第171話 模擬戦二戦目! どんどん行くよ!
引き続きメリア目線です。
無理な姿勢で私の攻撃を受け止めた結果、手首を痛めてしまったジャンに代わり、レミィと模擬戦を行う事になった。
私としても、さっきのはいまいちかっこよく出来なくて、レンちゃんに良い所を見せられなかったし、なにより、ジャンとの模擬戦は色々と学ぶ事が多くて、割りと楽しかった。
そして次に模擬戦を行うレミィは、さっきのジャンとは真逆、素早く動いて相手をかく乱した上で一撃を入れる、私とちょっと似た戦い方だったはず。
つまり、レミィとの模擬戦では、さっき以上に学ぶ事が多いはずだ。
「よーし! みなぎってきたあ! 早くやろうよ! 早く早く!」
「ちょ、ちょっと待ってください。確認しますから。……えー、レミィ? どうです? やれますか?」
「うううううぅぅ……。くっそー! やってやる! レベル六冒険者の力、見せてやるー!」
審判役のキースを急かすと、キースは困惑したような表情を浮かべて私を制止し、レミィに確認を行った。
当のレミィは犬のような唸り声をあげて俯いていたが、すぐに顔を上げ、やる気に満ちた雄たけびを上げた。
おお! レベル六冒険者の力! 楽しみだなあ!
「お! レミィもやる気だねえ! いいねいいね! じゃあ早く始めよう! ほらキース、合図して!」
「いや、あれは、やる気というより、捨て鉢のような……。まあ、この状況では仕方ありませんか。えー、お互い、怪我をさせないよう気を付けてくださいね。それでは――――」
レミィが、模擬戦用の短剣を軽く素振りをして重心の位置などを確認した後、構えを取ったのを準備が出来たと判断したキースが、ジャンとの時には言わなかった注意を、何故か私の顔を見ながら言った。
その行動に私は首を傾げたが、キースが腕を頭の上に上げたのを見て、頭の中に浮かんだ疑問を振り払い、私も構えを取る。
今はそんなどうでもいい疑問を考える時じゃない。可能な限りの全力で戦って、一つでも多く学び取らなくちゃ。
――――全てはあの、頭が良くてなんでも出来るけど、どこか危なっかしいあの娘を、後ろから支えてあげる事が出来るだけの力を得る為に。
「――――はじめ!」
キースの合図と共に右足で地面を蹴り、レミィの元へ突貫する。ジャンの時と同じだが、私の戦い方は若かりし頃のオーキとの訓練と、十年間の洞窟生活でほぼ固まっている。私が欲しいのは様々な戦い方の人との戦闘経験。その引き出しは多ければ多いほど良いのだ。
瞬きの間にレミィとの距離は縮まり、拳が届く距離まで肉薄した。
ジャンとの模擬戦で感覚はある程度掴めたので、拳が届く距離になった時にはしっかり右拳を振りかぶり、最大威力を繰り出す事が出来る状態になっている。
「せいっ!」
狙いはジャンの時と同じく胸。回避が難しい体の中心。
そしてジャンの武器が大剣だったのに対し、レミィは短剣一本。例えジャン並、いやそれ以上の反応速度を持っていても、この拳を受けきる事はできないはずだ。
事実、私の拳は寸分違わず、軽く弧を描くような軌道でレミィの胸へと吸い込まれていき――――
「うわっ! あっぶな?! 結構ギリギリだった!」
「っ!?」
そのまますり抜けた。
当たったと確信した私の拳は、全く手応えなくレミィの体をすり抜け、次の瞬間には目の前のレミィが幻のように掻き消える。
それとほぼ同時に、驚きの声と共に、私の右隣に、唐突にレミィの姿が現れた。それはもう、パッと突然に。前触れも何もなく。
「ふっ!」
「速っ?!」
内心かなり驚いたけど、これでも十年間、一人っきりで森で生きてきた身だ。驚きで動きが止まるような事はなかった。そんな事ではあの森では生きていけない。
レミィの姿を再度認識した瞬間、私は振り抜いた右腕の勢いをそのままに、両膝の力を一気に抜いた。
腕の振りと突進の勢いで体が流れていくのを強引に抑え込みつつ、無拍子でその場にしゃがみこみ、それと同時に左足を伸ばして足払いを仕掛ける。
今の私の状態で出せる最速の攻撃。腕の勢いを利用しただけだし、レミィとの距離が近すぎるのもあって、威力はそこまでないとは思うけど、転ばせる事くらいはできるはず。
「っと?!」
だがしかし、そんな私の攻撃も、足を畳むような小さな跳躍で避けられた。
無理矢理足払いに移行したせいでレミィに背中を向けてしまってはいたが、首を捩じってレミィの姿は瞳に捕らえていた私は、避けられたと分かった瞬間、畳まれたままの右足に力を込め、地面を強く踏みつける。
なりふり構わずにかなり力を込めて踏みつけた為か、轟音と共に地面が砕け、私の体は矢のような速さでレミィから離れた。
無理に無理を重ねた結果、跳んでいる時の姿勢は散々な物だったけれど、空中でなんとか体勢を整え、開始位置より少しだけ離れた位置に着地する。
「ちょっと?! 地面に穴開いたんだけど?! どんな脚の力してんの?! まあ、ジャンを吹き飛ばすくらいだし、これくらい力があるのはある意味納得か。いやあ、改めて分かったけど、こりゃ一発もらったら終わりだなあ」
最初と同じ位置で、ちょっと引いた声音でレミィが叫ぶが、私にはそれに応えず、必死に頭を回転させていた。
なんでさっきの足払いはその場で避けた? 最初の一撃を避けた時のような、消えるように見えるほどの速さがあればもっと余裕を持って避けられたはず。
私が逃げた時に追って来なかったのもおかしい。なんとか空中で体勢を整えられた事は確かだが、それでもあの速さがあれば、体勢が崩れている時点での追撃も容易だったはずだ。なのにそれをしなかったのは何故か。
単純に、私が無理な姿勢からも攻撃を仕掛けてくるのを見て、万全を期すために追撃をしてこなかった可能性もあるにはある。だが、私の勘が『それは違う』と叫んでいるのを感じる。洞窟で暮らしている時に鍛えられた、思考とは別の、直観的な何か。
その直感が出した答えは――――
「…………【能力】、かな」
「なっ!?」
私としては口の中で呟いただけの気でいたのだが、それは思いのほか大きかったようで、それが聞こえたらしいレミィの顔が驚愕に染まるのが見えた。
「当たりみたい、だね。足払いの時に使わなかったのは、短時間で連発できないから、かな? ……うーん。そこまでは分かったけど、どんな【能力】だろ。なーんとなく、すごい速さで動けるって【能力】じゃないような気がするんだよねえ……」
「……たった一回、いや二回か。二回ぶつかりあっただけでそこまで分かるとか、どうなってんの?」
「うん? 勘だよ。これでも長く洞窟で生活をしてたからねえ。そういうのも生き延びるのには必要だったんだよ」
私があっけらかんと答えると、レミィはハッとした表情を浮かべた後、短剣を持ってない方の手で頭を抱えた。
「……そうだった。そんな素振りを見せないから忘れてたけど、野生児だったんだった。野生の勘って奴かあ。結構馬鹿に出来ないんだよね、それ。人間の頭を持つ野生動物とか、そこらの魔物より性質悪いわ……」
「ちょっと! 魔物扱いしないで!? 私はれっきとした人間だよ!」
「魔物扱いなんてしてないって。魔物より性質悪いって言っただけで」
「それもう、ほとんど魔物扱いと一緒だよ……」
レミィの暴言に訂正を求めたが、続いての一言は訂正ではなく追撃だった。ガックリと肩を落とす私に、レミィは足裏に毛皮を張り、足音が出ないように工夫された靴の爪先で地面をトントンと叩いた。
「ほらほら。まだ模擬戦は終わってないよ。さっさと続きを始めよう。……あんまり考える時間をあげると、ヤバイ気がしてきたし、早めに終わらせちゃわないと」
地面を叩くのをやめ、ほぼ無音で構えを取り直したレミィの声の後半は小さくて聞き取る事は出来なかったが、前半は確かにレミィの言う通りだ。まだ模擬戦は終わっていない。むしろここからが本番だ。
私の勘が正しければ、レミィの【能力】は連発できない。
そして、【能力】を使わない状態のレミィは、速い事は速いが、目で追えない程じゃない。
さらに見た目からも分かる通り。レミィはジャンよりも耐久力は低い。本人も言っていたが、一発当てさえ出来ればそれで終わりだ。
だから恐らく、私が私の出せる最高速で攻撃を続けていけば、いつかは当たる可能性は割と高い。つまりは力押し。体力には自信があるし、可能ではある。成功率も高いと思う。
だが、それじゃあ駄目だ。『良く分からないけど無理やり勝った』では、今後同じような【能力】を持った相手がレンちゃんを襲ってきたりした場合に、後手に回ってしまう可能性が高い。
なので、相手の使う【能力】を見極め、しっかりとした対応策が取れるようにしておく必要がある。その点、レミィはうってつけの訓練相手だ。
ジャンとの模擬戦では、自身の身体能力と技術の摺り合わせ、武器である手甲の強度確認。重量級の相手との戦闘経験。
レミィとの模擬戦では、身軽な相手との戦闘経験と、【能力】を使う相手への対応方法の模索の訓練。
本当に、勉強になる。この模擬戦を持ちかけて来たジャンには感謝だ。
重心を下げ、戦闘態勢に入ったレミィを見て、私も握った拳に力を込める。ギシッと手甲が軋む音が聞こえた。
さあ、模擬戦を、訓練を続けよう。私が強く、レンちゃんへ降りかかる火の粉を全て払えるようになる為に。
【能力】を見極める糸口は掴めている。勝負はこれからだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
作者のモチベーション増加につながりますので、是非評価、感想、ブクマ、いいね! の程、よろしくお願いします。




