第164話 商業組合に出した依頼内容について、メリアさんから話を聞いた。
「で? お前ら、今日は冒険者組合と商業組合に依頼出しに行っただけだよな? なんでそんなに疲れてるんだよ?」
何が原因か、いつの間にやらやたら舌が肥えてしまっていた居候達に、手抜き料理が一瞬でバレてしまった。
それについて文句を言われ続け、それに半ギレで返すというやり取りを繰り返した夕食後。
なんだかんだ言いつつも、やはり肉は正義だったのか、お代わりまで綺麗に平らげたジャンが口火を切った。
まあ、気になるよね。別に隠すような事でもないから普通に答えるけど。
「冒険者組合の方はそうでもなかったんだよ。俺が撫でられまくったくらいで」
「撫でられ?!」
「私も撫でたいですわ?!」
「嫌です。今日初めて知ったけど、撫でられるって結構疲れるんだよ。後、これ以上撫でられたらハゲちゃいそうだからヤダ」
「「そんなぁー」」
ガタッ! と勢いよく席を立つセーヌさんとレミイさんを、頭頂部をさすりながら一刀両断すると、情けない声を上げながら、崩れ落ちるように二人は席に座り直した。
…………うん。大丈夫だな。触った感じハゲたりはしてなさそう。…………後でメリアさんにも確認してもらおう。
「ってー事は、商業組合か。俺は商業組合には詳しくねえが、商売関係は商業組合が専門だろ。なんだ、口でボコボコにでもされたか?」
ジャンは、この世の終わり、みたいな表情で背もたれに身を預けている二人を一瞬だけチラ見した後、すぐに視線をこちらに戻して話を続けた。意識的に二人を無視する事で脱線しかけた話の軌道を修正する事にしたらしい。俺としても助かる。二人に変な火が付いてもらっても困るので。
最後に、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるジャンに、俺は首を横に振って答えた。
「いや、そういう訳じゃ…………あー、まあ、うん。ある意味そうかもね。えっと、俺とおねーちゃんには、それぞれ別の人が付いたんだけど――――」
俺はおばちゃん職員さんの猛攻について語って聞かせた。最初こそ努めて冷静に話をしていたのだが、どんどん興が乗ってしまい、最終的には身振り手振りを交え、臨場感たっぷりにおばちゃん職員との攻防を伝えた。
「ふーん。ま、お前のぶっとんだ所を知らなきゃ、そうなってもおかしくはないかもな。お前、ネコ被ってる時は只の出来たガキだからな。御愁傷様ってとこかね」
「酷くない? ねえ酷くない?」
俺のサンドバッグっぷりを聞いて、感想がそれ? もっとこう、慰めてくれたりしてもいいんじゃよ?
もう、デンプシーロール並にボコボコにされたんだけど?
「今の話を聞く限り、レンは依頼内容には関わってないんだろ? メリア、どうなったんだ?」
「流すの? それはあんまりじゃない?」
しかも俺についてはそれ以上話を広げる事すらなく、速攻で次の話題に移るだと!?
このモヤモヤしたこの気持ちは、一体どこにぶつければ……!
「レンちゃん、大変だったねえ。ほーらよしよし」
「ううぅぅぅ……おね~ぢゃ~ん」
そこでメリアさんが慈愛の微笑みを浮かべつつ、俺の頭を優しく撫でてくれた。
渾身の話題がスルーされた事で、ちょっとだけ情緒不安定になっていた俺は幼児退行。メリアさんに抱き着いて、そのナデナデを全力で享受した。
「さ、さすが一番レンちゃんと付き合いが長いだけの事はある。ごく自然に頭を撫でる状況に持って行った……!」
「し、しかし私達も付き合いの長さでは負けていませんわ。今回は素直に敗北を認め、次に活かしましょう……! なるほど。抱き着かれて、顔が見えない状態になれば、どれだけ表情が崩れても問題はないと……勉強になりますわ! それにしても、やはり可愛いですわ……」
「だね……。いつか私もあの立ち位置に……!」
「いや、お前らは一体何と戦ってるんだよ…………」
外野が何やら騒いでいるようだが、全力でメリアさんに甘えている俺の耳には届かない。
うおおおおん! おねえちゃああああん…………!
……
…………
「……ごめん。取り乱した」
「いえ、お気になさらず。我々も大変有意義な時間を過ごさせていただきましたので」
「うんうん。レンちゃんは何も気にしなくて大丈夫だよ!」
ひとしきりメリアさんに甘えた事で感情のバランスを取り戻した俺は、席に戻って他のメンバーに謝罪した。
うう……! 恥ずかしい……! 女性陣の嫉妬と肉欲と慈愛が複雑に混じり合ったような視線と、男性陣の呆れと好奇の視線が突き刺さる……! 止めて! そんな目で俺を見ないで!
メリアさんが悪いの! ナデナデも気持ちいいし、抱き着くと柔らかくて、包まれているみたいで安心するんだもん!
「…………あー。メリアは別の職員と話したんだっけか? そっちはどうだったよ?」
あまりの恥ずかしさで顔が熱くなり、俯いてしまった俺を見て、ジャンは強引に話題をメリアさんの話に戻した。ありがとうジャン。さっきと違って、今回は俺の事はスルー推奨なんで。話は聞いてるんで、そのままどうぞ。
そんな俺の様子を見たメリアさんも、空気を読んでジャンの話に乗っかってくれた。
「うん。私も、レンちゃん程じゃないけど、結構疲れる職員さんが相手だったんだけど、まあ依頼は出せたよ。最初考えてたのとは結構変わっちゃったけどね」
当初俺達が商業組合に出そうとしていた依頼は二つ。
一つ目は冒険者組合に出した物と同一で、イースで恒常的に手に入らない食材の持ち込み依頼だ。冒険者組合と違うのは二つ目の依頼で、こちらが継続して欲しいと思った食材の、定期確保と納品も頼もうと思っていた。
前者は、冒険者とは違う商人特有のネットワークで、何か珍しい食材が手に入るかも? という期待から。
後者は、定期的な利益が発生する可能性を提示する事で、商人達のモチベーションを上げようという魂胆からだ。
もちろん、一つ目の依頼から二つ目の依頼に繋げる事も出来るし、どちらか片方でも大丈夫だ。
という事で、それを職員さんに話してみたようなのだが……。
「まず、食材の持ち込み依頼はまず来ないだろうって言われたよ。そんな珍しい食材の情報を持ってたら、ほぼ確実に自分の商売にするだろうからって」
「「「「「あー……」」」」」
メリアさんの言葉に、俺達は全員納得した。そりゃそうだわ。むしろなんで、それに頭が回らなかったのかと過去の自分を問い詰めたい気分。
「だから、冒険者組合で何かしらの食材を手に入れる算段がついたら、定期的なイースへの持ち込み、販売だけを依頼する事にしたよ」
「あ? それだと、こっちの懐から出した金で、商人に新しい商売道具を渡すだけになるんじゃねえのか? そんなのお前らが損するだけだろ?」
ジャンの至極尤もな疑問に、メリアさんは頷いた。
「このままだとそうだね。だから、食材購入の優先権は私達が一番で、私達が買った後の余りを街で売るって形にしたよ。手数料って事で商業組合に少しお金を払えば、売値と量については組合が厳しく確認して、少なくとも、私達が買う分は絶対に適正価格にしてくれるってさ。しかも、不定期に組合の職員さんが食材の納入元に視察に行って、不正がないか厳しく確認するって。…………まあ、今のは全部、担当してくれた職員さんが考えてくれた案なんだけどね。手数料も全然安かったし、至れり尽くせりすぎてびっくりしちゃったよ」
なるほど。俺達に購入優先権があるなら、買いそびれるような事もないだろうし、商業組合が間に入って審査してくれるなら、不正はかなり抑制出来そうだ。こういう所が、大組織に属する利点だよね。ついこの間の、メークインの売買契約は、組合の外でやったけど。
こういう、仲介人を挟まない場合、仲介料という中抜きが発生しない為、単純に利益が増えるが、代わりに両者間で問題が発生した場合は、各々だけで解決しなくてはならない。第三者視点での意見がないので、泥沼になりがちなのが怖いね。
……とまあ、組合を挟んだ場合と、挟まない場合のメリットとデメリットについて挙げてみた訳だが。
ぶっちゃけ、いくら手数料を支払って組合を挟んだ所で、普通はここまではしてくれないと思う。やってくれても取引量と価格の確認くらいじゃなかろうか。明らかにサービスが過剰だ。メリアさんの言い方的に、その手数料も安いっぽいし。
にも関わらず、メリアさんの言う至れり尽くせりな内容となったのは、お兄さん職員がメリアさんに良い所を見せようと頑張った結果だと俺は見ている。
あるよね、惚れた相手に良いところを見せようと張り切っちゃうのって。男なら誰でも一度は経験があると思う。
…………その惚れた相手が実は既婚者で、さらには成人した娘までいると知ったら、あの職員さんは立ち直る事は出来るのだろうか? これでメリアさんが未亡人だったりしたらワンチャンあったかもしれないけど、オーキさんはバリバリ健在だしね。
「ふーん。良くわかんねえが、まあ、お前達が得するんならそれでいいじゃねえか? とりあえずこれで依頼出しは終了。後は待つだけって感じか」
「そうだね。王都については商業組合で確認してくれるらしいし、露店は引き続き見ていく感じかな?」
メリアさんの何気ない一言に、俺は驚きに目を見開いた。それはジャンも同じだったようで驚きと呆れが混じった声を上げた。
「まじかよ。王都の調査も商業組合でやるのか。まじで至れり尽くせりだな」
「うん。王都にも商業組合はあるから、そこから情報を探ってみるって。ほんと、あの職員さんには感謝だね。……なんか笑顔が眩しすぎるし、やたら距離感が近いし、話してて疲れるから、出来ればあんまり会いたくないけど」
「……あー。なるほど。そういう事か。その職員もご愁傷様だな。見事に空回りしてやがる」
「ん? どういう事?」
「いや、なんでもねえ」
その余りにメリアさんに得しかない依頼内容、そしてメリアさんに対する態度に、ジャンもお兄さん職員の思惑に気づいたようだ。そしてその報われない献身に、憐みの言葉を投げた。
トントン。
「どうぞー」
一通り話が終わり、そろそろ部屋に引っ込むか、という空気になった所で、ドアがノックされる音が食堂に響いた。メイド達が部屋に入ってくる前には必ずノックをするので、これ自体は別におかしい事ではない。
なので俺は、メイドの誰かががここにいる誰かに用事があるのだろうと、特に何か考える事もなく、入室を許可した。
しすてドアが開かれ、姿を現したのは――
「マリア? オーキも? ……何その恰好」
――何故かメイド服を着ているマリアさんと、執事服を着ているオーキさんだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
作者のモチベーション増加につながりますので、是非評価、感想、ブクマ、いいね! の程、よろしくお願いします。




