよ!? そっち五人いるじゃん! まだ出来るって! そ、そうだ! それじゃあ五対一でもいいから! ほら、ジャン達はパーティなんだから、五人で一緒に戦うのが一番強いんでしょ!? もっと訓練したい!」
まだやり足りない! やっと体があったまってきた所だよ! もっとやろうよ!
私の必死の説得に対し、ジャン達が返してきたのはなんとも白けた視線だった。あ、あれ……?
「…………普通なら、舐めるな! って怒る所だが、実力差を身を以て知ってる所為で怒りも湧かねえなあ」
「だな」
「うん」
「ええ」
「ですわね」
「え……? あ!? ご、ごめんなさい! そういう意味で言ったんじゃなくて……!」
煽った訳じゃないの! そんな気持ちは一切ないんだよ! あああああああ、やっちゃったよおおおお!
無意識にジャン達を馬鹿にするような台詞を吐いてしまった事に気づき、全力で謝るが、ジャンはなんでもないとばかりにヒラヒラと手を振った。
「分かってる分かってる。俺達は気にしてねえから、お前も気にすんな。まあ、他の奴らには言うなよってくらいか」
よ、良かった……。なんとか許してもらえたみたい。ジャン達が良い人達で助かった。今度からはもっと考えて喋るようにしないと……。
などと胸を撫でおろしていると、ジャン達が呆れた様子で私を見ているのが目に入った。
え? 私、また何かしちゃった……?
「……つーかまじで強すぎだろ。お前がレベル一だと、他のレベル一の奴らが可哀想だわ。ちょっと組合長に話しとくか」
「そうだね! もちろん私も協力するよ! 実際に戦った私とジャンが言えば、説得力もあるだろうし!」
「ああ。組合長自身、あいつらの事は気になってるみてえだしな。せめてレベル二……三…………いや、俺達と同じ、六までは上げた方が良い気がするぜ」
「賛成ですね。必死の思いでここまで来た身としては、ちょっと虚しい気もしますが……いえ、ここまで実力に差があるといっそ清々しいですね。むしろ彼女と同じレベルである事を誇るべきなのかもしれません」
いやいやいやいや。なんで私の冒険者レベルを上げる方向で話が決まってるの。組合長に直談判するっておかしいでしょ。しかもいきなりレベル六って。
「……同じレベルだと、アレと同等と実力があると思われませんか?」
「「「「「………………」」」」」
しかも最後のセーヌの台詞で皆『確かに!』って顔で黙るし! おかしいよね! ねえおかしいよね!
レベル六冒険者ってそんな簡単になれる物じゃないよね! なんか難しい試験とかあるんじゃないの!? 知らないけど!
「……よし、上げられる限界まで上げさせよう」
「さんせーい!」
「よし、善は急げだ。今からいくぞ」
「「「「「了解」」」」」
「ちょっと待ってええええええええええええええええええ!?」
そんな感じで、私が止めるのも構わずにジャン達はイースの冒険者組合へ向かってしまい、なし崩し的に模擬戦は終了した。
色々納得いかないんだけど!!!!
ヒロインによる「え? 私また何かやっちゃいました?」。ぶっちゃけ主人公よりずっとチートな存在。
お読みいただき、ありがとうございます。
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