第162話 冒険者組合に依頼を出しに行った。蕩けた。
メリアさんの不意打ちにより、泣いてしまいそうになった翌日。俺とメリアさんは炊き出し関係の作業を熟した後、食材探しの依頼を出す為に、冒険者組合へと向かっていた。
「いやあ。まさかあんなに泣いちゃうとは思いもしなかったよ。よっぽど前の世界の食べ物が懐かしかったんだねえ」
「…………違うし。そんなんじゃないし。つーか泣いてないし」
我が子を見る母親のような目で見つめてくるメリアさんの視線を、俺は顔を逸らして回避した。
確かに、メリアさんがやたら張り切っている理由が分からなかった状態からの、優しい表情と声音での奇襲攻撃がクリティカルヒットして、感極まってちょっと涙が零れたのは事実だ。
しかし実際の所、感極まってしまった理由は前の世界への郷愁などではなく、俺に前の世界の食べ物をもっと食べさせてあげたい。というメリアさんの真っすぐな優しさが突き刺さったからだ。
だが、それを認めるのはなんというか、こっ恥ずかしい。
ぶっちゃけ、メリアさんにはもっと恥ずかしい場面を色々見られている訳だが、男の子としては、女性には出来る限りカッコ悪い所は見せたくない。
例え相手が人妻で、恋愛対象としては見ていないし、見られていないとしても、そんな事は関係ないのだ。
まあ、今の俺は、外見は幼女だし、中身もおっさんなんだけど。男のええ恰好しいには年齢なんて関係ないからね!
「あは。やっぱりレンちゃんは可愛いなあ。ナデナデしてあげる。ナデナデ~」
「にゅふ。………………ふへへ」
……うん。でもまあ、こうして子供扱いされるのも、たまにはいいよね
。
なんてったって今の俺、幼女だしね! 例え元の姿でやったらヤバイ顔と声を上げたとしても、『お廻りさんこいつです』案件にはならない。そう、何も問題はないのだ! ほら、道行く人達も優しい顔で見てきている! 幼女バンザイ!
メリアさんに頭をナデナデされ、自分でも分かるくらいフニャフニャな顔で歩く事暫し。俺達は冒険者組合に到着した。
よし、ここからはお仕事の時間。蕩けた顔は封印だ。
意識して表情を引き締め、キリッとした表情を作ってから、ドアを開き、組合の建物の中へ足を踏み入れる。
建物の中に入った瞬間、人々の視線が俺達に集中するが、それを無視して俺達の担当職員であるクリスさんが座っているカウンターまで、心持ち大股、かつ早足で歩を進めた。
手元に視線を落とし、何かの書き物をしていたらしいクリスさんは、カウンターの前に人が立ったのに気づき、顔を上げた、ようだ。俺からは見えないけど。身長が足りませんので。
「いらっしゃいませ。冒険者組合にようこそ。……って、あら。メリアさんじゃないですか。という事は……レンさんもいらっしゃってるんですね。本日はいかがされましたか?」
まず最初に営業用の微笑みを、次いでメリアさんの姿を認めて驚いた顔を浮かべた後、カウンターから少し体を乗り出して、俺の姿を視界に収め、笑顔を浮かべるクリスさん。
「よっと。どうも。組合ではお久しぶりですかね。はい。今日は依頼の発注に来ました…………ふにゃあぁぁぁぁ」
「うふふふ。ナデナデ~」
クリスさんと視線を合わせる為に、軽くジャンプをしてカウンターに上半身を預け、真面目な顔で話を始めた所でメリアさんがいきなり俺の頭を撫で始めた。
ちょ! メリアさん今頭撫でないで! 変な声出ちゃうから! これから真面目な話をしようとしてるの!
「ふふふ。相変わらず仲がよろしいですね。レンさんの幸せそうな顔を見ると、こちらまで嬉しくなってしまいます」
クリスさんの言葉を聞き、カウンターから降りてから顔に手をやってみると、ちょっと触っただけで、だらしなく蕩けているのが分かった。なお、その間もメリアさんの手は俺の頭を撫で続けている。俺、結構激しく動いたはずなんだけど。
これはマズイと思い、メリアさんの手を勢いよく振り払う――――事は出来ず、両手でメリアさんの手を掴み、頭の上から下した。
「あはっ! ほんっとーにレンちゃんは可愛いねえ! うりうり~!」
その様子がメリアさんのツボを刺激してしまったようで、恍惚の表情で今度は空いている片手を俺の頭の上に動かした。
メリアさんの片手を両手で掴んでいる俺には、それを防ぐ手段がなく――――
「ふにゃああぁぁぁぁ……」
――――気持ち悪い声を出す事になってしまった。くそ。メリアさんナデナデが上手すぎる。超気持ちいい! 全身の力が抜けるぅぅぅぅ。
「にゃああああ……ハッ! だから止めてって! 話が進まないんだけど!」
「いいよ。私が話すから。レンちゃんは諦めて私に撫でられなさい」
全身が脱力して、その場に崩れ落ちる寸前で我に返った俺は、掴んでいた手を離し、絶賛ナデナデ中の方の手を掴み直して、頭から下しながら声を上げる。
だがしかし、メリアさんは意に介する事無く、すかさず空いた片手を俺の頭に載せてナデナデを続行した。
な! 動きが速すぎる!
「ちょ! ま……にゃああぁぁ。やめへぇええええ……」
……
…………
「結局、話が終わるまでずっと撫でられ続けてしまった……」
「いいじゃない。レンちゃんは気持ちいい。私は楽しいし嬉しい。どっちも損なしでしょ? 依頼も無事に発注出来たし」
「俺の威厳とか、そういう物がガリガリ削られたんですが」
「そんな物、元々ないじゃない」
「そんな事! …………御尤もですね」
そんな感じで、俺はひたすらメリアさんに猫可愛がりされ続け、その間にメリアさんとクリスさんの間で話が進み、俺が介入する事なく依頼の発注まで終わってしまい、俺達は冒険者組合から退出し、今は商業組合へと足を進めている。
いや、まあ、いいんだけどね? 依頼内容に突っ込みが必要な部分もなかったし。
強いて何かを挙げるとすれば、途中から腹話術の人形の如く片手で俺を抱き上げ、もう片手で心底嬉しそうに俺を撫で続けるメリアさんを見て我慢できなくなったのか、最後の方にはクリスさんもナデナデに参加したくらいか。
二人がかりのナデナデはやばかった。背中にぐにゅんぐにゅん当たる柔らかいモノも気持ちよかったし、単純に撫でられるのも気持ちよかったし、撫でた所為で乱れた髪を梳かれるのもヤバイくらい気持ちよかった。
しかも二人共超美人だぜ? 性癖歪むわ。これがバブみって奴なのか……!
その所為で、俺達の周囲に浮かぶ花々が幻視できそうなキャッキャウフフ空間が形成され、その場に居た人全員の口角がユルユルになっていたよ。
――――メリアさんの身体で視界が遮られていたので見る事は出来なかったのだが、受付の一角から、暴れまわる人とそれを鎮圧する警官、みたいな喧噪が聞こえた気がするが、メリアさんは全く反応しなかったし、クリスさんも一瞬だけ口角を引き攣らせていたが、それだけだった。すぐに静かになったので大した問題ではなかったんだろう。
とりあえず、思うさま猫可愛がりを行ったおかげで気が済んだのか、メリアさんからのナデナデ攻撃が止んだのは助かった。あのままナデナデされ続けたら、そう遠くない内にフニャフニャのスライムみたいになっちゃってただろうからな。
レストナードのポンによりホムンクルスの肉体になり、正確には人間でなくなってしまった俺も、さすがに人間型は維持しておきたい。
ああそうそう。冒険者組合への依頼内容は単純で、〈イースの街で恒常的には手に入らない食材の募集〉だ。
さすがにイースで普通に手に入るような食材を持ち込まれても困るし、第一そんな物、依頼を出さなくても手に入るからね。
ちなみに、食材の持ち込みは、二個以上を必須とし、その食材を入手した場所の情報の提供も同じく必須とした。
これは、前者については、食材を偽って毒物を持ち込まれた場合の自衛策で、怪し気な物を持ち込まれた場合に、その場で持ち込んだ冒険者に食べてもらう為だ。もちろん、その旨も依頼書に記載してもらっているし、生食に向かないような食材の場合は、組合内で簡単な調理を行ってくれる。
これだけだと、そこらへんに生えているような、毒にも薬にもならない雑草の類の持ち込みを防ぐ事はできないが、それは勉強代として諦めようと思っている。分かる限りは弾いてもらうように頼んでいるし、こっちでも注意はするけどね。
後者については、該当食材の安定供給が必要な為だ。
俺達が欲しいのは、一回限りの希少食材ではなく、毎日とは言わないまでも、数日置きくらいには口に入れる事が出来るような食材なのだ。理想としては、〈鉄の幼子亭〉で、その食材を使った料理を恒常メニューとして出す事が出来るだけの量が手に入るのが望ましい。
「はい、到着っと。うーん。今日は良さげな物は売ってなかったねえ」
「まあ、こっちに関しては時の運だからね、しょうがない。気長に探してみるしかないよ」
「分かってはいるんだけどねえ……」
商業組合の入口の前で、少し残念そうな顔をするメリアさんに、俺は軽く慰めの声を掛けた。
〈鉄の幼子亭〉から冒険者組合までと、冒険者組合から商業組合までの道すがら、何か珍しい物が売っていないかと露店や商店を眺めて来たのだが、珍しい商品は見つからなかった。お買い得商品はいくつか見つけたので、〈念話〉で手すきのメイド達に購入を依頼したりはしたが。
「はいはい。嘆いてても珍品が沸いてくる訳じゃないし、目の前の事を進めていこう。……って事で、俺は商業組合には入ってないんで、ここはよろしく!」
「依頼を出すのに、組合に入ってる必要はないんじゃ……まあ、いいけどさ」
商業組合への依頼を丸投げすると、メリアさんは正論と共に軽いジト目を向けて来たので、明後日の方を向いて回避する。
いや、ほら、冒険者組合と違って、商業組合での俺は、ただの付き添いの幼女だし。そんな俺が依頼の話を持って行った所で、まともに相手してくれる訳ないじゃん。
――――断じて、以前商業組合に来た時に対応してくれたおばさん職員さんが苦手とか、メリアさんに熱い視線を向けるお兄さん職員さんが不憫で見てられないとか、そういうんじゃないぞ。
「話をするのは私って事で構わないけどさ……。一緒に中に入るなら、結局一緒じゃない?」
「………………あ」
屋敷にいるメイドの皆、狐燐。
今日はお菓子が大量だよ。良かったね。
俺の心の平穏と交換だけどな! ちくしょう!
~~~~メリアさん、クリスさん、レンによるキャッキャウフフ空間形成時の受付の一角~~~~
「止めないでください! 私もあそこに入るんです! そしてレンちゃんをナデナデスーハースーハーペロペロするんですううううう!!」
「仕事ほっぽって行こうとするな! というか仕事なかったとしても行くんじゃない! 言ってる事がヤバすぎるんだよ! おい! 誰かこいつを奥で縛っておけ! あそこの話が終わるまで絶対出すんじゃないぞ!」
「いやあああああああ!!! レンちゃあああああああんん!!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
↑のはちょっと書きたくなっただけです。このヤバい人、皆さん覚えてますかね?
お読みいただき、ありがとうございます。
作者のモチベーション増加につながりますので、是非評価、感想、ブクマ、いいね! の程、よろしくお願いします。




