第159話 狐燐達が帰ってきてメリアさんが怒った。狐燐がお土産を持ってきた。
前回は、投稿日時がズレてしまい申し訳ありませんでした。
今回からレン視点に戻ります。
「生きてる。妾生きてるのじゃ…………大丈夫じゃよね? のう、妾、首が一回転とかしてないかえ?」
「そんなんなってたら喋れないから。大丈夫だから」
「なあ、俺達悪くねえよな……?」
「そうだね。不幸な事故って奴だね」
片方の頬っぺたに真っ赤な手形を付けた狐燐が、首の辺りを撫でながら、あまりに真剣に呟くので突っ込みを入れつつ、ジャン達にフォローを入れる。ちなみに俺とメリアさん以外の六人は絶賛正座中である。
最近のルーティンの一つである、貧民街の人達への炊き出しを終わらせ、屋敷に帰って来たのが昼過ぎころ。
地味に重労働な炊き出しを行った事で軽く汗をかいた俺達は、屋敷に着くや否や寝室に向かい、ちょっとベタベタして気持ち悪い体を拭いた。
本当はひとっ風呂浴びたい所だったが、さすがに準備が出来ていなかったのだ。残念だがしょうがない。
服を脱ぎ、真っ裸になってから濡らした布で体を拭って、許容出来る程度にサッパリし、さて服を着るか、と一度脱いだ服を手に取った所で、なんの事前連絡もなしに、いきなり狐燐がジャン達を伴って転移してきた。
ビックリした。いきなり六人もの人が目の前に現れたのもビックリしたし、メリアさんの悲鳴にもビックリした。メリアさんのあんな声、初めて聞いたかもしれない。まあそれくらい虚を突かれたって事なんだろう。
そんな感じで、普段出さない悲鳴を上げる程驚いたメリアさんは、一番近くにいた狐燐に割とマジのビンタをかました。
当の狐燐はその威力に切りもみ回転しながら豪快にぶっ飛び、転移の為に近くに立っていたジャン達を巻き込んで、ドアをぶち抜く勢いで寝室から退室。メリアさんは顔を真っ赤に染めた状態で、これまた壊さんばかりの勢いでドアを閉めた。
その後、高速で着替えを終えたメリアさんが、揃って廊下で気絶している狐燐達を寝室に投げ入れ、無理矢理起こして今に至る。
なお、俺もメリアさんのすぐ近くにいたのだが、狐燐とは逆の位置にいたので巻き添えは食わなかった。驚きこそしたが、メリアさんと違って悲鳴も上げていない。いやほら、俺、元々男だし? 別に男に裸を見られた所で大して恥ずかしいとも思わんよ。
…………にしても、メリアってやっぱすげーなー。ビンタ一発で大の大人六人をぶっ飛ばして気絶させるんだもんなー。そんな威力のビンタを頬に受けておいて、首が飛んでない狐燐も半端ないけど。
今までメリアさんのビンタとか拳骨を受けるのって、何故か俺ばっかだったから、ちょっと新鮮だ。俺もあんな感じになってたんだなあ……。そりゃ結界に一枚や二枚、簡単にぶち抜かれる訳だわ。
「……で? なんで連絡も無しに帰って来たの? 終わったって連絡くらいしてもいいと思うんだけど?」
ちなみに、今俺が過去の回想なんてしているのには訳がある。
端的に言うとメリアさん怖い。久しぶりに背景が歪んでるのを見た。眉を吊り上げているくらいで、本気の怒りの形相って訳でもないのに迫力が半端ない。矛先は俺じゃないのに、別の事に意識を割いていないとチビっちゃいそうだ。
そんな強烈な覇気を一身に受けている狐燐は、ガクガク震えながらも懸命にメリアさんの問いに答えていく。
「いや、やっと帰る事が出来ると思ったら、嬉しくなってしまったのじゃ。ごめんなさいなのじゃ……。それで報告の事が頭からすっぽり抜け落ちてしもうたのじゃ…………ごめんなさいなのじゃ」
「飛ぶ先を確かめなかったのも?」
「そ、そうじゃ…………ごめんなさいなのじゃ」
「…………なあ。今まで黙って聞いてたんだけどよ。さっきから事前に連絡するとかなんとか言ってるが、そんな事出来るわけねえだろ。どこに誰が居るなんてのも分かる訳ねえし、今回のこれは不幸な事故って奴じゃねえのか? そこまで怒る事ねえだろ」
全ての語尾に謝罪の言葉が入るくらい平謝りしている狐燐を見かねたようで、ジャンが助け船を出してきた。
その内容は、俺達からすれば的外れもいい所なんだが……。あー、そうか。ジャン達は【念話】の存在を知らないから、メリアさんの話は理不尽に聞こえるんだな。
ジャンからすれば、物理的に出来ない事を『なんでやらないんだ!』って言ってるのと同じ事なのか。
その意見を聞いて、メリアさんは吊り上げていた眉を下げ、困った顔で俺の方を見てきた。
うーーーーーん…………。もういいか。色々めんどくさくなってきた。
ジャン達とは付き合いも長いし、なんだかんだこれからも付き合いは続いていくような気もする。第一部分的ながら【いつでも傍に】の事は教えちゃってるんだし、今更だよな。
って事で、教えちゃう事にしようっと。
「あー、えっとね。今まで隠してたけど、実は俺達、【念話】って【能力】を持ってるんだよ。で、それを使うと、条件付きではあるけど、離れた相手と意志疎通が出来るんだよね」
「は? …………………………いやお前、一体いくつ【能力】待ってるんだよ……おかしいだろ……」
ジャンが俺の言葉に呆けた顔になった後、タップリ間を置いてから、呆れと畏怖が混じったような表情で俺を見つめてきた。
いや、そんな顔で見られても。つーかなんで俺だけを見るんだよ。
これ、俺固有の【能力】じゃないからね? メイド達のネットワークに組み込まれた結果得た物だからね? 俺だけじゃなく、メリアさんも、なんならメイド達もほぼ全員使えるからね? 使えないのはネットワークに入る事が出来ないオネット達とリーアくらいだよ?
元々俺が持ってる【能力】なんて……十分多いな。三つだもんな。言い訳にならんわ。
「まあ、レンとご主人じゃからな! 仕方あるまい!」
「相変わらずすげえ説得力だ……」
「「「「うんうん」」」」
「であろう?」
すでに何回か聞いた覚えのある謎理論を、狐燐が何故か胸を張りながら宣い、それを聞いたジャン達がしたり顔で頷いた。いや、そんな何の根拠もない理論で納得しないでいただきたい。
いただきたいのだが……俺自身が納得しかけてしまっているという事実。ちょっと悔しい。
「……はあ。話が逸れてきちゃってる。ねえコリン? 今回は私が屋敷にいたから良かったけど、街中にいたら大騒ぎになってたんだよ? 分かってる?」
「う、うむ。申し訳ない。次からは気を付けるのじゃ……」
狐耳をペタンと寝かせ、尻尾をシオシオと萎ませた狐燐の謝罪を聞き、メリアさんは大きく頷いた。
「よろしい。本当に気を付けるんだよ? はい、この話はおしまいね。それじゃ、引き続き報告よろしく」
「うむ。承知した。まずは――――」
なんだかんだ甘いメリアさんが狐燐を許した事で、説教タイムは終了。報告タイムへ移行した。
狐燐からの報告は、別段変わった事のない、ごく普通の物だった。交渉の時に【念話】越しに聞いた物と変わらない。
ちなみに交渉は無事成功。一定期間毎に以前購入した分と同程度の量の芋を納品してくれるそうだ。金額は前回の物に少し色を付けた額に設定している。まあ配送料って所かな。
あの芋は、余剰が積み重なった結果だったはずなので、それと同じ量が納品できる事に疑問を覚えた訳だが、今までは余剰を増やさないように作付けを絞っていたらしく、まだまだ生産量には余裕があるそうだ。
しかもあの芋、結構成長速度が早いらしく、二月に一回くらいの頻度で持ってきてくれるそうだ。異世界の芋すげえ。
「おお、そうじゃったそうじゃった。それでの、村長から食事を馳走になったのじゃが、その時の料理が、見た目はアレな割になかなか美味での。料理の肝らしい物を譲ってもらったのじゃ。ちょっと待っておれよ……」
そう言って狐燐が懐――ではなく、胸の谷間に手を突っ込んでゴソゴソし始めた。
「いやお前、なんつー所に仕舞ってるんだよ……」
「結構便利じゃぞ? 見た目より入るしの」
それなりの数の女性を敵に回す台詞を吐きながら相変わらず谷間をまさぐる続ける狐燐。狐燐の手の動きに合わせてデカイ胸がムニュムニュと艶めかしく蠢いている。なんつーエロイ光景だ。
おい、男性陣は見るんじゃない。俺? 俺は幼女だからいいんだよ。
「えーと……あったあった。ほれ、これじゃ」
暫しR指定が入りそうな光景を繰り広げていた狐燐は、ようやく目的の物を見つけたようで、谷間から手を引き抜いてこちらに掲げた。
その手に握られていたのは、握り拳くらいの大きさの壺だった。
いや、どう考えても胸の谷間に治まるサイズじゃねえだろ。どうなってんだ。異空間に繋がってるのか?
…………いや待てよ? 俺はあんなスイカを持ってないし、持った事もないから知らないだけで、もしかしたらあれが普通なのかも……?
そう思って同レベルのスイカをお持ちのメリアさんに視線を向けてみるが、心外とばかりに手を顔の前で勢いよく振っていた。
視界の端では、メリアさんと狐燐程ではないが、結構な物をお持ちのセーヌさんが、他のパーティーメンバーから驚きの視線を向けられ、顔を真っ赤に染めながら手をブンブン振っているのが見えた。
一人の視線が驚きではなく虚無を宿していたのは見なかった事にする。
うん。やっぱおかしいんだな。俺の持つ常識は間違ってなかった。
だったら目の前で繰り広げられた光景はなんだったんだ。という所から目を逸らしつつ、差し出された壺を手に取ってみる。ぬお、生あったけえ……。
その壺は素焼きらしく、木製の蓋が被せられた状態で作りの粗い紐でグルグル巻きにされていた。
かなり硬い結び目を苦労して解き、乗せていただけの蓋を取ってみる。
「うわっ!? ちょっと何これ!」
隣で俺が壺を開けるのを興味津々な様子で眺めていたメリアさんは、中が見えた瞬間に大きく仰け反り、次の瞬間には、先ほど狐燐に説教していた時とは比べ物にならないくらいに顔を怒りで歪めて怒声を上げた。
それもそのはず。壺の中に入っていたのは黄土色の物体。半固形のそれはどう見ても排泄物のそれだ。
食べ物と言われて排泄物を渡されたら、誰だってそんな反応を示すだろう。
「ち、違う! 見た目はアレだと言ったじゃろう! そんな見た目でも美味いんじゃよ!」
「アレってそういう意味!? というかこんなのが美味しい訳ないでしょ! 冗談も大概に…………レンちゃん?」
狐燐の弁明を聞き、さらに怒りの声を上げようとしたメリアさんは、沈黙を続ける俺に気付き、怪訝そうな表情を浮かべた。
だってしょうがないだろう。今俺の手の中にあるコレは、壺の中から漂ってくるその香りは、それほど俺の心を掻き乱したのだから。
〈拡張保管庫〉からスプーンを取り出し、壺の中に差し入れると、水気の少ない泥のような感触が指に伝わってくる。
スプーンの先端を使って、ほんの少し、小指の先にも満たないくらいの量を取り出すと、まずは鼻に近づけて、思いっきり息を吸う。
「ちょ、ちょっとレンちゃん!?」
俺の奇行にメリアさんが驚きの声を上げるが、何も問題はない。
鼻腔を通り抜けるのは、メリアさんが想像しているような悪臭ではなく、こちらの世界に来てから一度も目にする事のなかった、しかし前の世界ではいつも側にあった、嗅ぎ慣れた香り。
この時点ですでにほぼ確定なのだが、ここは異世界。実は全くの別物という可能性もない訳ではない。
俺は鼻の下に持ってきていたスプーンをゆっくりと唇に近づけ、そして口に入れた。
ザラザラとした触感が感じられたのと同時に、口の中に強い塩味が広がる。そして、その後を追うように一種独特の、豆と麹の風味が口内を満たした。
それはこの世界に来て初めての、しかしとても懐かしい味。
「あは」
意図せずに笑みが浮かぶ。
ああ。間違いない。これ……。
味噌だ。
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