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第157話 着いたのじゃ!

「見えたぞ! あれが俺の村だ!」


「なんと! 真か!?」


 ヨゼフの声に、荷車でウトウトしていた妾は飛び起き、その場に立ち上がって進行方向へ顔を向けた。

 すると、少し先に木で作られた簡素な柵が並んでいるのが見え、その先には大分離れてはいるがボンヤリと建物が並んでいるのが見て取れた。あれがヨゼフの村か!


「うう……。長かったのじゃ。ようやくこの旅も終わりか…………」


 おお…………なんと感慨深い事か……!

 ジャンからもたらされた四角い携帯食料のおかげで九死に一生を得た妾は、辛く苦しい旅を終え、やっと、やっと目的地であるヨゼフの村にたどり着いたのじゃ!


「……ねえ、まだ行きが終わっただけで、同じ距離を戻らなきゃいけないって言わなくていいの?」


「シッ! 黙ってろ! 短い間だけでも夢を見させてやるんだ!」


「それはそれで、気づいた時の絶望感がすごいと思うんだけど……」


 レミイとジャンが、何やら小声でコソコソと話しているようじゃが、大方村に着いた後についての話し合いじゃろう。

 妾にもこの後ここの村長との交渉が待っておるが、逆に言えばそれだけ。しかもその仕事も、【念話】を使ってご主人達と村長のやり取りを仲介するだけじゃし、楽なものじゃ。


 木の板を雑に打ち付けただけの柵を越えて少し進むと、ポツポツと人の姿が見えてきた。何かを振り下ろす動作をしている事から見るに、地面を耕しているようじゃ。という事は、あの者達が居る場所は畑なのか? 随分広いんじゃのお。かなり離れた場所にも見えるぞ。

 食べ物を作るというのは、なかなか大変なんじゃのお……。


「お! ヨゼフじゃねえか! 帰って来たのか!」


 農作業に勤しんでいるらしき姿を眺めながら、畑の間をすり抜けるように進んでいると、偶然近くで作業をしていた男がヨゼフに話しかけてきた。


「おうよ! 芋はバッチリ売ってきたぜ! おかげで色んなモンを買ってこれた。村長に報告がてら、まとめて渡しておくから、後で取りに行けよな! 酒もあるぞ!」


「マジか! ウヒョー! そいつぁ最高だぜ! こりゃ今日は宴だな!」


「バーカ。宴が出来る程の量はねえよ。全部売れたっつっても芋だぞ? 村長に言われてた金額よりは高く売れたが、頼まれてた物を色々買ったらほとんどなくなっちまったよ」


「あー、そういやうちのおっかあも布地を頼んでたな。それじゃしゃーねーか」


「そういうこった。じゃ、もう行くぜ」


「おうよ! 引き留めて悪かったな! 村長も心配してたから早く行ってやってくれ!」


 ヨゼフと打てば響くようなやり取りの末、満面の笑みで手を振る男から別れ、さらに進む事暫し。ようやく村の中心地らしき、建物が集まった場所にたどり着いた。


「ここだ。俺は村長に報告してくるから、ちょっと待っててくれ」


 他と比べて少しだけ大きな家の前に荷車を停めると、ヨゼフはそう言って建物の中に入っていった。


「よっ、と。ここがこの村の長の家…………。なんというか、小さいしボロいのお。ご主人の屋敷とは比べるべくもないんじゃが」


 荷車から飛び降り、荷車に乗りっぱなしで固まった身体を解しながら、目の前の建物を眺める。

 確かに、周りの他の建物よりは大きい。じゃがそれも、言われれば分かるかな? くらいの差でしかない。作りも他と大して変わらんな。

 長というくらいじゃから、ご主人の屋敷程ではなくとも、もっと大きな屋敷に住んでいると思ったんじゃが。


 想像とのあまりの違いに妾が首を傾げておると、少し離れた場所で何やら話していたジャン達が揃ってこちらに近づいてきた。


「普通の村ならこれくらいが普通です。ここらへん一帯で最大の街であるイースの、しかもあの屋敷比べちゃ駄目ですよ。それに、知ってます? あの屋敷、領主様の屋敷よりデカイそうですよ」


「ああ、それは聞いた事があるぞ。それを知ったご主人達はえらく困惑したそうじゃな」


 相手が街の長、しかも貴族じゃからの。気持ちは分からんでもない。


「その話を聞いた時はびっくりしたよねー」


「使用人もあんなに沢山雇ってるしな! しかもその使用人達は食堂でも働いてるし。初めて見た時は開いた口が塞がらなかったぜ」


「使用人服のままですものね、私も驚きましたわ……。にしても、ついこの間まで洞窟暮らしだったはずですのに、凄まじいまでの出世ですわよね……。ちょっと、いえかなり羨ましいですわ」


 実際の所、あのメイド達は雇った訳ではないらしいがの。

 あの屋敷には元々何故かメイド達しかおらず、ご主人達は街の外で訓練をしている最中に偶然屋敷を発見し、なし崩し的に屋敷の主人と聞いた。

 いやはや、あの屋敷には強力な認識阻害と人避けの結界が張られておるというのに、なんとも運の良い事よのお。

 まあ、そのおかげで後から来た妾は最初からあの屋敷で生活が出来ておる訳じゃから、有難い事じゃ。


「…………にしても、なにやら随分見られておるの。やはり余所者は珍しいという事かのお」


 ヨゼフから待っていろと言われた妾達は、建物の前に突っ立ったままダラダラ駄弁って時間を潰しておるのじゃが、さっきから何人かの者が遠巻きに妾達を見てきておる。見られる事は別に苦ではないのじゃが、微妙に気になるのお。


「いや、それもあると思いますが……一番の理由はコリンさんですよ」


「は? 妾か? 別に何もしておらんぞ? お主らと同じ、ただ突っ立っておるだけじゃ」


「それはそうなんだけど。コリンさんってすっごい美人だし、その服も高そうだし、なんというか私達と雰囲気が違うんだよねー。私達と住んでる世界が違うというか」


「そうですわね。なんというか、私達庶民よりは、貴族に近い雰囲気を感じますわ」


「わかるわかる! 初めて見た時はビビったぜ!」


「そうですね。実際に話してみると、気さくでとても良い方だと分かりましたが、最初はレンさん達がどこかのお金持ちに雇われたのかと思いました。違うと聞いた時は二度驚きましたよ」


 妾を除く全員が『解釈一致!』とばかりにウンウンと頷いておるが、妾自身は首を傾げるばかりじゃ。


 確かに妾は自分で言うのもなんじゃが、まあ美人の方だとは思う。じゃがそれも、ずば抜けてという訳ではないじゃろう? ご主人も美人だし、レンも…………いやあれは少し違うな。美人というより、可愛らしい、と言った方がしっくり来るの。目の前のセーヌもレミイも十分美人の部類じゃしの。


 それに貴族のような雰囲気……。別にそう見えるよう意識しておる訳じゃないんじゃが。

 妾の記憶はご主人達と会った時が始まりじゃから、それより前の妾がどのような立場だったのかはさっぱり分からん。もしかすると皆の感じる通り、どこぞの国で貴族のような立場にいたのかもしれんの。


 ま、妾にとってそんな事はどうでもいいんじゃかな! 妾は美味い物がたらふく食えて、気持ちよく寝る事が出来れば満足じゃ! 貴族とか色々面倒そうじゃし! 妾は今の自由な感じがお気に入りじゃ!


 そんな会話を繰り広げていると、ヨゼフが村長の家から出てきた。村長との話が終わったらしい。


「待たせたな。芋の買い取りの話もしたが、今日は疲れてるだろうから明日聞くってさ。こんな辺鄙な村にゃ宿なんてねえから、すまんが空き家を使ってくれ」


「そうか、分かった。正直助かる。ここんとこずっと野宿だったから、屋根のある場所で寝れるだけでも有難いし、結構疲れてたんだ」


「ハハ! 全く同感だ! 明日の話し合いは俺も同席からよろしくな。こっちだ、付いてきてくれ」


 なんと、話は明日か。妾としてはさっさと用事を終わらせて帰りたい所じゃが、荷車に乗りっぱなしだった妾と違って、ジャン達はずっと歩いておったからの。疲れもそれなりに溜まっているじゃろうし、妥当じゃな。


 ヨゼフの案内で歩く事暫し、妾達は一件の小屋の前に到着した。

 その小屋は、空き家という割には思ったほど傷んでおらず、こまめに手入れされているようじゃった。元々妾達のような余所者を泊める為の建物なのかもしれないのお。


 ヨゼフが扉を開けても埃が舞い上がる事もなかった。まあ少し埃臭いが。


「そうだ。村長が夕食を一緒に、って言ってたが、どうする?」


「それは有難い。もちろん、いただくさ。久しぶりの普通の料理だからな」


 少し溜まった埃を、窓を開けて追い出しながらのヨゼフの問いに、笑いながら答えるジャン。その提案には妾も大興奮じゃ。十日ぶりのまともな食べ物じゃぞ!? 喜ばない者等おるまい!


 思えば、屋敷以外で料理を食べるのは初めてじゃの。これは楽しみじゃ!

お読みいただき、ありがとうございます。


作者のモチベーション増加につながりますので、是非評価、感想、ブクマ、いいね! の程、よろしくお願いします。

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[気になる点] そして屋敷の食事とのレベル差に狐燐は落胆することに( ˘ω˘ ) [一言] 家に帰るまでが……遠足だよ( ˘ω˘ )
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