第168話 メリアさんから寝ている間の報告を受けた。皐月に敗北した。
「あ。おはよー、レンちゃん。目が覚めたんだ――――え? 何? その状況」
「俺が聞きたい……」
メリアさんからの戸惑い気味の言葉に、俺は疲れが滲む声で答えた。
皐月に魂を分け与えて例のごとくぶっ倒れ、目が覚めたら似非中国人になっていた皐月から熱烈なスキンシップを受けた後、俺はその皐月と共に食堂に足を運んだ。
ああ、いや、いくつか語弊があるな。
正確に言うと、スキンシップを『受けた』ではなく『受けている』だし、食堂には来たが『足を運んで』はいない。
つまり、どういう事かと言うと――――
「レン様は数日間寝込んでたアル! しかもちょっと怠そうだったネ! それならサツキが運んであげればレン様も楽が出来るし、サツキもレン様とくっつけて幸せヨ! 誰も損しない最高の手アル!」
「そ、そっか……。サツキが良いなら、それで良いよ、うん……」
「いや、俺の意見も尊重して?」
はい。そういう訳で、俺は今、皐月に運ばれております。しかもお姫様抱っこ。
うん。もちろん抵抗したよ? でも皐月の言う通り、寝起きでまだ身体がちょっと怠くて動きが鈍かったからか、あっけなく鎮圧されて今に至るのだ。
もちろん、食堂に到着するまでの間も抵抗は続けていたのだが、俺の動きを事前に察知して絶妙に身体を動かし、完璧に初動を潰され続けた。
口調は似非中国人の癖して、中国拳法の達人みたいな事をする奴だ。俺の魂の影響を受けてるとは到底思えないな。俺、ただのおっさんだから、中国拳法なんて使えないしね!
やたらアグレッシブな今までの言動や行動とは裏腹に、割れ物を扱うような丁寧な所作で皐月に椅子に座らされ、次の瞬間には他のメイドの手によって目の前に湯気の立つ朝食が並べられるという、どこの貴族令嬢だ、と言われてもおかしくない状況の中、俺はメリアさんに一言断って、食事をしながら寝ている間の報告を受ける事にした。
ちなみに、メリアさんはすでに朝食を終えている。というか、今の時間が、普段朝食を食べている時間より遅いので、俺の方がルーティンからズレているだけなのだが。
「はいレン様。あーん、アル」
「え? あーん。んぐんぐ……」
うん、美味い。このスープの味はメリアさんだな。相変わらず優しい味だ。数日食べてなくて空っぽの胃に染み渡るぜ。この味は俺には出せないんだよなあ。おふくろの味、みたいな? こういうホッとする味付けの料理をもっと出せるようになれば、今とは違う客層も――――
「――――じゃない! 何サラッと餌付けしようとしてるんだ! さすがに一人で食べられるよ!」
ちょっと真面目な空気を醸し出そうとした矢先、口元に突き出されたスプーンに反射的に口を開けてしまい、食事を食べさせられてしまった。
「レン様は起きたばっかりで身体が上手く動かないみたいアル。実際、ここに来るまでの間も、身体をモゾモゾさせるだけで、全然抵抗しなかったネ。だから皐月が食べさせてあげるヨ」
「してたよ! 抵抗! お前が良く分からん技術で俺の動きを抑え込んでただけだろうが!」
「サツキ、生まれたばっかりだから、そんな事出来ないアルー」
「どの口が……!」
「えーっと……。話していいかな?」
「あ、ごめん。お願いします」
「モチロンネ。サツキの事は居ない物として扱ってほしいアル。今のサツキはレン様に食事を食べさせるだけの存在アル」
「だからいらねえっつってんだろー!」
「……………………ハア。ま、いっか。大して伝えなきゃいけない事もないし。えっと、まずは〈鉄の幼子亭〉からね」
俺と皐月のやり取りに大きな溜息を一つ吐いた後、メリアさんは俺が寝ている間の報告を開始した。
くっ! 皐月とバトってる場合じゃねえ! ここは皐月のやりたいようにさせて、俺は報告を聞くのに意識を集中しないと……!
「勝利アルー」
くそ、なんかすげえ敗北感!
……
…………
皐月に生まれたばかりの雛の如く餌付けをされながら聞いたメリアさんの報告は、本人のいう通り、大した物はなかった。
まず最初に俺が寝ていた期間。
今回は三日だったらしい。ちょっと長めだが、まあこれくらいは誤差の範囲だろう。体調も、長めに寝ていた分、今までと違ってちょっと身体に怠さがあって、頭が回りだすのに時間がかかったくらいで、大した問題はない。今はもう怠さも抜けたし、頭もしっかり回っているしね。
〈鉄の幼子亭〉の経営は順調。以前あった乗っ取り未遂騒動や、メニュー強奪未遂騒動のような大きな事件もなく、平和な物だったそうだ。
強いて言えば、酔っ払い同士の喧嘩が何回か発生しかけたそうだが、マリとオネット、そしてルナによって鎮圧したらしい。
………………マリとオネットは分かるが、ルナも? ルナって、そんな荒事出来なくない? ……ああ、あれか、説得したんだな。あの美貌で諭されたら、ガサツな冒険者なんてイチコロだしな。うん。そうに決まってる。
続いて貧民街と孤児院の炊き出し。こっちも特に問題なし。
孤児院に依頼しているデミグラスソースも順調に完成度が上がっていっており、そろそろ納入しても問題なさそう、との事。喜ばしい。これでメイド達の負担が減るな。芋の一次加工はすでに稼働していて、納品も受けているけど、それだけでもかなり楽になってるからね。
そして、貧民街、孤児院共に、俺が来ない事を聞いた時に、露骨にガッカリした様子を見せた人達が居た事を、ニヤニヤ笑いながら報告された。
孤児院は分かる。見た目はあそこの子達と同年代だからな。ちょくちょくやって来る遊び友達が来ないと聞いたらガッカリするのも頷ける。
だけど、貧民街も? あそこ、今の所、炊き出し以外に関わりってなかったはずなんだが……。
良く分からんが、次の炊き出しの時に顔を出せばいいだけの話だよな。
後、孤児院の子達からお見舞いの品を預かってるそうで、後で渡してくれるらしい。なんとも可愛らしい子達だ。有難く受け取ろう。
冒険者組合と商業組合へ出した依頼については、俺が気絶する前に話した通り、確認には向かっていないそうなので、後で行ってみよう。
最後にジャン達とメリアさんとの模擬戦関係だが――――
「おうレン! 目が覚めたって!? 随分御寝坊さんだなあ!」
「そんな事言って、すっごい心配してたじゃないですか。昨日なんて『もう二日だぞ!? 治療院に連れて行った方がいいんじゃないか!?』ってメリアさんに食ってかかって……」
「おま! キース! それは言わない約束だろうが!」
「いくらルナさんやメリアが大丈夫だって言っても、なかなか納得しませんでしたわね。全く、一番レンちゃんと長く一緒にいるメリアが問題ないと言っているのですから、我々が気にしてもしょうがないでしょうに」
「そう言うセーヌだって、今にも泣きそうな顔で、ルナに『本当に、本当に大丈夫なんですのよね……?』って何回も確認してたじゃーん」
「んな!? そ、それは……それならレミイだって……!」
「わー! 待って待って! ごめんて! 謝るから言わないでー!」
「ま、見た所元気そうだな。変に後に残るような事もなくて良かったな」
メリアさんから報告を受ける直前でドアが勢いよく開かれ、ドヤドヤとジャン達が食堂に入ってきた。
あー、うん。本人達がいるんなら、わざわざメリアさんを介して報告を受けなくてもいいかな。
結構心配かけちゃったみたいだし、元気である事をアピールする意味も込めて、ジャン達から話を聞くとするか。
「心配かけちゃったみたいだね。見ての通り、元気だよ。たまにあるんだよ。まあ、数日寝込むくらいだから、そこまで気にしなくて大丈夫だよ。ほら、セーヌさんとレミイさんにも心当たりがあるんじゃない? 一定周期で体調悪くなるの」
「「「「「…………あー」」」」」
魂を削ってメイド達に与えた結果、こうなっている事を伝えるのは余計に心配させる事になってしまいそうなので、ここは年頃の女性特有の問題、という事にしておいた。
これなら女性陣は納得しやすいだろうし、男性時はうかつに踏み込めない話題だからな。我ながら完璧なプラン。
「そ、そうか。そういう事か。ま、まあ、大事になってないなら良かったな」
「そうですね。我々男には分からない事ですが、なかなかに辛いと聞きます。どうか無理はしないようにしてください」
「いや、つーか早くね? レンって確か六歳だよな? 俺が聞いた話だと、もっとでっかくなってからって聞いたんだが……」
「そうですわね。私の時は…………って何を言わせるんですの!?」
「いや、お前が勝手に口を滑らせそうになっただけじゃん……」
「私も、レンちゃんくらいの歳ではなかったかなー。いくつくらいだったかは忘れたけど、さすがにもっとおっきくなってからだったと思う。……でもさ、レンちゃんなら来てもおかしくなくない? 実は六歳なんかじゃなくて、もっと年上なのかも。下手したら私達より上とか? メリアっていう例もあるし」
「「「「「なるほど。ありえる」」」」」
………………なんか、俺の年齢詐称疑惑が生まれてしまったようだが、まあ詐称しているのは事実だし、なんも言えねえなこれ。
「ここで私を例に出すの、微妙に納得できないんだけど……」
あなたも大概だから、そこは納得して?
バトルまで行けなかった……! 楽しみにしている方、いましたらごめんなさい! 次、次にはいけると思いますので……!
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