第160話 味噌を使って料理を作る事になった。
狐燐に行ってもらったヨゼフさんの村には味噌があった。
そりゃ確かに、出来自体は前の世界で売っていた物とは比べ物にならないくらいお粗末だ。
味噌独特の旨味も少ないし、舌触りも良くない。なんだったらちょっと悪くなってきてるのか、少し酸っぱい気すらする。
だが味噌だ。
これは味噌だ。
とは言っても、前の世界では味噌が大好きだった訳じゃない。まあ普通、といったくらいだ。
味噌汁だってたまにしか飲まなかったし、味噌を使った料理なんてほとんど作った事ないし。
それでも、そんな程度も思い入れしかない味噌を見つけた俺の心は、我ながら驚くくらい高揚していた。
多分あれだ。『手に入るけど手に入れない』のと『手に入らない』のでは心持ちが違うんだろうなあ。
自分の事ながら確証は持てないけど。
「レンちゃん……? ソレ、本当に食べ物だったの……? というか、そんなに美味しいの? なんかソレを食べてからニマニマしっぱなしだけど……?」
そんな感じで自己分析を続けていると、メリアさんが心配そうに俺の顔を覗き込んで来た。
おおう、そうだった。この場には皆いるんだった。ダラダラ自己分析なんかやってる場合じゃないや。
つーか俺スプーン咥えたままじゃん。
「むぐ。……いや? これ単体ではそこまで美味しい物じゃないよ。これ、あくまで調味料だからね」
「調味料? コレが? ……ああ。そういえば、コリンが食べたのは、コレそのものじゃなくて、コレを使った料理って言ってたっけ」
スプーンを口から引き抜いてからメリアさんの質問に答えると、メリアさんは一瞬首を傾げたが、すぐに得心がいったようで手をポンと叩く。
そして、その様子を見た狐燐は嬉しそうに、ここぞとばかりにメリアさんに詰め寄っていった。
「そうなのじゃ! だからご主人達! コレを使って何か美味い物を作ってくれい! あの村の料理でもあれだけ美味かったのじゃ、ご主人達が作ったら至高の一品となろう……!」
「えー……。そもそも私、コレ自体を初めて見たんだけど……。完全に初見の食材、しかも調味料を使って料理を作るのは、私にはちょっと荷が重いかなあ……」
「な、なんじゃと……? ではレン! レンはどうじゃ!? あれだけ嬉しそうにしてたのじゃ! 何か作れるのじゃろう!?」
メリアさんからノーを突き付けられ、一瞬絶望した表情を浮かべた狐燐だったが、すぐに気を取り直しし、今度は俺に近づいてきた。まあ、そうなるよね。
「いいよ。なんか作ろうか」
「真か! ヒャッホーイ!!」
鼻と鼻がくっつきそうなくらい接近してきた狐燐に、俺はニヤリと笑顔で是と答え、それを聞いた狐燐はその場でジャンプして喜びを表した。子供だなあ。
もちろん作るさ。誰も何も言わなくても作ってたさ。俺の頭の中は味噌の事で一杯だからな! 脳みその事じゃないぞ。
とは言ったものの、何を作ろうかな?
ごく普通の独身会社員で、自炊派だったとはいえ料理が趣味という訳ではなかった俺は、レパートリーがそんなに多くない。
そこへ持ってきて、『味噌を使った料理】という条件が追加されると、さらに選択肢が狭まる。
…………というか、悩める程レパートリーなかったわ。味噌汁以外でまともに作った事ある味噌料理なんて二個くらいしかなかったわ。
「ふーむ……。ま、厨房で材料見て決めるか。おねーちゃん、手伝って」
「もちろん」
「では妾達は食堂で待っておるぞ! 早めに頼む!」
俺とメリアさんが厨房に向かう為に部屋を出た所で、背中に狐燐の言葉が投げかけられる。
いや、お前らもさっさと部屋から出ろ。そこ、俺達の寝室だぞ。
……
…………
「ふむ。これは豚汁だな。豚汁を作ろう」
厨房に並べられた食材を見た俺は、ほぼノータイムで何を作るかを決めた。
……まあ、元々二択だったしね。食材を見ればどっちを作ればいいかなんてすぐ分かるぜ。
ちなみに、もう片方の選択肢はモツ煮込みでした。うん。豚モツがなかったんだよ。豚肉はあったんだけどね。あって良かったよ豚肉。
これで豚肉もなかったら、豚汁(豚肉未使用)なんていう意味不明な物を作る羽目になるところだった。そんなのただの肉入り味噌汁じゃん。いや、それはそれで美味しいんだけどね?
まあ、俺の作ってた豚汁のレシピで入れる食材もいくつか足りないんだが、そればっかりはしょうがない。ある物でなんとか作ってみるしかないな。
「トンジル? 変わった名前の料理だねえ。それも元居た世界の料理?」
「そ。結構好きな人多かったよ。俺も好きだった」
美味しいよね豚汁。小学校の調理実習とかでも作ったなあ。懐かしい。
「へぇー、そうだったんだ? 楽しみだなあ」
興味津々なメリアさんと共に調理開始だ。
まず、玉ねぎ、人参、大根、適量、食べやすいサイズに切る。ごぼうも欲しいんだが、ないので省略。
色んなレシピで『ゴボウは重要』って見るけど、はてさて、入れない豚汁はどんなもんなのかね?
続いて豚肉。これは脂身が多めな部分を薄切りに。
俺は野菜多めの方が好きなんだが、今回は肉の比率を上げておく。材料が足りない分、肉の脂の旨味で誤魔化そうという魂胆だ。上手くいくかは知らん。まあ不味くはならんでしょ。
中に入れる食材の準備が出来たので、鍋に油を少し引いてから豚肉を炒める。強火でがっつり炒めて、香ばしい感じが出るようにする。
豚肉がいい感じになったら、みじん切りにしたにんにくを投入。本当は生姜も欲しい所だけど、ないので省略。
腹を刺激するいい匂いが立ってきたら、そこに野菜を投入。脂が全体に回るように混ぜる。
野菜にざっくりと火が入り、脂でコーティングされたのが確認できたら、ここで水、味噌を入れる。
……おおう。この一回の調理で、味噌が半分以上消し飛んだ……。というかほとんど残ってない。まあしょうがないよな。元々少なかったし。ここは割り切るしかないな。ここでケチる理由はない。味噌をケチった豚汁とか微妙そうだしね。
酒とかも入れたいんだけど、ワインしかないんだよね。豚汁にワイン……うん。今回はなしで。
もしかしたら美味しいのかもしれないけど、味噌が貴重な今、冒険はしない。味噌が潤沢に手に入るように出来たら、そういった冒険をしてみるのもいいかな。
このまま煮込んでいくとアクが出てくるんだが……。放置で。本当は取った方がいいんだろうけど、めんどくさいのでパス。男料理ってこんなもんだよね。
で、このまま三十分くらい弱火で煮込んだら――――
「ほい。かんせーい」
「おー」
手に持っていたお玉を置き、後片付けをしてくれていたメリアさんの方に顔を向けながら完成を宣言すると、メリアさんがパチパチと拍手で祝福してくれた。
「これがトンジル……。見た目は相変わらずちょっとアレだけど……。おお、匂いは美味しそうだねえ」
メリアさんは完成を一通り祝福した後、手早く片づけを終わらせてから俺の元へ近づいてきた。
俺のすぐ隣、鍋の前まで来たメリアさんは、鍋の中でクツクツ煮立っている豚汁に顔を近づけ、その見た目に少しだけ眉を顰め、次いで鍋から漂って来る匂いを嗅いで目を丸くした。
ふふん。そうだろうどうだろう。いい匂いだろう。でも匂いだけじゃなく、ちゃんと美味いんだぜ? ……多分。
「じゃあ食堂に持っていく前に、ちょっと味見しておこうか」
「おお! やった!」
味見と聞いて顔を綻ばせるメリアさんに俺も笑顔を返しつつ、小皿に豚汁を少しだけ取り分けてメリアさんに手渡した。
俺? 俺はいらない。味付けの時に散々味見したし。
「ありがとう。じゃあ早速…………っ! おお! 美味しい!」
「そか。なら良かった」
小皿の豚汁を食べ、目を輝かせるメリアさん。それを見て俺は笑ったのだが、そんな俺を見て、メリアさんは不思議そうに首を傾げた。
「……なんかレンちゃん、不満そうだねえ。出来が良くなかった?」
「ん? そんな顔してた? いや、ある物で作ったにしては良く出来たと思うよ。……でもやっぱり、ちょっと物足りなくてさ。材料が足りなくて色々省いたからね」
本来であれば、ここに追加でゴボウもコンニャクも入っていたのだが、今回の豚汁には入っていない。
本当は、豚肉を炒めるのもゴマ油が良かったし、料理酒も顆粒だしも入れたかった。
そこらへんを全てスキップした結果、本来の豚汁を知る者からすると、なんとも気の抜けた感じの味になってしまっているのだ。それがなんとも悔しい。
豚肉を増量して足りない旨味を補填しようとしたが、さすがに無理があったらしい。
……とは言っても、どれもこれも、手に入れるのは難しいだろうなあ。ゴボウとか、見た目は完全に木の根だし。戦争時、海外の捕虜にゴボウの料理を出したら『木の根なんて食わせるなんて虐待だ!』って騒ぎになったって何かで読んだくらいだし。
「そうなんだ……。って事は、その足りない材料が全部あれば、もっと美味しいトンジルが作れるって事だよね?」
「ん? まあ、そうだね。こっちの人の世界の舌に合うかは分からないけど、少なくても俺からしたら美味しいと思える物が出来ると思うけど」
メリアさんからの質問に俺がそう答えると、メリアさんは手に持った小皿を置き、手を顎に当てて視線を足元に落とし、何やら考え事を始めた。
メリアさんがその状態で固まってしまい、そのまま待っているのもなんなので、狐燐達の為に食器等の準備をしていると、いきなりメリアさんがガバッと顔を上げた。
「…………よし! レンちゃん! 早く食堂に行こう! で、皆にトンジルを食べてもらおう!」
「おおう!? っとっとっと…………! ふう。あぶねえ……。おねーちゃん、いきなり大きな声出さないでよ。びっくりしたよ」
いきなり大きな声を上げたメリアさんに驚いて手に持った器を落としそうになり、盛大なお手玉の末、無事にキャッチに成功する。
「ああ、ごめんごめん。そんな事より! 早く食堂に行こう! 皆にトンジルを食べてもらおうよ!」
「そ、そんな事……。まあいいや。まあ、うん。そうだね。さっさと持っていかないと冷めちゃうし」
俺の抗議を華麗にスルーするメリアさんに閉口しつつも、その内容自体は極々普通の物だったので、俺は特に考える事もなく同意した。
「よーし! じゃあこの鍋は私が持っていくね! ほらレンちゃん早く早く!」
「ちょ! 直で持ってくの!? 台車に乗せていこうよ! ねえ! ちょっとー! …………なんなんだ一体」
普通であればカートに載せて運ぶ所を、鍋を直接持って歩き出したメリアさんに声を掛けながら、俺はメリアさんの突然の変化に首を傾げた。
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