第165話 マリアさんとオーキさんの服装について話を聞いていたら、思いもよらない方向に話が進んでいってしまった。
「…………えっと。どうしたの? その格好?」
突然、メイド服と執事服で俺達の前に現れたマリアさんとオーキさんの姿に、俺もメリアさんも驚きと困惑で固まってしまったのだが、暫しのフリーズの後メリアさんが復帰、開口一番に二人にそう尋ねた。
だよね。俺が声を掛けたとしても同じ質問するもん。
「見て分かるでしょ? ここの使用人さん達の服だよ。似合ってる?」
「いや、まあ……。似合ってる…………けど。いや、聞きたいのはそういう事じゃなくて」
スカートの裾を少しだけ持ち上げ、そのままの状態でその場でクルリと一回転するマリアさん。そして、その回転に合わせてフワリと舞い上がるスカート。
見え……見え…………ない! くっ! もうちょっと! あと三センチ、いや二センチなのに!
狙いすましたかのようなギリギリ具合で、俺を含めた男性陣の視線がその舞い上がるスカートの裾に釘付けになり、セーヌさんとレミイさんから蔑んだ視線を向けられ、慌てて目を逸らすジャン達三名。俺? 俺はお咎めなしだよ。だって幼女だもん。同じ視線でも、幼女と成人男性ではそのニュアンスが大きく変わるのだ! フハハ!
ちなみにメリアさんは、そんな(中身のみ含め)男性陣の下世話な視線など気づかずに、マリアさんとオーキさんを凝視しており、狐燐は『なんで二人はそんなに怒っておるのじゃ?』みたいな、とぼけた視線をセーヌさんとレミイさんに向けている。
狐燐。お前はもうちょっと、そういう機微に聡くなってくれ。無垢も過ぎれば罪だよ? 無自覚我儘ボディは色々問題を起こしかねん。
「儂はどうだ? 自分としてはなかなか悪くないと思ってるんだが」
「似合ってるけど! ちょっとびっくりするくらい似合ってるけど! だから! そういう事を聞きたいんじゃないんだよ!? なんでそんな格好をしているのかって聞いてるの!」
そして、そんな中、メリアさんの誉め言葉に気を良くしたのか、ちょっと自慢気に胸を張って執事姿を見せつけるオーキさん。
………………うん。いきなり叩きつけられた情報の威力が高すぎて、理解が追い付かない。ちょっと状況を整理してみよう。
えーっと?
冒険者組合と商業組合に食材収集の依頼をして、その話をジャン達にし終わったら、メイド服姿のマリアさんと、執事服姿のオーキさんが部屋に入ってきた。
マリアさんが着ているメイド服は見慣れた、屋敷のメイド達が着ている物と同じだった。つまりそう、ミニスカである。
この世界にストッキングなんて物はないので、おかげでマリアさんの健康的なおみ足がフルオープンだ。メイド達と違い、より筋肉質なのが目新しい。まこと眼福である。
しかもなんかこう……俺が求めた訳じゃないのに、母親の前で娘にメイドのコスプレをさせているようで、得も言われぬ背徳感がある。
とまあ、テンションがおかしくなってしまったが、マリアさんの事は無理矢理納得出来ない事もない。
着る人間も、機会も多いあの服は、屋敷内に結構ストックがあるので、なにかしらの理由があって着ざるを得なくなってしまった、という可能性もなきにしもあらずだ。
手持ちの服を全部洗濯しちゃって、着る物がなくなっちゃったので、仕方なく……みたいなね?
当人はノリノリだし、何故か着慣れた感があって、やたら似合ってるけど。
だがオーキさんの方は、そんな強引な解釈もできない。だってこの屋敷に、執事服を着るような人間なんて存在しないもん。
つまり、あの服はわざわざ作成、もしくは購入したものであり、そういう意図の元着用しているという事だ。
…………いや、俺じゃないよ?
メリアさんの大事な家族であるマリアさんとオーキさんを、よりにもよって使用人として使おうなんて下衆い考えは、さすがの俺も持っていない。どんなプレイだ。
じゃあなんでそんな服装を? というメリアさんと同じ疑問に帰結したのだが、その理由は、メリアさんの質問に答える形で、マリアさんの口から語られる事になった。
「もちろん、お仕事だよ? ほら、アイラ達が暮らすようになって、お勉強を教える事になったでしょ? 元々のお店の仕事もあって、ルナさん達があんまり忙しそうにしてたからさ。おかあさんたちもなんだかんだ忙しいみたいだし、ただ住まわせてもらうのも居心地が悪いから、何かお手伝いできないかな? って思って」
「そういう事だ。まあ、最初は儂だけでやろうと思ってたんだがな。いつの間にかこいつもやる気になってな。全く、儂と違って身体もちゃんと動くんだから、冒険者として活動すればいいだろうに」
「いやいや! ここで働いてれば、毎日の美味しい食事にフカフカの寝床! しかも温かいお風呂だって気軽に入れるんだよ!? こんなの知ったら、塩味しかしない硬い干し肉に安宿の硬い寝台、水浴びが体を軽く拭くくらいしか出来ない冒険者になんて戻れないよ!」
「お、おう…………そうか」
マリアさんの両手を胸の前で固く握り締めてぶつけられた思いの丈に、オーキさんは気圧されたように頷いた。視界の端では、セーヌさんとレミイさん、そして狐燐が『激しく同意!』とばかリにウンウン頷いている。
いや狐燐。お前は冒険者じゃないだろう。何一緒に頷いてるんだよ。
ともかく、俺達は気づかない内に一人の女性の人生を変えてしまったらしい。下手したらさらに二人追加されそうだが。
……ま、まあ、冒険者なんて無理の利く若い内しかできないし、簡単に死んじゃうような危ない仕事だし、早い内に他の職業に就くのは悪い事じゃない……って事かな?
そんな感じで、俺は強引な理論展開で自分を騙して納得しようとしたのだが、メリアさんはそうはいかなかったようだ。
まあ愛娘の将来だからね。慎重に決めて欲しいというのもあるんだろう。
「でもさ、冒険者って何か夢とか目標があってなるものでしょ? そんな簡単に辞めちゃっていいの?」
「うん。アタシが冒険者になったのは、おかあさんを探し出して、また家族で一緒に暮らすのが夢であり目標だったから。もう叶ってるから、冒険者に未練はないよ」
「マリア…………」
「それに、冒険者なんて大半は雑用に毛が生えたような仕事をこなして、その日暮らしをするが精一杯な職業だよ? ぶっちゃけ一部の人達を除いて最底辺だよね」
「「「「「「「…………」」」」」」」
俺とメリアさん、そしてジャン達五人は、マリアさんの一言に絶句した。この娘、自分が冒険者を辞めると決めてから言いたい放題である。
目の前にいる人達、狐燐を除き、俺を含めて全員その最底辺の職業なんだが? ほら、ジャンとか苦虫を口一杯に頬張ったみたいな顔しちゃってるよ。
「……確かに、マリアの言うとおりだ」
「そうですわ。私達、なんでこんな辛い事を進んでやっているのでしょう? こんな、身体中に傷を作ってまで。まだ嫁入り前ですのに……」
「そうだよ。私達、やろうと思えば他の仕事に就く事だってできるのに、なんでこんな事を……」
「だなあ。最近、寝ても疲れが取れにくくなってきた気がするし、そろそろ潮時なのかもしれねえなあ」
「あちこちの景色を見たりするのは楽しいですが、それは冒険者じゃなくても出来る事ですしね……。それこそレンさん達のように、商人とかいいかもしれませんね。………………我々が商人になれば、行商や仕入れの時に護衛を雇う必要がないから、それなりにいい稼ぎになるのでは?」
「「「「それだっ!」」」」
「ちょちょちょ! 待って! 待ってって!」
なんかヤバイ方向に話が進んでいる!? ここでさらに五人の未来が変わっちゃう!?
つーかそんな簡単に決めないで!? あんた達、イースで二番目のパーティーなんだよ?! そんな簡単に辞めていい存在じゃないんだよ!
「いや、ジャンさん達はさっきの話でいう『一部の人』だよ。稼ぎだって下手したら下級貴族より多いくらいだろうし、街の人達からの信頼も厚い。そんな一握りの人達が、アタシみたいな木っ端冒険者にちょっと言われたくらいで冒険者辞めたら駄目だよ」
「いや、マリアだってレベル五だよね? 木っ端冒険者だなんて…………」
「え? そんなの冒険者として動いてたら嫌でも……って、あー、そっか。おかあさん、ほとんど冒険者としての活動はしてないんだったね。それなら知らなくてもしょうがないか。……あのね、レベル五とレベル六には、すっごく、すっごく高い壁があるの。その壁を越えられたからこそ一流って言われて、越えられない人達が一人前、良くて熟練止まりなんだよ」
「そうだな。儂はなんとかギリギリでその壁を超えられた側ではあったが、だからこそ分かる。レベル六以上は文字通りモノが違うんだ。実力だけじゃない、才能や運も兼ね備えた者だけがなる事が出来る。それがレベル六以上の冒険者なんだ。まあ儂はそこで運を使い切ってしまったみたいで、こんな有様だがな」
「そ、そうなんだ……」
マリアさんの妙に重みのある話と、それに同意しつつ、少し寂し気に笑いながら自分の自由に動かなくなった足を軽く叩くオーキさんの言葉によって、ジャン達が想像よりずっとすごい人達だという事が判明した。
「お、おう、そこまでハッキリ言われたのは久しぶりだな……。まあそりゃ、俺達にだってレベル六冒険者だっていう矜持みたいなもんはあるけどよ。……つーかレン。さっきまでと俺達を見る目が随分変わったな? なんか気持ち悪ぃぞ」
ちょっと尊敬を込めた視線でジャン達を見ていると、ジャンがちょっと嫌そうな顔でとても失礼な事を言ってきた。
「失礼な! ……いや、そりゃそうでしょ。俺にとって冒険者ってほぼジャン達しか知らないから、これが普通だと思ってたんだけど、ジャン達ってすごかったんだねえ。最近はただの穀潰しだけど」
「お前も十分に失礼だよ! 自覚はあるけどよお!」
「いや、自覚があるんならなんとかしてよ……」
「そりゃあ、そうなんだが……。一度この至れり尽くせりな状況に慣れちまうと、なかなかそういう気にならなくなっちまって……」
「責任転嫁かよ!?」
そんな感じで、ジャンと漫才を繰り広げていると、それを聞いていたマリアさんから思いもよらない言葉が投下された。
「まあ、レンちゃんとおかあさんも、アタシから見ると大概だけどねえ。真面目に冒険者として活動してれば、レベル六、いやもっと上にも行けるだけの物を持ってるよね」
「…………ほう? そりゃあどういうこった? メリアだけなら分かるが、レンもか? 俺達が知ってるレンは、ゴブリン殺してゲーゲー吐いてたくらいなんだよ。まあ、防御がすげえってのは、前に依頼を受けた時に分かっちゃいたんだが」
「あ、そうなんだ。その防御がすごいんだよ。すっごくおっきな猪の突進を微動だにしないで受け止めた挙句跳ね返すし、何故か突進した側のはずの猪が黒こげになってたんだよねえ。あの時は何がどうなったのか全く分からなかったなあ」
「攻撃した側が黒こげになるってのは、俺もちょっとだけ受けた事があるな。あん時はかすっただけだったが……そんなに強力なのか」
「すごかったよ! おかあさんもジャンさんくらいの体格で、鉄の全身鎧を着ている大男を掴んでこん棒代わりに振り回してたし、二人ともホントおかしい!」
ジャンに対して、メリアさん達家族の暮らしていた村に向かっていた時の話を、身振り手振りを交えながら話すマリアさん。ジャンはそれに対して相槌を打っているが、その視線は何故かこっちを向いていた。止めろ。こっち見んな。
そんな状況で、一緒に話を聞いていた他のメンバーが、口々に自分が聞いた話を共有しはじめた。
「そういや、赤髪の毛の美女が近衛騎士を一撃でノしたって聞いた事があるぞ。酒場で騎士が喋ってるのを聞いた」
「その話、私も聞いた事がありますわ。それ以降、その近衛騎士はその女性が視界に入ると失禁して気絶してしまうようになったとか……」
「私、騎士団の稽古場にいきなり竜巻が起きたって聞いた事ある。竜巻って聞いて一瞬『もしかして』って思ったけど、場所が場所だから、レンちゃん達は関係ないって思ってたんだけど……」
「その竜巻の中に、銀色のなにか大きな物が飛んでいたそうですね。大きさ的に、人間くらいだったようです」
ジャン達五人の視線が俺とメリアさんに突き刺さる。それ、リンデさんとの模擬戦の時の話じゃん……。
あの話は箝口令が敷かれていたはずなんだが、人の口に戸は立てられないって事か……。
「……よっし! 二人がどれだけ強くなったが確かめてみるか!」
「そうだな」
「確かに、少し気になりますね」
「メリアは前見た時もかなり強かったけど、あれからどんくらい強くなってるのかな? ちょっと楽しみ」
「ゴブリンの巣穴の時はあんなに弱々しかったレンちゃんが強く……。俄には信じられませんが、見てみれば分かりますわよね」
「そういえば妾も、ご主人達が戦っているのは見たことがないのお。妾の時はギリギリそこまでいかなかったしの。いやあ、楽しみじゃ!」
まじかよ…………。
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