第161話 豚汁を振舞ったら変な方向に話が進み始めた。メリアさんに泣かされた。
中身がたっぷり入った鍋を持っているとは思えないスピードで歩くメリアさんを必死に追いかけ、軽く息を荒げながら食堂に到着した。
その時にはすでにメリアさんは食堂に到着しており――――
「レンちゃんどうしよう! 食器忘れちゃった! 鍋を置く場所もないよ! 食卓に置いてもいいかなあ!?」
「いい訳ないでしょ!」
情けない顔で、鍋を持ったまま立ち尽くしていた。知ってた。ジャン達も苦笑いしてるよ。狐燐は鍋に釘付けだけど。
「何をそんなに急いでるのか知らないけど、ちょっと落ち着こうよ。ほら、ここに鍋置いて。食器は下段に置いてあるから」
そう言って、押してきたカートの持ち手をポンポン叩く。
俺がメリアさんに追いつけなかった理由はこれだ。いくらメリアさんの身体能力が人並外れているとは言っても、さすがにたっぷり中身が入った鍋を持っている状態ならそのスピードは落ちる。
にも関わらず俺が追い付けなかった理由。それは俺も食器が積まれたカートを押していたからに他ならない。
豆腐屋の息子の走り屋じゃあるまいし、曲がりくねった廊下をカートで攻める事は出来ないのだ。
「えへへへ……。早く皆に食べてもらいたくて急いじゃった。……よいしょっと。ゴホンゴホン。よし! じゃあ盛り付けるよー!」
「やっとか! さっきからずっと良い匂いがしてて辛抱堪らんかったわ! おかげで妾の腹は限界じゃ! 早う早う! 早うその美味そうな料理を食わせるのじゃああああ!!」
少女のような照れ笑いを浮かべながら、鍋をカートの上段に置いたメリアさんが声を上げると、鬼気迫る様子で狐燐が叫ぶ。
…………なるほど。これをメリアさんが見越していたのかは分からんが、急いで持ってきた意味はあったって事だな。のんびりしてたら狐燐が暴動を起こしていたかもしれん。
「分かった、分かったって。今から配るからもうちょっと我慢して。だから血走った目でこっち見んな! 怖えんだよ!」
狐燐の鍋を見る目がいよいよヤバイ感じになってきているのに気づいてしまったので、慌てて盛り付けを開始する。
丼みたいなサイズの器に、山盛りに豚汁を盛り付け、メリアさんに手渡す。豚汁はやっぱり具沢山じゃないとね。豚汁は汁物であると同時におかずでもあるのだ。白米と豚汁だけで無限ループ出来るくらいに。
……あ、やば。米食いたくなってきちゃった。元いた世界とは異なる、しかも西洋チックなこの世界では手に入らないって諦めてたけど、味噌があったからなあ……。もしかしたらワンチャンあるかも?
…………いや、味噌が見つかっただけでも奇跡みたいなモンなんだし、高望みはしない方がいいよな。味噌が作られてたって事は醤油も作れるだろうし、そこで満足しとくべきだろ。
「おお! これが! は、早く食べたいのじゃ!」
「まだだーめ。全員に行き渡ってからね」
「そ、そんなあ…………っ! これは、拷問なのじゃ…………!」
米への欲望に思考が持っていかれていると、狐燐の焦燥を孕んだ声が耳に届き、俺は我に返った。
おっとっと。まずいまずい。配膳中だった。
気づかぬ内に下がっていた顔を上げて前を見ると、一番最初に豚汁を渡された狐燐がメリアさんに待てを言い渡され、泣きそうな顔で豚汁を見つめて、いや睨み付けている。
あれはやばいな。早くしないと暴れだしそうだ。しょうもない事を考えてる暇はないな。さっさと盛り付けを再開しよう。
とはいっても、所詮今回は八人分。大して時間もかけずに全員に豚汁を行き渡らせる事が出来た。ふふん。伊達に食堂経営と炊き出しをやってないぜ。
「全員に行き渡ったかな? じゃあ――――」
「美味いのじゃー!」
食べようか、と続けようとしたメリアさんの声は、狐燐の叫びに遮られた。全員に行き渡った瞬間に食べ始めたらしい。
まあ…………いいか。一応全員に豚汁が行き渡るまでは待ったんだし。あの目で見つめられたら泣いちゃいそうだし。もちろん俺が。
メリアさんも狐燐のフライングに目を吊り上げたが、すぐに溜息を一つ吐いた。諦めたようだ。うん。それがいいよ。食事は楽しく食べないとね。
「肉にも野菜にも存分にアレの風味が染み込んでいるのじゃ! それだけでなく、肉の旨味と野菜の甘味が汁に染み出しているのじゃ! 具も汁も美味い! まさに食の宝箱! これは素晴らしい料理なのじゃー!」
狐燐の食レポは今日の好調なようだ。どこかで聞いたようなフレーズが出てきた。あの人、異世界にも進出してたんだなあ。
「それね、ミソって言うんだって」
「へえ、そんな名前なのか。村では説明なんざなかったからなあ。……にしても、確かに美味え。村で食ったのも似たような料理だったが、こっちの方がなんつーか、複雑な味がするな。あっちにはこんなに具は入ってなかったから、その違いか?」
「かもしれませんわね。野菜が沢山入っているからか、なんだか優しい味ですわ」
「だな。肉もたっぷり入ってるから満足感もすげえしな。……相変わらず、あんな見た目のモンから出来たなんざとても思えねえよ」
「それは言わないでくださいよ……。全力で目を逸らしてたのに…………」
「本当よ! 思い出したら食欲がなくなっちゃうじゃない!」
「なんじゃと! それはいかん! 残すのは折角作ってくれたご主人達に申し訳ない、妾が食べてしんぜよう! さあ、渡すのじゃ! さあさあ!」
「あ! 嘘嘘! 食べる! 食べるから! 無理矢理持っていこうとしないでー!?」
「こらコリン! レミィさんから取ろうとしないの! まだまだあるから、素直にお代わりしなさい!」
「真か! ではお代わりじゃ! 肉たっぷりで頼むぞ!」
……
…………
とまあ、豚汁は大盛況。ワチャワチャワイワイと食事は進み、大した時間もかからず鍋一杯の豚汁は綺麗さっぱりなくなった。俺以外の全員がお代わりしてたから、当然の結果だな。
俺は一杯で腹一杯だよ。さすが幼女、燃費が良い。
「で、今回のこの料理、トンジルって言うらしいんだけど、実は未完成らしいなんだ」
腹が満たされ、全員がその場でまったりとしていると、おもむろにメリアさんが声を上げた。
「へー。トンジルって言うのか。なんか変わった名前だな…………え? 未完成なのか? これで?」
メリアさんの言葉を聞いて、ジャンが驚いた顔で俺を見つめてきたので、俺は話の流れに面食らいながらも首を縦に振った。まあ、手に入る食材で作ったレベルで言えば完成だけど、〈豚汁〉という料理として未完成だしね。
「まあ、そうだね。厨房になかった材料をいくつか省いてるからね」
「それでさ。珍しい食材を色々集める事ができたら、もっと美味しい料理が沢山作れるっぽいんだよね。レンちゃんが」
俺の言葉を引き継いで発したメリアさんの突然のカミングアウトに、全員の視線が集中し、その圧力に負けた俺は一歩引き、同時にメリアさんに驚きの視線を向けた。
ちょっと待って!? 食材って意味ではそうかもしれないけど、俺の料理スキル的に無理だよ!
止めて! そんな目で俺を見ないで!? つーか狐燐の視線がやばすぎる! 視線がナイフみたいに突き刺さってくるんだけど!?
「ってことで、そういう珍しい食材を見つける為の、いい案がないかと思ってさ。なんかないかな?」
メリアさんの質問に、俺を除いた全員が腕を組んで真剣に考え込み始めた。全員ガチっぽくて怖いんだけど。
「ふむ。…………やっぱ冒険者への依頼が一番手っ取り早いんじゃないか?」
依頼? 食材探してくださいって? 冒険者ってそんな事までやんの? まじで?
「商業組合に聞いてみるという手もありますね」
あー、確かに。商業組合ならそういう伝手とかありそう。
「露店もなかなか侮れませんわよ? 今回の依頼の元になった芋だって、レンちゃんが露店で売ってるのを見つけたのが始まりだそうですわ」
それもその通りだな。露店って色んな場所から来た人達が立てるから、初めて見るような物もちょくちょく見かけるし。
「王都なら見たこともないような物があるかも?」
なるほど。王都って事は国の中心だろうし、国中から物が集まるだろうな。
さすがは経験豊富な高レベル冒険者。次々にアイデアが出てくる。正直なんで思い付かなかったんだって物もあるが。特に商業組合と冒険者組合。両方関わりがあるのに……。
「なるほどなるほど。どれもいい案だし、全部試してみるのもいいかな? 冒険者組合に依頼を出して、商業組合にも話をしに行ってみようか。露店は街を歩く機会があったらその時見てみればいいかな? 王都は……私達が王都に行くのはちょっと難しいかもしれないけど……それも冒険者への依頼に組み込んでもいいかもだし、なんならまたコリンに行ってもらうって手もあるよね」
「なぬ!? また妾か!? 嫌じゃ! ついさっき帰ってきたばっかりじゃぞ!? しばらく街から出とうない! というか旅は妾の性に合わん! もう行きたくない!」
「いや、さすがに今すぐにって訳じゃないし、行ってもらう事が決まった訳でもないんだけど……ちなみに、旅が性に合わないって、どこらへんが?」
「まず食事が不味い! 今回はジャンが持ってきていた携帯食料でなんとか耐えられたがもうコリゴリなのじゃ!」
「〈拡張保管庫〉をあげるよ。そこに食べ物を入れていけば、いつでも屋敷と同じ料理が食べられるよ? レンちゃんもやってたし」
「野宿が辛い! いくら布を敷いてるとはいえ、寝床が固いのじゃ! 全く寝た気がせん!」
「〈拡張保管庫〉に寝台も入れていけば? 私達が前に旅に出た時はそうしてたし。レンちゃんがだけど」
「ぬ、ぬう……!」
「…………お前、旅をなんだと思ってんの?」
おっと飛び火してきたぞ。ジットリとした視線がジャン達五人から向けられるが、軽く肩を竦めるだけでトドメて言い訳はしない。まあおかしい事は自覚してるしね。
でもしょうがないじゃん。俺だって元都会人なんだ。自然溢れる環境で生活とかしんどいんだよ。
……実はベッドや食事どころじゃなく、生活空間ごと作ってましたってって言ったら怒られそうだな。言わないでおこう。メリアさんもそこは伏せてくれてるみたいだし。
「ぬう……。それであれば……いやしかしのお……」
「……王都に行けば、イースじゃ食べれないような珍しい食べ物が食べ放題だよ?」
「任せておくがよい! バッチリ役目を果たしてやるのじゃ!」
メリアさんの最後の一押しによって、狐燐が言いくるめられた。相変わらずチョロい。
その後も、ジャン達によって様々なアイデアが出てくる中、メリアさんがツイ、と近づいてきて、俺の耳元に唇を寄せた。
「レンちゃんの思い出の食べ物、見つかるといいね」
「っ!? ………………ありがとう、おねーちゃん」
やめてよ。泣いちゃうじゃんか。
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