第170話 模擬戦開始。見ててねレンちゃん!
今回から何話かメリア視点になります。
「おーおー、やる気満々じゃねえか。レンの応援で気合が入ったか?」
レンちゃんとサツキが私の側から離れ、レンちゃんが【金属操作】で作った観戦用の小屋に向かうのを、手を振って見送った私が、体ごとジャンの方へ向き直ると、獲物の大剣を地面に刺して、私達を待っていたらしいジャンが、薄く笑みを浮かべながら声を掛けてきた。
何を当たり前の事を。私がレンちゃんの事が大好きなのは前から、それこそジャン達と会う前からなのだ。最近屋敷に入り浸るようになって、前以上に私達を見る機会が増えたジャンなら、それくらい分かると思うんだけど。
まあ、いいや。そんなに聞きたいなら答えてあげようじゃありませんか。
「そりゃあね! レンちゃんに『頑張って』って言われたら、頑張るしかないよね! ぶっちゃけ、さっきまではそこまでやる気なかったんだけど、気が変わったよ。カッコ悪い所は見せられないからね、気合入れていかせてもらうよ!」
「そりゃ良かった。待ってた甲斐があったってもんだ……ん? それがお前の武器か? ゴブリンの巣の時は確か短剣を使ってたよな? 変えたのか?」
気合が入っている事を伝えるように、両手の手甲を打ち鳴らすと、私の手元を見て、怪訝そうな表情を浮かべた。
ああそっか。ジャンは知らないんだ。まあ、最近はコレを付けなきゃいけないような状況もなかったから、ジャンの中での私が、短剣を使ってた所で止まっててもしょうがないよね。
「うん、そうなんだ。短剣は前に迷宮に行った時に曲がっちゃったんだ。修理に出せばいいんだけど、なかなか時間が取れなくてさ。……まあ、短剣を使ってたのは、洞窟で生活してた時の名残だったってだけで、本当はこっちの方が得意なんだけどね。ほら、刃物で倒せば血抜きの手間が省けるし、すぐに解体に移れるじゃない?」
「そうだったのか。短剣の扱いもなかなかサマになってたから、てっきり短剣使いとばっかり思ってたぜ。言われてみれば、一瞬で近づいて、一撃で首を斬って倒すやり方は、戦いってーより狩りに近かったな。なるほどね。首を落とすのは血抜きも兼ねてたのか」
「そーゆーこと。あんまり体に傷を付けちゃうと、毛皮も使えなくなっちゃうし、肉も臭くなっちゃうんだよね」
「あー。それ、すげー良く分かる。駆け出しの頃はよくやらかしてたもんだ……。この話はまた今度にしよう。拳で戦う奴とやりあう機会はあまりないからな。お手並み拝見といこうか」
ジャンは私の話にひとしきり頷いた後、大剣を地面から引き抜き、両手で構えた。なんか、そろそろ模擬戦開始! みたいな空気になっているが、私の話はまだ終わっていない。むしろここからが本番だよ。
「いやいや、まだ一番重要な事を話してないよ。なんとこの手甲、レンちゃんが私の為に作ってくれた物なんだよ! 羨ましいでしょー? 私専用で作ってくれたから付けてても全く違和感もないんだよ! もし短剣が壊れてなかったとしても、絶対こっちを使うよね。考えても見てよ。ゴミの山から拾った、頑丈なだけの短剣と、レンちゃんが手ずから作ってくれた手甲。どっちを使うかなんて考えるまでもないよね」
「………………お、おう。そうだな。つーかあの短剣、ゴミの山から拾ったモンだったのか。割と良いモンに見えたんだがな。それにしてもその手甲、レンが作ったモンなのか。あいつほんとなんでも出来んな。………………やっぱり、変な仕掛けがあったりすんのか?」
手甲の素晴らしさについて軽く語ってあげると、ジャンは片頬をひくつかせ、若干引いた様子で同意の言葉を返してきたが、その後恐る恐ると言った様子で、手甲に変な仕掛けがないかの確認をしてきた。
ああ、それは気になるよねえ。レンちゃんって、何をしでかすか分からない所があるし、手製の品に何か仕込んだりは普通にしてきそうだよね。
でも安心してほしい。それについてはすでに確認済みだよ。さすがの私も、自分が使う装備の性能くらいは把握しておきたかったからね。
「今はまだないみたいだよ? でもまあレンちゃんの事だから、これからどんどん増えていくんじゃないかな? 受け取った時、なんか良く分からない事ブツブツ言ってたし。なんだっけかな……。ええと、『ろけっとぱんち』? 『びいむ』? とか、そんな感じの事を言ってた気がする」
「そうか……。全っ然、何言ってるのか分かんねえが、今日模擬戦が出来て良かったって事だけはなんとなく分かった。いやマジで」
レンちゃんが呟いていた内容を、うろ覚えながら伝えると、ジャンはとても真面目な顔でそう返してきた。
いや、その気持ちは分からなくもないけど……。
「いやあ、レンちゃんだよ? あの、ゴブリンを一匹倒すだけでゲーゲー吐いちゃうくらい、そういう事が苦手な子だよ? そんなジャンが怖がるような、危ない仕掛けを付けたりはしないと思うけどなあ」
「そういう事が苦手で、経験が少ないからこそ。加減が分かんねえモンなんだよ。『まあこれくらいなら大丈夫だろ』って考えて、エグい仕掛けを付けてもおかしくないだろ」
「………………」
ど、どうしよう。すっごい納得しちゃった。
だ、大丈夫だよね? 信じてるよ、レンちゃん?
『へッ……クチンッ』
『む? どうしたのじゃレン。寒いのか? ほれ、もっとしっかり近寄るが良い』
『いや、おかげさまでめっちゃヌクヌクだけど……。なんだろ。誰かが噂してるのかな?』
『噂されてるのが感知できるアル? やっぱりレン様はすごいネ!』
『いや、出来ないけど……それは言葉の綾というかなんというか……。素で返されると俺も困る……。ゴホンゴホンッ。まあこの話は置いておいて。俺もおねーちゃんがマトモに闘うのは久々に見るから、しっかり観察しておかないと。内容次第で、手甲に付ける機能が変わってくるからね。いやあ、楽しみだ』
…………やっぱり私、手を抜いた方がいいんじゃないかな?
知らず知らずのうちに、レンちゃん達の方へ向けてしまっていた視線をジャンへ戻すと、彼もレンちゃんの声が聞こえていたらしく、とても、とても困った表情を浮かべていた。
「ジャン……」
「言うな。ここで手を抜いたら、今回の模擬戦の意味自体がなくなる。だからちゃんと来い。……大丈夫だ。あいつなら大丈夫。あいつは優しい。そんな危ないモンは作らない。大丈夫。大丈夫…………」
…………なんか、私に語り掛けてるというより、自分に言い聞かせてるように見えるんだけど。
まあ、もし危ない仕掛けを付けられたら、私が全力で止めに掛かればいいか。ジャンの言う通り、ここで手を抜き過ぎたら、この模擬戦の意味がなくなるんだし、真面目にやろう。
そしてカッコよく勝ってレンちゃんに褒めてもらうんだ!
自分への言い聞かせが終わったらしく、ジャンが真剣な表情で剣を構えている事を確認して、私も構えを取る。
右足を後ろにした半身。腰を深く落として左足に体重を乗せ、体を少し捩じって右腕を体の後ろに引く。そして両手は力を籠めず、軽く握っただけの状態。
……この構えを取るのを久しぶりだけど、体は覚えている物なんだなあ。
両者が構えを取ったのを確認した所で、審判役のキースが合図の為に腕を頭の上に掲げた。
「それでは…………始めっ!」
ドパンッ!
キースの手が振り下ろされると同時、地面に触れる程度だった右足の爪先に一気に力を籠める。
すると、レンちゃんの結界が発動した時のような爆音と共に、私の身体が前に飛び出した。想像を遥かに超える速さで。
「うわっ!?」
「なっ――?!」
私が驚きの声を上げる頃には、すでにジャンの姿は目の前。むしろ拳を振るうにはちょっと近すぎるくらい。ジャンの驚く顔がすぐ近くに見えるくらいには近い。
このままだと体当たりを仕掛ける事になってしまうし、むしろここまで近づいてしまったのなら、そっちの方が効率が良さそうだ。
「こ――のぉっ!」
――――だけど私はそれを選ばず、拳を振るう事を選んだ。だって初手体当たりってなんかカッコ悪いじゃない! レンちゃんにカッコイイ所見せたいんだよ!
振りかぶる為に開いていた右腕の腋を閉じ、拳の位置を下げる。
次いで捩じっていた体を元に戻し、その勢いをもって右拳を前に繰り出した。狙いは胸の中心。
全身をくまなく使った一撃には程遠い、小手先の一撃。それでも、この状況で繰り出す事を考えれば、ほぼ最善と思われる一撃。
私自身が想像できないくらいの速度で近づいた事も考えれば、まともな反応もさせずに当てる事が出来るはず。
だけど、ジャンもそこはレベル六冒険者。歴戦の猛者だった。
「チイッ!」
回避が出来ない事を一瞬で悟ったジャンは、驚くべき速さで腕を動かし、私の拳と自分の体の間に剣を割り込ませてきた。この状況で防御が間に合うの!?
一度繰り出した拳はその方向を変える事は出来ず、そのまま私の手甲とジャンの大剣がぶつかりあった。
ガギイイインッ!!!!
「ぐぎっ?!」
金属同士がぶつかりあう耳障りな音が周囲に大きく響き渡り、それと同時にジャンの苦悶の声が私の耳に届いた。
私が全ての勢いを拳に乗せられたおかげで、その場に留まれたのと対照的に、ジャンは姿勢はそのままに、地面に二本の轍を残しつつ五、六歩分程後ろに下がった。
「くぅ~~、効いたあ…………。うわ、まじかよ。一発でここまで下がらされるとか、なんつー馬鹿力だ。……ちょ!? 剣歪んだ!! まじでどんな力してんだお前?!」
地面に残された轍と、腹の部分に大きな凹みが出来た剣を交互に見ながら、驚愕の表情を浮かべているジャンだが、今の私はそれどころではなかった。
「…………よし! 壊れてない! 良かったあ! あー、でもこっちもちょっと歪んじゃってるなあ。これじゃあ本気で殴るのは無理かあ。残念」
金属の塊である剣をぶん殴ってしまった為、手甲の一部が少し歪んでしまっていた。直してもらわないと……。ごめんねレンちゃん。
そして、あの一撃で歪んじゃうんだったら、元々打とうとしていた、ちゃんとした一撃だと壊れちゃうかもしれない、か。これは要相談だなあ。とりあえず今は、手の平で打つ感じで誤魔化すかな。
「あれで本気じゃないのか?!」
「ん-。本気じゃなかったというか、戦うのが久しぶりすぎて体の感覚が良く分からなくて……手打ちみたいな感じになっちゃったんだよねえ。でも」
信じられない物を見るような表情で私を見つめるジャンに正直な所を話すと、ジャンはその表情を呆れに変え、剣を左手に持ち替えた後、肩に担ぎ、右手を前に掲げた。
「………………分かった。もう十分分かった。降参だ降参。武器も曲がっちまったし、あの一撃で手首を痛めた。二発目は受けきれん」
「ありゃ。大丈夫?」
あー、結構無理な体勢で剣を動かしてたからねえ。捻っちゃったのか。
「まあ、冒険者やってりゃ、こんくらいはいつもの事さ。依頼だったらまだまだ粘るが、今回は模擬戦だからな。無理をする必要もない」
「うん。それはそうだね。じゃあ、これで終わりかな?」
試合としては一瞬で終わったけど、私としても学びが多かった。特に体の動かし方。レンちゃんとの訓練の時はかなり手を抜いてたから、すっかり感覚を忘れちゃってるみたいだ。なんとか時間を作ってそこらへんの矯正をしないと。
出来れば、このまま模擬戦は終了してほしい。そしたら早速訓練を始める事が出来るんだけど。
だが、ジャンの言葉は私の希望とは違う物だった。
「俺はな。レンの時と違ってメリアもまだまだ元気だし、次は他の奴と……そうだな。レミィ、頼む」
「私かあ。まああれはどうみてもマトモに受けたら駄目な奴だからね。私が適任か」
「俺もそう思った。だからお前に頼んだんだ。レベル六冒険者の実力を見せてやれ」
相手を変えてまだ続けるらしい。いやまあ、確かにジャンの言う通り、まだまだ元気ではあるけれど。
ん-。私としては訓練したいんだけどなあ。
…………ん? 待てよ? これを模擬戦じゃなくて、訓練の一環と考えれば、なかなかどうして悪くないんじゃない?
レンちゃんとの訓練は正直、私自身の訓練にはあまりならないからね。レンちゃんって防御が主体の戦い方で、自分からあんまり攻めてこないし。その点、ジャン達はレベル六の歴戦の冒険者。さっきのジャンとの試合でも色々学ぶ事が多かったし、レミイとの試合でも、学べる事が多いかも?
「…………よーし! 私は全然大丈夫だよ! じゃあドンドン行こうか!」
「なんか、さっき以上にやる気になってるぅ……」
「みたいだな…………死ぬなよ」
「縁起でもない事言うな!」
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